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第78話『帝国城』

 歌のお兄さんは、町へ着くまでの間、景気よく何曲も歌い続けた。あの繊細そうな楽器で、疾走感のあふれるロック調の曲まで演奏できるとは、なかなか予想外である。もっと長い時間ライブにひたっていたかったのだけど、熱いラブソングを最後にして町の入り口へ到着してしまった。


 「……なんだ?お前ら、動物売りか?」

 「いいや。後ろのはついてきただけだ。こいつは途中から乗せてきただけ」


 港町には入国審査をする施設はないようだけど、海賊みたいな姿の人が剣を携えて門を守っていた。音楽に魅かれて動物たちがついて来てしまったので、それを見て門番さんは何事かとうろたえている。演奏が終わったのを知って、動物たちも次第に野へと帰っていった。


 「おっさん!飯に行こうぜ!飯!」

 「荷車を止めてくる。そう急ぐな」


 歌のお兄さんとリンちゃんパパは、このまま港町で昼食にするらしい。やっと海の幸にありつけるとばかり、お兄さんのテンションはやたらと上がっている。そんな彼のポケットに入っていた俺は、町の入り口である門の近く、白い花が咲いている茂みへと置かれた。お兄さんは、大層な別れの言葉まで俺にくれた。


 「おお、名もなき石ころ。ここまで、ありがとよ。達者でな」

 「……」


 こっそりと1人で町まで来る予定だったのに、思わぬ出会いからネズミさんにも乗せてもらえて、まさかの素敵な歌と音楽までいただいてしまった。ここまでしてもらったら、さすがに1人がよかったなどとは言えないな。楽しい旅路であった。


 「……」


 お兄さんたちは町へと入っていき、俺は門の近くに残された。町へ入って中を見て回るならば、夜になってからの方が門番さんたちにも発見されにくいはず。この体は、この場所に置いておこう。


 そして、ヘビに食べられた方の体はどうなったのだろうか。サブウィンドウに表示されている映像を見るに、ヘビさんのお腹からは出してもらえたようだけど……。


 「……?」


 別の場所にある体へと意識を転送してみた。ここは……どこだ?俺は、どこかの一室にいる。柱や壁、家具に至るまで、全てがキラキラと輝いている。王様の部屋と言っても信じてもらえそうな、豪華絢爛な部屋だ。俺はガラス張りのテーブルに置かれていて、ヘビさんの姿は周囲には見当たらない。リディアさんとエメリアさんはかしこまった様子で、ベッドみたいな広いイスに腰かけている。


 「ん~……うまうま」

 「ちょっとは遠慮するんだぞ……」

 

 俺の近くにはお皿が置かれていて、皿の上にクッキーやチョコらしきものが整列している。お茶らしきものが入れてあるカップも、くもりない真っ白な表面に金色の模様が刻まれていて、どう見ても高価そうな代物だ。エメリアさんも緊張した様子ではあるのだが、おやつを食べる手は一向に止まりそうにない。


 俺をネックレスとするために縛っている赤いヒモは……ちぎれてはいない。どうにかしてヘビさんの中から取り出してくれたのだろうが、依頼として探していた生き物を切り裂くというのは、さすがに考えにくいな。そうして色々と考えながらも3分ほど経った後、トビラの開く音がして、メイド服を着た女の人が入室した。


 「お待たせいたしました。ゼルベルトにケガはございませんでした」

 「そ……そうか。よかった」


 メイド服だけどシロガネさんではなく、銀色の髪をした背の高い女性であった。そんな彼女は手に持っているツボの中身を2人に見せた。俺からはよく見えないが、その中にヘビさんが入っているらしく、リディアさんは安心した表情を見せている。ゼルベルトというのは、ヘビの種類だったかな。ひとまず、ケガがなかったならなによりだ。


 「……」


 ツボの中から、ヘビさんが頭をのぞかせた。俺を飲み込んでしまった為にノドを傷つけたりはしていないかと心配していたが、その顔は痛みを知らないのほほんとした表情であった。ヘビの一件は解決したとして、メイドさんは開いたままになっているドアの外へと声をかけた。


 「リディア様。エメリア様。武器や持ち物に関しましては、のちにお返しいたします。では、サンドラ様。お入りください」


 「……」


 メイドさんに呼ばれ、小さな女の子が部屋に入ってきた。幅のあるふんわりとした白いドレスを着ていて、ブロンドの長い髪は束ねた木綿のようにボリュームがある。頭のてっぺんには、ティアラと思しきものが居心地もよさそうにポツンと乗っている。この家は、国有数のお金持ちである。それだけは言われずとも、彼女の容姿と部屋の内装だけで察することができる。


 「……」


 サンドラと呼ばれた女の子は顔を赤くしながら、メイドさんの後ろに隠れてつつ、リディアさん達の様子をうかがっている。かなりの恥ずかしがりやと見られるが、そんなか弱い女の子の肩には黒いヘビが乗りかかっていて、その繊細さとワイルドさのギャップは目を見張るものがある。


 「……」


 メイドさんもサンドラさんに何か言う訳でもなく、ただツボを手にしてロボットのように立っているだけである。そんな沈黙の意味を尋ねる目的から、リディアさんは手を上げながら声を発した。


 「お邪魔でしたら、これで私たちは失礼いたしますが……」

 「大変、申し訳ございませんが、もう少々お待ちください」

 「……?」

 「姫様が、感謝の言葉を述べられます。いましばらく、お待ちください」


 メイドさんに言われて、リディアさんはイスへと座り直した。ああ……あの子は、ただ恥ずかしくて隠れている訳じゃなくて、ヘビを探してもらったお礼がしたくてもじもじしているのか。それが解ったと同時に、俺はサンドラさんが姫と呼ばれた事にも気がついた。


