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第920話『想像』

 待ちに待ったお野菜ランド行きがキャンセルとなり、リディアさん達がカルシの町を出発する時間も昼前に変更となった。シロガネさんがドラゴンタクシーの手配をしてくれている間に、リディアさんとメフィストさんは入浴施設へやってきている。


 「やはり……やや温度が低く、もう少し欲しいところですね」


 前に聞いた話では、カルシの町の入浴施設は海から取り入れた水を日光で温めているのだという。だからか、湧き出している温泉や、炎で温めた湯に比べるとぬるく、リディアさんは満足していない。


 そんなぬるま湯に肩までつかりながらも、メフィストさんは天空大陸の話を始める。


 「……天空大陸が、本当にあった。早く行ってみたい」


 「しかし、一体……そんな大陸が、どこにあるのでしょうか。天空大陸から使者がやってきたなどという話は、今まで聞いたことがありません」


 その存在自体が謎に包まれている天空大陸……そこに住んでいたという使者が、向こうから正体を現してきたのだから驚くのも無理はない。


 使者を名乗るロゼさんが、見るからに怪しい人物であれば警戒すべきなのだろうけど、俺の直感では人を騙す様子もない素のままを表したような性格に思えた。まあ、俺に人を見る目があるかないかといったら、そこに自信はないが……。


 「……」


 いつもながらリディアさんは長風呂である。もう一時間は入っている。ぬるめだから代謝が遅く、入り心地がいいとも考えられる。


 「リディアたち、まだ入ってたんですか?」

 「起きたのか」


 入浴している内に、裸のエメリアさんがやってきた。起きても誰も部屋に帰ってきていないと気づき追いかけた形かもしれない。リディアさんの隣に座り、同じく天空大陸の話を始める。


 「いや~……天空大陸の使者って、やっぱり美少女なんですかね」


 「なんで美少女だと思ったんだ?」


 「天空大陸に住んでるってことは、羽があると思うんです。じゃないと、落ちた時に死んじゃいます。あと、空を飛べるなら体は身軽です。つまり、ジェラちゃんみたいな美少女ですよ」


 「だからといって、美少女とは限らないと思うが」


 ジェラさんは……リディアさんたちのギルドに所属している羽のある女の子だったな。ロゼさんが美少女なのは偶然だと思うが、羽があるという見込みについては正解である。なにかとエメリアさんは勘の鋭い人だ。


 「しかし、私もジェラとは何度か話をしているが、天空大陸のことを言っていた憶えはないな。黄金爪については……食べてみたいと一度だけ言っていた」


 「羽が生えた人たちって、どこの町でも結構、会うんですよね~。コクサでも会いましたし。ただ、みんなそろって故郷はないって言います」


 「どの種族でも大体、故郷があるものだが……彼らは放浪の民なのだろうか。その割には大勢でチームを組んでいるイメージもない」


 この世界は町を見るだけでも、それなりに人間以外の種族の人たちも歩いている。魚っぽい人だったり、盗賊団の犬っぽい人やタマゴっぽい人だったり、人型すらしていない植物みたいな人だっている。


 俺は羽の生えている人については、そこまで見かける頻度は高くないと捉えているが、普段は羽を服の下に入れているようだから気づかないだけとも考えられる。


 「……お腹が空いたので、そろそろ出ませんか?」


 まだ朝ご飯を食べていないので、エメリアさんのお腹の音に従って入浴施設を出る。ホテルまでの帰り路、焼いた貝が売っているお店で朝食を済ませることとしたようだ。


 リディアさんが購入した二枚貝は手のひらくらいの大きさであり、貝の身にあたる部分の他に、炒めた海藻や魚の切り身などが貝殻に収まっている。お弁当箱といった感じだ。リディアさんが貝の耳を串で刺してかじり、その感想を述べる。


