第918話『外界』
ライゼンさんのお父さんはお野菜ランドの経営を快くは思っていなかったようだが、ホテルの社長さんからのアドバイスもあり、ひとまずライゼンさんを信じて見守ってみることとしたようだ。
俺はホテル前にある像から、町の様子をながめている。カルシの町は観光客の人たちや、町の人たちで大盛り上がり。ちょっと前に町を移動させたばかりでもあり、このお祭り騒ぎも見慣れた感じはある。
「……」
今日は俺も独自に調査を進めてはみたものの、すっぱいスパイスの黄金爪と聖獣に繋がりがあるかどうかは未だ謎だ。もしかすると、全く関係ないものなのかもしれない。もっと情報を集めないといけない……とは思いつつも、もう今日は暗くなってきている。また明日、調べを進めよう。
俺は自分の体が置いてある場所を一通り見て回り、特に異常がないことを確認する。リンちゃんの家の前の照明をつけた後、自分の本体がある丘へと意識を移した。
『現在地:始まりの丘』
「ふええ……ここが外界。右も左も解りません」
「……?」
なんだ?上の方から声が聞こえる。誰かが俺の上に乗っているみたいだな。視線を動かし、声のする方を見てみる。
俺の上に座っている人は女の子であるらしく、スカートの中のパンツが見えている。俺の本体ともいうべき巨石は、かなりの大きさであるからして、この上に乗ることができる人となると、かなり跳躍力の高い人物と考えられる。
「……」
う~ん……どの角度から見ても、女の子の顔が見えない。声の高さと雰囲気から察するに、幼げな少女なのではないかと予想はつく。それと、さっき外界という言葉が聞こえた気がする。じゃあ、どこかに内界もあるのだろうか。それすら謎だ。
「……そこの者、何をしている」
「ひゃ!だ……誰ぇ?わ……わあ」
森の中から彼女の様子を見ていたのだろう。いつも俺を監視している暗部の人に呼び掛けられ、俺の上に座っていた少女が転がり落ちてしまう。助けた方がいいだろうか。そう俺が考えた次の瞬間、少女の背中に白い翼が広がるのが見えた。
大きな翼をはためかせ、少女は滑空するかのように地面へと降り立つ。ひとまずは着地を成功させ、改めて暗部の人を探すように森を見据えた。
「そこに誰かいるんですか?ロゼは無害な人物です!話ができます!」
背中に羽のある少女は、名前をロゼというらしい。白いワンピースのような服を着ていて、服には四角やら三角やらで構成された独特の模様が入っている。濃いピンク色の髪はツインテールにしてあり、翼のようになびいている。
とりあえず、ロゼさんに敵意がないことを知り、帝国の暗部の人が森の中から姿を現す。着ているローブは森の色に擬態していて、陽の光の元へ出てきてやっと全体像が露わとなった。
「我、皇帝様よりの命を受け、世界を監視する者なり。この石に無暗に触れることは義務に不都合が生じる」
「それは失礼いたしました!でも、世界を監視するなんてスゴイです!カッコいいです!」
「そ……それほどのことではない。密偵の通常任務に過ぎぬ」
急に食い気味に褒められ、暗部の人の方が怖気ている。ロゼさんは見た目も小学校低学年くらいであり、その言葉にも天真爛漫さが表れている。しかし、こんな時間に……こんな小さな子が一人でいるのは不思議だ。
「ロゼは、お聞きしたいことがあります。お聞きしていいですか?」
「我には守秘義務がある故、迂闊に情報を漏らすことは万死に値する行為なり」
「そ……そうでしたか」
話す訳にはいかないと言われ、ロゼさんがしょんぼりしてしまう。俺に背をつけて座り込み、両手を胸の前で握って祈りを捧げ始める。
「クト様……クト様……ロゼは悲しいです。これから、どうしたらよいのか天啓をください」
「クト様とは何者だ?」
「クト様はロゼの住む天空大陸の長です。大きいです。カッコいいです!」
暗部の人とは逆に、ロゼさんはなんでも隠さず喋ってくれる。天空大陸の長……ということは、やはり天空大陸は存在するのか?
