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第90話『酒場』


 「ちょっと水風呂にも入って行きませんか?」

 「いいぞ」


 やや汗ばんだ肌を冷水で引き締めて帰ろうと、エメリアさんが水風呂を提案している。温泉施設の隅の方に黒い岩で作られた場所があり、そこにだけは湯気が立っていないのが解る。温泉に張ってある水も、滝から流れてきたものではなく、地下から溢れ出しているもののようだな。


 「あ……」

 「……おお」


 水風呂には先客がおり、その人は……さっき勝負を挑んできたゲイトさんだ。ギルド長はいないようで、1人で水風呂に入っていると見られる。ちょっと都合が悪そうながらも、あちらが場所をゆずってくれたので、リディアさんとエメリアさんは水風呂にお邪魔する。


 「……」


 水風呂に入っているゲイトさんは歯をくいしばり、じっと寒さに耐えている。罰として入らされているのではないかと思ったのか、リディアさんは控え目な声で話しかけている。

 

 「……もしや、ギルド長から、水風呂に入っているよう言われたのか?」

 「いや、頭を冷やせといわれたのでな。冷やしているところであるぞ」

 「そ……そうか」


 どうやら、自制心を鍛える為に、自らを冷や水の中へと投じているとの事。それならば止める理由もないのだが、体が冷えて頭も冷静になってきたのか、先程の行動についても反省の意を見せている。


 「突然、口論を持ちかけてしまい、申し訳なかったのである……」

 「いえ、いいですけど……」

 「おわびといってはなんだが、わがはいの体、好きにしても良い……」

 「いえ、いいです……」


 リディアさんには女の人の体をもみたい気持ちも特にないので、ゲイトさんからのおわびは受け取らずに終わった。ただ、本当のことを言わずに別れるのも気が引けたようで、俺を装備して入浴している点についてだけは言及している。


 「実のところ……これが珍しい石であるらしく、身体能力を向上させているという話なんだ。だから、熱い環境にも長時間、耐えられたと考えられる」


 「……普通の石にしか見えぬ。強いて言えば、やや光沢が強い程度か」


 以前、オリハルコンのステータスを鑑定してみた時は、装備者の全ステータスが向上することが確認できた。ついでに、俺を縛っているクルクルの毛には確か……体温調節機能向上がそなわっていたはずである。これらの装備の効果があれば、かなりの熱さに対応できるのは間違いないだろう。


 ゲイトさんは鑑定眼のスキルを持ち合わせていないようで、そこについては半信半疑ながらに納得していた。しかし、俺の詳細は解らないまでも、こちらの誠意は伝わったらしく、もう勝ち負けについても悔いはないといった様子で笑っている。


 「……人間、お前は正直者と見た。飲みに行くか?今から」

 「明日、朝から約束があるんだが……」

 「わがはいのおごりである。1杯だけ付き合うがよい」


 ふっかけたケンカを一方的におさめて、ゲイトさんが水風呂から立ち上がった。いい具合に体が冷えたのか、みんなは温泉を出て脱衣所へと戻った。


 「お嬢様……そちらの方は」

 「なんか……飲みに行くらしい」

 「まあ……どういった風の吹きまわしで」


 脱衣所ではシロガネさんが待っていて、のぼせた肌を冷やしながらに水を飲んでいた。それぞれ、ロッカーから服を取り出して着替えを始める。リディアさんの服がほぼ下着と変わらないのを見て、ゲイトさんが目を丸くしている。


 「……お前、何を生業としている者なのだ?」

 「聖女の衣装らしいのだけど、自分でもよく解りません……」

 「謎深き人間であるな……」

 

 こんな薄着で外を歩く人はなかなかいないようで、やはりリディアさんの格好には誰しもが疑問符を浮かべている。なお、そんなことを言っているゲイトさんの方は肌着の上にジャケットをはおり、更には重そうなヨロイまで着込んでいる。その装備の厳重な様子を見て、今度はリディアさんの方が聞き返している。


 「そちらは、お仕事の帰りなのですか?」

 「いいや。本日は休暇だ。これは普段着である」

 「そ……そうですか」


 カブトまで被って、がっしり完全防備である。しかも、竜人だから肌にはウロコまでついているのだ。普通に斬りかかったくらいでは、ダメージの1つも与えられないであろう強固なスタイルと見られる。およそ10分かけてゲイトさんの着替えが終わり、みんなは夜の街へと繰り出した。


