第910話『理解』
俺と百二子様は各地の神通力を高め、赤い月という厄災を遠ざけようとしていた。しかし、思えば……それで守られるのは、この星の一部地域である。この星全てをおおいつくせるものではない。
そもそも今まで……この星には神様が一人もいなかった。結界として考えるならば、ほぼ無防備な状態だったと言えるはずだが、なぜ赤い月は攻め込んでこなかったのか。
「……」
しばし考え込んだ後、百二子様が俺に尋ねる。
「石田様が、そちらの御身体に転生する以前より、そちらの石は現在と同じ場所にあったのでしょうか」
そう……みたいですね。リンちゃんのように、この石を特別視している人はいたようですから、ちょっとは神の力が働いていた可能性はあります。
「もしくは石田様の御身体となっている石自体を赤い月……と呼ばれるものは、危険視していたではないでしょうか」
過去に聖女と呼ばれる人と共に、この巨石は赤い月を撃退したようですから、それがある以上はうかつに攻め込んでこられないのも解ります。
ただ、それなら俺の体がない……例えば、この星の裏側とかから攻め込む方法もあるのではないかと思わなくもない。少なくとも魔人たちは会話ができる程度の知能を持っていたし、そういった策略を練るだけの知性はあると考えていい。
「どの場所から攻め込んだとしても、石田様が対処できると踏んでいるのではないでしょうか」
実際、俺はスキルを用いれば、かなりのスピードで空を飛ぶことも可能なので、赤い月の動きに対処しようと思えばできそうではあります。
「……」
じゃあ、この星を襲うのを諦めればいいのではないかと思うのだが、それでもなお赤い月はこの星を狙っているものと考えられる。なぜ他の星を狙いに行かないのか。
「……他の星……というものは、この場所と似たような場所なのでしょうか」
俺も空のかなたまで行ったことはないので解らないですが……人が住んでいて自然にあふれた星というのは、そこまで多くはないのではないかと。
「……」
解りました。なんとなくですが……。
「お察しがついたのですか?」
多分、赤い月が狙っているのは……人なんです。
「……?」
魔人が数を増やすには、他の人種の女性を襲わないといけないんだと思います。なので、狙う星は人が住んでいる星でないといけない。そして、着陸したい場所は……人が多い場所なんだと思います。
「この世界……地上において、この付近は人が最も多い場所なのでしょうか」
恐らく……俺は海の向こうまで飛んでいったことがありますけど、海面上昇などの理由で、人の住んでいる場所は見つからなかったんです。とすれば、住む場所を失った人たちが、陸地の残っている場所に集まることになる。
人のいる場所に、さらに人が集まる。きっと、この星において最も人が多い場所が、このあたりなんです。
「赤い月は……この場所に降り立ちたいのでしょうか」
だと思います。
「……」
俺の言葉に納得してくれたのか、百二子様も静かにうなずいてくれている。ただ、いずれ俺は赤い月をなんとかしないといけない。宇宙を仰いだままでは、膠着状態が続くばかりである。
「赤い月が、石田様の対処しやすい場所へ落ちてくるように誘導すればよいのですか?」
そうですね。まあ、対決したくないといえば本音なんですが、現状をずっと維持するのも落ち着かないといいますか……。
「それは……可能でございます」
……?
「現在、各国を護る厄除けのほとんどは、石田様が媒体となっております。なので、石田様のお体……石を現在地から移動させることで、厄除けの結界を弱めることが可能です」
ああ……ご神体がなくなるので、必然的に守りの力が弱まるんですね。
「赤い月と呼ばれるものが神の力による守りを感じ取っているとすれば、その瞬間を見計らって攻め込んでくることでしょう。様子見される恐れはございますが……」
もし様子見されたとしても、何度か同じように厄除けを解いて見せれば、相手をじらしたり、行動を誘導することもできるかもしれませんね。
それに……きっと赤い月を撃退するには俺も、きっと持ち得る全ての体……オリハルコンを総動員しないといけない。必然的に各地の御神体を引っ張ってくることにはなります。
「現状は神通力により守りを固め、戦いの準備が整いましたら……結界を一時的に解く。さすれば自然と、敵と相まみえることとなるのではないかと考えられます」
そういうことになる……んでしょうか。とにかく、赤い月との対決で失敗は許されない。しっかりと勝算がある状態で臨まないといけません。
「……」
赤い月が他の星を狙いにいかないあたり、人が住んでいて安定した環境にある星は、そう多くないと考えられる。そして、狙いを定めているこの星は現在進行形で、守りを強めている。
チャンスがあれば、必ず星に攻め込んでくる。そこを返り討ちにする。あと必要なのは戦いの準備……それと俺の勇気だけである。
「憶測にすぎない部分もございますので、私も引き続き調査を進めます。神の力につきましては疑問点などがございましたら、知りうる範囲でお答えできるかと存じます」
解りました。また何か解ったら教えていただけると助かります。
「はい。必ずお役に立って見せます。お一人の時間を邪魔してしまい、申し訳ございません」
……百二子様って、音楽とか好きなんでしたっけ?
「……音楽でございますか?」
……あ。いえ、なんか急に……すみません。
ただ、こうして俺のところまで話に来てくれたのに、本題だけ話して終わりにするのは……なんか味気ないなと思ってしまったんです。俺、話をするのが下手なので、変なことを言ってしまって、すみません。
「石田様は、どのような音楽を嗜まれておられるのですか?」
日本以外の国で、昔から聞かれている音楽です……クラシックと呼ばれるものでしょうか。といっても、お聞かせする方法が今のところないのですが。
「私も音楽は好ましく考えております。ですが、日本では時代と共に聴く機会が薄れ、寂しく感じておりました」
昔ほど、盆踊り大会とかもやらなくなった気がします。神様たちが音楽を聴く機会は確かに減っていたかもしれません。
「ですが、数日前に街でお見かけした祭では、珍しい音楽をたくさん聴くことができ、衝撃を受けた次第です」
数日前の祭……ああ、アレクシア帝国でのダンスパーティですね。音楽家のダイリさんやムースさんが、中央広場のステージで音楽を披露してくれていたのは憶えています。当日、人に揉まれている中で、俺の心の支えでもありました。
「私も、この世界に来て、日本とは違う文化に触れ、好奇心が刺激されるばかりです」
赤い月の侵攻を受けたら、そういった文化も失われてしまう。俺は人と関わるのは苦手だけど、人の作ったものは好きだ。人以外の自然たちも好きだ。それを護るためなら……もう少し頑張れる気はします。
「私も石田様も人ではございませんが、すでにこの世界の一部となっているのでしょう。調和を乱さず、世界を護る存在となれるよう努めたいと思います」
そうですね……。
「……」
……。
「音楽ではございませんが……私が一番好きなのは、この雨の降る音にございます」
百二子様の言葉に、俺は視線を空へと向けた。大きな雨粒が、自分の体にぶつかりポツポツと、水面を叩くような音を立てる。それは不規則な音色ながらも、音楽に似たものにも聞こえる。
赤い月の考えていることは、俺には解らないことだらけだけど、百二子様の言っていることは心にしっかり入ってくる。出会って間もなかった頃よりも、ずっと今は解りやすくなってきている。
これが信頼というものなのだろうか。あとは何を話すでもなく俺は、百二子様と一緒に雨の音をずっと聞いていた。
続きます。




