第79話『裏路地』
「あ……ありがとう、ござい……ます。した」
たどたどしい息づかいで姫様が感謝を告げた後、ドアの閉まる音が聞こえてきた。ヘビさんが眠ってしまったので、ヘビさんの入ったツボを持って姫様は部屋を出て行ったようだ。ヘビさんに食べられる心配がなくなった為、リディアさんは俺を内ポケットから取り出して首へと下げ直した。やっとの事、リディアさんのマント以外のものが俺の視界に入ってくる。
「お客様。姫様の為にお時間をいただき、ありがとうございました」
「いえ……姫様にお会いできて、こちらも嬉しく思います。エメリア、起きろ」
「ふえ……」
メイドさんも手間を取らせて悪いとは思っていたようで、姫様がいなくなったところで改めて深く頭を下げていた。口元にクッキーの粉をつけたまま寝ているエメリアさんを起こし、肩を貸しつつリディアさんは彼女を立ち上がらせる。もう超音波のスキルは必要なさそうだし、俺はスキルの効果を解除しておいた。
メイドさんにドアを開けてもらい、2人は廊下へと出る。城の出口へと案内を始めながら、メイドさんは報酬についての説明を始める。
「報酬は、代理の者がギルド支部へお持ちいたします。本日16時までには振り込まれるかと」
「了解しました。特に急ぎませんので、いつでも問題ありません」
窓に映る外の景色を見るに、俺たちは城の5階辺りにいると思われる。街から見た城は、日本にある高層ビル以上に高さのある建物だったからして、ここは城全体でいえば10分の1くらい登った位置に相当するはず。竜の模様がついたカーペットが通路にはあり、それが道の先まで、ずーーーーっと続いている。先が霧でかすむほどの長い通路だ。
「あの……」
「……はい。どうなさいましたか?」
通路で騎士団の人と擦れ違った際に、リディアさんは前を歩くメイドさんへと声をかけた。メイドさんは丁寧に立ち止まって向き直り、こちらへと受け答えの姿勢を見せた。
「うけたまわります」
「私が来た事は、騎士団には言わないでもらえますか?」
「あなたは、指名手配の方でしたでしょうか」
「そうではないですが……あっ」
城のホールらしき広い場所へ出たところで、リディアさんはエメリアさんをつれて柱の陰に隠れた。その間際、一瞬だけ俺にも騎士団長の姿が見えた訳で、リディアさんが他言を避けて欲しいと言った理由も解ってしまう。身を隠したリディアさんには気づいていない様子で、騎士団長がメイドさんに呼びかけている。
「君、サンドラ姫様のおつきの……そうだ。コハク君。リディアという不しつけな輩を見なかったか?」
「いえ」
「どうやら、城に忍び込んでいると噂があるようだ。姫に何かされるとも解らない。警戒を強めてほしい」
騎士団長は忙しそうな足音を立てて、ホールの中央に伸びる階段を上がっていった。メイドさんの名前は、コハクさんというようだな。ちゃんと頼んでもいないのに自然と白を切ってくれたので、リディアさんは一安心ながらに柱から身を出した。
「ありがとうございます……」
「いえ」
妹本人に聞かれているのを知らないとはいえ、それなりに騎士団長からの言われようは酷かった気もするが、そこはリディアさんも気にしていないらしい。ホールの中央にある広い階段は1階まで続いており、そこを下っていくと次第に城の出入口が近づいてきた。ドラゴンすら出入りできそうな大きいトビラをくぐり、川にかかっている石造りの橋を渡れば街へと出られる。
「お見送りまでしていただき、ありがとうございます。コハクさん」
「私は所詮、小間使いでございます。名前は憶えていただかなくとも結構でございます。お気をつけてお帰りください」
コハクさんはクールというか、始終表情が変わらない人だな。同じメイドさんでも、シロガネさんとは違うタイプである。なお、俺はメイドさんについて見識が深くないので、どちらが普通のメイドさんなのかについては測りかねる。
橋を渡ったところに小振りな門所が作られていて、そこでリディアさんとエメリアさんは預けていた武器や道具を返却してもらった。そもそも、リディアさんは武器を持っていないので、返してもらうものも少なそうだ。そんな最中で、入城受付をしている騎士団の人が、身支度している2人を頑として見ていることに気づいた。
「冒険者の方。お言葉ですが、服はちゃんと着た方がいいと思います。風邪を引きます」
「……あ、はい。すみません」
2人とも、受付の人に怒られている。なんでだろうと疑問に思ったが……持ち物検査をした際にマントの中を見られたのであろうと気づいた。リディアさんはマントの下に聖女の服を着ているからともかく、エメリアさんの一枚布みたいな服の下は、どうなっているというのか。
「よし。シロガネさんのところに行こう」
