第944話『接続』
しばらくゲンブルさんとリディアさんの話を聞いている内に、馬車は林を抜けた。いつもの住宅街に近い道ではなく、正面に公園らしき場所の見えている通りに出る。
「……まだ外は暗いようですね」
リディアさんの言う通り、林の外に出ても、まだ陽は昇っていない。時計で時刻は確認できるものの、実際に空の明るさを見てみないことには体内時計はリセットされないものである。
街は夜明け前なので、公園を歩いている人の姿も今はない。この辺りは仕事で通る人も少なさそうなので、なおさら人気もない。そうして馬車の小さな窓から景色を眺めつつ、お茶を飲み終えた頃には入国門広場へと到着していた。
「到着いたしました。入国門でございます」
「ありがとうございました……ゲンブルさん。朝から、すみません」
ゲンブルさんにドアを開けてもらい、リディアさんとメフィストさんは静かな広場へと降りる。あちらこちらに照明がある分、ルビィさんの家の近くに比べたら明るい気もする。常にライトアップされている帝国城が見えているのも、見通しの良さに繋がっている。
「それでは、お二方。御用の際はシロガネさんにお伝えください。すぐにゲンブルが駆けつけます故」
「もしもの時は、よろしくお願いします」
執事のゲンブルさんは馬車に乗り直し、来た道を戻っていく。馬車に灯る怪しい紫色の炎が見えなくなったのと入れ替わりで、シロガネさんが入国門の方からやってくる。
「ロゼ様は入国門内の面会室にお通ししています」
「ま……まだいますか?」
「いらっしゃいます……いらっしゃいますわ。帝国の名誉にかけて、二度の逃亡は見逃しませんわ」
またいなくなっているのではないか。というリディアさんの心配に、シロガネさんが力強く返答する。まあ、ロゼさんも前に一度、逃亡している身であるからして、そこは覚悟の上で今日は来ているのではないかとも思う。
ロゼさんは前に会った時と同じ面接室にいるらしく、リディアさんたちは厳重に施錠された入国門の裏口へと入る。
「……おはようございます。こちらにロゼ氏をお連れしております」
「お疲れ様ですわ」
ドアの前で待っていた警備の人が、シロガネさんたちに気づいて面接室へと通してくれた。部屋の中へ入ると、今日は室内にも見張りの人が立っていた。密室でも油断できないので、常に見ていないといけない監視体制となったようだ……。
「みなさん。おはようございます。ロゼ氏は、こちらにいらっしゃいます」
「お……おはようございますと申し上げます。ロゼです」
「おはようございます」
朝早いせいか、みんなテンションが低い。早く着きすぎてしまったことにロゼさんも気づいているのか、やや申し訳なさそうな顔をしている……。
「では、私は部屋の外で待機しております」
ロゼさんを見張っていた警備の人が、一礼して見せた後に部屋を出ていく。ロゼさんと向き直る形で座ったリディアさんが、改めて朝の早さについて言及する。
「……なぜ、こんな夜明けに前に」
「いえ……天空大陸は、すでに蒼天でございます。こちらに着いたら、暗くなっていました」
「……?」
天空大陸には、とっくに陽が昇っているらしい。やっぱり時間の流れというか、時差みたいなものがあるのだろうか。
「……」
いや……そんな複雑な話ではないかもしれない。天空大陸だから、そもそも陸地が高いのだ。そのせいで日の出が早い。日の入りも同様に、こちらより遅いのだと思われる。
「う……ウソは。ロゼはウソは申し上げません。ご迷惑をお掛けしようなどという気持ちは、さほどもないうららかなロゼの心です」
「いえ……疑っているわけでは。日中にお越しいただく方が、こちらとしてはもてなしやすいと思っています」
「は……こんなよそ者のロゼをおもてなししてくれるとは。聖女様は、やはりお優しい方です」
そうしてかみ合っているのかどうなのか解らない話をしている内、リディアさんの声が少しずつガラガラし始めた。多分、すっぱさが……黄金爪の後遺症が込み上げてきたのだと思われる。
「ど……どうされましたか。聖女様」
「いえ……昨日、少し変わったものを食べたので、口の調子がよろしくなく」
「そういう時は……これで元気を出してください。黄金爪を差し上げます」
「それは……今はちょっと」
少し変わったもの。すなわち、それである。リディアさんは手振りで黄金爪をお断りしつつ、会話の主導権をメフィストさんへ譲る。
「……ロゼさん。ワタシたち、天空大陸へ行きたい。黄金爪を食べたら、すぐにでも行ける?」
「は……はい。ですが、今日はじっちゃんたちが、聖女様方にお会いしたいと言っていて、まずは面会できないか頼みに来たのです」
とすると、ロゼさん以外の人たちも、こちらの世界にやってくるのだろうか。どのように面会する予定なのか、引き続きロゼさんの話を聞く。
「じっちゃんたちをここに連れてくるのは難しいです。だから、この部屋に出入り口を作って、天空大陸にいるじっちゃんたちとお話をする方法を取りたいのです」
「……失礼ですが、それは……この部屋を……天空大陸と繋げるといったお話でしょうか」
横で話を聞きつつ、リディアさんにお茶を淹れてあげていたシロガネさんが、やや困った様子で話に加わる。
「そのつもりです。のぞける程度の小さな穴ですが……」
「……この部屋はアレクシア帝国においては街の外ですが、街に最も近い場所です。そこへ外空間と繋がる穴を作ることは、とてもイレギュラーな対応となります。せめて、入国門の外で面会することはできませんでしょうか」