 同じ商店街でも、昼に見るのと夜に通るのとでは、それなりに景色に違いがある。街には子どもたちの姿が減って、仕事を終えたと見られる冒険者らしき人たちが多くなっている。各々のお店にも照明がつき、それはタイマツだったりトウロウだったり、魔法っぽい不思議な光だったりと多種に渡る。クリスマスのイルミネーションみたいでキレイだ。


 「向かう居酒屋は、わがはいが決めてよいな?」

 「どんな料理の店に行くんですか~?」

 「なんでも出てくるぞ。なんでも頼むがよい」


 エメリアさんの質問に、『なんでも』という漠然とした答えが返ってきた。俺の思い描く居酒屋のイメージというと、メニューが壁一面に張り巡らされていて、馴染みのお客さんが店主と会話をしているアットホームな場であるが、今から行くのはどんな店なのだろう。


 「ついたぞ」

 

 ゲイトさんが、2階建ての細い建物の前で足を止める。ガラス越しに見ても灯りはついていないのだけど、営業はしているのだろうか。ゲイトさんは戸のカギを開けて中へと入り、暗い店内に炎の灯りをつける。店内は広くはなく、10人ほど座れるかどうかというカウンター席があるだけ。カウンターのすぐ奥には厨房が見えている。


 「何がご所望であるか?」


 ゲイトさんは自然とカウンターの奥へと入り、ヨロイの上からエプロンをつけた。カブトにも、しっかりと頭巾をかぶせている。もしかして……ここは、ゲイトさんの店なのか?


 「あの……店主は不在なのか?」

 「わがはいが店主である」

 「あ……ああ。なるほど」


 まさかギルドに入りながら、自分の店まで持っているとは。意表をつかれたのか、リディアさんも戸惑いながらに納得していた。まずは最初の一杯を何にするか、棚に並んだ酒ビンをながめながらゲイトさんがコップを用意している。


 「いい酒がある。わがはいは、これにする」


 だれより先に飲むお酒を決めて、ゲイトさんが手酌でグラスについでいる。お酒は無色透明だけど、グラスは小さめだからして、きっとアルコール度数の強いものであると見られる。呆気に取られていた3人も、カウンター席へと詰めて座り込んだ。エメリアさんは好奇心から、ゲイトさんと同じお酒をもらっている。


 「私も、それがいいです」

 「人間にはキツイやもしれないがな」

 「私、人間じゃなくて夢魔ですよ~」

 

 見た目は人間と大差ないから、ゲイトさんもエメリアさんを人間だと思っていたようである。リディアさんとシロガネさんは果実酒の方が好きらしく、オレンジ色をしたお酒をコップにもらっていた。


 「では、乾杯だ。お前たち、今日は何か良い事はあったか?」

 「ええと……依頼を2つ、やりとげました」

 「わがはいは何もない1日であった。では、乾杯」


 今日、ゲイトさんは休みだって言ってたもんな。でも、特に災難にもあわなかったのであれば、そこは乾杯してしかるべきかもしれない。すぐにグラスの中身を飲み干した店主とエメリアさんは、次のお酒をグラスについでいる。コップに口をつけつつも、リディアさんは店について質問を始めた。


 「ギルドで働きながら、居酒屋も経営しているのですか?」

 「おお。だが、不定期営業だ。わがはいが飲むにあたって、ついでに営業しておるのだ」

 

 ゲイトさんは口から火種を取り出し、それを鍋の下に入れて引火させる。鍋が熱されるのを待ちつつ、店を経営している理由を教えてくれた。


 「店の形式をとりさえすれば、つまみを作りながら酒が飲める。居間と行き来せずに済むであろう?そのついでに、客の注文にも応えている」


 「でも、お酒を飲みながら料理をするのは、危険じゃないですか?」


 「わがはいは炎の竜人。酒は体内で燃えるのだ。酔うことはない」


 キッチンに立ちながら飲めば、常に食べたいものを用意しながら飲める……という、非常に合理的な理由から店を開けているらしい。酔わないのに飲みたいということは、純粋にお酒の味が大好きなんだろうな。熱された鍋へ、下ごしらえの済んでいる材料を流し込んでいく。


