第62話『ギルド』
「シロガネさん、ここで待っていてもらえますか?」
「ええ。今か今かと、お待ちしておりますわ」
ギルドの入り口は門番さんが守っている訳じゃないのだけど、そこでリディアさんはシロガネさんに待機するよう頼んでいる。やっぱり、無関係な人が中に入ると、ギルドの人に怒られたりするのだろうか。
山についている大きな熊の彫刻、その口がギルドの入り口であるらしい。ギルド本部は自然の山を掘って作られているように見えるが、内部は鉄の柱や板で補強されている。山が崩れ落ちてきたら危険そうだけど、そこは上手く設計されているのだろうか。奥へと進む通りすがりに、ギルドの人たちが何人か声をかけてくれた。
「おお、リディア……か?無事に戻ったか」
「はい。魔人の問題も解決しました」
「おや、お前はリディア……だよな?帰りが遅かったな」
「エメリアも無事です。ご心配をおかけしました」
みんな顔見知りのようだが、リディアさんの胸が以前より格段に大きくなっている為、そちらを見るとリディアさん本人なのか自信がなくなったらしい。誰もが、微妙に疑問形を含んで会話を落ち着けていた。入り口から少し進んだ先に受付窓らしきものがあり、そこで書類整理をしている女の人へとリディアさんはアイサツの言葉を向けた。
「エンガさん。お久しぶりです」
「……リディアっ!よく戻った……って、あんた。リディアだよねっ?」
「リディアです……リディア・シファリビアです」
窓口にいる女の人は見た目こそ人間に似ているけど、トカゲみたいな尻尾もあるし、頬や手にはウロコが生えている。気さくな様子で話しかけている様子から見て、リディアさんとは知り合いのようだ。しかし、やはり興味の先はリディアさんの胸に向いてしまう。
「どうしたっ!?その胸っ!大きくなっちゃって!」
「いや……おかしなキノコを食べたせいで、成長しまして」
「あんたも?一昨日、ガンガンもキノコを拾い食いしちゃって、筋肉ガンガンになってしまったんだよねっ!」
キノコによって体つきが変わるのは、この世界では滅多なことではないらしい。リディアさんが、ふくろダケに大してショックが抱かなかったのも、そういった話を各所で聞いていたからかもしれない。
「まあ、それはいいやっ。依頼主からの手紙も届いてるし、あちらで報酬も渡したと書いてあった。生還祝いだ。これを持って金庫に行ってよ」
「ありがとう。エメリアには、また別の日に顔を出させる」
受付にいるエンガさんという人が、なにやら数字の書かれた紙にハンコを押してくれた。クエストの報酬は村でもらったようだが、それとは別に生還祝いというものももらえるらしい。文字通りの意味であるならば、生きて帰ったことに対してお金が出るということだろうか。そういったものが用意されている理由は……恐らく、生きて帰ることが最も大事だと考えられているからであろう。
「あと……私の知り合いで、ギルドに入りたいという人がいるのだが、今日は試験は行っているのだろうか」
「種族はっ?」
「人間です」
エンガさんはシロガネさんの情報を求めつつ、ノートをペラペラとめくっている。その後、ちょっと気がかりがあるといった顔でリディアさんに告げた。
「今日の副ギルド長は、エアーズさんだっ。やめとく?」
「そうですか……受けるかどうか、本人に聞いてみます」
「ああ、いいよ。あたしが聞いてみるからっ。外にいるんでしょ?名前は?」
「シロガネさん。黒い服を着ているので、すぐ解ると思います」
『退席中』と書いた札を窓口に出して、エンガさんはギルドの入り口へと走って行った。エアーズさんという人は、そんなに厳しい人なのだろうか。まあ……あえて今日、ギルドに入る必要もなさそうだし、詳しく話を聞けばシロガネさんも辞退してくれそうである。
受付から更に奥へと進み、集会所と見られる広い場所へと到着した。中央の柱には紙がたくさん貼り付けてあって、それを見ながら何やら相談をしている人たちの姿が見られる。あちこちに置かれたテーブルでは、立ったままお酒を飲んでいる人もいるな。ここはギルド内では、憩いの場として使われているようだ。
「あっ!リディアさーん……で、いいんですよね?」
「みんな、そういう反応だな……リディアであってる」
リディアさんの姿を見つけ、背の高い女の人が駆け寄ってきた。体つきは細く、手足は非常に長い。背はリディアさんより、頭2つ分くらい高い。背中には……鳥みたいな羽もある。どんな種族の人なのかは解らないけど、なんか不思議な雰囲気の人だ。
