表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/978

第70話『マント』

 リディアさんとエメリアさんが先に食事を終え、シロガネさんが1人で朝食へと手をつけている。シロガネさんは食器の音の1つも立てず、背筋を伸ばしたまま丁寧にケーキを口へと運んでいた。テーブルマナーのビデオでも見ているかのような、見惚れるくらいの美しい食事シーンである。一方のエメリアさんは、今日の予定についてリディアさんと話をしている。


 「で、リディア。今日、どうするんです?」


 「入国門前にあるギルド支部で、依頼の一覧をながめてみようと思う。今日こそは仕事をして、夜にお風呂だ」


 リディアさんは、やっぱりお風呂は夜に入る方が好ましいらしい。たくさん働いて、疲れと汗をお湯で流す。それは確かに、気持ちのいいことのような気はする。


 「お嬢様。お待たせいたしましたわ……」

 「急がなくてもよかったのに……」


 割と丁寧に食べているように見えたシロガネさんも、それなりに急いで食べていたらしい。使い終えた食器を片付け、みんなは2階にある寝室で荷物の整理を始めた。リディアさんは財布をバッグに入れ、鞘におさめられている剣を手に取った。


 「……」

 

 剣を腰のチェーンに引っかけようとして、その手を止める。そして、部屋のハンガーにかけてある聖女の服の前へ立つと、リディアさんは腕を組んで何やら考え込み始めた。


 「リディアー。まだ~?」

 「あ……ああ」


 出発の準備が完了したといった様子で、エメリアさんが寝室へと入ってきた。エメリアさんは今のところ他に着る服がないので、シロガネさんが作った布おばけみたいなデザインの服を着ている。 寝る時には脱いでいたから、そこまで汗で汚れてはいないだろうと思われる。

 

 「エメリア……少し待ってほしい」

 「それ、着るんですか?着るんですね?」

 「……」


 リディアさんは聖女の服を着てみるか否か、ちょっとだけ迷っているらしい。そこへ、室外からシロガネさんの声も聞こえてきた。


 「お嬢様。お部屋にいらっしゃいますか?」

 「ああ。エメリアもいる。入ってきてくれ」


 シロガネさんは昨日と同じく、忍者みたいなメイド服だ。他の2人はスタイルが決まったようだけど、リディアさんだけは装備に悩んでいる。壁にかけてある服がどうしたのかと、シロガネさんがリディアさんへと尋ねている。


 「そちらが、どうされましたか?」


 「いや……昨日、装備屋の店主が言っていたことを思い出してな。私は……戦わない方がいいというから、どういうことなんだろうと考えていた」


 「その方は……どのような方なのですか?」


 シロガネさんはラピスラズリーさんの店に来ていないから、この踊り子の衣装もとい、聖女の服を手に入れた経緯も知らないのだ。職業適性試験の会場でもらった聖女の資料の内容もまじえて、リディアさんは昨日あった一通りについて説明した。


 「職業適性検査場にて聖女という職業を紹介され、とある装備屋の主人に助言をもらったんだ。恐らく、この職種は戦闘を生業としていない」


 「しかし、お嬢様。武器も持たずにお仕事へ出るなど、危険が極まりますわ。護衛のついた令嬢であっても、護身用の武器は携えますのに」


 「……シロガネさん。この服、鑑定できないだろうか。何か、秘密があるのかもしれない」


 ラピスラズリーさんの発言に隠された事実を探ろうと、リディアさんは聖女の服の鑑定を依頼した。シロガネさん、鑑定の魔法も使えるのか。家事も剣術も魔法も得意とは、非常に多才な人なんだな。


 「ワタクシ、鑑定は本職ではありませんので、詳細まではお伝え出来ませんわ」

 「解っている。頼みます」


 この聖女の服については、俺もステータス画面から備考を読ませてもらった。少ない布地に似合わず、様々なスキルの付与が確認できた。なお、シロガネさんが作った服にも創意や工夫は凝らされているようで、防寒など一般的なもの以外にも『免疫力上昇』や『防御力アップ』といった有効なスキルがついている。


