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第921話『消失』

 俺はロゼさんの言動を実際に見ているから、天空大陸から来たという話も信用できなくはないが、まだ面識のないシロガネさんとしては懐疑的に見ている部分も多いようだ。


 「……そろそろ行きましょうか」


 ホテルの部屋で時間を潰していたリディアさんが、時計を見つつもベッドから立ち上がる。入出国の手続きを済ませたら丁度、タクシーが来る頃合いなのではないかと思う。


 今回のハイドレンジア領からの出国審査は、思ったより時間がかかった。コクサからのお土産もあったし、砂漠を通ってきた為に魔素の除去も丁寧に行わなければいけなかったようだ。


 「エメリア……なんで、お前は私たちより一時間以上も検閲に時間がかかったんだ?」


 「あれです。コクサの砂を持ってきたら、検閲に引っかかったんです」


 「小ビンに入って売っているものを買ったのか?」


 「ちょっとなら持ち帰っていいって聞いたので、砂漠の砂を布袋に入れたら漏れてカバンの中が砂だらけになったんです」


 記念に砂漠の砂を袋に入れてきたようだが、知らない内に外に出ていたらしい。砂浜とか歩くと解るが、砂ってなんで気をつけていてもクツの中に入ってたりするんだろう。粒子が細かいから布地を通るのかな。謎だ……。


 「タクシーの運転手の方。すみません。お待たせいたしました……」

 「いえいえ。アレクシアの入国門前まででよろしいですね?」


 結局、ドラゴンタクシーの人には少し待ってもらう形となり、リディアさんが申し訳なさそうに謝りながら、ドラゴンの持っているカゴのようなものに乗る。


 今日、タクシーとして来てくれたドラゴンは体が小さく、その代わり羽が非常に大きい。背中には運転手の人しか乗れないが、その体にぶら下げてあるカゴには何人も乗ることができるようだ。


 全員が乗り込んだのを確認した後、運転手の人が出発の合図を出す。


 「では、出発いたします。揺れますのでお気をつけください」


 ドラゴンは優雅に羽を動かしながら、アレクシア帝国の街がある方角へと飛び立つ。揺れるとは事前に注意はあったものの、そこまで乱暴な飛行ではなく、どこか山頂へと向かうゴンドラのような動作であった。


 『魔獣:フェフェール ラーニングスキル:風見』


 数分ほどでドラゴンのラーニングが完了した。風見……というスキル名だけでは、どんな効果なのかよく解らないな。ステータス画面で確認しよう。


 『風見:風の吹く方角を認識できる』


 説明文を読んでもなお、いまいち頭に入ってこないので、実際に使ってみることにした。すると、視界の中に、白い線らしきものが表示される。それは、漫画とかで風を線で表すような、あの感じに似ている。


 なるほど。風の吹く方向が線で表示されるのか。これなら、正面から突風が来る時も解りやすいし、追い風や上昇気流も見て取れる。思ったより便利なスキルかもしれない。


 「……」


 そして、風向きを目で追うのは結構、見ていて楽しい。いつもの風景に一つナビがついたような感覚だ。これをドラゴンタクシーのドラゴンも見ながら飛んでいるのだと考えると、それもそれで共感性がある。


 ドラゴンは生まれ持って飛行能力や風見能力を持っているだけあり、飛行する様にも目を見張るものがある。自然の風を上手く使って、風魔法を温存しているんだな。実際に自分で飛行を体験したことがあると、より技術や工夫が解りやすい。


 などと俺が風を見ている間に、2時間と掛からずドラゴンは国防壁のそばへと着地する。今日は天気もいいし風も荒れてはいないから、かなり早く到着したのではないかと思う。


 「はい。到着となります。ドラゴンタクシーをご利用いただき、ありがとうございました。お疲れ様です」


 「こちらこそ、ありがとうございました」


 仕事を終えたドラゴンは羽で自分の体をくるみ、その場に寝転んで休んでいる。国を行き来して疲れたのだろうか。こうして見るとドラゴンとひとくくりに言っても、かなり個性もあるようだな。


 カルシの町で出国審査を受けたこともあり、アレクシア帝国の街に入る審査は早めに終わった……ように見えたのだが、やはりエメリアさんの砂まみれのバッグがネックであり、一人だけ一時間以上も検査されることとなった……。


