第85話『存在感』
リディアさんがセクシー過ぎて目立ってしまう問題を受けて、俺は人波にまぎれるに役立つスキルがないかと模索を始めたところである。そうした中で、こんなスキルが目に入った。
『存在感希薄化 レベル1 (スキルポイント1)』
以前は、こんなスキルなかった気がするな。周囲に擬態するスキルは常に使用しているのだが、それだけでは隠しきれないほど聖女の衣装は際どい。存在感希薄化のスキルも併用すれば、周囲からの視線を和らげる事ができるかもしれない。念のため、スキルの説明文へも目を通しておく。
『説明:スキルレベル上限10。使用時の体が大きいほど、スキルの効果が失われる。スキルレベルを調節可能』
当然の話といえば当然だが、大きな体ではスキルは正常に発揮されないという。ただ、リディアさんの身長は一般的な女の人より少し大きいくらいだし、胸は……まあ、ダイナマイト級なのだけど、それなりにスキルは機能するはずだ。
『存在感希薄化 レベル1 (スキルポイント1)』
存在感希薄化のスキルを習得してみた。丁度、リディアさん達は商店街へとやってきたところである。夕食の買い出しに来ている人が多いのか、通行人の姿は多く、そして……みなさんの視線はリディアさんのに釘付けである。シロガネさんが前でガードしてなかったら、なんというか……色々と大変なことになっていたかもしれない。
「リディア。その格好、寒くないんですか?」
「不思議と、まったく寒くはないぞ……周囲の視線は冷ややかだがな」
エメリアさんが、リディアさんの体温について心配している。水着で街を歩いているようなものなのに、肌寒さは微塵も感じないらしい。それは恐らく、ネックレスのヒモに体温調節の付加がついているからだと思われる。
「……」
少し様子を見てみたが、存在感希薄化のスキルを使っても、レベル1ではリディアさんのなまめかしい姿態を隠しきれない様子だ。いっそのこと、レベル8くらいまで上げてみてもいいかも。よし、やってみよう。
『存在感希薄化 レベル8 (スキルポイント8)』
「シロガネさん。明日の冒険に向けて、携帯食料としてコグを作ろうと思う。帰ったら手伝ってもらえないだろうか」
「ええ。ぜひ、お手伝いさせていただきますわ」
スキルのレベルを上げてはみたが、リディアさんと会話しているシロガネさんの対応に変化はない。ただ、街行く人たちの視線は今は集まっておらず、誰もが露店や店内の商品に目を向けている。レベル8ともなれば、それなりに効果は出ている実感はあるな。
「リディア。コグってなんでしたっけ」
「穀物の粉を少量の水で練り、味付けして硬く焼いたパンだ。10日間は腐らずに持つぞ」
「おいしそうなので、私にも作ってください!」
「ああ、いいぞ」
コグというもののイメージとしては、クッキーに近いものなのだろうか。出かける先が近場とはいえ、街の外は自然の入り組む魔境である。万が一に遭難でもしてしまった場合、何より必要なものは食料だ。10日も持ち歩ければ、かなり生き残れる確率は上がる。
「お嬢様。コグでしたら、あちらを細かく砕き練り込みますと、栄養面で効果が高まりますわ」
「そうなのか。さすがシロガネさんだ」
クルミらしき硬そうな木の実を手で指し示して、シロガネさんがコグ作りのワンポイントをレクチャーしてくれている。穀物だけではビタミンなどの成分が足りないから、乾燥させた木の実を入れて補う工夫なのだろう。木の実が混じれば、淡泊な味にも深みが出るだろうし、何日も続けて食べても飽きにくい。一石二鳥だな。
「買っておこう。これ、3個もらえますか?」
「……」
リディアさんが木の実を指さし、お金を取り出しながらにお店のおばさんへと声をかけている。おばさんはキョロキョロと周囲を見回した後、シロガネさんの方を見て売り文句を差し出した。
「……ええと、お姉さん?何か入り用ですか?」
「ワタクシでございますか?いえ、御用でしたら、こちらのお嬢様が……」
「あの……これを3個、欲しいのですが」