 「……」


 部屋についている大きな窓の外には、青空しか見えていない。つまり、それだけ高いところに部屋があると考えられる。そして、姫と呼ばれる女の子が、国の中に何人もいるとは考えにくい。以上のことから推理されたのは……この場所は帝国城であるという事。そして、あのヘビがサンドラさん……いや、サンドラ姫のペットだったという事実である。


 「……」


 冒険者に姫様への謁見を許したにしては、他に警備兵の人たちは見当たらない。メイドさんも武器を所持している様子はないのだが、姫様を自分の前には出さないといった態度は明らかとしている。かわいらしい声を一瞬だけ発して、サンドラ姫は再びメイドさんの背中に顔をうずめてしまう。


 「……」


 リディアさんは相手の身分を知っているのか、女の子が感謝の言葉を告げるまで、じっとイスに座って肩をすくませている。一方、エメリアさんは食欲が勝って、自分でポットのお茶をカップにつぎ足していた。時刻は昼時だし、皿洗いの依頼が始まる時間に差し掛かる。もしかすると、ここにいないシロガネさんは、先に食堂へと行っているのかもしれないな。


 「……」


 しかし、この沈黙はなんだろうか。そこまで恥ずかしいのであれば、メイドさんに代わりに感謝を伝えてもらってもいいだろうし、今にも泣き出しそうな彼女の仕草から察するに、自分の強い意思を持って感謝を述べようとしているとも考えにくい。側近であるメイドさんが、それを強いている訳もないだろう。とすれば……。


 「……」


 ははぁ。なんとなくだけど……俺も口下手な人間だったから、彼女の細い心情が解ってきたぞ。なんらかの理由でペットの希少なヘビさんが逃げてしまい、国で捜索をしても見つからなかった。そこで、仕方なく匿名で冒険者ギルドへと依頼を出したところ、意外なことに本当に発見されてしまったのだろう。


 皇帝が冒険者に頭を下げるのは、面子にかけても避けたい。だからといって、お金だけ渡してさっさと返すとなると、ギルドで何を言われるか解らない。そこで最低限のマナーとして、ヘビの飼い主である姫の口から直接、感謝を告げてくるよう言われた。そして、今に至ると……まあ、俺の勝手な想像だが、そういった可能性はありうる。


 「あの……」


 姫様が小さな声を発するが、それは部屋の空気に染まって消えた。このまま感謝の言葉を待っていては、リディアさんたちの昼食が夕食と一緒くたになりかねないし、まだ年行かないサンドラ姫に知らない人と話せというのも、俺から見れば可哀そうだ。どうにかできないだろうか。


 「……」


 この緊張した場を和ませるには……ヘビさんの力を借りよう。まず、話をするにしても、これだけ距離があっては声も届かない。二の舞は踏まないよう、微弱にスキルを開放する。


 『ラーニングスキル:美味 (レベル1)』


 ヘビさんが俺のにおいに気づき、サンドラ姫の体をつたって床へと降りる。また石を飲み込んでは大変と、リディアさんはテーブルの上から俺を取り上げて、マントの内ポケットへとしまい込んだ。


 「ゼル……食べてはダメよ」


 俺は服の内側にいるから見えないが、サンドラ姫がヘビさんを捕まえようと前に出たらしい。俺は美味スキルを解除して、今度は別のスキルに切り替えた。


 『スキル:安心超音波 (レベル3)』


 このスキルが人間にも効果があるのは、エメリアさんの反応を見たから知っている。服の外ではしばしの沈黙が流れ、そののちにリディアさんが姫へと話しかけるのが聞こえた。


 「……その子、寝てしまったのか?」

 「……」


 音波で安心したせいか、ヘビさんは眠ってしまったようだな。


 「……」

 「エメリア……食べながら寝るな」


 街を歩き回って、ちょっと食べせいもあってか、エメリアさんも眠ってしまったようだな。したら、そんなのんきな人から呆気が移ってしまったのか、サンドラ姫が初めて、リディアさんの言葉に反応を見せた。


 「……姫様。その子、触ってもいいかな?」

 「……ええ」


 リディアさんが、ヘビさんに触らせてもらおうと許可をとっている。触られても眠ったままでいるヘビさんを見てか、姫様の声からも緊張が抜けたのが感じられた。


 「いい子だ」

 「……ええ」

 

 何を言われても、姫様は頷くばかりだ。そんな優しい空気の中にひそめて、姫様はずっと言いたかったであろう言葉を切り出した。


 「あの……」

 「……?

 「この子を見つけてくださり……」

 「……」


 そこまで言って勇気が尽きたのか、姫様の声はしぼんでしまった。


 「……ええ。はい」

 「……ああ。見つかってよかったよ」

 

 最後まで言わずとも、ちゃんとリディアさんには気持ちは伝わった。それはそうと、リディアさんは少し声の向きを変えて、おろおろとした口ぶりでメイドさんへと尋ねた。


 「あの……側近の方」

 「はい」

 「つかぬことですが……あなたは常に、私の目の前に立っていないといけないんですか?」

 「はい。仕事ですので。姫様と、あなたの間におります」


 リディアさんと姫様の距離が近づいたのは間違いないようだけど、その間には常にメイドさんがはさまっているという。色々な意味で、姫様に近づくのも容易ではないな……。


第79話へ続く

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