 「これは……ううっ!」

 「どうした……」


 鑑定を始めて数秒の事。シロガネさんがうろたえ始めた。心配したリディアさんが、彼女の背中をさすってあげている。どうしたというのか。


 「このようなハレンチな服装だというのに……ワタクシのお手製より性能がいい」

 「ええ……」

 

 それなりにいい装備らしい。こんなものを、なぜラピスラズリーさんが無料でくれたのか。それは一概に、ハレンチだったからとしか思えない。そうした鑑定の結果をふまえて、エメリアさんが挙手する。


 「あっ……いいこと思いつきました!」

 「エメリアの言う良い事ならば……絶対、悪い事だな」

 「悪寒がしますわ……」

 

 良い事か悪い事かはさておき、あまりリディアさんたちからの信頼はない。そんな期待のなさにも負けず、エメリアさんは発言を続けた。


 「リディアを聖女にする大作戦です。今日はリディア、なんにもしないでください!」


 「なんにもするなと言われてもな……」


 「1日くらい着てみれば、聖女についても解ると思います。いつもお世話になってるお礼に、私とシロガネちゃんで頑張るので、後ろから見ててください」


 エメリアさんは息を荒くして、珍しくやる気を発揮している。リディアさんは不満を口にしようとするが、ここにきてシロガネさんが同調を始めた。


 「……それはさすがに」


 「そうですわ!依頼の1つや2つ、ワタクシだけで解決いたします!この淫魔の体たらくを、しかと目に焼き付けていただきたい所存!」


 エメリアさんの意図とは少し齟齬がある気もするが、シロガネさんもリディアさんにいいところを見せたいらしい。2人の押しに負けて、リディアさんは流されるままに聖女の服を着せられる。一切の武器も持たせてはもらえず、カバンの中まで管理されてしまう始末である。


 「リディアのカバンに入れていいのは、お財布だけです。武器はダメですよ~」

 「本日のお嬢様は、リーダー役としてワタクシを監視くださいませ。さあ、存分に」


 依頼の内容によっては国の外へ出る可能性もあるだろうが、武器すら持たないスタイルを強いられている。ただ、リディアさんから見ても2人は頼りになるようで、あまり心配する様子もなく受け入れていた。


 「外出の前に……お嬢様。マントをお付けください。あまり露出を多くいたしますと、騎士団に目をつけられますわ」


 騎士団に連行された経験のある人がそう言うので、それはなかなかの説得力である。聖女の衣装は下着よりも布自体は多いのだが、腰布などで少し隠されている分、なぜか逆に怪しい雰囲気は増している。しっかりマントで体を隠す必要はある。


 「こ……これでいいだろうか」

 「さすがはお嬢様!マントもお似合いですわ!」

 「これはこれで、なんかやらしいですね」


 リディアさんには失礼な話だが、露出魔がコートで体を隠す偽装を思い出した。マントを体に巻き付けたリディアさんを引っ張り、シロガネさんとエメリアさんは玄関まで連れ出していく。リディアさんは玄関ドアの隙間から外をのぞき、家の外に人の姿がないかと警戒を見せている。


 「……本当に、このような姿で外を歩いていいのか?」


 「リディアさぁ……考えてみてくださいよ。魚人の人たちなんて、ほとんど腰布だけで歩いてるんですよ?ちゃんとマントで隠してるリディアが、つかまるわけないじゃないですか」


 「それもそうだな……」


 そういや、入国審査で見た魚っぽい人も、ほとんど裸同然の姿だったな。というか、種族によっては、もはや裸と言っても過言ではない姿で歩いている人もいた。なぜシロガネさんが連行されたのか、むしろ解らなくなってきた。人間が下着で外を歩くというコンボがいけなかったのだろうか。