「……ああ!申し訳ございません。こちら1つ、2ジュエルです」
なにやら不思議なやりとりを交えて、リディアさんは小さな木の実を3つ購入した。店を離れたところで、リディアさんが視線を下げつつつぶやいた。
「私、関わってはいけない人だと思われてるのかな」
「いえ、そのようなことは……いえ」
……そうだ。携帯食料の話に耳を傾けていて忘れてたが、存在感希薄化のスキルを使用しているんだった。レベル8ともなると、お店の人に気づいてもらえないほど存在感がなくなるらしい。リディアさんが落ち込んでしまったので、俺は急いでスキルのレベルを下げた。レベル4くらいでどうかな。
「今度は大丈夫だろうか……」
「……おお!いらっしゃい!」
先程の店での無反応を受けて、リディアさんは次の店で買い物を始めるにあたっても、少し怖気づいた面持ちであった。しかし、今度は特に問題なく、粉を売っている店のオジサンがリディアさんを見つけてくれた。さっきは俺が勝手にスキルを使用したせいで迷惑をおかけして、本当にすみませんでした……。
「1袋、5ジュエルだ」
「はい」
これもコグに使う材料なのだろう。やや黄色がかった粉を袋に詰めて、お金と引き換えにオジサンが渡してくれている。オジサンはリディアさんの姿や格好を気にしてはいなさそうだし、商店街で買い物をしている人たちも、特に奇異の目で見ている様子はない。聖女の衣装のインパクトは、うまくスキルで中和できたみたいだな。
「木の実と粉と、あと必要なものは……」
「地図は、いりますか?」
「そういや、街周辺の地図は持ってなかったな」
エメリアさんの提案を受けて、リディアさんは街の片隅にある屋台を訪ねた。屋台には男の人が2人いて、1人が紙に筆を走らせ、もう1人が横から紙をのぞきながら何か言っている。
「……そこ、大岩があったぞ」
「このくらいか?」
「もう少し大きかったかな。黒い岩だ」
2人の会話が聞こえている。横で見ている男の人は地形を把握しているようで、その人が言った通りにもう1人が地図を描いているようだな。屋台の大きさ自体は1人で引きまわせる程度で、カウンターの端には画材や紙の束が用意されている。街の周辺の地図を求めて、リディアさんが屋台の2人組へと注文を出した。
「街の周辺の地図が欲しいのですが、ありますか?」
「街の中は含めるか?」
「いえ、街の外だけで大丈夫です」
絵を描いていた1人が白紙を広げて、もう1人はすでに出来上がっている地図を広げる。地図を描く人は白紙に筆を突きつけ、横に広げた地図を見ながら紙の中央にぐにゃぐにゃとした円を描いていく。これが地図なのか?
「……」
白紙に描いているものと横に置かれている地図を比較してみたところ、ゆがんだ円だと思っていたものは帝国の形を現しているのだと理解できた。こうして全体像を見てみると、この国は縦に長かったり、やや突出した場所があったりと、キレイな円の形をしていないことが解る。国の形をシルエットで見ると、耳の立ったウサギに似ているかもしれない。
「……あの、ちょっと聞いていいですか?」
「……え?いいよ」
描いている人は忙しそうなのだけど、もう1人の人はヒマそうである。地図が出来上がるまでには少し時間がかかると見て、リディアさんが地図屋の男に人へと質問を投げかけている。
「街の周辺で、神殿らしきものを見た憶えはありますか?」
「……神殿?」
できあがっているオリジナルの地図へと視線を落とし、男の人は神殿を探し始めた。地図の上で指を動かしているのが、どこにも神殿と思しきものはなかったようである。
「あるのかもしれないが、空から見下ろした限りでは見当たらないな……」
「空からですか?」
「僕は鳥の目という魔法を使って、空から周辺の地形を確かめながら地図を作ってるんだ。つまり、木々に隠れているものや、洞窟の中までは見えない。正体不明のものが見えた場合は、実際に行ってみることもあるがさ」
