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第916話『歓迎』

 砂漠を一周する激流下りという難所を超え、ゴールデンダイマグロ号は穏やかな海を進む。舵取りしている海賊団の人も口笛を吹きながら、気楽な様子で行き先を見据えている。


 コクサ王国で行われた武闘大会の試合。その一部始終を記したメフィストさんのメモを海賊団の人たちは読んでいる。リディアさんも後ろから背伸びをしてながめているが、船が揺れることもあって、その体勢では集中して読めないようだ。


 メモを一通り読み終わったところで、船長のアクアマリーンさんがメモをリディアさんに手渡す。


 「こいつは、あれだね。カルシの町長に言って、参考文献として登録してもらった方がいいよ」

 「……?」


 褒めてもらっていることは伝わっているものの、町長に登録してもらうという旨の重要性が不明であるらしく、当のメフィストさんは不思議そうな顔をしている。


 「あたいらが試合内容の証人になれば、このメモは町のお墨付きがもらえる。そうすればメモの複製が図書館にも置かれるだろうさ」


 「へぇ~。図書館に置かれるなんて作家さんみたいですね。メフィストちゃん、これ町で使って大丈夫なんですか?」


 「うん」


 そうか。メフィストさんが個人でメモを持ち込んでも町の認可は得られないが、実際に出場した人や関係者の証言があれば、しっかりと文献として扱われるんだな。


 カルシの町から大会の入賞者が出ることは今後も、そうそうないと考えられる。町の人間の武勇伝を記録として残しておけるのは、町としても重要なのだろう。


 「……」


 自分の書いた文章が、町の記録として残る。それを聞いて、メフィストさんが一人、頷いている。基本的に考古学としての活動は個人でやってきたから、他人の役に立ったという実感を得られて嬉しかったのかもしれない。


 「これは面白いなぁ……エンターテインメント性があると、すんなり文章が頭に入ってくる」


 メフィストさんからメモをめくりつつ、リディアさんが追って試合の内容を確認している。たまに考古学のメモも読ませてもらっているのは見るが、そちらは内容が難しいからか、しっくりきていないところがありそう。


 そうしたリディアさんの感想を聞き、シロガネさんが思い出したように話を始める。


 「聖獣……それにちなんだと思しき絵本が、各地にて散見されておりました。あちらも後世に語り継ぐ上で、物語の形式を取った方が保管しやすいと判断し、そうした形としていたのやも解りませんわね」


 言われてみれば……ラピスラズリーさんの店とかで、そういう絵本を見かけたことがあったな。もしかすると、次に探すべき聖獣のヒントが記された絵本も、どこかにあるのだろうか。


 そんなシロガネさんの意見を受け、エメリアさんが首をひねる。


 「でも、砂漠の聖獣の絵本は見つかってないですよね?」


 「コクサ王国はハイドレンジア本国と同様、紙の書物を扱う文化がございませんわ。そして、聖獣にまつわる歴史が……いわくつきですので、他国の者が触れるにはデリケートだったのではないかと」


 他の地域の聖獣は、現地の人たちからは聖獣とは呼ばれていなかった。しかし、コクサに関しては国の人たちからも聖獣と認識されていた。国が壊滅するほどの大事にも関わっていたから、あえて他国の人間が触れることは避けたとも考えられる。


 「聖獣の絵本って……そりゃあ、あれかい?子どもたちに風習を教える時に、童話を語るみたいなやつかい?」


 「そういうのってカルシの町にもあったりするんですか?」


 「無暗に海の魚を獲り過ぎるとゴールデンダイマグロに食べられるよっていう童話があるね」


 エメリアさんの疑問に、アクアマリーンさんが答えてくれた。嘘ばかりついていると人の信用を無くすという教訓のオオカミ少年……みたいな話が、やはり異世界にもあるようだ。


 「ゴールデンダイマグロって人を食べるんですか?」


 「ダイマグロ自体、人を襲わないけどねぇ。美味くて乱獲される対象でもあるから、仕返しに来るみたいな意味合いで使われてるんじゃないかね」


 実は恐ろしい生き物……という訳ではないようだ。まあ、ゴールデンダイマグロという存在が既に幻の魚という認識であるからして、童話に登場させるに適していたとも言える。


 「船長!カルシの町が見えてきましたー!」


 舵取りしていた海賊団員の人が、船の行く先を指さしながら呼び掛ける。空が暗くなる前に、なんとか町に戻ってこられたようだ。みんなは船の前方へと向かい、町の様子を見つめている。


