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第924話『ヒビ』

 行方不明となっていたロゼさんが、俺の本体のある丘の近くにて発見された。この見ず知らずの地において、俺を見張っている帝国暗部の人だけが心の拠り所となっているらしい。


 「ロゼとやら。それで……食事を済ませ、多少は安心されたか」

 「少し眠いのですが、使命から逃げてはいけないと体に鞭を打ち戻ってきたのです」


 ロゼさんはアレクシア帝国にある個室に一人にされてしまい、その不安から逃げ出してはしまったものの、根っからの責任感は強いものと見られる。ただ、この世界に来て何をするのが目的かまでは、俺もよくは解っていない。


 「しかしロゼは……あの場所に戻ったら、怒られてしまうかもしれないのです」

 「不法入国はしていないのだ。怒られる道理はないでそうろう」

 「……」


 ロゼさんが……帝国暗部の人を見つめている。一人で戻るのがイヤなようだな。


 「我、この場を離れられぬ。お主も立派となりたければ、己の問題は独りで解決してみせるのだ」

 「ロゼは、まだ子どもなのです……子どもは大人を頼ってよいと、じっちゃんが言っていたのです」


 ラピスラズリーさんやメフィストさんのように、見た目と実年齢が伴っていない訳ではなく、ロゼさんは本当に子どもなのだという。


 「我、14歳なり……若輩者である故、大人と称するには、いささか年相応ではござらん」


 暗部の人も……思ったより若い。雰囲気的に18歳くらいかなとは思ってた。


 助けてほしいというロゼさんの気持ちは汲み取れるのだが、帝国暗部の人が見張り任務の為に動くに動けないのも間違いはない。どうしたものかと考えていると、また別の声が木の上の方から聞こえてきた。


 「妹よ。小童を泣かせ、何を気取っておるのだ」

 「あ……姉者!これは不本意ながら……」


 帝国暗部の人のお姉さんである。たまに、こうして様子を見に来てくれるのだ。いや……たまにではなく毎日、来ているような気もしなくもない。


 「そのロゼという娘、帝国より捜索の報せが出ている。ただちに連れてゆく必要がある」

 「なんと……それでは姉者。この者を連行していただきたく……」

 「いや、ここはお主が行くのだ。妹よ」

 「な……」


 すぐさまロゼさんを引き渡そうとする妹さんだったが、自分で連れて行くようにと言われてしまう。まあ、そっちの方が色々と事情を説明するにも好都合なのではないかと思う。


 「ですが、姉者!身元不明の少女が、謎の手段で帝国から逃げ出したなどと。このような複雑怪奇な物事を我が説明するというのは、いささか荷が重く……」


 「妹よ。隣にいる少女の瞳を見るのだ。その惑う視線は確かに、お主に助けを求めているのだぞ」


 「……ッ!」


 ロゼさんが、目をうるうるさせている。それに気づき、妹さんがロゼさんの視線を手でさえぎる。


 「しかし、姉者。我、年下の娘と交流するなど不慣れです故……」


 「妹よ。他人との接触、諜報任務が得意ではないと決め込み、このような遠征地での長期任務に志願するなど、そのような及び腰がいけないのだ。不得意と認識しているのでならば、克服することもまた修行なり」


 「うう……姉者の言う通り。我もまた、石を見ているだけという任務が、これほどまでに過酷で虚無感に苛まれるものとは思いもよりませんでした」


 人づきあいが苦手だからという理由で、お姉さんは逃がしてはくれない。ふとロゼさんの顔を見た後、妹さんは諦めたと言わんばかりに肩を落とす。


 「……よいでしょう。我もまた、一皮むけねばなりません。ロゼとやら、街に参るのだ」


 「は……はひ。ありがとうございます。ロゼの感謝感激は果てしないのです」


 「我はお主に付き添い、地上を伝って帝国へと向かう。今度は怖気ずに帝国へと飛び、しかと事情を説明するのだ」


 「こんな優しい人が行くようにオススメしてくれたのに、逃げ出してしまってロゼは恥ずかしいのです。ロゼは新しく覚悟しました。よろしくお願いいたします」


 知り合いが誰もいないということが、ロゼさんの中で不安の種であったようだ。そういったやりとりの元、ロゼさんは再び帝国へと飛び立ち、それを追うようにして妹さんも木々を飛び移っていった。