 「……あっ!私、リディアの後ろをガードします!」

 「いえ、ワタクシが後ろを」


 2人とも、なぜか後ろを歩きたがる。特に理由は語られないが、視界にリディアさんを入れておきたいだけなのかも解らない。


 「だって私、前衛タイプじゃないですし」

 「……しょうがないですわね」


 近接戦闘に慣れたシロガネさんが前を歩くこととなり、後ろをエメリアさんがついていくらしい。前後をガードされ、マントで体の守りをかためて、リディアさんは朝日の差し込む街を行く。街には通行人が多く、なかなかの賑わいを見せている。


 「……」


 結構、街の人たちから注目されているな。リディアさんは全身からあふれる恥ずかしさを隠しきれていないが、どちらかといえば注目を集めているのは、前を歩いているシロガネさんの殺気ではないかと思われる。あと、直列に3人で歩いている様子が目立つのかもしれない。

 

 「あなた。ちょっといいかしら?」

 「あ……はい」


 商店街へと出たところで、騎士団のお姉さんに声をかけられた。リディアさんはマントを握って構えているが、肩をつかまれたのはシロガネさんの方である。


 「……街中で剣の柄に手をかけて歩かないように」

 「申し訳ございませんわ……」


 ……怒られてしまった。騎士団員の人はリディアさんには目もくれず、街の巡回へと戻っていく。シロガネさん、リディアさんがらみとなると力みすぎてしまうらしい。やや姿勢を正して、引き続きリディアさんの護衛にあたっていた。


 「ちょっとよろしい?あなた」

 「は……はい」


 今度はリディアさんが呼び止められる。けど、声をかけてきた人は……騎士団の人じゃないな。魔法使い風の容姿をしており、両目の色が違ったり、やけに服にチャックが多かったり、顔に黒い模様があったり……なんか闇の力とか持ってそうな見た目の女の人だな。何か用だろうか。

 

 「そちらのマントの意匠に、破滅的な魅力を感じる。破滅的な美品と見た!」

 「あ……ああ。ありがとうご………ございます?」


 破滅的な魅力って、魅力あるのかないのか微妙に解らない表現である。リディアさんの姿を怪しんでいる訳じゃないようだけど、カッコいいと言いたかっただけなのだろうか……。


 「我、この場を逃せば、かの破滅的なマントとは二度と出会えない運命を感じる。そちらの品、真のマスターである我にゆずっていただきたいのだが」


 「これは……そういう訳には」


 「むう……我の1000ジュエル相当の装備と交換するも良き。ねぇ、お願いお願い」


 「そんなことを言われても……」


 どうしても、このマントが欲しいらしい。なんだか口調が駄々っ子みたいになってきた。でも、ここでマントを渡したら、リディアさんの聖女が駄々洩れになってしまう。それに、1ジュエルで買ったマントと、1000ジュエルの装備を交換するのも、なんかこっちが悪い気になる感じだ。言い争いが始まったと判断し、シロガネさんは破滅的な女の人とリディアさんの間に割って入った。


 「あなた。お嬢様を困らせるのはおやめください」

 「でも、どうしても我、それが破滅的に欲しいの……言い値でいいから……」


 なかなか引き下がってくれない。そんな言い合いの中で、エメリアさんが破滅的な女の人とリディアさんの手をつかんだ。


 「あの……ちょっと、こっち来てくれませんか?」

 「……?」

 「……?」


 建物と建物の間にある人気のない場所へと移動すると、エメリアさんはリディアさんのマントをめくって、聖女の服を女の人に見せてあげた。


 「この人、こういう事情でして……」

 「おい……こら、エメリア」

 「……はわわ」


 見られたリディアさんも見た闇の女の人も、双方ともに恥ずかしさで顔を赤くしている。シロガネさんの待つ場所へと戻ると、女の人はもじもじしながらも、申し訳なさそうにリディアさんへと告げた。


 「ごめんなさい……」

 「謝らないでください……」


 この場は円満におさまったが……なんだろう。ひどい誤解を生んだ気もする。

第71話へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