 炎の竜人というと、ゲーム的に考えたら、温泉の熱にも強そうである。なのに長風呂勝負で負けたとなれば、確かに恥ずかしさはあるかもしれない。いや……むしろ、体が元から熱いから、体外からの熱さに弱いのかも解らない。


 「やってる?」

 「やっておるぞ」


 店内に灯りがあるのを見てか、別のお客さんが来店してきた。騎士団の服を来た男の人だ。リディアさん達が壁の方へと詰めて座っているので、逆側の壁際にある席へと腰を下ろす。飲むお酒もセルフらしく、近くにあったグラスへとお酒をついで、ゲイトさんが料理している姿を遠目に見ている。


 「……結構、お客さんは来るんですか?」

 「別に儲けを出したい訳ではないが、1日に5人は来店するな」


 ぼそっとエメリアさんが聞いてみるが、お客さん自体は多くはないらしい。これで生計をたてているとなれば苦労しそうだけど、自分で食べ飲みしているついでにやっているだけであれば、それでいいのかもしれないな。


 「できたぞ。食べるがよい」


 野菜と肉らしきものを炒めた、トロトロとした見た目の料理が出来上がり、それをお皿に乗せてカウンターに出してくれる。あとから入ってきた男の人は夕食も兼ねているのか、お椀いっぱいに盛られた豆っぽいものももらっていた。


 「ほら。次、何を食べたいのだ?」

 「あ……では、おすすめのものを」

 「よし」


 オーダーは受け付けるようだけど、メニューはカウンターに置かれていないし、壁にもお品書きは貼られてはいない。なので、リディアさんも無難にオススメをとお願いしている。今度はまな板に海藻らしきものを乗せて、それを包丁で細かくきざんでいる。

 

 「じゃまするぞ」

 「はーい」


 またお客さんが入ってきた。次のお客さんは、体の大きな人だな。その人だけで、カウンター席を2人分くらい占有してしまう。


 「あ……ギルド長」

 「リディアか。今日は、ここで飲んでんのか?エマリアも生きてたか。よかったぜ」

 「私、エメリアです……」


 誰かと思ったら、店に入ってきたのはリディアさん達が所属しているギルドのギルド長だ。リディアさんと知り合いなのだと見て、ゲイトさんが料理の手を止めてギルド長に声をかける。


 「いつものおっさん。お前、ギルド長なのであるか?」

 「おお。まあ、そんなとこだな」

 「そうであったか。まあ、わがはいのギルドには及ばないであろうがな。がはは」


 あれ……いつものってことは、割と常連なのか。なのに、ゲイトさんはギルド長が誰なのか、よく知らないらしい。温泉で見せた他ギルドへのライバル心はなんだったのか。不思議な関係だ。隣に座っているリディアさんが、ギルド長に話を聞いている。


 「ギルド長、頻繁に来るのですか?」

 「おお。あの竜人の姉ちゃん、料理が上手いんだ。頼まなくてもつまみが出てくるし、楽だぜ」


 頼まなくても美味しいものが次々と出てくるのなら、確かにお客としても気楽かもしれない。食べ物の好き嫌いがなければ、ずっと飲んでいられる環境だな。


 「ジャマをするぞ」

 「はーい」

 

 ギルド長がやってきた1分後、また背の高い男の人が入店してきた。その人はギルド長の隣に腰を下ろす。


 「あ……」

 「……お?」


 男の人とギルド長が、顔を見合わせている。いや、あの男の人は……リディアさんのお兄さんだ。騎士団長でも、商店街の居酒屋に普通に入るんだな。


 「……」

 「……」

 「……」


 騎士団長が、リディアさんにも気づいた様子を見せている。ただ、ギルド長が間にいて声をかけづらいのか、無言で料理工程をながめていた。ギルド長も騎士団へ敵対心を持っているという話なので、目つきは鋭くしながらも、お酒をぐっと飲み込んでいる。リディアさんは……壁の方を向いている。


 「……」


 やばい……急に気まずい。どうしよう。


第91話へ続く

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