鳥の目か。視界の中にあるウィンドウを開けば、俺も周辺のマップは確認できる。でも、簡易的な表示しかできないから、何がいるのかとか、何があるのかまでは解らないんだよな。スキル習得画面の一覧にも、今のところは鳥の目というスキルはない。
「もうちょっと待ってな。急いで描いてるから」
地図を描いている人は帝国を中心として、国の周辺にある主だったものを描き足していく。まだ少し時間がかかると見て、横で見ている男の人が逆にリディアさんへと質問を投げた。
「神殿なんてあるの?」
「ある……らしいです。それも、あちこちに」
「この辺りなら結構、歩き回ってるんだが……見た事がないなぁ」
順調に描かれていく地図を見ながら、男の人は怪訝な顔をしている。それもそうだよな。神殿なんて人工物が自然の中に建っていたら、空から漠然と見た景色の中でも異彩を放つに違いない。それだけ、ひっそりと目立たずに存在しているものなのか、もしくは凄く小さいとか。実際に見てみない事には解らないな。
「ところで、お姉ちゃんたちは、ええと……飲食の接客やってる人?」
「いえ、冒険者です……」
「あ……それは失礼。なんで、地図が入り用なのかなって」
まあ……リディアさんの肌色多めの衣装とか、エメリアさんの変わった服とか、シロガネさんはメイド服だし……確かに、パッと見たら冒険者には見えない。そうした自覚はあるようで、リディアさん達も男の人の質問を受けて、特に嫌な顔はしていない。どちらかといえば、ちょっと恥ずかしそうではある。
「神殿については知らないが……そうだ。いいところ、教えてあげよう。森の中の、この辺り。湧き水があるんだ。生で飲める」
「そのまま飲めるんですか?」
「これ、汲んできたやつ。地下を通って出てきた水だから、ろ過されてる」
男の人は金属でできたボトルのフタを開けて、その中に入っている液体を飲んで見せた。地図の位置としては川から離れてる森林エリアだけど、こんなところに水の補給ポイントがあるんだな。
「あとはね……ここ、めちゃめちゃキノコが生えてる。あ……帝国に持ち込めないのとか、変な効果のもあるから、それは気をつけてね」
「キノコには……気をつけます」
キノコか……きっと、フクロダケとか、筋肉がムキムキになるものもあるんだろうと予想された。
「それと、あとは……あっ。これ、大きい声では言えないんだけど……」
「……?」
「ここ、密入国ルート」
「……ええ?」
入国門がある場所から少し離れた位置を指さし、男の人が怪しげな単語を口にした。リディアさんの驚いた反応を見て、すぐに言い訳を始める。
「ああ、僕たちは使ってないし、関わってないよ?危険なやつも多く出入りしてるから、あんまり近づかない方がいいってだけの話」
「そ……そうなんですか」
「ほい。地図、できたぞ」
さっきまでは国の形しか描かれていなかった地図が、今はもう国周辺の着色まで済んで、森や川の位置まではっきりと解るようになっている。目印となるオブジェクトには名前がつけられているようで、随所随所には文字で注釈が入っている。迷ってしまっても、これさえあれば城が見える場所までは辿り着けるだろう。
「お疲れ。周辺地図であれば、5ジュエルだな」
「ありがとうございます」
「ではでは、お気をつけて」
看板には『4~10ジュエル』と表記されているが、今回の地図は街中の描写がない為に、ややお安いお値段でゆずってもらった。受け取った地図を折りたたんでバッグへと入れ、リディアさん達は地図屋さんたちに頭を下げて店をあとにした。
「……」
商店街の店先をながめがら歩きつつ、人気が少なくなったところで、何気なくエメリアさんがつぶやいた。
「密入国ルート、解っちゃいましたけど」
「うん」
思わぬ機密情報が飛び込んでしまったものの、そちらに関しては騎士団の人たちが捜査しているはずであり、いずれは解決する案件である。とりあえず、この情報に関して、3人は……。
「関わらないようにしよう……」
「ですね……」
「ですわね……」
俺も、それがいいと思う……。
第86話へ続く




