第6話『迷惑』
「リディア。方角はー?」
「コンパスを持っているのは、そっちだろう」
「そーでしたっけ?」
エメリアさんはバッグや薬草袋、ボウシの中などを探った後、最後に胸の谷間の奥に入っていたコンパスを探し出した。俺は男だから詳しくは知らないけど、胸の大きい人って、物を谷間に入れられて便利なんだな。エメリアさんくらい胸の大きさがあれば、リンゴ5個分くらいは入りそう。
「リディア……なにかいますよ」
「……なに?」
口元に指を立てて、しーっとしながらエメリアさんが木の陰に隠れた。俺のマップにも赤色のマークが映っていて、敵が近くにいるらしいことが解った。たしか魔人は……赤い月の夜に来るんだったっけ。すると、野良モンスターか?リディアさんにヒモでくくって引き上げられたまま、俺もモンスターの姿を見ようとのぞいてみる。
「……?」
草陰から、大きなカブトムシみたいなモンスターが現れた。黒色の体は少ない光を何倍にもして照り返していて、黒い宝石みたいに見た目はキレイだ。殻やツノもギザギザ尖っていてカッコいいし、子ども向けのアニメに出ていたら人気キャラクターだっただろうと思う。
『ミラトル レベル14』
視界の隅のウィンドウを開いて、モンスターのステータスを調べてみた。レベル14か……すると、リディアさんやエメリアさんに比べると強くはないし、もし戦いになっても2人がケガをすることもなさそうだ。ただ、エメリアさんは戦うつもりもないようで、リディアさんの後ろに下がってしまっている。
「リディアー。任せました」
「どうして私なんだ……」
「あの虫、羽に魔法反射ついてるから。魔法は何倍にもして返されますよー」
モンスターは俺たちの気配を察知すると、威嚇するようにして羽を広げた。殻の内側にある透明な羽も、鏡のようにピカピカしている。あれで魔法を跳ね返すのかな。
「……エメリア。逃げるか?」
「あれ、飛ぶと素早いよ」
敵はリディアさんたちが自分より強いと気づいていないようで、とがったツノの先を揺らしながら歩み寄ってきた。リディアさんも応戦の姿勢を取り、ひもにくくってぶら下げている俺を持ち上げた。あれ……もしかして、これ……。
「襲って来るならば仕方がない……一撃で仕留める」
このままだと……俺、武器にされるんじゃないか?確かに、あの硬そうな甲殻を砕くなら、剣を使うより俺を使った方が効果はありそうだけど、俺は虫が得意か苦手かといえば苦手だし、虫の体液がついてしまったら自分でぬぐうこともできず辛い。なんとかしないと……とりあえず、スキル一覧を開いてみる。
『発光 レベル1(スキルポイント1)』
これは森の中を進む時に覚えたスキルだな。光ってみたらモンスターもビックリして、逃げ出していくかもしれない。やってみよう。
「……リディア。また岩、光ってますけどぉ」
「……?」
モンスターも含めて、全員の視線を集めることには成功したが……このまま発光をやめれば、また元の状態に戻るだけだ。他に戦闘を避けられそうなスキルは……。
『爆発 レベル1(スキルポイント1)』
これはヘタをすると、周囲が焼け野原になるやつじゃないか?ダメだ。他には……他には……そうだ。この光を強くすれば、驚いて逃げていくかもしれない。
『発光 レベル3(スキルポイント3)』
発光のスキルを強化して発動してみた。大爆発でもするかのような、真っ白な閃光がほとばしる。5秒くらい発光を続けたのちに光をおさめてみると、モンスターは腹を上に向けて転がっていた。し……死んだ?
