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第76話『坂道』

 ヘビに飲み込まれた方の体を確認してみたが、やはり視界は真っ暗である。俺の体に巻き付いているヒモも切れてはいないので、もしかすると今もリディアさんは、ヘビをネックレスのようにしてぶらさげているかも解らない。そして、ヘビさんが窒息してはいないかという心配もつきまとっている。


 「……」


 これ以上、リンちゃんの家の前で怪獣ローナーを観察していても、スキルのレベルも上がりそうにない。村には事件もなく、たまにリスみたいな生き物が村の中を横切っていく程度の変化である。ここでのんびりしているのもいいのだけど、ちょっと視点を変えてみようと思い、俺は別の場所にある大きな体へと意識を移してみた。


 丘の上にある巨大な岩。これが俺の本体ともいえる体だ。景色には以前と変わらず、なだらかな斜面があり、その遥か向こうには港町と海。反対側には暗い森が立ちふさがっているのみである。空は今日も、絵に描いたようにキレイだ。わたがしみたいな雲が水平線から、ふんわりと立ち昇っている。


 「……」


 リディアさんたちと街を歩いてみて、帝都にある施設や文化、住んでいる人たちの生活の様式に触れる事ができた。それによって、この世界の一端が見えて興味深くもあった。遠くに見えている港町、そこにもきっと、俺の見た事がないようなものが待っているに違いない。一度くらいは行ってみたいものである。


 「……」


 今日は天気もいいし……旅に出てみようか。戻ってこようと思えば、意識を転送するだけで、この見慣れた風景までは簡単に帰って来られる。時間は十分にある訳で、道半ばで空腹に息絶えることもない。そんな気軽な思いから、俺は出発に向けての準備を整え始めた。まずはスキル画面を開く。


 『スキル:分裂』


 まずは……出かけるために使う体を分裂させよう。どのくらいの大きさがいいかな。ヘビさんに食べられない程度に大きく、でも人に見つかってもジャマにされないくらいに小さく。グレープフルーツ1個分ほどの大きさがいいだろうか。分裂スキルのレベルを上げ、適度な大きさの分身を作り出した。


 体の一部がはがれて、小さく丸い石へと変化する。その新たに作った石の方へ意識を移すと、一気に視点が低くなった。石の形はキレイな丸になっているので、転がるにも最適だ。あとは重量変化で、体を軽くして……俺は坂の上に移動した。


 下り坂はゆるやかだけど、ずっと遠くまで続いている。ところどころに木々は生えているが、障害物も多くはない。きっと、ここから転がっていけば、ソリに乗って滑り降りる感覚で転がって移動できるはずだ。ブレーキをかける際は、重量を変化させれば止まれるかな。ゆっくりゆっくり、ジェットコースターが登っていくような気持ちで、俺は坂へと体を近づけた。


 「……!」


 斜面へとさしかかり、体が自動的に動き出した。うすく生えている雑草が、俺の体に押しつぶされていく。スピードは幼稚園児が一生懸命に3輪車をこぐくらいで、地面の傾きに従って右へ左へよろよろしている。後ろを見ると、俺の本体である大きな岩が、どんどんと遠ざかっていくのが解った。前へと向き直る。空が手前へと流れていくのが確認できる。


 これなら、どこから誰が見たって、石が坂を転がっているようにしか見えない。もし帰ってこなければいけなくなったとしたら、坂を登るのは面倒だろうか。いや、足のある姿に変形して夜闇にまぎれて走れば、そこまで億劫でもないか。よし。このまま港町までゴーだ。


 「……」


 段々と坂の斜度が上がって、勝手にスピードが出てきてしまった。これはこれで疾走感が出て気持ちいいのだが、何かにぶつかりでもしたら、体は割れないにせよ精神的な恐怖感はあるかもしれない。ちょっとスピードを落とそう。ええと……重量を操作して、重たくして……。


 「……」


 あれ……逆にスピードが上がったぞ。体の下の方を重くすればいいのか?よく解らなくなってきた。もう、俺の転がる速度は自転車くらい速さが出ている。背後に見えていた俺の本体も、すでに見えなくなっていた。それなりに遠くまで来たようだな。


 町まで早く着くのはいいことなんだけど……この速さは心臓に悪い。とりあえず、何かにぶつかって止まろう。勢いよく流れゆく景色の中で、木の生えている場所を探す。何か茶色い物が見えたのを頼りとして、俺は進行方向をいじって大きな物へと体当たりした。


 「いってぇ!」

 「……」


 ……止まった。が、それと同時に、真上から男の人の声が聞こえた。再び転がり出さないよう踏ん張ってみるのだが、ここは割と平坦な道らしい。落ち着いたところで、俺は声の主に目を向けた。


 髪の毛の長い男の人がくるぶしの辺りをおさえて、じっとしゃがんで動けずにいる。俺が木だと思って体をぶつけたのは、この人の足だったようだ。こんなところに人がいるとは思わず、また詰めの甘さから人に迷惑をかけてしまった。申し訳ない……。


 「ちっくしょー。なんでこんなとこに石が!」


 足の健康に別状はないらしく、すぐに男の人は立ち上がった。俺の方を見て、涙目ながらにムッとした顔をしている。帽子や服は全体的に茶色や緑色でかためてあり、背中にはギターケースらしきものを背負っている。男の人は痛めた片足を持ち上げ、ぶらぶらさせながら痛みを逃がしている。