「天空大陸……吟遊詩人の詩に多用される単語である。実在すると申すか?」
「ロゼは天空大陸からやってきました。そして、初めて外界に降り立ち、右も左も解らないのです」
「して、天空大陸は……どこにあると」
「天空大陸をご覧になられますか?こちらへいらしてください」
そのような会話を受けて、俺は空へと視線を向けた。そんな大陸は空には浮いていないし、ステータスで確認しても捉えることはできない。
ロゼさんに手招きされ、暗部の人が警戒しつつも、そばに近寄る。二人は俺に背を向けたまま肩を寄せる。
「これをこうするのです」
「なっ……刃物を仕込んでいたか!」
「ロゼは無害な人物です!これをこうして……これがロゼの故郷、天空大陸なのです」
「ぬぬ。これが天空大陸……」
何かピカピカと光っているのは見えたが、俺のいる場所からではよく見えなかった。ただ、暗部の人は、そこに天空大陸らしきものを確かに見たようだ。
「あれが……天空大陸だと。なんという」
信じられないものを見たといった様子で、よろめきながらに暗部の人がロゼさんから離れる。本当に見えたの?天空大陸が?
「……多少は理解が及んだ。お主、ロゼとやらが吟遊詩人ではないことを」
「ロゼは歌は得意です。ンジュー族は歌うことと、すっぱいものが大好です。あと羽のお手入れも!」
ンジュー族……ということは、帝国やお野菜ランドでも見かけた、背中に羽のある人と同じ人種であるようだ。ただ、ロゼさんは背格好こそ小さいながらも、今まで見た人の中で一番、羽は大きい。
「我……情報には、情報を持って返す。全てを明らかとはできぬが、申してみよ」
「お話を聞いてくれるのですか?ロゼは嬉しいです!では、お聞きします!この世界で今、何かが変なことが起こっていないですか?」
「変なこと……?」
開けっぴろげになんでも話してくれるロゼさんを見て、暗部の人も少しだけなら話をしてもいいと考えなおしたようだ。しかし、あまりにも漠然とした質問がぶつけられ、それはそれで返答に困っている。変なこと……ってなんだろう。
「なんでも良いのです。最近、クト様の様子に異変があり、世界に何かが起こっていると思われるのです」
「異変……確かに、この世界には今、何かが起きている。我の任務もまた、それを確認することに違いない」
暗部の人が俺を見上げている。暗部の人も俺の監視業務についているとはいえ、リディアさん達ほど事情を知っている訳ではないはずだ。任務についている都合上、憶測でも答えられることは、そう多くはないのだと考えられる。
「我が言えることは何もない……が、お主は帝国へ向かうべきである。しばし、待つがよい」
帝国暗部の人が一枚の紙を取り出し、そこに何かを書いて封筒に入れた後に、ロゼさんへと手渡す。
「これを街の入り口で差し出せば、話を聞いてもらえるであろう。帝国は困難を抱えている者に寛容である」
ロゼさんは受け取った手紙を裏返したりしながらながめ、それを両手に持ったまま目を閉じ、ぼろぼろと泣き出してしまった。
「うう……ロゼは嬉しいです!外界の人に、こんなに優しくしてもらえて!」
「しかし、お主は……人を信用しすぎる傾向にある。用心すべきと言わざるを得ない」
「ご注意までいただけて、ロゼは嬉しいです!そ……そうです。嬉しい時は、お礼を差し上げねばなりません」
腰に下げているバッグへと手紙を丁寧にしまい込み、ロゼさんは小さな袋を取り出す。袋の中から金色のツブを一つ取り出し、それを帝国暗部の人へと差し出した。
「こちら、ビーピーという天空大陸に生る葉肉です。とても栄養価が高いもので、そのまま食すことができます」
「これは……」
あれは……黄金爪だ。地上で見つかることは稀な希少なものだが、あまりのすっぱさに現在進行形で食べた人にトラウマを植え付けている。葉肉ということは……果実や種ではなく、どうやら葉っぱの一部だったようだな。
帝国暗部の人は黄金爪の味についても知っているようで、それを恐る恐るといった様子で受け取り、そっと懐にしまった。
「いただいておく。しかし、人様からいただいたものをやすやすと口に入れることはできぬ」
「とてもすっぱい美味しいものです。ぜひ、味わってほしいもの。んうぅ……このすっぱさにロゼは病みつきです」
そう言いながらロゼさんが、黄金爪を丸ごと口に入れる。ちょっと舐めただけでもショックを受ける代物……それを口の中でもごもごと噛み砕いている。この子、やはり、ただものではなさそうだ……しばし注視する必要があるかもしれない。
続きます。




