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第89話『忍耐』


 「この竜人たるわがはいが、人間に遅れを取ろうとは……何か小細工をしているな?」

 「ええ……小細工を仕込んで温泉に入る人がいますか?」

 「その胸、明らかに不自然と見た。調べさせてもらう」


 長風呂対決を勝手に始めたゲイトさんが、今度は物言いながらに温泉から上がってきた。ズルをしたと言われても、リディアさんの身につけているものといえば、ネックレスである俺とバスタオルくらいなものである。そこで、他の人より何倍も大きい胸が怪しいと見て、するどい爪のついた指先をこちらに向けている。


 「リディアにさわらないでください。許しませんよ」

 「そうですわ。あなた様も武人の端くれであれば、いさぎよく負けを認めるがよろしい」


 知らない人にリディアさんが触られるのは癪だったのか、エメリアさんとシロガネさんがゲイトさんの前に立ちふさがった。すると、ゲイトさんは腕組みながらに仁王立ちを見せ、今度は勝ち誇ったように笑い出す。


 「わがはいの指摘通り、その胸に冷水を仕込んでいるのだな。がはは。見破ったぞ」


 「そうではないですが……では、私たちはこれで……」


 「待て!ここで確かめさせねば、お前は胸に冷却材を仕込んだ食わせ物と後生、後ろ指をさされるのだぞ?ギルドの汚名にも繋がるに違いない。それでよいのか?」


 結構、食い下がってくる人である。そんな汚名に苦しむ人はいないと思うし、後ろ指をさしてくる人もいなそうである。あと、胸に水が入っていても、体の他の部分が熱いのは変わりない訳で……。


 「……」


 そこまで考えて俺は、なにやらゲイトさんがうずうずしているのに気がついた。あの様子からするに……ただ、リディアさんの大きい胸に触ってみたいだけかもしれない。それをリディアさんも察したのか、バスタオルをのけて体を差し出した。


 「では、ど……どうぞ」

 「よ……よい心がけである。どれ」


 ゲイトさんは爪で傷つけないように恐る恐る、リディアさんの胸を両手で鷲掴みにしている。ぐにぐにと押したり、持ち上げたりしている。その胸元で、俺ももてあそばれてブラブラしているのだが、そこは今しばらくの辛抱。うらやましそうに横でバスタオルを噛んでいたエメリアさんが、もう見ていられないとばかりに止めに入る。


 「もういいじゃないですかー。やめたげてくださいー」

 「もう少し待つのだ……今に不正の事実を暴いてやるぞ」


 リディアさんの胸に病みつきになっているゲイトさんだが、この手を離せば負けを認めるしかない訳で……がんばって不正の証拠を探っている。リディアさんが恥ずかしそうに体を震わせているからして、その様子を受けてゲイトさんはやっと手を離してくれた。結局のところ、不審な点は最後まで見つからなかったようである。


 「んん……」

 「む……胸は本物だな。では、この石が氷の魔石なのだな!」


 今度は俺をつかんで、指先でコロコロと回している。ところが、俺の体からも冷気は感じ取れなかったらしく、ゲイトさんはくやしそうに後ろを向いてしまった。


 「なぜだ……人間が、どうしてこうも熱に強い……ぎゃ!」


 こちらに背を向けて考え込んでいるゲイトさんのおしりには、ドラゴンのような尻尾が生えている。それをエメリアさんがそっと触ると、ゲイトさんはくすぐったそうに身をよじった。


 「こ……こいつ、気安く触るでない……」

 「そちらも触ったんですから、触られても文句は言えないんですよ」

 「んん……うああ……」


 ゲイトさんは尻尾を触られるのが苦手らしく、四つんばいの姿勢になりながらも苦しげな声を上げている。リディアさんがエメリアさんの手を止めようとしたところで、湯気の向こうから凛々しい声が聞こえてきた。


 「ゲイト。一体、何をしているのだ」

 「……あっ。ギ……ギルド長。うぐぅ」


 今度は、青いウロコの竜人が現れた。ギルド長ってことは……この女の人が、ギルド・竜の谷の一番、偉い人なのか。見た目の年齢は人間で言うと、30歳半ばくらいだろうか。ゲイトさんとは違い、背中には羽も生えている。温泉内なので装備はつけていないが、ウロコだけでも非常に守備力は高そうである。


 「おお。ギルド長よ……わがはいは人間の卑劣な行為に陥れられたのだ。屈辱である……」

 「お主が一方的に、人間の乳を揉んでいたようにしか見えんが……」

 「あれは、証拠をおさえるべく仕方なく……決して、好奇心ではない」

 「……うちの者が失礼した。ゲイトは実力はあるのだが、ややアホなんだ。許してやってほしい」


 胸をもんでいたところからばっちり見られていたらしく、ゲイトさんはギルド長にひっぱられて、ぬるま湯の方へと連れていかれた。ギルド長が頭を下げたとあらば、あとはこちらが何か言う必要もないと見て、リディアさんはバスタオルを巻き直していた。