 「やはり磯の風味というのは、ただ塩で味付けしたものとは別物だ。しょっぱさの中に自然の力強さを感じる。噛みしめるたびに旨味が溢れ出てくる」


 「海の人は、海の物を食べますよね。天空大陸の人って、どういうものを食べるんですかね」


 リディアさんの食レポから連想して、エメリアさんが天空大陸の食事風景を想像している。


 「天空大陸で食べるとなると……鳥などだろうか」


 「野生の空飛ぶドラゴンを獲って食べる種族とかいるんですかね」


 「ドラゴンは肉が、ほとんどなく、その上にひたすら硬いらしいぞ。その代わり、うろこやツノ、骨は強度があり、昔は高級な加工品として重宝されたようだ」


 「獣が積極的に人間を襲わないのも、なんか食べるところあんまりないからみたいですね。逆に獲って食べられる危険もありますし」


 過去にはドラゴンスレイヤーというドラゴン狩り専門の人がいたくらいだし、肉部分を食べる実験もしたことはあるのだろう。ただ、そもそも美味しくないので狩って食べたいものでもなかったようだ。


 その点、ダイマグロなんかは美味しく生まれてしまったがために、たまに獲られ過ぎてしまうのだ。毒があったり体がマズい生き物は得である。そうして海を見ながら、リディアさん達は30分ほどかけて食事を済ませる。


 「ごちそうさまでした……シロガネさんの分も朝食を買って宿に戻ろう」


 今、食べた貝と同じものをお土産として購入し、リディアさんたちはホテルに戻った。その道中も、まだ見ぬ天空大陸に想いをはせながら、その風景や文化などを想像し語り合っていた。


 ホテルの部屋には、お先にシロガネさんが戻っており、手にした紙へと視線を落としていた。リディアさんに気づき、すぐに状況報告を始めてくれる。


 「お嬢様。ドラゴンタクシーの手配が完了いたしました。二時間後、カルシの入出国検閲所を出た先のアレクシア領土に到着するとのことですわ」


 「ありがとうございます。しかし……ドラゴンタクシーを呼ぶとなると、またお金がかかったのでは」


 「おこづかいが……旦那様と奥様より」


 お小遣い……それも多額と思われる金銭が、ご両親から支給されたようだ。お兄さんといい、なにかと心配はしているのだと思われる。


 「こちらはお土産です。朝食か、すでに済ませてあれば昼食にしていただければと」

 「ありがとうございます。後程、いただきますわ」


 お土産を渡し、ひとまずリディアさん達はベッドへと腰掛ける。まだ出発までに時間はありそうと見て、エメリアさんが天空大陸の話題を再開する。


 「シロガネちゃん、天空大陸ってどんなとこだと思いますか?」

 「個人的な見解といたしまして、現時点での判断は……存在しないものと考えておりますわ」

 「え?ないんですか?」


 リディアさんたち三人とは少し違った意見が出た。実のところ、俺も実際に天空大陸を見た訳ではないし、絶対にあるとは言い切れないところではある……。


 「ええ。大陸とも呼ばれる大地がありながら、ほぼ資料が残されていないことには違和感がございます。天空大陸の使者を名乗る人物につきましても、懐疑的に見ておりますわ」


 「え~?でも、珍しい黄金爪をたくさん持ってたんですよね?それが天空大陸から来た証拠でいいんじゃないですか?」


 「スパイスに使われる黄金爪の出どころは不明ですが、偽装品がない訳ではございません。それほど大量に所持しているというのは、逆に不審ですわ」


 「むむ。疑り深い女です……」


 「なんとでも言うがよいですわ……」


 シロガネさんは帝国暗部の人間であるからして、何事も一度は疑ってかかる姿勢であるらしい。まあ、リディアさんを含めて全体的に人が良いチームなので、一人は別の視点を持っている方がいいとは思われる。


 「でも、シロガネちゃんもメフィストちゃんを仲間として認めるまで早かったですよね」


 「ワタクシとて、人を見る目は養っております。悪意を持たない人間を無暗に敵とは考えませんわ」


 「じゃあ……私を仲間と認めてくれたのも、悪意がないって解ってくれたからなんですね。シロガネちゃんに認めてもらえてキュンです」


 「申し訳ございませんが、お前への敵意は、まだ消えてはおりませんわ……」


 「ッ!」


 仲間……と呼ぶには、まだ信頼感が足りないらしい。でも、ちゃんと相手を見て判断してくれるならば、ロゼさんに関しても問題はなさそうだな。

続きます。

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