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第936話『悩み』

 お野菜ランドの植物学者の人たちは、ぜひとも黄金爪について調査を進めたいと言う。しかし、オーナーであるライゼンさんとしては天空大陸の未知なる脅威につき、簡単には了承できないと考えているようだ。


 それでもライゼンさんは調査に関して、前向きに検討はしてくれる様子である。実際に天空大陸へ行けるかどうかは、そこの調整がつくかつかないかにかかっているようだ。


 「聞いてくれ。お野菜ランド・植物学研究隊の諸君。黄金爪の正体は天空大陸にありと見られる。まずは調査団には、天空大陸にまつわる情報を集めていただきたい。以降は隊長の指示に従い、事前の調べを進めて欲しい」


 「はい。指揮は私にお任せください」


 「パーズズズ君は帝国への返信という形にて、調査協力を申請する文書の作成にあたって欲しい。学術的に価値があると判断されたならば、帝国と連携も可能だろう」


 「解りました」


 パーズズズさんは帝国の研究所にお姉さんがいるから、そういった点でも連絡しやすい立場だと考えたのだろう。事実、黄金爪の調査はアレクシアの研究施設でも進められているようだから、話は飲んでくれそうな気はする。


 合わせて今回、研究を推し進める理由についても、ライゼンさんが簡潔に告げる。


 「黄金爪の謎が明らかとなれば、お野菜ランドの集客に繋げられる見込みもある。研究費に投資といった形で事務処理を進める。とはいえ、出張から戻って間もない内は、疲れが出ぬよう無理なく業務を進めて欲しい。隊員のメンタルや体調管理については、隊長からも配慮を頼みます」


 「承知しました。お心遣い、感謝いたします。チーム各員にて気配りを徹底いたします」


 ライゼンさんより今後の方針が説明され、まずは手の届く範囲で調査が開始される模様だ。そうして話が一段落したところで、羽のある男の人が挙手する。


 「とりあえず……黄金爪の解剖や、保管作業をやりませんか?」

 「そうだった。ライゼン殿、黄金爪の内部を観察したく。別室へと移動いたします」

 「了解しました。お願いします」


 書庫で解剖するのも難しいとして、4人は研究に特化した部屋へ行くために準備を始めた。テーブルの上を片付けつつ、パーズズズさんが隊長さんへと声をかける。


 「でも、隊長。黄金爪の味については……どう調べましょう。人には耐えかねるものと聞きますし、ンジュー族の人の味覚では正確な味が解らないのでは」


 「味の強い食材を試す時に使うアレがあるだろう。応用できないものか」


 「ああ……どこまで黄金爪に効きますでしょうか。あとストックがあったかも確認します」


 黄金爪の殺人的なすっぱさ。それを打ち消すことのできそうな何かが用意されているようだ。そのあたりについて、もっと詳しく話を聞きたかったが、準備を終えた4人は足早に部屋を出て行ってしまった。


 俺は体をネズミの魔獣の姿へと変形させ、部屋の隙間を通ってお野菜ランドの外へと出る。一通り窓から部屋の中をのぞいてみたのだが、研究者の人たちやライゼンさんの姿は見つからなかった。恐らく、貴重なものを保管するための暗室みたいなものがあるのだろう。窓の外からでは確認できず、俺は書庫に戻ってきた。


 「……」


 黄金爪の味を緩和する方法。他の食材に混ぜて味を薄くするのだろうか。シロガネさんも知らない方法となると、植物学者の人たちしか知らない専門的なものなのかな。


 そうして俺が黄金爪を安全に食べる方法について考えていると、一時間ほどでパーズズズさんと、学者の男の人が書庫へと戻ってきた。隊長さんはいない。


 「アレを使っても打ち消すことができない味わいとは……恐れ入ります。隊長……しばらく動けないと言っていましたが、大丈夫なのでしょうか」 


 「いやぁ。自分はガツンと来る味で好みでしたけど、隊長の様子を見るに人間には刺激が強いようですね。資料によれば命に別状はないですし、隊長も学者として有意義な体験だと言っていましたので……しばらく休めば問題ないかと」


 味の対策を講じていても、やはり黄金爪のすっぱさは想像を超えていたようだ。羽のある男の人は同じンジュー族のジェラさん達と同じで、すっぱさにも耐性があるものと見られる。


 ライゼンさんから要望を受けた通り、パーズズズさんはアレクシアへ送る文書の作成を開始している様子だ。男の人も黄金爪の味や効能について、レポートを残すこととしたようである。


 天空大陸へ向かうことを最終目標としている以上は、またリディアさん達とも情報交換をする機会が出てくるはず。黄金爪の味を少しでもやわらげる方法があるなら、適切な調理法にも繋がるかもしれない。


 「……」


 そうしてお野菜ランドにて興味深い話を聞いている内に時刻は、お昼も過ぎた。リディアさんは一向にベッドから出られずにいるし、勇者一行と盗賊団一行は砂の上を進み続けている。リンちゃんの村は……今日は平和だ。まあ、いつも平和だけど。


 港町の青果店も繁盛しているし、カルシの町にもテトランさんが入賞した祝いの雰囲気が残っている。そうした中……暗い部屋にてデスクに置いた俺を見つめ、気難しそうな顔をしている女の子がいる。呪術師のルビィさんだ。


