第901話『再起動』
勇者の人たちは雪山のある方角を目指しているようだが、実のところ俺も位置関係についてはよく解らない。それだけ砂漠は広すぎるのである。マップをめいっぱい拡大しても表示しきれないのだ。
「オーパー。方角を示すコンパスはどうなっているのだろう」
「コクサ砂漠の砂のせいかな……全然、機能しないです」
改めて、この砂漠を歩いて一度は横断している勇者一行……それと英雄王の気概には驚くばかりである。恐らく、このまま歩いて行けば、どこかには辿り着く。そう信じて勇者一行は砂漠を直進する。
装備効果は俺が意識を宿していなくても発揮されるようだし、ここで俺が砂漠の景観をながめている必要はないと見られる。砂漠には危険な生き物もいなさそうだしな。たまにサソリみたいな虫がいても、食用にされていたあたり毒はないと思われる。
『現在地:ルッチル村』
リンちゃんの村を見に来てみた。まだアネットさんたちのお迎えは来ていないようで、クリスさんが雨の中で畑仕事を手伝っている。騎士団員として、民間事業に貢献しているのだろう。
「……」
視点を動かして、村の中にある巨大な豆の木を見上げる。夜に見ても月明りで輝いているが、日中は空が曇っていてもまぶしいくらいだ。砂漠の太陽より存在感が強い。
「……」
アネットさんも豆の葉を傘代わりにしながら豆の木を見ている。リンちゃんの家の一家団欒を邪魔したくはないが、畑仕事もしたくないといったムーブが見て取れる。
地面には巨大な豆の木の葉っぱや、落ちた黄金豆が散らばっている。この落ちた豆から、また木が生えて来たりしたら、村中が木に占領されたりするのではないだろうか。
いや、現状はそうなっていないのだから、ならないんだろうな。ちゃんと埋めないと根が地につかないのだと考えられる。
「……?」
アネットさんが豆みたいなものを拾っている。そして、それを持ってクリスさんのところに向かう。
「クリス!変な形のお豆があったよ!」
変な形の豆……まあ、あれだけ大量に木になっているのだから、一つくらい変な形の豆があったからといって不思議ではないかもしれない。
「鳥の爪みてぇな形だな。こんな豆も、たまに採れるのか?」
「ん?いんや?多分、それ……豆じゃないで?」
村の人いわく、豆じゃないらしい。そして……鳥の爪みたいな形。あっ……さては黄金爪だ。なぜ……こんなところに。
「よーし。農作業終了だ。撤収撤収!騎士団のあんたも、ありがとね」
「おお」
葉っぱみたいなもので作ったシートを畑に被せ終え、村の人たちも家々へと戻っていく。クリスさんとアネットさんも、とりあえずリンちゃんの家の軒下へと入る。
「村の人たち、お豆じゃないって言ってたけど……これなに?」
「記念に食ってみれば?」
「えー……でも、お豆じゃないんでしょ?おいしくなかったらヤダ」
クリスさんが冗談めかして、アネットさんに食べてみるよう勧めている。ダメだ……それは。スパイス状にして口に含んだだけで、リディアさんがトラウマになった代物である。
「まー……ちょっとかじってみるくらいはいいかな」
いや……それはよくない。なんとかして止めなければ。体を光らせようとスキルの画面を開いた瞬間、視界が落下するのを感じた。
「お……落ちたぞ。家の前の光るやつが」
「え?なんで?」
しまった。慌て過ぎて体が動いたようで、台座から体が落ちた。ぬかるんだ地面に音を立てて落ちた俺を見て、クリスさんとアネットさんが驚いている。
「なんで落ちたのか解らないが……とりあえず戻すぞ?」
「……意外と軽いね」
二人が俺を持ち上げようとしてくれている。すると、またしてもクリスさんが驚いたような声を上げる。
「ああ?なんか出たぞ!」
なんか出た?なにが?
『ふにゃふにゃ』
視点をぐるりと変えてみると、台座の上に立体映像が表示されている。俺が台座を揺らしたから、その衝撃でエネルギーが再燃して起動したのかな。
ふわふわした毛並みの幼げな生き物が、無邪気にごろごろしている様子が映し出されている。前にメフィストさんが来てくれた時に表示された生き物と同じものだろう。
「かわいいね。触っていいのかな?」
「透き通ってるが……触れんのか?」
台座の上に生き物がいるとなると、俺を戻すことができない。クリスさんが一度、俺を地面に置き、その映し出されている映像に手をのばす。
「……ああ?触れねぇぞ」
「触れない魔獣なの?」
『我々の母星の生き物だ……』
「おっさんみてぇな声で喋り出したぞ!おい!」
声が聞こえてくる。見た感じ、その生き物が喋っている訳ではないようだが、映し出されているせいで、そう見えなくもない。おそらく、これは録画映像で、この生き物の近くに誰かがいるのだろう。
『この地にいる生き物のみでは、対抗しうる力を発揮できなかった。この生き物の力が必要だ……』
そこまで聞き取れたところで、台座に映し出されていた映像と音声は途絶えた。
「……」
あまりに意外な出来事が起こったせいで、クリスさんとアネットさんが雨の中で立ちすくんでいる。顔を見合わせていると、家の中からリンちゃんが出てくる。
「あれ?ヒカリちゃん落ちた?」
「おお……いや、それより驚くことがあった。なんか、ふにゃふにゃ言ってる生き物が出てきたぜ」
「あっ。ふにゃふにゃね」
「ふにゃふにゃ?リン、知ってんのか?」
「よく解んないけど、見たことある」
リンちゃんも実は、隠れて見てたんだよな。ふにゃふにゃ(仮称)が表示された時。
「あのね。たまに出てくるの」
「たまに出てくるの?じゃあ、あのふにゃふにゃちゃんは、村にいる子?」
「いない。謎なの」
アネットさんに尋ねられるも、そこは実に謎である。なお、俺にも正体はつかめていない……。
「ヒカリちゃんが、泥だらけになっちゃった。拭くから持っててもらっていい?」
「ああ……」
あまりに衝撃的なものを目の当たりとしたのに、普通にリンちゃんに受け入れられたせいで、クリスさんが呆気に取られている。一通り泥を拭いた後、俺は台座に戻された。
「リン。ここに置いたら……ふにゃふにゃのあいつ、出てこられないんじゃねぇの?」
「前は出てこれたよ」
「そ……そうか」
今回は俺が落ちただけで、以前は乗っていても表示されたから、そこは大丈夫なのだろう。俺を台座に乗せつつ、クリスさんが台座を揺すってみる。しかし、もう謎の白い生き物は出現しなかった。
「クリス。来たよ。ドラゴン」
「あ……ああ」
雨が弱まったタイミングを見てか、騎士団のドラゴンが迎えに来てくれた。騎士団の人がクリスさんたちを呼ぶようにして、村の入り口で手を振っている。
「じゃあ、リンっち。アネットたち帰るけど……ワンコロちゃん来たらよろしくね~」
「うん。また来てね」
アネットさんはそうでもないが、クリスさんは色々と考え込むような表情を見せている。家の中にいるリンちゃんの家族にもお礼を言ってから、クリスさん達はドラゴンの元へと向かった。
「クリス、どしたの?これ食べる?」
「そんな怪しいもん食うわけねぇだろ……」
「ひど……さっき食べたらって自分で言ってたのに」
そうして二人は、ようやく任務を終えてアレクシア帝国へ帰ることができた。ふにゃふにゃの一件さえなければクリスさんも、何も気にせず帰ることができたのだが……また俺が余計なことをしてしまった。そこは申し訳なく感じている……。
続きます。