 「こいつ!えいっ!」


 男の人が俺を強く蹴り飛ばし、俺は宙を飛んで数メートルほど離れた場所へと落ちた。俺がぶつかってしまった分、これでお相子ということで許してもらえるだろうか。蹴られた勢いそのままに俺は坂を転がり、少し下った先の舗装された通路で停止した。


 「……」


 先の景色に目を向けてみる。曲がりくねった道が斜面にそって続いており、その途中途中にある大きな段差には人工的な階段が作られている。この道を進んでいけば港町まで続いていそうだな。ただ、石が自然に転がっているよう見せかけるには斜度がたりないし、もう少ししたら先程の男の人がやってくるかもしれない。少し休憩しつつ、あの人が通り過ぎるのを待とうと考えた。


 まだ、さっきぶつかった人は怒ってるだろうか。俺は何をしても人のジャマになってしまうのだから、もっと自重して行動しないといけないな。そう反省し、なるべく道の隅に寄って待機している。そこへ、あの男の人がやってきた。


 「……」


 ふと、男の人が俺の近くで立ち止まる。やや顔を上向きにして、見下すように俺へと視線を落としている。なんだろう……まだ怒りと痛みがおさまらないのだろうか。そうして俺が緊張している中で、あちらはクツ先を俺に乗せ、道の中央へとけりだした。

 

 「やっと町に着くってのに、最後の最後にこれだ。足がくたくただぜ……ったくよー」


 足がくたくたと言っている割には、男の人はサッカーのドリブルをするかのように、俺を蹴りながら道を歩いていく。俺も抵抗するでもなく、されるがままに道を共にしている。町へと続く道のりには、風車のついた小屋が1つあるだけ。見るものも特にないし、暇つぶしに俺を蹴っているのだと思われる。


 「大きいくせに軽いな……なんの石だ?これ」


 俺の大きさは果実の1つ分くらいだけど、重量を操作しているから、見た目より軽く感じるのかもしれない。爪先が当たっただけで、軽い音を立ててポンと地面を転がっていく。俺も小学生の頃は、石をけりながら学校を帰ったりもしたが、まさか自分が蹴られる方になろうとは思いもよらない。


 「……」


 階段だ。高さは10段くらいあって、段の角にはところどころに欠けがある。その一番上に俺を置いて、男の人は慎重に狙いを定めている。階段下まで、一蹴りで落としたいのだろう。やや蹴り上げるように足向きを上げて、男の人が俺を宙へと蹴り上げた。


 「あ……」


 やや目測を誤ったのか、俺は階段下から少し外れて、その横にある茂みへと飛び込んでしまった。そこに生えている草は高く、もう俺には草の生え際しか見えていない。転がってきた方向を頼りに道の方へと向き直った。やはり、草しか見えない。脱出するのは大変そうだな。


 これで男の人も、俺を蹴るのに飽きて1人で進むだろう。ちょっとホッとしたような気持ちで、俺は草むらから空を見上げた。地面から生えている草には弾力があり、根本からしっかりと俺の体を支えてくれている。ここをベッドにして、明日までぼーっとしているのも気持ちいいかもしれない。


 「……ったく。しょうがねーなぁ」

 「……?」


 草の葉の隙間からヌッと手が現れ、俺をつかんで持ち上げた。俺は草むらから取り出され、通路の中央へと戻される。さっきの男の人だ。


 「それ」


 また男の人は俺を蹴りながら、町へと続く道のりを歩み始める。間違えて俺を草むらに出してしまったからか、ちょっとだけ先程より蹴り加減が優しくなっている気がする。徐々に俺を蹴るにもこなれてきたのか、男の人の鼻歌が後ろから聞こえてくる。


 「……いい曲ができたぜ。これで、今夜の酒場も大盛り上がりだな」


 なにやらキャッチーなメロディが完成したらしく、男の人は上機嫌である。この口ぶりから察するに、やぱり背負っている大きなカバンに入っているのも、楽器なのだろうとは考えられる。その歌声も低音の中に優しい高音が混じっていて、とても耳に馴染む。


 「……」


 男の人と一緒に楽しく町へと向かっている途中、俺たちは風車のついた小屋の前まで辿り着いていた。男の人は俺を適当な場所に置いて、ドアを開いて中へと入っていく。ここが彼の目的地なのかな?

 

 「こんちわー」

 「いらっしゃい」


 開いたトビラの隙間から、ちょっとだけ小屋の中がうかがえた。カウンターや棚があり、おじいさんが奥に立っている。遠くから見た時はなんだかわからなかったけど、お店だったようだな。


 「おっさん。なんか飲むものある?」

 「……飲みものは水だけだな」

 「水ねぇ……港町だし、やっぱり海水?」

 「海の水なんて飲むわけなかろう」


 店の中から、そんな会話が聞こえてきた。俺としては海水は飲めないものという認識だけど、男の人は海について詳しく知らないようで、冗談か本気かも解らない口調でおじいさんと話をしている。しばらくすると、焼き菓子とビンを持って男の人が外へと出てきた。


 「ふふぅ~ん」


 店の前にあるベンチに座って、男の人はお菓子をほおばり始めた。菓子は茶色くて楕円形であり、クリームやジャムによる味付けはなさそうだけど、外側にはカリッと焼き目がついていて甘そうだな。ビンのフタをキュッと開き、口へと運ぼうとした寸で、男の人は立ち上がって俺の前へとやってきた。

 

 「町まで、まだちょっとあるからなぁ。飲んどけよー」


 そう言って、男の人はビンの中の水を俺の体にかけてくれた。ノドが乾いている訳でもないし、日光を浴びて体が熱かった訳でもないのだけど……まあ、ちょっと嬉しい。


第77話へ続く

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