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第68話『飛行』

 2時間くらいゲームをやった後、俺は丘の上にある本体……大きな岩へと意識を転送した。時刻は地球でいうところの夜10時くらいであり、遠くの景色に見える港町にも、点々とした生活の灯りがうかがえる。月の輝きを受けて、海面には網目状の光が漂っている。


 「……」


 以前、魔法を駆使して岩を発射する機会があったのだが、射撃などには縁のない人生を終えた身である為、狙った場所へ当てるのにかなり手こずってしまった。そこで、練習くらいにはなるのではないかとと期待し、TPSというジャンルのシューティングゲームをプレイした。これは、アクションとシューティング、それぞれ半々といったゲーム性のものである。


 結果は、やはり対戦相手に全く歯が立たず……1試合3分間の中で12回も撃沈した。俺と同じチームだった人も、俺が味方にいては勝てないと考えたのか、その一回限りですぐに退室していった。人付き合いにもなれてきたと思ったんだけど、やっぱりネット対戦は苦手だ……。


 自分のダメさ加減を悔い改める、もしくは現実逃避するようにして、俺は星空へと視線を向けている。この丘から海を目指して空をながめると、とても遠くまで世界が見渡せる。満天の星空にはオーロラのような光がかかり、まるで動く芸術品を見ているかのようだ。この美しい風景は1枚、心のカメラにおさめておこう。


 「……?」


 美しい星空の奥には月が輝いているのだけど……なんだろう。気のせいかもしれないが、前よりわずかに大きくなっているように感じられた。転生して間もない頃に撮った空の写真を引っ張り出し、ウィンドウに表示してみた。そこに映っている月は……今の月と見比べて見ると、ちょっと小さい。この世界では、その日によって月の見える大きさも変わるのだろうか。


 「……」


 そんな月の謎はさておき、俺は引き続き心を無にして寝転んでいた。寝転ぶといっても、視線が空を向いているだけで、特に姿勢を変えた訳ではない。こうして、ぼーっとしている内に、いつの間にか眠っており、気づけば朝になっている。そんな、何にも縛られない時間の使い方が好ましいのだ。


 「……」


 ……空。俺の頭上より少し外れた場所に、何か黒くてゴツゴツしたものが浮かんでいる。ちょっとずつ動いているな。生き物ではないようだけど……なんだろうか。


 「……!」


 あっ。あれは……島だ。前にも一度、空に島が浮かんでいるのを見たな。雲の動きより遅く、すーっと、風に流されて動いていく。あそこに、何かあるのかな。そんな探求心こそ芽生えたものの、そこへ行く為の能力が俺にはない。まるで遠い世界でも見つめるような気分である。


 「……」


 いや、本当に、遠い世界なのかな。もしかして、ちょっと頑張ったら、行けるんじゃないのだろうか?俺は、まぶたもないのにまばたきをしてみた。確か……俺の変身スキルには、空を飛べる魔物のデータがあった。他のスキルも併用すれば、石の体だって浮かせることはできるかもしれない。


 『バードウィング 造形(レベル1) 高速飛行スキル(レベル1)』


 これは、騎士団長が乗っていた白いドラゴンのラーニングスキルだ。以前、別のドラゴンに変形した時は、うまく飛ぶ事ができなかった。でも、この飛行スキルのあるドラゴンなら飛べるんじゃないかな。


 「……」


 空に浮かぶ島が、どんどん風景の中を流されて行く。島のある位置自体は俺のいる場所から離れていないし、あとは高ささえ乗り超えれば到着するはず。この時間なら人目にもつかないだろう。一応、マップスキルを使用し、近くに人がいないことを確かめておいた。


 「……」


 よし。誰もいない。飛行訓練を開始しよう。まずは分裂スキルのレベルを上げて……ええと、どのくらいの大きさならいいだろうか。小さい方が体重も軽くなるから、空へと飛び上がりやすくなるのは違いない。


 『スキル:分裂』


 ……分裂スキルの項目を開いた瞬間、俺の臆病な面が心に出てきてしまった。小さな姿で空へと飛び立って、もし大きな飛行生物に襲われでもしたら……または、島に恐ろしいものが待っていたとしたら……死なないにせよ、非常に怖い思いをするかもしれない。そのリスクを最大限に減らすためには、この大きさのまま飛ぶのが良い。


 もちろん、大きな体で空へ出るとなれば、港町の人たちから発見される恐れはある。代わりに、擬態のスキルをレベルアップさせよう。これで、敵や人に見つかる可能性は下がるはずだ。


 『擬態 レベル6(スキルポイント8)』


 擬態スキルはレベル4以上で、迷彩化が追加される。今なら闇夜にまぎれることもできるだろうし、擬態スキルのレベルを6まで上げておけば、そうそう発見されることはないだろう。よし、変身だ。


 「……」


 グググッと岩のこすれる音がして、俺の視点が少しだけ高くなった。屈みこんでいた姿勢から、長い首をゆったりと伸ばす。ぎこちなくも、羽を広げてみる。二階建て一軒家程度の大きさのドラゴン。これが、今の俺の姿だ。


 足踏みをしてみると、土の潰れる感触が足の裏に残った。恐らく、本物のドラゴンよりも体重はある。これじゃ飛べないな。体重を軽くしよう。ええと……。


 『重量操作 レベル5』

 『重量軽減 レベル5』

  

 重量操作のスキルレベルを上げると、その分だけ重量が変化するまでのスピードも早くなると書いてある。そして、重量軽減。小さな体で重量軽減スキルのレベル5を適応した時は、意図せず体が浮いてしまったのを記憶している。今回も同じく、重量軽減のレベル5を適応してみた。体が軽くなった実感はあるが、元の体重が重いから、勝手に浮かび上がるまではいかない。