 「夢魔。どこまで人に迷惑をかければ気が済むのです」


 「だって持ってきちゃったものはしょうがないじゃないですか~」


 「部屋にため込んでいるビンといい、使い道もないのに取っておくのがよろしくないのですわ。お嬢様からも、厳しいお言葉をいただきたく」


 「どちらかというと私も、物を捨てられない性分なので、あまり強くは言えません……」


 断捨離できる人と出来ない人がいるのである。使い道もなく持っている必要もないんだけど、捨てると二度と手元には戻ってこない。そういったものは手放すかどうか悩む。ゲーム内でも、店で売られていない上級回復アイテムを使うかどうかは人によりけりである。


 「数日振りなのに、なんだか久々に戻ってきた気がするな……」


 リディアさんが街の入国門前にある広場をながめている。剣を掲げたカッコいい騎士団長像が設置されている以外は、俺としても見慣れた風景である。ロゼさんはどこにいるのだろうか。


 「それで……シロガネさん。天空大陸よりの使者を名乗る方は、どちらに……」


 「身分証もなく身元が不明である為、ひとまずは入国門内の宿泊施設にお泊りいただいているとのこと。裏口よりご案内いたしますわ」


 シロガネさんが広場の脇の方にある、ロープの張られた場所を手で指し示す。明らかに関係者以外は立ち入り禁止といったエリアだ。そこにある小さな扉の鍵を開き、薄暗い通路へと入っていく。


 すぐ先にはまた扉があり、先ほどとは別の鍵を使って錠を開く。一般の人が立ち入らないよう、厳重に締め切られているのだろう。


「わぁ~……なんか狭くて暗くて怖いですねぇ」


 「身元不明者かつ、入国の審査に時間のかかる人物のみが通される場所なので、あまり使われない場所ではありますわ」


 エメリアさんの言う通り、人気のないじめっとした通路である。外の入国門広場が賑やかだったのもあって、その対比でより一層、静けさを感じる。


 「……むしろエメリアは、よく初めてアレクシアに来た時に入国できたな」


 「私、何にも持ってなかったので、逆に怪しまれなかったですね。夢魔だからしょうがないかって思われた節もあります。その代わり、きっちり洗われました」


 ロゼさんの場合、大量に持っていた黄金爪を怪しまれた部分もあるようだ。貴重な品のニセモノが出回ると危険でもある為、そこを危惧され入国できなかったとも考えられる。


 「天空大陸よりの使者を名乗る少女は、見た目は幼いですが、武器を持っていたようで……そちらも対応に迷う一因となっていたようですわ」


 「武器……ですか」


 「とはいいましても刃はなく、危険性は低い代物でございます」


 武器……という言葉を受け、リディアさんが顔を強張らせるが、危険はないと知り安堵の息を漏らす。


 そういえば森にいる帝国暗部の人も、刃物がどうとか言っていたな。ここは野生動物のいる世界なので、身を護る意味では持っている方が普通とも思えなくはない。


 「……」


 人のいない受付カウンターがあり、その奥へとシロガネさんが入っていく。カウンターに呼び鈴が置いてあることから、普通なら関係者を呼んで対応してもらう形となっていることが予想できる。


 「……お待たせいたしました。警備担当の騎士団員と共に、お野菜ランドの学者様方も奥へいらしているとのことです。参りましょう」


 すでに学者さんたちも到着しているようだ。とすると、もう聞き取り調査は始まっているかもしれない。ついに天空大陸の全容が明かされる……のだろうか。俺も、ちょっと緊張してきたぞ。


 「……失礼いたしますわ」


 シロガネさんがノックをして一声かけ、扉を開いてくれた。部屋の中には学者さんたち3人と、騎士団の鎧を来た男の人が二人いる。イスとテーブルはあるものの、みんなは立ったまま部屋を見回している。


 「……こんにちは。ギルド・鉄の森のリディア・シファリビアです。お話をお伺いしたいと考え、やってきました」


 とは挨拶しているが、リディアさんとしても、その場にいる人々の表情に違和感を覚えたようだ。騎士団員の一人に事情をうかがう。


 「その、天空大陸よりいらしたという方は、どちらに……」


 「いや……ああ。我々が来た時には、もういなかったのです」


 「……お手洗いなどに向かわれたのでしょうか」


 「我々は警備をしていた。部屋の前から動いていない。そこへ学者の方々がいらして、部屋に入ってもらったところ……謎の少女はいなくなっていたのです」


 「……?」


 リディアさんも部屋に入り、一通り周囲を見回してみる。テーブルの下に隠れているという様子もないし、飛んで天井にいるとわけでもない。


 魔法が体が透明になっているとしても、視界に入れば俺のステータスには表示されるはずだ。戸口は一つだけ。とすると、これは……。


 「密室からの脱出ですわ……」


 そうシロガネさんが言う。ただの事情聴取が一転、人体消失事件に発展した。どこに行ったんだろう……ロゼさん。

続きます。

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