 「妹よ……初めて友人ができたか。大切にするのだぞ」


 妹さんに代わって見張り任務につきつつも、お姉さんがつぶやいている。あの二人は……友達なんだろうか。どこまでが友達で、どこからが知り合いなのか。その線引きは俺には難しくて解らない。


 なんにせよ、帝国関係者が一緒ならばロゼさんも少しは安心できるのではないかと思われる。その前にリディアさん達が部屋から帰ってしまいそうではあるが、そちらの様子を見に戻ろう。


 『現在地:アレクシア帝国・入国門』


 「……?」


 リディアさんとメフィストさん、それとエメリアさんの3人は……まだ、ロゼさんと会うはずだった部屋にいる。そして、みんなは壁際に集まって何かを見ている。


 「メフィストちゃん。なんですか?これ」

 「わからない」


 俺はリディアさんのネックレスについている石だから、前にいるエメリアさんとメフィストさんの背中しか、今のところは見えていない。何かよく解らないものが発見されたようである。


 「エメリア。何があったんだ?」

 「なんかですね。ここに、小さいヒビ割れがあるんですよ。メフィストちゃんが見つけました」

 「……?」


 エメリアさんの説明ではイマイチ、状況が飲み込めなかったのだろう。二人に代わってもらい、リディアさんも小さいヒビ割れとやらに目を向ける。


 「……?」


 言われてみると……何かあるな。よくよく見ないと解らないような、透き通った小さなヒビである。ただ、それは壁に開いている訳ではなく、空中に存在している。壁とヒビの間に、リディアさんが手を入れて確かめている。


 「なんだこれは……」


 好奇心からか、リディアさんが空中のヒビ割れに手で触れる。すると、ヒビ割れは音もなく消え去ってしまった。


 「あぁ……消えた」

 「あー。リディアが消しました!珍しいものだったのに!」

 「わ……私のせいなのか。すみません。メフィストさん」

 「ワタシは、もう見たからいい」

 「なんでメフィストちゃんに謝るんですか。私はいいんですか?」

 「お待たせいたしましたわ……?」


 そこへ、お野菜ランドの学者さんたちを見送り終え、シロガネさんが戻ってくる。壁際が賑やかなことに気づき、何をしているのかと尋ねる。


 「お嬢様……虫がございましたか?」

 「いえ……空中に、小さなヒビが。先程まで、ここに」


 リディアさんの指さした場所をシロガネさんも眺めてみるが、すでにヒビは消え去っていて、その痕跡すら確認できない。


 「ヒビらしきものはワタクシも見てはおりませんが……お嬢様がおっしゃるのであれば、存在したと考えてよろしいですわね」


 そう言いつつ、シロガネさんはメフィストさんにも視線で確認を取る。この二人が見たというのであれば、信用していいとシロガネさんも考えたようだ。


 「ロゼという少女と、そのヒビ割れ。関係があるやも解りませんわ」


 「といいますと……」


 「転移とも違う、空間を超越して移動する魔法。そういった未知なるものが存在する可能性もございますわ」


 空間を超越……というと、空間に穴を開けて出入りできる能力ということだろうか。さすがに俺のスキルにも、それに近いものは……。


 「……?」


 待てよ。俺の能力には、どこか知らない空間にストックされている石を呼び出し、使用するものが幾つも存在する。例えば石を飛ばして攻撃する魔法なんかがそうだ。


 今までは四次元空間みたいな場所に入っているものと考えていたが……実は、どこかに物理的に保管されていて、そこから取り出しているじゃないのか?


 俺が無意識に使っていた能力にも、実は仕組みが存在するのかもしれない。そのあたりもロゼさんの話を聞いてみないと解らないな。

続きます。

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