第83話『友達』
「友達?それが依頼……なのか?」
「……うん」
あくまで依頼として受ける以上は、金銭の受け渡しが発生するってことだよな。友達になってくださいとお願いするのに勇気が必要なのは俺も知っているが、友達になってほしいあまりお金を払う人はさすがに見た事がない。そして、お金のからんだ友情は友情なのか……それも割と疑問である。
「いや……いいぞ。友達なら、依頼じゃなくても」
「ダメ。依頼は受けて」
「う~ん……ちょっと、話を聞かせてほしい。エメリア。シロガネさん。奥の応接室へ行こう」
ここまで意固地になるとなれば、あちらにも依頼として受けてほしい事情があるに違いない。リディアさんはエメリアさんとシロガネさんに声をかけ、メフィストさんをギルド支部の奥へと連れて行く。
ギルド支部の奥には、トビラが3つ並んでいる。その中の1つを選んで開くと、テーブルとイスが置かれているだけの個室があった。きっと、依頼者とギルドメンバーが話しあう為に作られた部屋なのだろう。テーブルの上にはメモ紙や筆が置かれている。
「そこへかけてくれ」
「うん」
メフィストさんに席をすすめて、その向かい側のイスへとリディアさんが座る。エメリアさんはリディアさんの隣にしゃがみ込み、シロガネさんは戸口の付近に立っている。他人の耳を気にしなくてよくなったところで、先程の依頼について詳細を求めた。
「友達になって欲しいと言っていたが……それは、どうしてなんだ?」
「ワタシ……友達いない」
まあ、俺も友達なんていなかったし、作ろうとも思わなかったけど、もしどうしても友達が欲しいと思ったら……相手に何か利を与えなくてはと考えてしまうのも解らなくはない。すぐ友達ができる人からすれば、そんなのはおかしいのだろうが……そうでもしないと、誰かに友達でいてもらう自信がないのだ。メフィストさんの心境は不明だが、俺はそう思っている。
「ワタシ……ラスカーだ。みんな怖がる」
「やはり、そうか。実際に、ラスカーの人と会うのは初めてだが……そんな気はしていた」
本人の口から何かが語られ、それにリディアさんも納得している。エメリアさんとシロガネさんも、ラスカーと呼ばれるものを知っているようで、無言でメフィストさんを見つめていた。でも……ラスカーってなんだ?
「それは解った。だが、それを気に病んで、誰かと友達になることを恐れているのであれば、何も心配する必要はない。私は、ラスカーが人間と変わらないことを知っている」
「……」
しかし、ラスカーとはなんなのか……そうだ。今回、ラスカーという新しいワードを耳にしたのだから、ステータス画面にも変化があるかもしれない。以前はメフィストさんの能力を鑑定しても、何も解らなかったが……今回は、どうだろう。彼女を視界に入れつつ、改めてステータスを確認してみる。
『種族:ラスカー 性質:人間・魔人』
性質が人間と……魔人だ。でも、魔人が人間に子どもを産ませると、その子どもは人を襲う魔人になると、クリスさんも言っていたはず。じゃあ、どういうことだ?
「……」
得られた情報から推理を続けている内、俺はお医者さんとフローラさんの話を思い出した。魔人のアジトに捕らわれていただけで、特に危害を加えられていないフローラさんでさえも、体内に魔人の魔素が入って苦しんでいた。ただ、それは数日で回復した訳だから、空気中から取り込む魔素というのは、大した量ではないはずだ。
すると、ラスカーは……魔人の子どもを産んだ女の人、もしくは魔人に深く傷をつけられた人が、後に人間の子どもを産んだ際に現れる種族なんじゃないかな。姿は人間だけど、肌の色は魔人に近い。これだけ身体的に特徴が出ると、周囲からも視線も気になるだろうな。
「友達として。あなたを信じて……いい?」
「うん。まあ、あなたが受けてほしいというのなら、友達になる依頼も受けるよ」
ラスカーであることがネックで、今まで人との関りを避けてきたという。その点をリディアさんには認めてもらえたので、メフィストさんはリディアさんへと片手を差し出した。メフィストさんは悪い人ではないようだし、リディアさんは幽霊の管理人さんと普通に暮らすくらいに、人種については無頓着な人である。特に気負う様子もなく、リディアさんも片手を差し出している。
「……この世界、危機が迫ってるの」
「……?」
友情の握手を交わそうとした寸でのところで、メフィストさんが顔色を変えずにつぶやいた。突然の大胆な告白を前に、リディアさんの手も止まってしまう。
「世界の……危機?」
「一緒に世界、救ってほしいの」
「……あの、お嬢様。お話が」
そんな問答をまじえつつも手は握ってしまったのだが、あわててシロガネさんがリディアさんの肩を持った。相談を一時中断して、シロガネさんはリディアさんを部屋の外へと連れ出す。
「お嬢様……僭越ではございますが、お友達はお選びになられた方がよろしくてよ」
「だが、悪い人ではなさそうだし……」
「世界ですわよ……お嬢様に、世界が救えますの?」
「……それは……解らないが」
そうして世界の命運について話していたところ、ドアが少しだけ開いていることに気づいてしまった。メフィストさんとエメリアさんが、片目だけのぞかせてリディアさん達の様子をうかがっている。
「よ……よし!世界、救おう!」
「友達……信じてくれて、ありがとう」
すでに友達の握手を交わしてしまった後だからして、今から裏切るなんてリディアさんにはできなかったのだろう。乗り掛かった舟とばかり、世界を救うと宣言してしまう。応接室へと戻って席へと座り直すと、メフィストさんは今度は両手でリディアさんの手を握った。
「友達。信じてくれた」
「でも、メフィストちゃん。だったらなんで、世界を救う方を依頼にしなかったんですか?」
「言っても、信じてくれない……だから、まずは友達」
