第945話『面会』
ロゼさんが空間にヒビ割れを作り、そこに上半身をつっこんだまま、天空大陸に住んでいるという、じっちゃんを探している。
「じっちゃーん!」
ロゼさんの声は俺たちがいる世界ではなく、天空大陸のある方へと向いている。なので、こちらから聞くと微妙にリバーブのかかったような、ぼやっとした声に聞こえる。
「じ……じっちゃーん!どこにおりますかー!」
本来、面会する予定だった場所ではない為、なかなかじっちゃんが見つからない様子だ。暗いなら灯りをつけるなりして目印に出来るのだろうけど、天空大陸のある世界は日中と大差ない程度には明るい。居場所を伝えるのは難しそうだ。
しばらく呼びかけを行ってみたものの結局、じっちゃんは見つからず……ロゼさんは上半身を世界の境目から引き抜く。
「じっちゃんを探してきますので、しばしお待ちください。怒られるといけないので、ここは閉じて行きます」
「あ……はい。すみません」
リディアさんに頭を下げ、またロゼさんは狭い穴に頭をつっこむ。ぐりぐりと体をねじるように動かし、天空大陸のある世界へと帰っていった。その後、穴を作った時と同様に、道具を使って穴を閉じる。
「……」
まあ、わざわざ閉じなくても……こんな狭い穴じゃあ体の小さなメフィストさんですら通ることはできない。逆に天空大陸の生き物が、間違えて飛び出してくる方を懸念したのかもしれない。
天空大陸へと続く穴は閉じられたものの、ひび割れのようなものだけは空に残っている。それをリディアさんが近くで観察している。
「……実際に開けるところは初めて見ましたが、こことは別の空間があるとは。まだ実感が湧きません」
「うん。この世界には不思議が、たくさんある」
そう言いつつメフィストさんがヒビ割れに触ってみるが、今回は触った瞬間に消えてしまうでもなく、その手をすり抜けてしまう。ヒビ割れだけの状態では基本的に、触ることはできないようだな。
そのまま10分ほど待機してみるが、なかなかロゼさんは戻ってこない。シロガネさんが、じっちゃんを見つけられなかった時の対応について考え始める。
「先程の場所……面接室にて対応する必要があるとすれば、帝王様に起床してもらうことも検討すべきでしょうか」
「まずはゲンブ殿を説得し、協力いただくところから始めます。会議を始めるまでに2時間は要すると見てください。そして、帝王様は朝に強くはありません」
騎士団長さんといえども、帝王様に早めに起きてくれるよう頼むのは容易ではないようだ。朝は血圧が低い人なのかも解らない。
「……」
騎士団長さんがつれてきた白い姿の女の人は、特に会話に参加するするでもなく騎士団長さんの後ろにいる。この人は……誰なのだろう。白い翼にも似たものがあるから、もしかして天空大陸に住んでいる人と同じ種族の可能性もある。鑑定させてもらった。
『種族:竜人族』
竜人族の人なのか。雰囲気は鳥っぽいけど、言われてみればドラゴンのウロコにも似たものが皮膚についている。アレクシア帝国は唯一、竜人族にだけは対応がゆるい部分もあるし、見習いの騎士団員といった人なのかもしれない。
「……?」
ヒビ割れの残っている場所……とは微妙に1メートルほどズレた場所に、新たなヒビ割れが発生した。少し離れて様子を見ていると、バスケットボールくらいの大きさの穴が開き、そこからひげもじゃのおじいさんが顔を出す。
「……おお!外界は暗いのじゃな。ああ……もしや、あなたがたが外界の人間ですかい?」
「……?」
「じっちゃーん!聖女様方は見つかりましたか!」
突然のおじいさんの登場に、みんながどう対応するか迷っていると、おじいさんの後ろの方からロゼさんの声が聞こえてきた。じゃあ、この人が度々、話に出ていたじっちゃんなのだろうか。顔しか見えないけど……。
「もしや……そこの方が、聖女様ですかー!」
「……ッ!」
突然、じっちゃんから聖女かどうかの確認を受け、騎士団長さんの後ろにいる白い女の人が目をぱちぱちさせている。
「じっちゃん殿。こちらは聖女ではない」
「おお。誰じゃ君は」
「私はアレクシア帝国の騎士団長を務めるルクローム・シファリビアです」
「……なんじゃ?アレクシア帝国って。外界のことはよく解らん」
