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第947話『強化』

 裏路地にあるラピスラズリーさんのお店へと向かうべく、リディアさんとメフィストさんが街を行く。にぎやかな表通りとはうってかわって、まったく人のいない暗くて細い道だ。そこを歩いている内、リディアさんは似たような道について思い出したようだ。


 「こういった人の少ない道を歩いていると……以前、住んでいた家を思い出します。あそこも大概、人気はなかったので」


 「ワタシは管理人さんが、どこに行ったのか気になる」


 「そうですね。あれ以来、会えてはいませんが、別の家の管理をしているのかもしれません」


 リディアさんの家は、ある日を境に消失してしまった。多分だが、地下にあった絵を額に入れて飾ったことにより、管理人さんの未練が一つ晴れた為、成仏してしまったからだと考えられる。


 しかし、幽霊っぽい管理人さんがいたことを除けば普通の家だったので、どちらかといえばルビィさんの家の方が比較的、幽霊屋敷っぽいと失礼ながら俺は思っている……。


 「……」


 まだ地球時間でいえば朝の8時前である。ラピスラズリーさんのお店がやっているのか否か。半信半疑な様子でリディアさん達は奥の路地へと入る。なんとなくだが、まだ開いていない雰囲気がする……。


 「……いつもならば、看板に火が灯るのだが、今日はつかないな」

 「魔獣のラピスラズリーさんもいない」


 メフィストさんが、ネコのラピスラズリーさんを探している。いないってことは、まだ寝ているのだろうか。起こすのも悪いと考えてか、二人は道を引き返す。


 「……アネットの実家の装備店は開店しているな」


 たくさん体中に装備をつけた男の人が店に入っていく。それを見て、ここに装備店があったことをリディアさんが思い出す。装備について聞くなら、こちらのお店の方がプロとも言えなくもない。


 以前、お料理をごちそうになったこともあってか、ご挨拶も兼ねて寄ってみることにしたらしい。カウンターの奥にいるアネットさんのお父さんも、すぐにリディアさんだと気づいたようだ。


 「ああ。ご来店、ありがとうございます。リディアさんとメフィストさんですね」

 「ご無沙汰しております。その節は、お世話になりました」

 「おや。胸につけている、そちらは……」


 アネットさんのお父さんが、リディアさんのつけているネックレスの飾りを見てまばたきをする。多分、帝国の工房で作られたものだと一瞬で判断できたのだろう。


 店内にいる別のお客さんの目を気にするようにして、アネットさんのお父さんは小声で話を進める。帝国製の装備をつけていると知れたら、ちょっと騒ぎになると踏んだのかもしれない。


 「……そちらがあれば、うちの装備は必要ないかと存じますが」

 「実は……装備品について、少しご相談がありまして……」


 とはいえ、リディアさんも装備品に関して、そこまで深い知識はない模様である。何をどう聞いたらいいかといった様子で話を始める。


 「とある、特殊な効果を持つ道具がありまして、そちらの効果を高めたいと考えています。道具の出力を高める方法について、何か知恵を授けていただければと……」


 「特殊な効果……それは黒魔法でしょうか。白魔法でしょうか」


 「メフィストさん。どっちでしょうか……」


 「解らない」


 メフィストさんは考古学者なので、それ以外は専門外である。判断しかねると見てか、アネットさんのお父さんがヒントをくれた。


 「物理的な影響を与えるものが黒魔法、人や生き物に効果を与えるものが白魔法と一般的には言われています」


 「それでしたら、黒魔法が近いように思います。言ってしまえば、空間を引き裂くものなのですが……」


 「空間を?」


 空間……という聞き慣れない言葉に、アネットさんのお父さんが戸惑いがちな返答をしている。どうやら話を聞きながら予想していたものとは少し違ったようだ。それでもなんとか、リディアさんの要望に近いものを提案してくれる。


 「……こちらに、杖につけて魔法の効果を高めるものはございます。杖の持ち手にはめるベルトです」


 「実は大きさが……豆一つ分ほどしかない道具でして」


 「豆?」


 アネットさんのお父さんが見せてくれたものは、杖の外側につけるカバーのようなものである。これをクト様の爪の欠片につけるのは、ちょっと無理がありそうだな……。


 アドバイスをするにも、もう少し情報が欲しいといった様子で、アネットさんのお父さんが言葉を続ける。


 「詳細をお聞きしてよろしいかは解りませんが、それは一体、どのような……植物ですか?鉱物でしょうか」


 「魔獣の爪……らしいです」


 「魔獣素材は帝国より、扱いが禁止されておりますので……デリケートでして」


 「それが今……帝国の工房に持ち込まれ検証されていまして」


 「ええ?」


 帝国の工房に持ち込まれていると知り、アネットさんのお父さんも困り果ててしまう。そうして相談していると、店の扉が開き誰かが入ってくるのが見えた。


 「……リディアさんは装備品をお探しですか?はい」

 「あ……ラピスラズリーさん。おはようございます」


 ラピスラズリーさんだ。店の外で姿を見たのは初めてかもしれない。アネットさんのお父さんとも顔見知りではあるようだ。


 「ああ。ラピスラズリーさんが、私の店にいらっしゃるとは珍しいですね。今、リディアさんから道具の強化について、ご相談を受けていたところでして」


 「道具……ですか?」


 「空間を引き裂く道具で……豆くらいの大きさの魔獣の爪です。これの出力を上げる方法がないかと現在、帝国の工房にも相談しつつ検討しています」


 「……」


 ラピスラズリーさんが考え込んでいる。何か使えそうななものがないか考えてくれているようだ。そうした中で、アネットさんのお父さんが帝国の工房の話をしてくれる。


 「帝国の工房に協力をあおいでいるとの事ですが……帝国の専属の工房は、主に鉱物の加工のみを扱っています。その他の自然物を取り入れるとなれば、あまりノウハウが活かせないのではないかと」