「あのモンスター……せっかくだし、剥く?」
「まだ生きている。わざわざ殺す必要はない」
モンスターの触角は動いているし、強い光を受けて気絶しただけのようだ。エメリアさんはモンスターの素材に興味を持っているが、リディアさんは見向きもせずに移動を始めた。
「光につられて、モンスターが集まってくるかもしれない。逃げよう」
近くで何かの鳴き声が聞こえている。そうか……俺が光を放ったせいで、逆に危険にさらしてしまったのか。勝手なことをして、迷惑をかけてしまった。こういうのがイヤだから、誰とも関わらないよう石に転生したのに……ちっとも俺は成長していない。
「エメリア。方角は?」
「えーと……」
エメリアさんがコンパスの針を回して、逃げるべき方角を調べている。俺のマップにも街らしき影が映っていて、そこには緑色の丸印が幾つも見える。リディアさんとエメリアさんも緑色のマークで位置を記されているし、きっと緑は……人のマークだ。あそこに村があるのだと思う。
「リディア。村が見えましたよー」
村は木でできた高い柵で覆われていて、ところどころには焼けたあとが見られた。家の数は見渡した限り、20……30はなさそうだ。町というよりは、村と呼ぶのがしっくりくる。村人らしき老人が手に持ったクワを置いて、ゆっくりと歩み寄りながらリディアさんに話しかけた。
「おかえり。魔人の対策はできたかい?」
「いや……しかし、薬草は手に入れた。使ってくれ」
「すまないね……」
薬草を入れた袋をリディアさんから受け取り、老人は深く頭を下げていた。村の人たちはケガをしているらしく、顔や腕に包帯を巻いている人も多くみられる。これも魔人のせいだろうか。
「……あれー?それ、そこに置いてくの?」
「うん」
リディアさんは俺からヒモを解くと、村の外に置いて村へと戻っていった。エメリアさんが俺の方を何度か振り向いたが、そのまま2人は二階建ての建物へと入っていく。
「……」
やっぱり、勝手なことをして2人を危険な目にあわせたから、怒っているのかな。
「……」
音楽を聞く気にもならず、ゲームでも気持ちを紛れさせられそうにない。段々、空は暗くなってきた。村の建物の窓にも、灯りがついていく。
きっと魔人の問題も、リディアさんたちが解決してくれるだろうし、俺も大きい体を残してきた場所へ戻ろうかな。でも、ここから勝手にいなくなったら、不気味がられるのかな。
「……」
いや、そんなの、もう会わなければ関係ないことだ。じゃあ、なんで俺の体は動かないのか。夕焼け空を見ながら考えていたら、村の中から女の子の声が聞こえてきた。
「どんな石なの?」
「丸くて大きい石だよ」
村の中から出てきたのは、前に俺の元へと来た小さな女の子だ。それと、リディアさん……。
「リディア。これ?」
「うん」
女の子は俺の前にしゃがんで、上半身を揺らしながら俺を右から左からながめている。大きな目にのぞかれて、俺は硬い体を動かさず……動かせもせずに緊張してしまう。
「この石、本当に光るの?」
「今は光らないけど。それに、私を助けてくれた」
俺が……リディアさんを助けた?自分の体を汚したくなかったから、それを理由に自分勝手な行動をとって迷惑をかけた。だから、ここに置いていかれた訳じゃないのか?女の子とリディアさんは俺に手を乗せて、すべすべと凹凸のない岩の肌をなでている。
「エメリアには言ってないけど……私、虫が苦手なんだ」
「そうなの?リンは小さい虫は好きだけど」
……そうか。リディアさんは、あの虫と戦いたくなかったんだ。迷惑をかけて、怒らせたわけじゃなかったのか。よかった。この気持ちを表したい……そう思った。それと同時に、俺はスキル画面のカーソルを動かしていた。
「……本当だ。光りだした」
「生きてるみたいだろう?不思議な石なんだ」
声を発さずとも、これで相手の気持ちを受け取ったし、俺の気持ちも伝わった……ように思う。村の入り口からエメリアさんの呼びかけが聞こえてくる。
「リディアー。一緒にお風呂、入りましょー」
「ああ……うん。リン、戻ろう」
「……石は置いていくの?」
「村の中で光ると、村のみんなが驚くからな。今は、ここに置いておくよ」
俺が発光をおさえると、物珍しそうに観察していたリンちゃんも腰を上げた。みんなの姿が見えなくなって、声も聞こえなくなった。もう俺の気持ちからは不安がそがれて、ちょっとした温かさが心と体に残った。
「……」
こんな場所ではあるけれど、今日はよく眠れそうな気がする。
第7話へ続きます