 『現在地:呪術師マグラス邸』


 「……」


 大きな瞳を細め、じっと俺を見つめている。たまに俺を触ってみたり、ランプの光に当ててみたりしている。それは形や光沢を確かめているというよりは、その奥にある秘めた力を探ろうとしているみたいな動作だ。


 「……」


 ルビィさんは目元を押さえて立ち上がり、部屋の壁に掛けられているマントの前に立つ。あれは確か、リディアさんから買い取ったものだったな。


 「……私には才能がないのでしょうか。パパみたく立派な呪術師にはなれないのかしら」


 マントを見つめ、小さな声で弱音をこぼしている。あのマントは……ルビィさんのおじいさんのだったかな。そう言っていた記憶がある。


 「……?」


 ドアをノックする音が聞こえ、ルビィさんが扉を開く。トレーにお茶のセットを乗せて運び、ルビィさんのお父さんが入ってくる。


 「お父様……どうされましたか?」


 「いやはや。ルビィが食後のティータイムをスキップしたのでね。何か思いつめていやしないかと来てみたまでのこと」


 「今は優雅にティーを嗜む気分ではなく……」


 「そうくると思って、やや渋めのティーを淹れてみたよ。身が引き締まる味わいのティーなのだ」


 頻繁にティータイムを取るルビィさんが、昼食の後という絶好のタイミングでティーを遠慮したので、心配になって見に来てくれたようだ。お父さんはテーブルにティーセットを置き、ポットを持ち上げ上品な仕草でカップへと注ぐ。


 「ん~。いい香りだ。新緑の中を颯爽と駆けるンバンババグバゼマのようだ」


 お父さんがお茶の香りを何かに例えてくれているが、全く伝わってこない。いい香りではあるのだろうけど、そのお茶の色の濃い緑色は苦みの強さを露骨に表している。


 お茶を少し飲んだら心が休まったのか、ルビィさんは俺を見ながらお父さんへと相談を始める。


 「今朝のニュースを見ても、カルシの町に目立った変化はありませんでした。でも、お父様は……私の持ち帰った石に呪術の力を感じるとおっしゃいます。その因果関係を見いだせずにいます」


 「ああ。あれには確かに、呪術の力が込められているとも。街の人々の力となりたい。誰も不幸にさせたくない。町は私が救って見せる。絶対に。そういった何者かの意思のようなものだ」


 ルビィさんのお父さんが俺を見る。いや、そこまでの使命感は覚えてないけど……無意識に俺は、そう考えている節もあるのだろうか。


 「でも、そのような石を私は、町から遠ざけてしまった。もしかして、石が怒っていたりとかは」

 「……そういった憤怒の念は感じ取れない。自らの役目を終えたとも見えるすがすがしさである」


 事実、この石は水路から撤去されることを目的として、スペアで用意したものだ。つまり、ルビィさんのお父さんの見立ては正しいとも言える。


 「むむ。ますます解りません……では、なぜ石を持ち帰っても、カルシの町に変化がないのでしょうか」


 「……そうであるか。では、こちらを見たまえ」


 ルビィさんのお父さんが、ポットに入っているティーをカップに注ぐ。もう、あふれてしまいそう……そんな寸でのところで、ポットの傾きを戻す。


 「持論ではあるが、万物には容量がある」


 「容量……ですか?」


 「このカップを町。ティーを人々の活力や経済力と見る。これ以上は、今のキャパシティでは入らない。表面張力を持って限界とする」


 「呪術にも……それが当てはまると」


 「現在、カルシの町は必要以上に整っている。だから、その石がなくとも問題はない。そうは考えられないだろうか」


 せまい部屋をどんなに効率よく使おうとも、おさまるものはたかが知れている。幸せや努力の成果、活気……そういったものも環境に依存するのではないか。そういった話なのだろうか。


 実際、カルシの町長さんは停滞感があるとも言っていたようだ。町の作りに手を加えるでもなければ今のところは、活力が上がり切っている状態。表面張力として少しはみ出るか、そうでないかといった具合なのかも解らない。


 「しかし、この持論もまた、間違っているとも知れぬ。私とて研鑽の日々を過ごし、自身の容量を深めている最中なのだ」


 「お父様にも……まだ解らないことが」


 「ルビィよ。大人になろうとも、悩みは尽きないものだ。一生を試行錯誤に費やすこともまた、人間の生きる原動力なのではないかな」


 お父さんの言葉を受け、ルビィさんがティーを見つめながら一人、うなづいている。そして、ティーを軽く飲んだ後に、壁に掛けられているマントへと視線を向けた。


 「解りました。私もまた、悩み続けます。そうして……いつかは、正義の名のもとに魔人討伐へと向かい、命を堕とした祖父のように。立派な呪術師に」


 「……」


 ルビィさんの言葉に頷き、ルビィさんのお父さんは表面張力分のティーをすする。その後、何かを想うようにしてマントを見つめた。


 「ルビィよ」

 「はい」

 「君のおじいさんは……いまだ存命だが」

 「えぇ……」


 生きてたのか。てっきりマントは形見の品なのかと思ってた。じゃあ、今……その人は、どこで何をしているのか。それはそれで気になるところではある。

続きます。

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