 「前に……ヒモを作ってくれた記憶があります。あれは……」


 「それは細い金属を編んだものでしょう。光沢がありませんでしたか?」


 「言われてみれば……金色をしていました。あれも金属なのですね……」


 リディアさんの言うヒモというのは恐らく、エメリアさんが帝国の工房に作ってもらったものである。あれも金属なのか。そういった繊維状のものを作ることができるとなれば、かなり技術的には高度なのだと思われる。


 ただ、やはり鉱物を専門としている以上は、魔獣の爪を……それも、この世界の生き物ではないものを混ぜ込むことに積極的ではない可能性もある。期待できるかというと難しそうではある。その内、考え込んでいたラピスラズリーさんが、頭の中でまとまった考えをリディアさん達へ伝えてくれた。


 「……ラピスラズリーも装備の生成につきましては、詳しくはありません。ただ、お聞きした限り、1つだけ空間の制御に使えそうなものがございます。はい」


 「それは一体……」


 「ダンジョンの……端っこです」


 「ダンジョンの……端っこ?」


 ダンジョンの端……言葉通りに受け取るならば、ラピスラズリーダンジョンの端っこと考えるのが正しそうである。


 「あ……あれだ」

 「そうです。あれです」

 「うん。憶えている」

 「ええと……メフィストさんは、知っているのですか?」

 「前にダンジョンに入った時に見た」


 メフィストさんはラピスラズリーさんの店の地下にあるダンジョンに入ったことがあるんだったな。逆にリディアさんは入り口の下までしか行ったことがないので、それを見たことがないのだろう。同様に、俺も見た記憶はない。


 「売ってくれる?」


 「お店には置いてありませんので、取りに行く必要がございます。取ってきていただければ、料金は必要ありません。はい」


 「聖女様。取りに行けばくれるみたい」


 「試せるものは全て試すべきでしょう。ぜひ、行かせていただきます」


 クト様の爪を強化する目的から、思いがけずもラピスラズリーダンジョンにもぐることとなった。しかし、その話を聞いていたアネットさんのお父さんが、その先のことを心配している。


 「その……ダンジョンの端っこがどのようなものかは私も定かでありませんが、それを空間を切り開く道具と、どうやって組み合わせましょうか。恐らく、帝国の工房では難しいかと」


 それもそうだな。街には他にも工房はありそうだが、そんなよく解らないものと、よく解らないものをそれぞれ渡して、合体させてくれる場所があるかというと疑問ではある。


 「珍しい顔ぶれじゃないか。何か作るのか?」


 こちらの話し声が聞こえていたらしい。店の中を見ていた男の人が、親しげな様子で会話に参加する。体中に装備をつけていて、やけに守りが堅そうだ。でも、装備には詳しそうな人である。


 とりあえず相談してみるだけはしてみようと、リディアさんがかいつまんで現状を告げる。


 「未確認の魔獣から得た爪と、ダンジョンの端を組み合わせ、未だかつて見たことのないものを作ろうとしています」


 「見た目に寄らず破天荒だな。お嬢さん」


 確かに説明だけ聞くと、とんでもない人の発想ではある。しかし、それを実現しないことには聖獣には会いに行けない……。


 だが、そんな漠然とした計画に、男の人は自信満々に告げる。


 「できるとなれば、それは世界一のクラフト集団さ。ドン・ガレッキを師として仰ぐガレッキ団にできなきゃ、あとは誰でも無理だろうよ」


 「そ……そのような人たちが。どちらにいらっしゃるのですか?」


 「ミルキスという山脈に集落を作ってるって話だ。頼んで作ってもらえるかは、また別の話だがな」


 ミルキス山脈……最近、どこかで聞いたな……盗賊団の人たちが話していたような気もする。ガレッキ団の話を聞いて、アネットさんのお父さんが横から尋ねる。


 「ガレッキ団の作った装備など、街でも見たことがないのですが……実在するのですか?」


 「ガレッキは作ったものに刻印をつけないからな。だから、店で売っていても解らない。ニセモノでも見分けがつかない」


 「ほお。今後、装備を扱う同業者に聴取してみます」


 そんな、装備のプロであるアネットさんのお父さんですら認知していない職人たち。彼らがいるというミルキス山脈について、リディアさんが質問する。


 「その……ミルキス山脈という場所は、どちらに……」

 「砂丘を超えた先にある豪雪地帯。その山奥という話だ」

 「なぜ、そのような場所でクラフトを……」

 「なぜって?それは……」


 お客さんの男の人が、人差し指を立てて見せつつ答えをくれる。


 「鍛冶には高温が伴う。熱くなったら、すぐ外に出て雪にダイブできるからさ」

 「それならば……海でもよくないですか?」

 「聖女様。雪の方が早く冷えると思う」

 「ラピスラズリーも、そう思います。はい」

 「真っ赤に熱くなった体で雪に飛び込む。いやはや、一度はやってみたいものです」

 「……言われてみると私も、そんな気がしてきました。雪の方が気持ちいいかもしれません」


 海に入ればいいと言ったリディアさんが、周囲から総つっこみを受けている。このやりとりも以前……盗賊団がやっていた気がする。俺としてはどっちでもよさそうに思えるが、どことなく……みんなの雪に対するあこがれの強さみたいなものが伝わってくるので、雪の方がいいのかもしれない。

続きます。

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