第909話『疑問』
経営者一家の跡取りであるライゼンさんと、とてつもない財力を持つであろうライゼンさんのお父さん。それぞれ経営者としての持論を貫き通そうと、野菜料理を通じて対決を図っている。
レストランにて差し出された野菜スープの美味しさに、ライゼンさんのお父さんは強い衝撃を受けたようだ。しかし、まだライゼンさんのやり方を認めるには至っていないようだ。そんな様子を……俺は窓の外からながめ、会話内容を勝手に想像している。
『父上も最近は、体調不良の話題を口に出すことが多いでしょう。それを解決する簡単な方法がございます』
『ほほう?それは?』
『お野菜ですよ。それも、とびっきり新鮮なね』
みたいな会話をライゼンさんたちはしてそうだが、聞こえてはいないので内容は定かではない。そこへ、シェフの人がコップみたいなものを持ってやってくる。
コップには棒状のものが幾つも差し込まれている。キラキラしている為に金の棒のようにも見えるが、あれも野菜スティックなのではないかと考えられる。
調味料もついていない、生粋の生野菜。それを面前に置かれ、しわの深いライゼンさんのお父さんの顔が、さらに潰した紙みたいにくしゃくしゃになってしまう。
「……」
とはいえ、ここまで来て、食べずに出て行くのは負けを認めたと同義だ。野菜スティックを一つまみし、それを口へと運ぶ。
「……ッ!」
生野菜をかみ砕き、飲み込んだと同時に、ライゼンさんのお父さんが目を強くつむり喉を押さえた。歯ぎしりしつつも拳を握る。
「……!」
そして、二本目の野菜スティックを口に入れる。ライゼンさんのお父さんはコップを手に持ち、野菜スティックを次々と食べながら何か言っている。
その後、悔しそうな様子ながらに野菜スティックを頬張り、ガミガミとライゼンさんへと何か言いながら、ライゼンさんのお父さんはレストランを出て行ってしまった。非情なる経営者といえども、真に美味しいものを前にしては無下にできなかったのだろう。
帰っていくお父さんへ、ライゼンさんがお辞儀をして見せる。ひとまず……お野菜ランドのテーマ性や需要は理解してもらえたようにも見える。おさかなランドの建設も、ひとまずは阻止できたと考えよさそうだ。
騒動が一件落着したとして、ライゼンさんもレストランから出て行く。生野菜の健康性はおじいさんの身体のいたわりに効果絶大だったようだ。やはり、お野菜の持つポテンシャルは凄い。
ライゼンさんは……またお野菜ランドの発展の為に、書庫で調べ物をするのかな。俺は体が雨でビショビショになってるから、すぐには部屋に戻れない。ちょっとかわかさないといけないな。
「……」
雨が強くなってきた。コクサ王国付近は雨が降っていなかったが、船に乗っての激流下りのさなかで雨まで降っていたら、もはやこの地獄みたいな勢いとなっていたかも解らない。
『現在地:始まりの丘』
丘の上にある巨石。そちらへと意識を移してみた。空は曇っているし雨は降っているけど、どことなく青空が透けて見える。かすかに差す陽の光に雨水が照らされ、まるで虹の粒が降っているみたいな景色だ。キレイだな……。
雨が降っている日というのは、俺としては好ましい日である。なんかこう……何もしなくても許される日という感じがする。遠足とか野外でのイベントも中止になるしな。インドアには優しい天気と考えていい。
もう……今日は、お休みでいいよな。リディアさんたちも川下りで一日、終わりそうだし。お野菜ランドは、いつもより人は少ない。リンちゃんのお父さんも仕事をお休みしていた。
本当ならば周辺地域の探査でもしてみた方がいいのだろうけど、地面がぬかるんでいるために、あまり動き回るのも得策ではない。そうして様々な言い訳を雨に絡めつつ、もう俺は無気力になりつつある。
「……」
クラシック音楽をかけてみようか。俺は体が石だから、じめっとした不快感もない。低気圧で頭が痛くなったりもしない。すごくリラックスできそうな雰囲気である。
「……」
いいな。やっぱり一人っていいな。自分だけの時間。心が開放できる感覚。これだ。これが俺の求めていた世界だ。
……リラックスしたら眠くなってきた。いいかな。寝ちゃっても。
「非常に……申し訳ございませんが、石田様。よろしいですか?」
百二子様が近くにある岩陰から顔をのぞかせる。あ……大丈夫です。はい。
「お一人の時間をお邪魔するつもりはございませんでしたが、やや気がかりな点がございまして」
気を遣ってもらってしまった……申し訳ないです。ただ、やはり一人でいる時間というのは俺にとってかけがえがないなと改めて考えておりました。ですが、俺のことは気にせず話し掛けてもらって問題ありません。
「私の方こそ、石田様がお疲れとあらば聞き流していただきたく……」
疲れについては、俺は石なので疲労も溜まらないので大丈夫です。あと最近は……百二子様とは話しても、あまり緊張しない気がします。神様だからでしょうか……。
「……私は石田様にとって、特別な存在と考えてよろしい……のでしょうか」
特別……だと思います。少なくとも身近にいる神様は、百二子様だけですし……。
「……」
ほわっとした顔で、百二子様が俺の方を見ている。見た目が小学生くらいの女の子だから、なんか見られていても恥ずかしさより、どこか守ってあげたい気持ちが強く出てしまう。思えば俺、生前は小さい子どもと、あまり話す機会がなかったんだよな。同年代や年上でなければ、そこまで緊張しないタイプなのだろうか。
それはいいとして百二子様……なにか、お話があったのでは。
「そうでした。砂漠での石田様のご活躍が幸いし、またしても世界の厄除けの力が強まりました。この付近の、かなりの面積が結界に覆われたと見てよろしいでしょう」
アレクシア帝国からコクサ王国。あとカルシの町。聖獣との儀式を行った場所は点々としていますが、結界に隙間ができたりとこしないんでしょうか。
「神通力は引き合いますので、近くの場所で強い神の力が発生すると、そちらと連結いたします」
としますと現状、アレクシア・ハイドレンジア・コクサが三点で繋がっている形……という感じでしょうか。
「はい。それ以外の場所は、あまり覆われていない状態です」
……そうですよね。あれ?
「そのような現状が、正常なのかどうかを疑問に思い、お話をさせていただきに参りました」
この世界の大半は……神の力で守られていないんですよね?じゃあ、赤い月は、そっちを狙って降ってくればいいんじゃないでしょうか。
「はい……不思議でございます」
なんで赤い月は、神通力の弱い場所を突いてこないのか。それとも……まだ、この世界を陥落させるに十分な力が溜まっていないのか。もしくは落ちる場所に狙いを定められないのか。言われてみると不思議ではある……。
書いた後にリライトした為、やや更新にお時間をいただきました。
続きます。




