第919話『意気消沈』
天空大陸からやってきたという謎の少女・ロゼさん。彼女は本当に右も左も解らない状況らしく、森で出会った帝国暗部の人の勧めで、ひとまずアレクシア帝国へ向かうこととしたようだ。
「それでは、ロゼは旅に出ます。あなたのことは忘れません。クト様のご加護があらんことを」
「ああ」
暗部の人に別れを告げ、パッと翼を広げてロゼさんは飛び立った。街のある場所は聞いていないものの一応、アレクシア城のある方向には進んでいったように見える。
「天空大陸……一体、あれはなんだったのか」
天空大陸にまつわる何かを見せてもらったようなのだが、それでもなお暗部の人は自分が見たものの正体を不審に感じている。そもそも見せると言って気軽に見せられるものなのだろうか。もしかして、もの凄く小さい大陸とかなのかな……。
「……」
ロゼさんが、なぜここへやってきたのか。聖獣と関係があるのか。それはまだ解らない。ただ、話を聞くには天空大陸にも異変が生じているようだから、それについては解決することを願うばかりである。
今日は珍しく、何も調査に進展がなく終わった日だったな。今のところ、空に雲は少ない。明日は晴れるだろうか。
カルシの町の様子も眺めてみたが、さすがに夜が更けてくると町に人通りも少なくなってくる。リディアさん達は前に海賊船へお呼ばれした時と同様、アクアマリーンさんと食事をしている。
船での移動とはいえ、乗り物に長時間、乗り続けるのは体力がいる。宴会も早めに切りあがった深夜には、リディアさん達もホテルへと戻っていた。
「……」
ロゼさん……もう街についたのかな。というか、夜は入国門が閉まってるから、中に入れてもらえないんじゃないかとも思う。身分証明書も持っているかも不明だ。まあ、暗部の人の手紙があるから、どうにかはなっているかもしれない。
そうして心配事をしている内に、朝がやってきた。夜空をずっとながめていたけど赤い月も出なかった。百二子様の言う通り厄除けの力も増しているのかもしれない。いつも通り、リンちゃんの家の前の照明を灯し、俺の一日は始まる。
『現在地:カルシの町 ホテルの部屋』
陽が昇った頃になり、リディアさん達は起床し荷物をまとめ始めた。いつもは、なかなか布団を出たくない様子のエメリアさんも、やけに今日は寝起きがいい。
「エメリア。今日は起きるのが早いな。深夜徘徊にも出かけなかったのか」
「そうです。なにせ、今日は……お野菜ランドに行くんですから。楽しみですよ~」
お野菜ランド行きを楽しみにしているのはエメリアさんだけでなく、メフィストさんもそうであるようだ。その場にいる全員が、いつでも出かけられるといった姿勢で待機している。
「……それで、シロガネちゃんどこ行ったんですか?」
「ああ。メフィストさんの武闘大会のレポートをどう扱うか、町の人に確認に行ってくれた。それと町を出る前に海賊団へ一言、お礼をすると言っていた」
言われてみると、メイドのシロガネさんがいない。そういやシロガネさんって、カルシの町の偉い人ともコネクションがあるんだったな。公的機関に相談して預けるならば、レポートを悪いようには使われないはずである。
「……お待たせいたしましたわ」
ノックの音が聞こえた後、ホテルの部屋にシロガネさんが入ってくる。まずはレポートの使い道について、著者であるメフィストさんに報告を始める。
「メフィストさんよりお預かりしたメモにつきましては、観戦した海賊団員の方々の証言と照合し次第、資料として保管されるとのことですわ。そちらの確認作業につきましてはカルシの図書館の司書が担当されます」
「うん。解った」
実際に試合を見に行くことができなかった人も、レポートを読めば臨場感は味わうことができるのではないかと思われる。なお、リディアさんから英雄王の描写を増やしてほしいと頼まれ、夜の内に追記してくれたものと見られる。
「シロガネさん。もうお野菜ランドは開園しているのでしょうか」
「そちら……なのですが、その前にお伝えしておきたいことがございます」
「……?」
ワクワクしているリディアさん達を前に、やや都合悪そうにシロガネさんが視線をそむける。昨夜はお祭り騒ぎもあったし、ライゼンさんも町のホテルの方で手一杯だったかもしれない。休園でもおかしくはない……が、それとは別の話であるらしい。