橋の間際でメイドのコハクさんとも別れて、2人はシロガネさんを迎えに行くべく街を歩き出した。眠そうなエメリアさんの背中をシャキッとさせつつ、リディアさんは襟元からエメリアさんの服の中をのぞいている。
「エメリア……せめて、下着はつけなさい」
「はぁい」
エメリアさん……下に何も着ていないのか。体のラインが出ない服装だからバレないだろうが、よく見たらクツまで履いていなくて思った以上に開放的であった。
お皿洗いの依頼を出したのは、たしか街の食堂だったな。時刻としては、お昼を少し過ぎた辺りだろうし、今が最も忙しいに違いない。皿洗いに奮闘しているであろうシロガネさんに加勢すべく、2人も駆け足で街を進む。入国門前にある広場へと向かう途中で、エメリアさんは細い路地を指さして立ち止まった。
「食堂って、商店街の裏ですよね?近道しましょう」
「お前、道は大丈夫なのか?」
「たまにぶらぶらしてるから詳しいんです~」
リディアさんの家の場所すら忘れかけていたエメリアさんが、裏道を通ってショートカットしようと提案している。さすがにリディアさんも国の裏通りまでは把握していないようで、本当に辿り着くのか半信半疑である。なんとなく不安になり、俺もマップを開いてみた。
「……」
ここからこういって、入国門広間から、こっちへいけば商店街だよな。確かに、小道を通れば遠回りせずに直線で行けるし、早く到着できるのは間違いないだろう。だが、マップを見て初めて気づいたが……道の入り組みようが想像以上にスゴイ。迷路が細かく極まって道筋さえ見えず、もはや地図っぽいただの模様なのではないかと錯覚すらしてくる。
「本当に大丈夫なのか?」
「リディアは私が守ります!大丈夫です」
建物の間の小道には街灯もなく、先が見通せないほどに暗い。無法地帯と化している可能性もある。だが、エメリアさんは空を飛べると言っていたし、最悪の場合は飛べば抜け出せるだろう。自信満々な彼女を信じて、リディアさんは近道を進む事に決めた。
表通りとは打って変わって、裏路地には人も少ない。建物の合間からのぞく空は遠く、朝から晩まで日光も当たっていないのだろう。木の壁は黒ずんでいるし、石の壁にもコケが生えている。マップを見る限り、ちらほら魔物もいる。さながらダンジョンだな。
「こっちですよ~」
エメリアさんは本当に道が解っているようで、マップ上では着々と商店街へと近づいている……ように見える。あまり空気がいいとは言えない場所だし、ちょっと虫もいるし、俺としては早く抜け出したい気持ちだ。一応、体に光は灯しておこう。
「……ネックレスが光ったぞ」
「ほんとにヒカリちゃんなんですね~」
想像以上に進捗は順調であり、俺も徐々に安心してきた。そんな道すがら、ふとリディアさん達が足を止めたのに気づいた。
「……」
この場所には天井があるな。でも、行き止まりだ。その奥に、どでかい……宝箱が置いてある。箱は金色に輝いていて、がっちりとしたカギ穴がついている。
「エメリア……あれ、なんだ?」
「間違えました……ここは行き止まりです。こっちですよ~」
間違えて行き止まりに着いちゃったらしく、エメリアさんは別の道へとリディアさんを導いていく。そんなことより、あの宝箱が気になる……それはリディアさんも同じであるらしい。
「さっき、宝箱あっただろ?あれは?」
「リディア~。街にあるものを勝手に盗ったら、ドロボウなんですよ?それにあれ、カギがついてて開けられなかったです……」
「そうだけど……そうなのか」
正論を返されてしまった。こんな場所とはいえ、まあ……街の中なのは違いない。これが誰かのものだとしたら勝手に開けるわけにもいかないし、落とし物として騎士団のところへ持って行こうにも、2人で持ち上げられる大きさではない。言われてみれば、放置が妥当だな……。
「……」
そんな会話を聞いている中で、俺はマップに不審な点を見つけた。こんな場所だというのに、周囲に5人……6人くらい人がいる。いや、今までも住民らしきマークはちらちらと見えていたんだけど、これは……間違いない。あとをつけられている。
「おい、てめぇら」
「……?」
2人の行く先に、体の大きな男の人が立ちふさがった。片手に斧みたいなものが装着されていて、体は傷だらけだ。リディアさん達をはさみうちする形で、男の人の仲間と見られる人たちも姿を現した。
「ちょいと聞きてぇことある。止まれ」
いや、でも……人は見た目で判断しちゃいけない。こんな怖そうな人たちでも、もしかすると良い人かもしれないし……。
「が、その前に……有り金は全部、もらっとくぜ。さっさと出せ」
間違いない……悪い人だ。気持ちを切り替えていこう。
第80話へ続く




