第94話『ライブ』
「……熱っ」
「どれどれ」
夜の海風が肌寒いとの理由から、セキル君はカイロ代わりとして俺を手に持っている。俺は自分の体温については解らないが、ひとまず素手で触っても火傷しない程度には冷めたようだな。セキル君のお父さんも別の石を取り出して、コートのポケットへと入れている。
俺たちのいる場所は片側が展望台となっていて、その向こうには黒い海と夜空が広がっている。海岸は船着き場として機能しているようで、階段を下ったところには大小様々な船が停泊していた。海には色とりどりの星が映し出され、まるで大きな黒い鏡に空模様を反射させたような様である。
展望台の逆側にはお店が立ち並んでいる。町は海の方から町の入り口へとかけて、段々と高くなるよう作られている。建物は木造より石造りのものが多いな。俺たちのいる通路は広く、荷馬車が3台ほどブッキングしても、問題なく行き来できる程度にはゆとりがある。
「帰って、ご飯にしよう」
「う……うん」
今日は稼ぎも多かったようだし、お父さんは満足そうにヒゲをさすっている。ただ、セキル君は少し浮かない顔をして、半分に割ったイモをもそもそとかじっている。どうしたのかな。
「……」
お父さんが焼き芋の屋台を引き、その後ろをセキル君が歩いている。家路をたどって移動を始めた数分後、近くの建物から音楽らしきものが小さく聞こえてきた。ここは……酒場かな。看板にはタルやビールジョッキの絵がでかでかと描かれているし、電飾みたいな光もついていて非常に派手だ。そんな酒場の前で、セキル君が足を止めた。
「父さん。僕も歌、聞いていきたい」
「ん?いや、セキルに酒場は早いよ。それに、道草を食ったのがバレたら、母ちゃんに怒られてしまう……」
そうか……セキル君は歌のお兄さんのライブを見て帰りたかったんだな。でも、お父さんはお母さんには頭が上がらないらしく、お説教は避けたいと見える。とはいえ、セキル君の気持ちも無下にできず、少し考え込むように腕を組んでいる。
「日中のコンサートならば、明日にでも連れてきてあげるよ」
「カルセルドに有名な歌手が来るなんて、もうないかもしれないし……昔ながらの民謡なんて、聞いても眠くなっちゃうだけだよ」
俺としては人混みや騒がしい場所は苦手だから、家で1人でCDでも聞いている方がいいと思うのだけど……この世界には、そもそも音楽を再生するメディアがないのか。そうなれば、リアルのライブでしか異国の音楽を楽しむ術はない。
「……」
それに、お兄さんの歌と演奏を間近で聞いた俺としては、一度は聞いてみて欲しい素晴らしいものだと感じた。お母さんに怒られることを差し引きしても、十分に価値のある体験なのではないだろうか。どうにかして、酒場に入れるように誘導できないかな……。
「……」
酒場の入り口には木製の大きなドアがついていて、それは取っ手もなく押せば前後に開くだけの簡素なものだ。道に零れてくる音楽に惹かれたのか、酒場へと入っていく人は頻繁に見られる。また勝手なことをして迷惑をかけてはいけないと思いつつも……俺は意を決して、ドアが開いた瞬間を見計らいセキル君の手から勢いよく飛び出した。
「あっ……」
ドアが閉まる。その寸前で、俺は酒場へと転がり込んだ。人の足にぶつからないよう、すぐにカウンターらしきものの下へとうずくまる。いや、俺だって未成年だから、酒場に入るなんて慣れないし、それなりにドキドキしている。ゲイトさんの店は、どちらかといったら酒場より飯屋って感じだったしな。
「危ないだろう?石を投げてはいけないぞ」
「違うよ!石が逃げたんだ!」
「う~ん……そりゃあ、そう見えなくもなかったがね」
俺をひろうために、セキル君とお父さんが酒場へと入って来る。ここはお勘定をする場所らしく、お酒を飲む席はもっと先にあるようだ。先程まで聞こえていた歌は……聞こえなくなってしまった。もうライブは終わっちゃったのかもしれないな。