 「……」


 羽を軽く動かしてみたものの、地に足はついたままだ。それに、今日は風が弱い。カイトであれば、風を受けて空を飛ぶのだろうけど、そういや……鳥ってどうやって空を飛ぶんだろう。その原理について、ネットで検索してみた。


 「……」


 俺、転生前は平凡以下の高校生だったからして、そこまで詳しい知識はないのけど……つまりは鳥が羽を振り下ろすと風が起こり、体が宙へと浮き上がるという仕組みらしい。これを繰り返して空を飛ぶのだという。結局は、羽を大きく動かせばいいってことかな。やってみよう。


 「……」


 背中の羽を大きく持ち上げ、力の限りに強く振り下ろした。嵐の如き風が舞い立ち、森の木々が折れ曲がらんとばかりに揺れた。首の長い生き物が森の木々から顔をのぞかせ、何も言わずに俺の方を見つめている。起こしちゃったかな。ごめんね。


 「……」


 野生動物に迷惑をかけただけで、俺の体は浮かびすらしない。参ったな……やはり体を小さくすべきか。いや、しかし……体を小さくすると、その分だけ着地する際に感じる高さが増しそうだ。それはそれで怖い。


 「……」


 ここで俺は、他のドラゴンが飛んでいた時の様子を思い出してみた。騎士団に所属しているドラゴン先輩は、そこまで頑張って羽ばたいてはいなかったな。もっとこう……風で浮き上がるみたいな感じだったはずだ。魔法みたいな……そうか。魔法だ。俺はスキル習得画面を開き、習得可能な魔法がないか探してみた。


 「……」


 岩……石……土……そんなんばっかであった。そうだよ。俺、一応は石だし、地面属性だ。風の魔法なんて使えるはずがない。その代わりといってはなんだが、温度上昇と温度冷却というスキルはあった。何かに使えるかもしれないから、これは頭のすみに置いておこう。


 「……」


 空に浮かんでいる島が流されて、遠くへと行ってしまう。もう間に合わないかな……そう諦めかけたところで、最後の踏ん切りがついた。ええい。こうなったら、体重を可能な限りまで減らしてみよう。体重管理スキルの項目を開き、一気にスキルのレベルを上げてみる。


 『重量軽減 レベル10(スキルポイント20)』


 かなり体が軽くなった。だが、まだ浮かない。もう少し上げてみよう。


 『重量軽減 レベル15(スキルポイント23)』

 

 もう、風船にでもなったくらいの気持ち。でも、まだ浮かない。もうちょっとだけ頑張ってみよう。


 『重量軽減 レベル20(スキルポイント30)』


 ここまでやって、ついに俺の大きな体が宙へと浮かんだ。すっと足が地面から離れ、地上1メートルあたりのところで安定している。ここで、羽ばたきだ!


 「……」


 ま……まったく飛ばない。体が軽くなった分、羽ばたく力も弱くなってしまったらしい。羽を振り下ろしても、空気をクシですいているような気分だけが残った。すかすかしている。


 「……」


 こうなったらやけだ。短い手足をばたばたさせてみた。すると、今度は体が上へと移動を始めた。この羽は、なんのためについているのだろう。大きくて派手な飾りにしかなっていない。俺は空気の中を平泳ぎするようにして、ちょっとずつ空へと向かっていく。羽があるのに手足で飛んでいる。はた目に見たら、なかなか滑稽な飛び方だろう。


 ドラゴンの体の構造に段々と慣れてきて、平泳ぎからバタ足へと移行。ちょっとだけ移動スピードが上がった。たった1カ月間だけだったけど、スイミングスクールに通った経験があってよかった。こんなところで役に立つとは。しっかりと教育を施してくれた両親に感謝したい。


 微弱に吹いている風にも負けず、どんどんと空へと昇っていき、すでに俺の飛び立った場所は遥か遠くにある。ダメだ……下を見ると高くて怖い。ただ、ここまで来たら、あの島を近くで一目だけでも見たい。がんばって飛び続け、ついに島のある高さまで到達した。おお……本当に、島が宙に浮いている。


 「……」


 島の大きさは、少し広めの公園1つ分くらいか。何もない……しいていえば草が生えているくらいだ。それ以外には……本当に何もなかった。なんかこう、もっと宝箱とか、謎の神殿とか、そういうのがあるかと思ったんだけど、現実はそうはいかない。


 「……」


 俺は体重を少しだけ増やして、空に浮いている島へと足を降ろした。どうやって島を浮かべているのかは解らないけど、俺が乗ったくらいでは落下しないようだな。でも、俺の重さが加わったからか、風に流されていた島は動きを止めた。


 島に何もない事が解って満足したし、もう地上へと帰ろうか。そう考えて島のはしから景色をながめてみる。結構、高いところまで来たんだな。その高さを知ったと同時に、星のまぶしさに目がかすんだ。地上から見上げていた星空が更に近く、目の前に貼りだしたかのように広がっている。星々の奥行きが2層も3層も増して、小さな宝石を海の中へと散らしたかのようにまたたく。


 「……」


 島にはなんにもなかったけど、こうして少しでも星空に近づけた。それだけでも、頑張ったかいはあったな。俺はドラゴンの姿のまま島の真ん中に寝そべり、なけなしの勇気と努力で手に入れた美しい光景を、飽きもせず何時間も鑑賞し続けていた。


第69話へ続く

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