「先程、アレクシアより伝聞がございまして……なにやら、不思議な少女がアレクシアで保護されているとの情報が入ってまいりましたわ」
「不思議な少女ですか……?」
「天空大陸よりの使者……などと自称しているようですわ。そして、世にも珍しい黄金爪を袋一杯に持っているとか。お話をうかがうことで、調査にも進展があるやも解りません」
その人は、きっとロゼさんのことだな。暗部の人から手紙をもらっていたこともあり、帝国内には入れてもらえたようだ。昨夜に到着し、すぐにシロガネさんにも情報が伝わってきたのだろう。
「確かに……気にはなるな。黄金爪を持っているということは、次に探す聖獣についても何か知っているのではないだろうか」
シロガネさんの話を聞き、リディアさんが頷いている。聖獣と繋がりがあるかどうかは不明だが、このタイミングで世界の異変を探りに来たあたり、偶然とは考えにくい。ロゼさんについて伝えた上で、シロガネさんが話を続ける。
「そして、黄金爪を発見したというお野菜ランドの学者様方ですが、研究所では黄金爪の詳細な情報がつかめず、アレクシア帝国に留まり調査を進めているとのことですわ」
学者さんたちも、まだアレクシアにいるらしい。そこに偶然、黄金爪をたくさん持っているロゼさんがやってきた。お野菜ランドの人たちも、話を聞いてみたいと考えるのが妥当なところである。
シロガネさんの話を一通り聞き、エメリアさんが首をかしげる。
「……あれ。お野菜ランドの学者さんたち、まだアレクシアにいるんですか?」
「ええ」
「学者さんたちに会って、黄金爪について聞くのが私たちの目的だったんですよね?」
「ええ」
「……もしかして、お野菜ランドに行かない……みたいな流れですか?」
「ええ」
あれほど楽しみにしていたお野菜ランドを直前でキャンセルされ、エメリアさんは持っていたバッグをベッドに降ろした。
「私……もう一回、寝ていいですか?」
「ええ。これよりアレクシア行きのドラゴンタクシーを手配いたします。しばし、お時間をいただきたく存じます。お嬢様、よろしいでしょうか」
「あ……はい。調査を進めることが私たちの最も重要なクエストです。ただ……シロガネさん。一つ、よろしいですか?」
「ええ」
用事があるならば仕方がない。そう割り切り、リディアさんもアレクシア行きを決めた。ただ、一つだけ伝えたいことがあるようだ。
「私も……もう一度、眠りたい気持ちですが、せめて入浴してきてよいでしょうか」
「お昼前を目途に出発いたしますわ……お野菜ランドにつきましては、いずれ訪れる機会もあるかと存じます」
お野菜ランドに行きたかった気持ちがそがれ、リディアさんも少しダメージを受けたようだ。どちらにせよ出発まで少し時間があるようなので、もうちょっと昨夜のお酒を抜いてから出かけるようだ。
移動手段はシロガネさんにお任せし、リディアさんとメフィストさんは入浴施設へ向かう。エメリアさんは部屋で寝ていることとしたようだ……。
「まだ町に熱気が残っていますね」
「うん。昨日は楽しかった」
昨日ほどのお祭り騒ぎではないとはいえ、町のあちこちには海賊団のマークがついた旗が立っていたり、どことなく余韻は感じられる。その一方で海には海賊船も走っていて、すでに仕事は通常業務に戻ったことが見て取れた。
リディアさん達はお金を払って入浴施設に入り、脱衣所で服を脱ぐ。朝方は結構、混んでいる。そんな脱衣所の掲示板にはニュースが書かれており、これが町では新聞と呼ばれているものである。
「さすがに今日の一面は、テトランさんの入賞についてだな」
リディアさんが服を脱ぎつつ、入浴前に新聞をチェックしている。ただ、これ関してはニュースで読むより、実際にコクサ王国に行ったリディアさんたちの方が詳しそうではある。メフィストさんが次の記事へと目を向ける。
「二面記事もテトランさん」
「……本当ですね。ええと……入賞したテトラン氏いわく、力の源はコクサで食べた虫料理。これを受けて海の町・カルシにも虫食の流行が来るとかこないとか。これは……個人的に、あまり流行らないでいただきたいですね」
有名人の影響力は計り知れない。ただ、あれを食べるのは慣れない人には厳しそうなので、日本で虫食を流行らせるくらいには難易度が高そうな気はする……。
続きます。




