第75話『たまご』
「ちょ……エメリア!これ!」
「あー……まったく離してくれませんね~」
今、俺はヘビの中にいる。エメリアさんが俺を取り出そうと引っ張ってくれているようで、ヘビの口らしき場所からは光が漏れては閉じ、漏れては閉じしている。俺を縛っているヒモは切れていないからして、おそらくリディアさんはヘビを首に下げたまま、胸の上に乗せている状態だと思われる。
グッと音がして、ヘビさんの体が委縮した。ついには胃まで飲み込まれてしまったようで、外界から差し込む光の一筋も見えなくなってしまう。人の声も聞こえない。この消化されてしまう恐れは……ないと思うが、体を動かしてみても、ぬるぬると体内で回転するだけで、脱出できそうな見込みも一切ない。
「……」
試しに体を光らせてみたところ、ヘビさんの体内に詰まっている臓器の赤黒いものが、ぐねぐねと活動している様が確認できてしまった。さすがにグロいので、灯りは消しておいた。
「……」
ここにいたら、さすがに閉塞感で気が滅入ってしまうな……いつかは口なり尾なりから外へ出ることになるだろうし、無理に脱出しようとするとヘビさんを傷つけてしまいかねない。俺はヘビの体内にたちこめている暗闇から目をそらし、別の場所にある体へと意識を転送した。
「……ありがたやありがたや」
リンちゃんの家の前にある体へ意識を移してみる。今日もおじいさんが俺に手をあわせて、ありがたさを口にしてくれている。お供え物もフルーツや料理などなど様々あるのだけど、黒ずんだり腐ったりしているものがないところ見るに、お供えしたあとは村の人たちで食べてくれているようだな。
「……」
もうリンちゃんの家の荷車がなくなっているから、お父さんは村の外へと仕事へ出かけたと見られる。村の人たちは畑を耕したり、動物の散歩をしていたりと、それぞれ有意義に時間を使っている。リンちゃんは家の中にいるのかな。ここからでは姿が見えない。
「おやつ食うべー」
畑仕事をしている人々の元へ、おじさんがたくさんの白い玉をカゴに乗せて運んでいく。時刻としては昼食には少し早いと見えるが、休憩がてらにおやつを食べるようだ。なお、そのおやつと似た形の白い玉が、俺の近くにある棚にもお供え物として置かれている。
白い玉は手のひらに乗る程度の大きさで、いびつながらもコロンとした球体。質感はぼそっとしているが、手触りは硬そうに見える。村の人たちは井戸水で手を洗ったあと、1人1つずつ白い玉を手に取って、豪快にかじりつき始めた。
「怪獣のたまごは、やっぱり最高だ」
「んん!甘い!」
今、怪獣のたまごって言ったな……これ、たまごなのか?でも、甘いって言ってるし、白いカラごとバリバリと口に入れている。卵のカラの内側は茶色くて、割った中央には黄色いものが入っている。食べている様を見るには、焼き菓子に見えるが……。
「……」
マップを開いてみる。あれが魔物の卵だとすれば、赤い印で表示されるかもしれない。どれどれ。
「……?」
おじさんたちが食べているものはともかく、カゴに入っている手つかずの卵にも魔物の反応はない。俺の使えるマップ機能において、卵はまだ魔物として認識されないのだろうか。それなのに……俺のすぐそばには魔物を示す赤い印がある。なぜ……。
「……!」
供え物の中にある怪獣の卵が、カタカタと揺れている。もしや、産まれるのか?怪獣が?村の真ん中で?いいのか?
「……」
落ち着け、俺。どんな怪獣といえど、孵化してすぐに虐殺の限りを尽くす生き物がいるものか。きっと可愛らしい怪獣の赤ちゃんが出てくるに決まっている。そう考え直したら、ちょっと楽しみになってきた。俺は揺れている卵にヒビが入らないかと、じっと観察を続けている。
怪獣の卵はお皿に乗せてあるのだけど、段々と揺れが大きくなってきて、今にも転がり落ちそうになっている。棚から地面までは1メートルくらいあるし、落ちたら割れてしまうに違いない。とはいえ、俺には差し伸べる手がないわけで、ひやひやしながら卵の動向に注目していた。
「……!」
ああ……もうダメだ。ついに卵は、お皿から転がり落ちてしまった。しかし……その直後、その卵はふわふわと空中で制止した。あ……あれ?卵が……浮いている。孵化した様子もないし、羽が生えたわけでもない。それなのに、卵は無重力さながらに宙を揺れている。そのまま、卵はお供え物の群から抜け出して、リンちゃんの家の前をふわふわと通り過ぎていく。
「怪獣のたまご、もらってくる!」
そんな元気な声と共に家のトビラが開き、リンちゃんが中から出てきた。走り出したリンちゃんが、宙に浮いている怪獣の卵とぶつかる。しかし、卵は地面に落ちもせずに浮いており、ぶつかったリンちゃんは尻もちをつきながら、何が起こったのか解らないといった様子で空を見上げていた。
「……?」
リンちゃんは立ち上がって、ふわふわと浮いている怪獣の卵をながめまわしている。軽くつかんで持ち上げようとしているが、卵は動かない。そうした一連の動作を受け、突然……リンちゃんの目の前に黒くて大きな生き物がゆらりと出現した。
「……あ!」
その生き物の肌はゴツゴツと黒くて、肌の質感は黒い岩に似ている。二足歩行であり、背の高さは2メートルくらいありそうだ。するどい爪の生えた手には、怪獣の卵がつかまれている。ほ……本当の怪獣が出た!リンちゃんが危ない!