エメリアさんの質問を経て、ようやく合点がいった。あまりにも依頼の内容が大層なものだから、そのまま依頼を出しても誰も信じてくれないと考えたのだろう。そこで、まずは信用できそうな人を探すことにしたんだな。でも、世界を救うといっても、何と戦えばいいのだろうか。それについては、リディアさんが聞いてくれた。
「手伝うのはいいのだけど……私たちは、何をすればよいのだろうか。正直、そこまで強くはないぞ」
「いい。友達はワタシが守る」
戦力として、リディアさん達に期待している訳じゃないらしい。メフィストさんはバッグからノートを取り出し、それをリディアさんの前に広げながら説明を始める。エメリアさんとシロガネさんも、後ろからノートの内容をのぞいている。
「昔、大きくて黒い怪物が現れた。世界滅亡寸前。でも、神様が、それを世界の外に追い出した」
「世界の外……とは、どこなんだ?」
「空の彼方」
世界の外と聞いて、俺は日本や地球のことかと一瞬だけ思ったが、メフィストさんの言うところの世界の外とは宇宙のことらしいな。つまり、この世界に現れた謎の化け物は、神様を恐れて宇宙へと逃げて行ったのだ。ただ、そんな世界規模での大事件があったにも関わらず、リディアさん達の表情にはハテナマークが読み取れる。それほどまでに、大昔のことなのかな。
「ここ、見て」
見てと言われてノートを見てみたが……そこに書いてあることは難しくてよく解らないし、そんな大それた話を聞いても、どう受け止めていいかも解らない。にわかには信じがたいといった口調で、シロガネさんは世界が危機に瀕しているという根拠を求めた。
「そちらのお話が真実だとして、大昔に危機は去ったのではなくて?」
「んん……古文書。文献に書いてあった事象と、似ている」
ノートのページをめくって、鉛筆でラフに描かれているイラストを見せた。夜空と……月かな。かなり大きく月が描かれている。
「きっと、いつか、空にある光ってるのが、落ちてくる」
「……?」
それは……つまり、月が落ちてくるってことか?昔、そんな内容のゲームソフトがあったような記憶はあるが、実際に空から月が落ちてくると言われても、いまいち実感がわいてこない。で、それの正体が赤黒い怪物……という話なのだと思われる。
「……」
俺は以前に撮った空の写真をライブラリーから引っ張り出した。この世界に来て間もなく撮った写真と、つい最近の写真を比較してみる。やっぱり……月の大きさは異なっている。ただ、一概に大きくなっているとは言えず、その時その時で微妙に大きかったり小さかったりと安定はしてしない。
メフィストさんの話をうかがい、リディアさんとシロガネさんは無言でアゴの辺りをさすっている。そんな中でもエメリアさんは疑う様子もなく、メフィストさんに事の緊迫具合を聞いたりしている。
「いつ落ちてくるんですか?」
「知らない。ただ、空の色とか、空にかかってるカーテンみたいなのとか。かなり文献の一節に似ている」
メフィストさん自身、まだ怪物について調べがついていないらしく、いつ怪物が落ちてくるのかなどの情報については自信がなさそうである。これでは、誰かに話しても信じてもらえないのも頷ける。
「だから、神様を探して、また世界を守ってもらう。危険な目にあうかも……でも、ヒマな時でいいから、手伝って」
大方の概要は伝わったと見て、メフィストさんはノートを閉じた。世界の危機という割には、ヒマな時に手伝うだけでいいらしく、その危機の切迫加減は謎である。ここまで聞いても依頼を受ける気持ちに変化がないのか、その答えを求めるようにして、メフィストさんの視線はエメリアさん、シロガネさん、俺へとめぐって、最後にリディアさんの顔へと向いた。
「……解った。友達だからな。いいぞ」
「本当?」
「うん」
そわっと立ち上がり、メフィストさんがリディアさんへと近づく。
「抱きしめたい」
「なぜ……」
話を信じてもらえたのがよっぽど嬉しかったようで、メフィストさんはリディアさんへと抱き着いていく。はた目にみるとほほえましい光景なのだが、なにやら……リディアさんは苦しげな声を漏らしている。
「く……苦しい」
「ごめん」
メフィストさんは腕の力が強いようで、リディアさんが圧死する前に慌てて腕から解放した。依頼について話が終わったタイミングにて、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「空いてます?」
「あ……今、終わりました。どうぞ」
次の人たちへと部屋をゆずり、リディアさんはメフィストさんをつれて応接室から出た。メフィストさんの依頼は明日にならないと貼りだされないが、今日の内からできることはないかと、リディアさんは先んじて用件を尋ねている。
「依頼は別途、受けるとして……私たちは、何から始めればいい?」
「……そう!聖女様を探して!」
「……聖女?」
思わぬところで聖女という単語が出てきた為、リディアさんは戸惑いながらにエメリアさんへと視線を向けている。とりあえず、エメリアさんはメフィストさんとリディアさんをつれて、壁際の目立たない方へと連れていき……リディアさんのマントを開いた。
「これ……どうです」
「……」
ほぼ下着と変わらないリディアさんのマントの下を見て、あまり表情を露わとしなかったメフィストさんが、ついに口の形を三角にしてしまう。リディアさんの顔と、マントの中を何度も確認した後、メフィストさんは目を輝かせながら聖女様の手を握った。
「聖女様!」
「いや……私は、まだ……」
「さすが聖女様!古文書にあった通り!えっちな格好!」
「……」
考古学者からしても、やはり露出あってこその聖女様であるらしい。そんなところを褒められてもと、リディアさんの方は恥ずかしそうにマントを閉め直していた。
第84話へ続く