「ん?なに?ライブを見に来たのかい?」
「いえ……息子の落とし物が転がりまして」
「……あんたら、タリロいもを売ってた屋台の人?」
「あ……ええ。先程は、どうもありがとうございます」
セキル君が俺を拾い上げている横で、レジ前に立っている男の人とお父さんは顔見知りの素振りで会話を始めた。イモを買っていった人が、酒場の受付をしている人だったのかな。大層、イモの味がよかったのか、お父さんたちにも好意的な顔を見せている。
「すでに演奏は終了したかもだが、立ち見でよけりゃ、席料いらないよ」
「ううん……しかしですね」
「お父さん!ちょっとだけ見ていこうよ!」
「……じゃあ、ちょっと待ってなさい。屋台にカギをかけてくるから」
酒場に入ってしまった上、店の人にも厚意にしてもらった為、ついにお父さんも折れたらしい。一旦、外の屋台へと戻ると言い、店を出て行った。でも、セキル君はライブが終わったのかどうかが気がかりでならないらしく、カウンターの奥にあるカーテンをのけて、酒場の中の様子をうかがっている。
「……」
酒場の中には5人くらい座れるテーブル席が10個ほどあり、そことは別にカウンター席が壁際にたくさん並んでいる。店の中央に円盤型のステージが作られていて、キラキラした服装の男の人が1人で立っているのがうかがえた。前に見た時と衣装は違うけど、あの楽器といい艶やかな立ち振る舞いといい、俺と一緒に町へと来た男の人に違いない。
「盛り上がってきたところ悪いけども……俺も魚が食べたいから、次で最後の曲な!」
「……セキル。もう歌は終わったのかな?」
「次が最後だって」
よかった。1曲は聞いて帰れそうだな。それに、俺の知っている限りでは、ライブにはアンコールというお約束のものが存在するというし、これほど盛況であればきっぱりと舞台を降りることもできないかもしれない。
「聞いてくれ!次の曲!『おお!あこがれのダイマグロ』」
アンコールに期待したのも束の間、最後の曲の名前からも魚が食べたい気持ちがだだ洩れであり、さっさとステージを降りる姿勢とも否めない。こんなタイトルなのに曲は激しいロックチューンで、彼の魚に対する情熱の深さが感じられた。4分ほどもある曲のはずが、耳を澄ませていたら、あっという間に終了してしまった。
「すごかったね。父さん……父さん?」
「うん……すごいな。異国の音楽は」
異国の音楽に触れて、セキル君のテンションが上がっているのは顔を見れば一目瞭然だったのだが、まさかのお父さんの方が号泣に至っている。全体的にいえば、歌詞は魚料理の美味しさしか伝えていなかったはずなのに、勢いに押されて感動してしまったようだ。
「アンコール!」
「アンコール!」
やはり、この世界にもアンコールという文化はあるようで、お客さんたちはジョッキを片手にかかげて叫び始めた。こうなることは解っていたのか、歌のお兄さんも笑顔で楽器を持ち直している。そんな大盛況の中で、ややどすのきいた女の人の声が酒場内に響いた。
「そのアンコール、ちょいとお待ち!」
「……?」
なんだ?酒場の一帯には、青い服を着た集団が20人くらい集まっている。その集団の中でも、ステージに近い場所に座っていた女の人が立ち上がり、歌のお兄さんを指さしながらに呼びかけている。
「あんた、気に入ったよ!これからはあたいら、アクアマリーン海賊団の船で歌いな!」
「そうですそうです!アクアマリーン様の言う通り!」
「え……海賊?」
海賊団からの突然の勧誘を受けて、歌のお兄さんも動揺している……というか、呆れた表情を見せている。周りの青い服の男の人たちは、みんな海賊団の一員みたいだな。で、青いマントをつけている金髪の女の人が、船長のアクアマリーンさんなのだと思われる。
「さあ、降りてくるんだよ!海賊団に加わるのさ!」
「やだよ!海賊なんて!」
「さもなくば……おい!手前ら!やっちまえ!」
