第66話『ドレス』
リディアさんとエメリアさんが同じ服を着たとしても、エメリアさんの方が性的に目に映ると判明した。だからといって、なんということはない情報である。聖女の服を着ているエメリアさんへと、シロガネさんは端的に感想を述べた。
「さすがは淫魔ですわね」
「それはシロガネちゃん、褒めてるんですよね」
「ほめておりませんわ」
脱げなくなった聖女の服を緩め、やっとエメリアさんは服の縛りから解放された。この機会にシロガネさんは自作した服を試着してもらおうと、それを用意しに隣の部屋へと走っていく。
「そちらの衣服はお洗濯いたしますわ。着替えをお持ちしますので、お待ちくださいまし」
そういや、リディアさんもエメリアさんも、昨日からずっと同じ服を着ているんだったな。新しい服の用意ができているのであれば、もう着替えておきたい気持ちがあるかもしれない。布袋を幾つか手に引っ提げて、シロガネさんが2人の待っている部屋へと戻ってくる。
「お嬢様。こちらにお着替えを」
「ありがとう」
「淫魔は、これを着ていなさい」
「えっ。私にもくれるんですか?わぁ」
あれだけツンケンしているにも関わらず、しっかりエメリアさんの分も作ってくれたらしい。なんだかんだで優しい……と思ったのだが、エメリアさんの広げた布が、服というには異様なものであったからして、本当に服なのか確かめるようにして俺は視線を動かしていた。
「なんですかこれ……変わった服ですね」
エメリアさんがもらったものは服というか……パッチワークに似たものであった。一応、そではついていて、すそも足元くらいまである。エリにはフードもついているな。でも、これは完全に、余った布をあわせてこしらえたとしか思えない物である。
「エメリア……それ、服なのか?」
「もらっちゃいました。着ますよ~」
明らかに何かのついでにと作られたものではあるが、それを気にした様子もなく、エメリアさんは服に頭を突っ込んでいた。その一方で、リディアさんがもらったものは布地の高級感が段違いで、透明感のある白いレースや縫いつけがふんだんに使用されている。そして、エメリアさんのものとは違い、服が幾層にも丁寧に分けられていた。
「シロガネさん……これ、どうやって着るんだ?」
「お手伝いいたします。手取り足取り、お教えしましょう……」
服の構造が複雑なせいで、リディアさんは身につけ方に戸惑っている。シロガネさんは一つ一つ、ボディタッチを交えて衣服を重ねていく。まずふわっとしたものを腰に巻き付け、スカートをはいて腰に留める。ゆったりとした上半身の服を着てボタンをかけ、その上から肩掛けのようなものをはおる。最後がベルトだ。ベルトには金色のチェーンもついている。
「これ、カチューシャはいらないだろ……」
「ええ……なぜですか?」
「リディアー。どうですかー?」
1分もかからずにエメリアさんの着替えは終わり、エメリアさんは着衣姿でクルリと1回転して見せる。着る前はテーブルクロスみたいなだと思っていた服も、着た姿は布をかぶった幽霊のキャラクターみたいで、想像していたよりも可愛らしい。
「あの、シロガネさん……」
「どうされました?お嬢様」
「私も、あれがいい……」
「……」
凝ったゴスロリドレスより、あれくらいラフな方がリディアさんも着やすくていいらしい。その発言に傷ついたようで、シロガネさんは涙を流してしまう。
「お嬢様……」
「あ……ごめん。これはこれで、いいのだけど……」
「必ずや、着やすくてかわいいドレスをお作りします……この命に代えても」
「いや、ドレスじゃなくてもいいんだ……」
ドレスである点はゆずれないらしく、ドレス革新を起こそうとシロガネさんは決意していた。今日のところは他に着るものが……聖女の服しかない為、シロガネさんの作ったドレスを身にまとって過ごすと決まる。エメリアさんの方はもらった服がいたく気に入ったようで、フードまでかぶってぴょんぴょんしている。
「んふふ~」
「それ、いいな。そのまま寝られるし」
「そうですわ!パジャマもお作りしました故!」
そう言ってシロガネさんが広げたもう1着も、見た目はばっちりとドレスである。パジャマなのか?