 「リディア、町ですよ。見に行かないんですか?」

 「え?ああ……今行く」


 試合のメモを読んでいて、リディアさんだけ到着に気づかない。エメリアさんに呼ばれて始めて、船の前方へと移動する。


 港に人が集まっている。大きな旗を振っている人もいるな。きっと武闘大会での結果を聞いて、テトランさんの帰還を待っていた人たちなのだろう。


 「見なよ!テトラン!あんたの帰りをみんなが待ってるよ!」

 「……おおおぉぉぉぉ!」


 アクアマリーンさんの一声を受け、テトランさんが船首より雄たけびを上げる。それに触発されてか、港の方からも歓声が帰ってきた。普段、あまり大きな声を出さない人だから、ちょっと俺も驚いてしまった。


 そんな様子を見て、海賊団の背の低い人がつぶやく。

 

 「そういや、テトランって……カルシの町の出身だったか?」

 「うす」

 「まあ、つってもテトランは生まれがカルシで、育ちが港町だぜ。で、今はカルシに住んでる」

 「んじゃあ、手柄の半分は港町でいいな。俺も鼻が高いぜ」


 背の低い人は、どうやら隣にある港町の出身であるらしい。海賊団にも、カルシの町の出身の人と、そうでない人がいるようだ。カルシと港町は国境線の境目なので、そういう意味では近くて遠い。


 そんな話をしている内に船が港へと着き、ひとまずテトランさんだけが船から飛び降りて大勢の人たちの前に立つ。今日の主役だけあって、そちらに人々の関心は集中している。


 ゴールデンダイマグロ号は港にあるドックへと入る。そちらはそちらで船大工の人たちが手を振っており、こちらも帰還を待っていてくれたと見える。


 「アクアマリーンさん。おかえり~。さすが、コクサから帰ってきても船は金ぴかだねぇ」

 「ああ!今、帰ったよ!ただ、さすがに無茶させたからね。船の整備を頼むよ」


 船大工の人たちに船を預けるとして、みんなで船から降りる。過酷な旅を共にした船へと、海賊団やリディアさんたちは手を合わせて感謝を伝える。その後、アクアマリーンさんがリディアさんたちに声をかける。


 「あたいらはコクサでの見聞を仲間に伝えてあげないといけないからね。あんたらも、うちの船に来るかい?」


 「それでは、本日の宿を手配した後、お邪魔させていただきますわ」


 なんにせよ、泊るところがないと困ってしまう。その旨を伝え、シロガネさんがアクアマリーンさんに約束を取り付けた。ホテルを探すべく、リディアさんたちは一足先にドックを後にした。


 「お嬢様……メモを読みながら歩くとぶつかりますわよ」

 「前も見ているから大丈夫……」


 繁華街がある方向へと歩き出しながらも、リディアさんがまだ武闘大会のメモを読んでいる。結構、あるんだよな……ページ。50ページくらいある。そんなリディアさんの横で、エメリアさんは酒のみとして意気込んでいる。


 「海賊団の船で宴です。今日は、たくさん呑めそうですね」

 「明日にはお野菜ランドへ向かうのです。あまりハメを外さないよう注意だけはしておきますわ」

 「明日、野菜でデトックスできるなら、もっと呑めますね」


 毒消しを食べる前提で毒を摂取するスタイルである。エメリアさんは酔わない人だから、そこは問題なさそうに思う。


 「ほら。メフィストちゃんも心なしか、うきうきしてます。ごはんもたくさん食べれると思うので、遠慮しなくていいです」


 「うん」


 海賊ごはんも楽しみなのだろうけど、アクアマリーンさんに文献として登録できそうと言ってもらえたことが、なにより心に残ったのだと思われる。


 「メフィストさん……よろしいですか?」

 「……?」


 歩きながらメモを読んでいたリディアさんが、小さな声でメフィストさんに話し掛ける。どうやらメモを読了し、おおよそ大会の様子が頭に入ったようだ。


 「とても素晴らしいレポートでしたが一つ、ご提案が……」

 「……?」

 「うちの父の……英雄王の活躍をもう少しばかり、詳細にしていただけたらと」

 「なにメフィストちゃんに文句つけてるんですか。やめてください」

 「いやしかし、エメリア……そこを知りたい人もいると思うんだ」

 「解った。書いておく」


 海賊団の目線で書かれている為か、やや英雄王の描写が少ないようだ。そこはメフィストさんも快く追記を引き受けてくれた。優しい……。

続きます。

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