「ここは前に穴を開けたことがあるので、天空大陸のどこに繋がるか解っています。ただ、ここ以外は……どこに繋がるか解りません」
こちらの世界と、天空大陸がある世界はそれぞれ、穴を開けた場所によって相互関係にあるようだ。ただ、穴を開ける場所が少しでもズレると、今度はどこに出るかは解らない。場所によってはじっちゃんたちに来てもらうのが難しい場合も考えられる。
「……解りましたわ。お嬢様。メフィストさん。二時間ほど、こちらでお待ちいただくやもわかりません。ただいまよりワタクシは……お休み中の帝王様にお声掛けしに参ります」
帝王様という言葉を聞き、リディアさんが思わず立ち上がる。
「ま……待ってください。なぜ、この未明から帝王様を起こしに」
「未知なる土地と空間を繋げるという異例の事態につき、軍法会議が必要となるからでございます。ルクローム様やゲンブ様にもご相談の上、英傑の方々に力添えいただきますわ」
ここに穴を作り、天空大陸に住む人たちと会話をする。それは俺が思っているより何倍も、大変なことであるようだ。それをロゼさんも察したようで、慌ててシロガネさんを止めにかかる。
「ロゼは子どもですが……今、大変なことが起こっているのは解りました。お外で天空大陸と繋げたら、大丈夫なんですか?」
「大丈夫……とまでは言い切れませんので、警備を固める必要はございます。ですが、そちらの方が、お話としましては早いかと」
「わ……解りました。それで、やってみます」
この部屋と入国門の外だと、距離的には5メートルくらい離れているかどうかといった感じだが、その少しの差がどれほど位置関係に影響を与えるのか。それはロゼさんも解らないといったところである。
という訳で、お外に出ることとなった。みんなは面接室を出て、入って来た方とは別の方向にある通路を進む。そうして一行は入国審査室へとやってきたのだが、まだ入出国できる時間ではないので準備中である。審査室の人たちに代わり、リディアさん達はシロガネさんに審査してもらう必要があるようだ。
「……私もメフィストさんも、持ち物は特にはないので問題はなさそうですが」
「むしろ、ワタクシの持ち物検査が一番、時間がかかるかと存じますわ」
シロガネさんも一応、出国にあたり検査が必要となるらしい。準備中の係員の人に手伝ってもらい、なんとか4人は国防壁の外へと出た。
「ただいま、警備を担当される方をお呼びしております。しばらく、お待ちください」
「……少しずつ、明るくなってきましたね」
リディアさんが空を仰いでいる。黒色をしていた空が徐々に、青色を含んで光り始めているのが解る。俺はリンちゃんの家の前の照明を消して、再びリディアさんのつけているネックレスへと意識を戻した。
「……待たせた。それでは、面会を始めて欲しい」
「……?」
10分くらい経った頃になり、鎧を着た大きな人と、やけに白い姿をした見たことのない女の人がやってきた。鎧を着た人は騎士団長さんだが……もう一人は誰だろう。
「お……お兄様、コクサ王国より戻られていたのですか」
「ああ。そう何日も帝国を開けてはおけない。昨晩に戻った」
国の近くに、天空大陸と繋がる裂け目を作る。そんなイレギュラー対応となれば、誰かを派遣するよりかは自分で来た方が早いと考えた節もあるようだ。カチカチの鎧を着こんだ騎士団長さんを見て、ロゼさんが少し身を固めている。
「はじめまして。私はロゼです。あの……天空大陸から来たロゼです」
「ルクローム・シファリビアだ。危険と判断された場合、あなたを止める可能性はあるが、それまでは気にせず進めて欲しい」
「……お兄様。そちらの女性は」
「私も、やや混乱している。いずれ話す」
何も言わずに騎士団長さんの背後を取っている女性。そちらをリディアさんが気にしているが、なぜか騎士団長さん自身も説明に困っている。俺も初めて見る人ではあるけど……なんだろう。どこかで見た記憶もある。誰だったっけ……。
「そ……それでは、天空大陸と繋げたいと思います。うわー!じっちゃーん!」
ロゼさんは金色の爪……みたいな道具を取り出し、それを何もない空間に押し当てる。まるでガラスが割れるかのように、光の裂け目みたいなものが夜明け前の景色に浮かび上がる。
「……」
その場にいる全員が興味深そうに、ヒビ割れの奥を見つめる。青い空が暗い空間に浮かんでおり、別世界へ繋がっているということは俺にも一目で解った。
大体、15センチ程度のヒビ割れができたところで、ロゼさんは息を整えつつ手に持っていた道具を引いた。ヒビ割れを作るにも、それなりに体力が必要であるようだ。ひび割れの尖ったところを道具でつついて、やや丸い形に整える。
「……じっちゃーん!いますかー!じっちゃーん!」
その後、ロゼさんがひび割れに頭をつっこみ、天空大陸へと呼び掛ける。もちろん、突っ込んだ部分は向こうの世界にあるので、こちらからは見えていない。いわば、下半身だけが宙に浮いた状態となっている。
「じっちゃーん?いますかー?」
「あの……ロゼさん。大丈夫なのですか?上半身がなくなっていますが」
「はっ……今、聖女様にお尻に話し掛けられた気配を感じたロゼです。ロゼは元気です。しかし、お尻で話すことはできません。失礼しています」
「いえ……失礼ではありませんが、大丈夫なら……いいです」
続きます。