「……おかあさん!ローナー!」
「そっとしておいてあげなさい」
リンちゃんが襲われることを危惧して、今にも体を動かしそうになった俺なのだが……当のリンちゃんは臆することもなく、家の中にいるお母さんへと状況報告を済ませている。ローナーと呼ばれた魔物も、牙をむくでもなく逃げるでもなく、リンちゃんの家の前で立ち尽くしている。俺はステータス画面を開き、魔物の詳細を確認してみた。
『ローナー 体の色を変える事で周囲の景色に溶け込む。身体能力は高く体は頑丈であり、何事にも動じず、雑食かつ温厚。1日のほとんどを同じ場所で過ごす』
なるほど。カメレオンみたいに体の色を変えて、見えないようにしていたんだな。透明な体で怪獣の卵を持って行こうとしたから、卵が宙を浮かんでいくようにはた目には見えたのだろう。リンちゃんとお母さんの反応を見るに、そんなに珍しい生き物でもないらしい。
「……」
リンちゃんがローナーの横を素通りして、怪獣の卵を食べているおじさんたちの所へ遊びに行く。これだけの大きな生き物だから、おじさんたちの居場所からも見えていない訳はないと思うのだけど、取り立てて誰かが追い出そうとする様子もない。怪獣の卵うんぬんより、もはや俺の興味はローナーに釘づけだった。
「はい!ヒカリちゃんの分、作り立てのを持ってきた」
新たな怪獣の卵をお供えして、リンちゃんは自分でも怪獣の卵を食べている。遠目には解らなかったが、これ……ドーナツみたいなお菓子なのかな。その周囲を覆っている白いものは、溶かした砂糖だ。中に黄色い果物が入っているから、見た目が卵に似ているので、怪獣の卵と呼ばれていると考えられる。
「……」
村の人たちは怪獣の卵を食べて、またお昼まで頑張ろうとクワやシャベルへと手をかけている。平穏な村の中で、異彩を放つ怪獣ローナー。それも、まったく動かない。おやつを手に持ったまま、ただ身をかためている。まるで、前衛的なオブジェだな……。
「……」
待てよ。ローナーが俺の前から動かないということは、ずっと観察していればラーニングできるんじゃないか?そして、ローナーの特技は保護色だ。これを会得できれば、これからかなり動きやすくなる。よし。じっくりと見させてもらおう。
「……」
動かない……本当に動かないな。もう小一時間も姿をながめているのだが、実に変化がない。リンちゃんの家の前に不似合いな怪獣の姿が、まるでコラージュしたかのように立っているだけである。
「……」
約2時間が経過した。昼食を終えた村の人たちが大きなカゴを用意し、山菜採りへ出かける準備を始めている。そちらへと俺が視線を移した……その瞬間、ついにローナーが動いた。
「……」
ゆっくりと腕を動かして、手に持っている怪獣のたまごを口へと持って行き、ちょっとだけかじる。もぐもぐとアゴを動かすものの、その表情は全く変わらない。味の感想もリアクションもなく、またローナーは微動だにしなくなってしまった。こんな怖そうな怪獣なのに、ずっと見ていると癒されるな……細かい悩みとか不安とか、そういったものがバカバカしく思えてくる。
他の魔物であれば、ものの数分も見ていればラーニングが完了する。これだけの長い時間、同じ魔物へ視線を向けていたのだ。きっとスキルのレベルも上がっているに違いない。ステータス画面を開き、ラーニングスキルのタブへと切り替えてみた。
『ローナー 造形(レベル15)』
思った通り、かなりレベルが上がっている。俺がラーニングした中でも、最も高いレベルに違いない。これなら……。
『忍耐スキル(レベル15)』
「……」
ローナーに付属しているスキルを見た。スキル……保護色じゃないじゃないか。勝手に期待した俺が悪いのだけど、ちょっとガッカリしてしまう。でも……そんなに気落ちはしていないのは、これも忍耐スキルを会得したおかげなのかもしれない。
第76話へ続く