「じっちゃん!ロゼが。ここはロゼが話をさせていただきます」
全然、話が進まないので、やっぱりロゼさんにも会話に加わってもらうこととなった。じっちゃんのひげもじゃの下から、ロゼさんがグッと顔を出す。
「聖女様は……あちらです!たくさん肌の出ている方が聖女様です」
「おお……これは失礼。見るからに聖なるオーラに満ちておる。さすが聖女様じゃ。わしはロゼのじっちゃじゃ」
「ど……どうも初めまして。リディア・シファリビアです」
じっちゃんの後ろから、ざわざわとした声が聞こえている。じっちゃんだけでなく何人か後ろに天空大陸の人がいるようだな。
「わしらがロゼを遣わしたのは、他でもない。クト様に異変が起きているからなのじゃ」
「クト様……とは、どちらにいらっしゃる方なのですか」
「クト様をお連れすることは難しい。なにせ、天空大陸のてっぺんにおられる巨鳥なのですじゃ」
やはりクト様というのが、聖獣の1体である可能性は高そうである。この話しぶりからして、そんなに会うのも難しくなさそうではあるが……未だ、天空大陸の景観はじっちゃんのヒゲに隠されている。
「こちらに来てクト様に会ってください。クト様は日に日にイライラが……いや、クタクタに……いや、なんちゅーか。あれじゃ。ムズムズしとる感じなんじゃ。大変なんじゃよ」
「お待ちくださいまし。こちらは準備が整っておりません。そちらへ向かうのは、次回をお待ちいただきたく存じますわ」
今日は会って話を聞くだけ。そう思っていたのに、なんだか急に行く感じになってきた。それを受け、シロガネさんが話にストップをかける。
「準備……とすると、じっちゃん!聖女様は、まだ黄金爪を食べていないのかもしれません」
「そうじゃったか!ここにあるのでお渡ししますじゃ。ちょっとムシるから待っとってくれ」
「いえいえ……黄金爪は食べたので、それは問題ないのですが……」
「そうじゃったか!ほら、ロゼ!聖女様は当然、黄金爪を食べてくださっておる」
「そ……そうでしたか。とても失礼しました」
黄金爪に関しては決死の思いで口に入れ、そのすっぱさに耐え忍んでいる最中である。なので、行くことはできる。しかし、行けるのはリディアさんのみであり、単身で見ず知らずの世界へ行くというのは……やや心配もある。
それも踏まえた上で、リディアさんは別の問題を提起する。
「あの……お聞きしたいことが」
「なんですかな?」
「……もう少し、穴を……大きくすることはできませんでしょうか」
「……」
リディアさんの質問を受け、じっちゃんが顔をしかめる。そして、質問に質問を返してしまう……。
「そこをなんとか。聖女様のお力で……こう、体をグッと。丸めて通るとか、できませんですか?」
「で……できません」
「ですかぁ。それは……困ったもんじゃな」
ということは……広げられないんですか?
「あれですじゃ。わしらも通れないのじゃ。それで体の小さいロゼを行かせたわけです」
前々から、なんで子どものロゼさんだけをこちらの世界に送り出しているのか疑問だったが、どうやら開けられる穴の大きさが、この大きさでマックスなのだと見られる。大体、バケツの口くらいの広さだ。人が……それも大人が通るのは非常に厳しい。
「……ちょっと失礼します」
リディアさんが穴に近づき、ロゼさんとじっちゃんが穴から離れる。空中に開いている穴へと腕を入れ、次に肩を押し込もうとする。そうして、何度か試行錯誤した後……リディアさんは穴から腕を抜いた。
「あ……無理そうです」
一応、通れないか試してくれたらしい。何事もやってみなければ解らないものである。ただ、現状は通り抜けるのは難しいものと見られる。
「困ったのぉ。じゃあ、無理ですか」
「はい。力及ばず、申し訳ございませんが……」
「解りましたですじゃ。ですが、このじっちゃから、一つお願いが……」
「……?」
「今日はですな。聖女様を見たいと言って、わしの後ろに125人が控えております。どうか挨拶だけでもしてやってくださいませんか?」
「あ……はい」
なんかガヤガヤしてるなとは思っていたが、後ろに100人以上も天空大陸の人が控えていたらしい。とりあえず、どうやって通り抜けるかという手前の問題は置いておいて、今日は挨拶を済ませることとなった……。
続きます。