 「……お嬢様。あのゲイトとかいう輩、始末いたしましょうか?」

 「始末しないであげてくれ……頼むから」

 「竜人は大抵、尻尾が性感帯なので、そこを触られると動けなくなります。おすすめです」


 早まるシロガネさんをなだめている傍ら、エメリアさんが竜人の性感帯をオススメしている。他種族の弱い部分まで知っている辺り、なんらかのスペシャリスト感を感じる。


 「じゃあ、私は2番の温泉に行くから」

 「本当に、あの熱いお風呂に行くんですか!?リディア……あなた、変態なんじゃないですか?」

 「お嬢様の出汁が全て出てしまいますわ……」

 「別についてこなくていいから……」


 ゲイトさんへの遠まわしな勝利宣言ではなく、本当に2番の温泉に行くつもりだったらしい。さすがにこれ以上はついていけないと見て、さすがのエメリアさんとシロガネさんも辞退を申し出ている。このやりとりから察するに、普段は2番の温泉までは行かないのだろう。今日に限って行くということは、少なからず俺を装備している効果もありそうな気がする。


 やや2人には心配されているが、それは気にせずにリディアさんは2番の温泉へ向かう。そこにたまっているお湯はピンク色に染まっており、湯気は天井をくもらせんばかりに色濃く立ち昇っている。温度を感知できない俺でも、見ているだけで汗が出てきそうだ……。


 「ここは、さすがに熱いな……」


 熱いと解っていても、チャレンジはしてしまうのだ。こぽこぽと泡が浮き上がっては消えていくのだけど、さすがに沸騰してはいないよな……。


 「……ふう」


 大きく息を吐き、リディアさんが2番の湯へと肩までつかる。大きな胸が、お湯にぷかぷかと浮いている。俺の体は少し重量があるからか、胸の谷間にぶくぶくと沈んでいる。温泉にもぐって遊ぶなんて、小学校低学年でやった以来か。その時は、すぐにお父さんに注意されたけど……懐かしいな。若気の至りである。


 「……」


 リディアさんは手持無沙汰なのか、俺を温泉の湯から引き上げて、感触を確かめるようにして指で転がし始めた。ここから見ると、滝は目と鼻の先だ。普通、温泉って地下から湧いてくるものだと思うのだが、どうして国防壁の上から滝として降ってきているのだろう。その仕組みが割と謎である。


 滝が落ちてくるスペースを開ける為、天井に穴が作られている。そこから、温泉施設の上に広がる夜空が、ちょっとだけ垣間見えている。温泉内はタイマツで広く照らされているから、その光に負けて夜空の星は見えないな。


 「……」


 近くの温泉には人がいないので、話し声などは全く聞こえてこない。、滝の落ちるドドドドという音だけが響いている。こうしていると、俗世間から少し離れて、自分の時間を楽しめているような……そんな心持ちになってくる。


 いつも、リディアさんの周囲はにぎやかである。そんな毎日がイヤという訳じゃないのだろうけど、たまにはこうして静かな時間を得たくて、熱い温泉につかっているのかもしれない。そう考えたら、まあ……俺としても勝手ながら、ちょっとシンパシーを感じたりしてしまう。


 「……?」

 「あ……お飲み物です」


 お湯につかって15分ほどしたところで、後ろから誰かが話しかけてきたのが解った。どうやら、エメリアさんのようだな。彼女は白い飲み物が入ったビンを持っており、その中身についてリディアさんが尋ねている。


 「これは……ファージーの乳か?」

 「リディアがちゃんと成長するように願いを込めて、栄養のあるものを持ってきました」

 「もう十分に成長したつもりだが……まだ足りないだろうか」


 リンちゃんの村で育てていた乳牛はクルクルという生き物だったけど、これはファージーという生き物からしぼったもののようだな。液体の色は真っ白で、ビンを揺らしてみると白くあとがつくくらい濃厚だ。エメリアさんも同じ飲み物を持って温泉に入るのだが、ほんの2秒でリタイアしてお湯から出た。


 「……なんでリディア、あっついお湯が好きなんですか?」

 「たまには1人になりたいから……」

 「あら、ごめんなさい」

 「というのは冗談で……うちの父が、熱いお風呂が大好きだったんだ」


 キュッとビンのフタを開けて、リディアさんは牛乳を飲みながら語り出した。まだ飲み物は冷えているようで、ビンの表面にも結露が見られる。温泉に入りながら楽しむ冷たい飲み物、いいなぁ。


 「父さんが……俺は熱い男だから、熱いお湯に入っても熱くないんだ。などと自論を持って、いつも熱湯風呂につかっていてな。そういうものかと憧れてマネをしていたのだが、こどもの頃はあまり熱い湯には入れなかった」


 「熱い男って、精神的な意味ですよね?」


 「心が熱いと、体も熱くなるんだぞ」


 エメリアさんが真っ当に突っ込んだが、リディアさんの言い分も解らんでもない。ちょいちょいリディアさんはお父さんのエピソードを話してくれるのだけど、それを聞いているだけだとお父さんは少し不思議な人というか……かなり愉快な人に感じられる。一度、お目にかかりたいような気もしてしまう。


 ぐっと牛乳を飲み干してビンのフタを閉め、温泉のフチへと置いた。改めて温泉へと肩まで沈み込み、お父さんの話を続けた。


 「あと、こうして熱さに耐える訓練をしておくと、まあ……」

 「まあ?」

 「……いざ拷問にかけられた時に、それなりに抵抗できる……とも言っていたぞ」

 「それは……実用的ですね」


 実際、それなりに役に立つかもしれないが……そんな気持ちでお風呂に入っても、あんまりリラックスできないというデメリットもあわせもっている。

 

第90話へ続く

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