第8話『ラーニング』
リンちゃんとジェムちゃんが何の変哲もない石にお世話を焼いていて、その様子を知った大人の何人かが声をかけてくれた。
「ジェム。どうした?その石」
「リディアさんが持ってきてくれたの。暗くなると光るんですって」
「そう。だから昨日、ヒカリって名前に決めたの」
「ほお。変わった石だな」
そんな会話を聞きつつも、石である俺は反応こそしないのだけど、空が暗くなり始めるまでリディアさんたちやリンちゃんのお父さんが帰ってこなかったから、体をほのかに光らせて出迎えの役目を果たすとした。もう空には月が浮かんでいる。
「……?」
キュンと遠くで音がした。森から空にロケット花火のようなものが打ち上がり、その爆発がドーム状に広がる。光のベールは村の周囲をおおって輝き、次第に薄れて消えていった。あとにはぬるま湯みたいな、不思議な温かさが体に残った。
『エリア情報:敵モンスター弱体』
ステータス画面を開くと、現在地の下あたりに新たなエリア情報が表示されていた。敵モンスター弱体……エリア内に侵入した敵意のあるモンスターは、5レベル分くらい力を制御されるらしい。多分、エメリアさんの用意した仕掛けなのだろう。朝に出かけて夕方に発動したとなると、かなりの手間と時間がかかったと見られる。
「リュリュリュリュー!」
独特な鳴き声が聞こえて森へ目を向けると、道の向こうから大きなネズミ姿、それとネズミの引く荷車が見えてきた。鳴き声を聞いて、リンちゃんが洗いかけのお皿を持ったまま走り出てくる。
「お父さん。おかえりなさい!」
「ただいま。いい子でいたか?」
荷車は軽そうに車輪を浮かせながら引かれていて、出荷は問題なく終わったと考えられる。この村でしか取れない名産品などもあるのだろうか。お父さんはネズミの歩みを止め、リンちゃんの小さな体を抱きあげる。
「……」
リンちゃんを運転席に乗せると、お父さんはネズミの手綱を操って村へと入っていった。その際、弱く光を放っている俺にも笑顔を見せてくれたのだけど、すぐに憂うような表情へと戻してしまった。ああ……そうか。今日の稼ぎも、明後日の夜には魔人に盗られてしまうのか。このまま略奪が続けば、いつかは村は……。
「ねぇ、リディアー。エメリアは、がんばりましたー。ほめてください」
「助かった。感謝する」
「リディアー。ん~」
「キスはやめてくれ……今は顔が汚れている」
夜が来る寸前、リディアさんとエメリアさんも村に戻ってきた。すでにエメリアさんは力尽きていて、やや重そうな彼女の体をリディアさんがお姫様だっこしている。エメリアさんのスキンシップは積極的なのだけど、リディアさんの方は受け入れていない様子である。2人は、どういう関係性なのだろうか。
「あっ。ヒカリちゃんー。ただいまー」
エメリアさんは俺の放っている光に気づき、うれしそうに手を振っている。ただ、近くで見るとエメリアさんもリディアさんも泥まみれで、早く一日の疲れを落としに行った方がよさそうであった。村の入り口付近へ一通り警戒の目を向け、2人は村へと入っていった。その後、男の人がやってきて、村の門の戸締りを始めた。
「……」
門も閉まったし、もう朝までは誰も出てこないだろう。これで朝まで、俺は1人きりだ。久しぶりに他人について色々と考えて、ちょっと疲れた……俺も一時、気持ちを休めようと思う。空を見る。月は色づき始めていて、夜空の赤みは増している。奪略の日は近い。
眠る感覚は人間だった時と同じだ。すっと意識が消えて行って、無意識に不安を吐き出し、安心を吸い込み、気持ちを落ち着かせていく。目が覚める頃には、リフレッシュした心が体に宿っている。
「……」
目がさめても、まだ夜の闇は深かった。地球の時間でいえば、深夜0時頃。ケモノすらも寝静まって、葉の揺れる音しか聞こえない。村からも灯りは漏れていないな。
「……」
ゲームでもしようか。そう考えてタイトルの一覧をながめてみたのだけど、どうも気持ちが乗らなかった。明日には村を去る。今日は雨も降っていないし、ここを去る前に周辺を散策してみようと思い立った。
体を転がし、なるべく地形の平坦な場所を選んで森へと進む。明るい森の中を10分くらい進んでいく。でも、モンスターは1体も出てこない。エメリアさんの魔法陣があるから、モンスターたちも身動きが取れないのかも。これなら、ちょっとスピードを上げてもいいかもしれない。
ステータス画面を開いて、スキルのオンオフを切り替えていく。移動に最適化するには……重量は軽くして、摩擦を軽減する。もしモンスターとはちあわせても気づかれないよう、体の色は黒色にしてみよう。
「……」
そうして習得スキルを厳選していたところ、なにやらスキル一覧の上に別のタブとして、ラーニングというスキルがあるのに気づいた。これはなんだ?
『ラーニング(熟練度に応じて、対象の姿やスキルを習得)』
熟練度?対象の……姿?説明を読んでも理解できなかったが、タブを切り替えると今まで出会ったモンスターの名前が幾つか表示されていた。『レリクス』って、どんなモンスターだっけ。熟練度は10%か。ちょっと不安だが、ラーニングのスキルを習得し、モンスターの名前らしきものを選択してみた。
「……」
『レリクス』という文字に光が灯り、急に懐かしい気持ちが込み上げてきた。具体的にいうならば、木の匂いや土の臭い……空気の香り。石の体になってからは失われていた嗅覚が呼び戻された感じ。ステータス画面を閉じる。におい以外にも、体に変化があるのに気がついた。
「……!」
丸い石だった俺の体が、何か繊細な造形に変化している。顔の下には2つの手が伸びており、2本の後ろ足も動かせる。シッポもある。どうやら前に見かけた、オオカミのモンスターの姿になっているらしい。ラーニングって、そういうことなのか。
『モンスター名:レリクス 造形(レベル1) 嗅覚スキル(レベル1)』
鼻が利くようになったのも、ラーニングのスキルによるもののようだ。体は石でできているからカクカクとしか関節を動かせないし、質量は俺の体に依存するためか小さめだ。でも歩き回る分には便利である。よし。今夜はオオカミの姿で探検してみよう。
「……」
慣れない体で進んでいくと、森の中に小さな池があるのを発見した。ずっと気になっていた自分の姿を水面に映してみる。月明かりの中、やや小さいながらも黒いオオカミの姿が確認できた。体を動かして、背中やシッポ、耳の形を見つめる。黒い岩の質感そのまま、動く石像のオオカミができあがっている。おお……。
「わぅん」
ちゃんと鳴き声も出るな。言葉は喋れないけど、意志表示は可能なようだ。
「……」
俺は今まで生きてきて芽生えたこともない、初めての感情に戸惑っていた。人間の時には思いすらしたこともなかったが、今の俺の姿は……なんというか、自分で言うのは恥ずかしいのだけど……。
「……わん」
これは……ちょっとカッコいい。カッコいいな。俺。もし今、主人公っぽい男の子が目の前に現れて『俺の仲間になれ』などと言いだしたならば、彼の為に主力として戦ってもいいと思いかねない。それくらい主人公のパートナー感がある、メインキャラ風なカッコいい姿であった。
第9話へ続きます