「こちらをお召しになってお眠りくださいませ!」
「先程のものと変わりなく見えるが……」
「こちらは若干ながら、脱がし……脱ぎやすい仕様となっております……」
パジャマの方が普通のドレスより少しだけ、着脱しやすくなっているらしい。なお、なぜ脱がしやすい構造なのかは聞いても詳しく教えてくれないが、黙秘を貫いているシロガネさんは不思議と照れた様子である。
「そうだ。エメリア。頼まれていたお酒、私のバッグに入っているからな」
「あー!ありがとうございますー」
エメリアさんがバッグを開き、中からピンクのビンを取り出した。念願のお酒を手に入れ喜んだと同時、エメリアさんはリディアさんの顔色の赤みにも気がついた。
「……あら。リディア……少し飲みました?」
「ああ。ギルド長と話したついでに、ギルドのお酒を少しいただいてきた」
「ずるいー!私も、もう飲むー」
お酒のビンを持って、エメリアさんは1階へと降りて行った。シロガネさんは最後の着付けを済ませ、姿見の鏡の前にリディアさんを連れて行く。
「私は今から、パーティにでも行くのか……」
「お綺麗でございます」
「それは……そうだが」
今、俺は一時的に近くの台に置かれている。そこから拝見させてもらった限り、服の作りにアラらしきものは見当たらない。黒を基調としたドレス。スカートはバラの花にも似た造形で、しっとりとした艶やかさがある。ところどころに散りばめられたスパンコール風の装飾もキレイだ。こういった服を着こなせる辺り、やっぱりリディアさんはお嬢様なんだなと再確認した。
リディアさんは顔立ちも整っているし、それなりに背丈もある。その人が美しいドレスをまとったのだから、まるで等身大のお人形さんが部屋にあるみたいに見える。ただ、胸の膨らみだけは主張が激しく、全体的な少女感の中で1つだけ浮いて違和感がある。
「食事で汚す危険があるな……」
「どうぞどうぞ。存分に」
とてもキレイなお召し物であるからして、リディアさんは夕食で汚すことを懸念している。しかし、それはシロガネさんにとって問題ではないようで、使い汚してもらうことを望んでいる風でもある。そんな美しい衣服の胸元へと、俺は恐れ多くも装着させていただいた。
2人は1階にあるダイニングへと降り、テーブルに並んでいる料理に目を向けた。管理人さんがよそってくれたのだろうか。その管理人さん本人はいないものの、食事の用意は完璧に仕上がっている。外は暗くなり、テーブルに置かれた透明な器の中に、炎の灯りが揺れている。
「管理人さんは料理も上手だし、家の掃除もしてくれるんだ。いつも助かっている」
「明日は、ワタクシめが夕食係をつとめさせていただきますわ」
リディアさんが管理人さんを頼りにしていると発言し、それに対してシロガネさんはジェラシーを露わとしている。市場でリディアさんが話していた貝と塩バターの料理も、カブをそえて皿に乗せられていた。その出来栄えについて、シロガネさんも文句はない様子だ。
「いただこう。シロガネさんも一緒に席へついてくれ」
「ワタクシは、お嬢様が食事を終えたあとで……」
「シロガネさんは、今は私の召使いではないんだ。一緒に食べよう」
今は召使いではないという旨の発言に戸惑っているのか、同じ食卓で食事を摂ることに抵抗があるのか、シロガネさんは伏し目がちにリディアさんを見つめている。ギルドでも飲み物には口をつけていたけど、あまり食事には手をつけていなかった。リンちゃんの家でも、夕食は別のテーブルで食べていたな。まだ、新しい関係性に距離をはかっているのだろうか。
「ワタクシが今、召使いでないと申されますが、では……現在の私は、お嬢様にとって、どのような存在なのでしょうか」
「私が言うのもおこがましいかもしれないが……私は、友達だと思っている」
「……むう」
悩ましそうにまゆをひそめているのに、頬は赤くなっているし、目には涙が浮かんでいる。こんなに複雑な表情を人間ができるのかと思うほど、シロガネさんはユニークな顔をしていた。今日のところは1つ線引きして、離れた席でお供することとしていた。
「では……こちらで失礼いたしますわ」
「私、もう失礼していただいてます~」
「ちゃんといただきますと言え……」
「ごめん。リディアママ……」
リディアさんとシロガネさんが語らっている傍らで、エメリアさんは冷めないうちにと食事を始めている。リディアさんが買ってきたお酒のビンは大事に食卓へと置いてあるけど、封はまだ開けられていない。その代わり、昨日の残りと思われる別のお酒がグラスに入っている。
「お嬢様……」
「ん?」
リディアさんが料理に手をつけたあとで、シロガネさんも食事を始めた。口を動かしていない合間をぬって、ふと質問を投げかけた。
「ワタクシ、お友達というものが解りません。今まで、一度もおりませんでしたので」
「それは……私も同じだ。家にいた時は、歳の近い子どもたちと遊ぶこともなかった」
騎士団長が以前、自分の家の血は特別だと言っていた。そのような家系となれば、お付き合いをする相手も政略を持って接するだろう。今まで、気兼ねなく話せる相手も多くはなかったと思われる。
「こうして家を出たから、エメリアと友達になれたし、こうして人と関わる楽しみも知った。シロガネさんとも、少しずつ関係を変化させていければと思う」
「お嬢様……」
そうした会話の中で、ふとエメリアさんが食事の手を止めてリディアさんへと尋ねた。
「……私、リディアの友達なんですか?」
「え……あ……すまない。気分を害したなら謝るが」
どこが気にかかったのか。エメリアさんはグラスのお酒をぐっと飲み干して、はっきりと言い放った。
「私、リディアの愛人だと思ってたんですけど、そちらにつきましてはどうお考えで?」
「じゃあ、友達でいいだろ……」
2人の間柄は、ひとまず友達で落ち着いた……。
第67話へ続く