身長2メートルはあろうという大男たちが、ざっと立ち上がってステージへと近づいていく。酒場の店長と見られるおじさんが、暴力沙汰と判断して止めに入って来る。
「あの……そういうのはちょっと」
「あたいらの実力、見せてやりな!」
「おっすです!アクアマリーン様!」
男たちは手を胸の前で組み、横一列に並ぶ。そして、統制のとれた野太い声を響かせた。
「おお~!勇敢なる海の戦士~!アクアマリーン~!」
なぜ、歌いだしたのか。歌のお兄さんも、楽器を構えたままで身をかためている。
「あたいらが音楽にも精通しているところを見せてやるんだよ!次、高音部隊!出動!」
「おお~!広大な海の支配者~!アクアマリーン~!」
見たところ、海賊団は船長以外は男の人ばかりらしい。今度は体が小さく、声の高い団員さんたちが歌に加わってきた。このままでは威圧感で押し切られると見たのか、歌のお兄さんも楽器を鳴らして歌声で応戦している。
「イェ~!海の賊ッ!山の賊ッ!それは悪だぜッ!悪党さぁ~!」
「そうだそうだ~!白い砂嵐さんの言う通り~!」
「ライブのジャマだて、許すまじ~!」
海賊以外の観客たちも、歌のお兄さんを守ろうと参戦してきた。なぜか、みんな一様に歌で会話をしている。俺の家は山にも海にも近くない場所にあったからよく知らないけど、港町って愉快なところなんだな……。
「そうそう~!白い砂嵐さんの歌は、みんなのものさ~!」
「白い砂嵐さんを独り占めしちゃいけないんだ~。いけないんだよ~」
歌に感激はしたものの、まだ町の人たちは歌のお兄さんの名前を憶えていないらしく、今のところは2つ名の方で呼ばれている。歌声と歌声が反発し合って、なんだかもう、よく解らなくなってきた。あまり教育上よろしくない場面と見て、お父さんはセキル君を連れて一足先に酒場から脱出した。
「あれが海賊か……僕、初めて見た」
「うちに店にも来たことはあるけども、悪さをする人たちではないのだがね」
お父さんが言うに、海賊とは呼ばれているものの、人を襲ったり盗みを働いたりする人たちではないという。まあ、他のお客さんが抵抗を見せたのも、そういったアクアマリーン海賊団の本質を見極めているからなのだろう。そうでなかったら怖くて、歌に歌をかぶせていく勇気も出ないと思う……。
「……?」
「……大変な目にあったぜ」
セキル君とお父さんが屋台の車輪につけたカギを外していると、歌のお兄さんが酒場から駆けだしてくるのが見えた。混乱に乗じて、海賊から逃げて来たみたいだな。どちらへ逃走しようかとキョロキョロしている内にも、建物の中から追手の声が聞こえてくる。
「外に逃げたぞ~!追え~!」
「やべぇ!来やがった!」
「き……君。こっちへ」
お父さんが屋台の下についている戸を開き、歌のお兄さんへと手招きしている。すぐにお父さんの言いたい事が判断できたようで、歌のお兄さんは屋台の中へと身を隠した。
「……見失った!どっちへ行った!」
「見つけなくては、アクアマリーン様に叱られる!」
次々と酒場から海賊が飛び出し、歌のお兄さんを探して町へと走っていく。しばらくは外に出られなさそうと見て、セキル君とお父さんはお兄さんを屋台に入れたまま、ゆっくりと屋台を引いて移動を開始した。
「助かったぜ……サンキュー」
「いえ……お気になさらず」
海賊の声が聞こえない場所までやってくると、戸を少しだけスライドさせて開き、歌のお兄さんはお父さんたちに感謝を述べた。助かったことは喜ばしいようなのだが、入れられている環境には少し気になる部分があるらしい。
「なんかここ、土っぽいな……何が入ってたの?」
「そこは……イモが入っておりました」
「イモか……どうせなら、魚臭い方が嬉しかったな」
歌のお兄さんは魚介好きなので、ほんのわずかにでも海を感じていたかった様子である。ともかく……まあ、土くさいことに関しては問題なさそうで何よりである。
第95話へ続く