「リディアさん!魔人を倒しにいくなんていうものですから、なかなか帰ってこないですし……もう会えないかと思っちゃいました。ちょっと体つきは変わったようですけど……魔人は倒せたんですか?」
「倒した訳じゃないが、何か事故が起きて自滅したらしい。あの地域には、もう魔人はいないと騎士団でも言っていた」
「……あぁ?騎士団だぁ?おい、リディア!あれは結局、騎士団が解決したのかぁ?」
2人の会話が耳に入ったのか、お酒を飲んでいた大柄の男の人が絡んできた。この人も人間に姿は似ているけど、ゴリラのように体中が毛で覆われている。白髪交じりの赤い体毛で服が膨らんでおり、筋肉質な体を一層のこと大きく見せている。身長は3メートルくらいありそうだな。
「……いや、魔人は騎士団が倒した訳でもないようです。彼らは、人質の救出に訪れたと言っていました。魔人の血も、完全に処理されていたということです」
「……ほお」
リディアさんの言葉を疑っているのか、大男はキツイ目つきで、こちらを見下ろしている。怒っているのだろうか。今にも殴り掛かってきそうな勢いで顔を近づけるも……その人は、急に大笑いを始めた。
「……そうかそうか!村も救われたんだろ?なら、いい!よくぞ無事に帰った!」
「よーし!ギルド長!リディアが帰還した祝杯だー!」
「おぉー!おめぇも、あとで席に来い!村で見たことを聞かせろ!」
「ああ、はい」
お酒の席にいる人が、俺たちの目の前にいる大男をギルド長と呼んだ。この人が、ギルドで一番の偉い人なのか。年齢も他のメンツに比べると二回りくらい上に見えるし、威厳や風格も感じられる。あと、見た目の割には……怖い人でもないようだな。
ギルド長はお酒の席へと戻り、こちらへ注目していた他の人たちも、それぞれがギルドへ来た本来の目的と向き合った。リディアさんは手にした生還祝いの紙を持って、集会所から右へと伸びている通路を進んだ。背の高い女の人が、リディアさんを慕うようにしてついてくる。
「魔人、実際に見ました?」
「いや、私は全く見ていないな」
「誰も手を上げない中で、魔人関連の依頼に手を上げた時は、すごくビックリしました。私だって、一緒に行ければよかったですけど……さすがに勇気が」
「あんな依頼についてくるのは、エメリアくらいなものだろう……気にしないでくれ」
そう言って女の人は、申し訳なさそうにうつむいていた。ギルド長や騎士団でも、すぐには動くことができなかった事件だ。むしろ、魔人などという危ない集団に関わろうとする方が少数派なのは、魔人を間近に見た俺にも解る。勇気が出なくて同行できなかったのも仕方がないと思う。
通路の先には『関係者以外立ち入り禁止』の注意書きがあり、どんどんと道もせまくなる。灯っている炎の色も暗く変わっていく。行き止まりへと到着し、そこについている小さな穴をリディアさんはのぞきこんでいる。
「ええと……報酬の受け取りに来ました」
「……」
手だけが入るくらいの小さな穴へ、リディアさんは生還祝いの紙を差し出した。それを壁の向こうにいる何者かが、音もたてずに静かに紙を引っ張り込む。ここで、報酬の受け取りができるようだな。
「ところで、ジェラ。金庫の番人さんの姿、見た事あるか?」
「ない……ですけど、ガンガンさんが穴から見た姿では、白く体が光っていたとのことですよ?」
「声も聞いたことがないし、顔も見た事がないから、一度はアイサツしておきたいんだがな……」
一緒に歩いてきた羽のある女の人は、ジェラさんという名前のようだ。そして、今さっきリディアさんから生還祝いの紙を受け取った人については、ギルドでも謎の深い人物であるらしい。リディアさん達が会話をしながら10分ほど待っていたところ、壁の穴の中から紙袋が差し出された。
「ありがとうございます」
「……」
やっぱり、リディアさんの声に返答はない。それはいつものことであるらしく、リディアさんも特に困った様子や悩む姿勢を見せず、穴から出てきた紙袋を受け取った。この中にお金が入っているのかな。
「リディアさん!お酒の席のおともに、チカラの種はどうですか?私がごちそうします!」
「チカラの種は……昨日、たくさん食べたんだ。別のものでもいいかな?」
ジェラさんはクエストに同行できなかったことを悔やんでいるのか、精いっぱいにリディアさんの帰りを歓迎しようとしている。集会所へと戻る途中も、彼女は自分を情けなく思って泣いたり、魔人の一件が解決したことを喜んだりと、ずっと表情を忙しくさせていた。
「……なんだか、騒がしくないか?」
「なんでしょう……トラブルだったりして」
ギルド長がお酒を飲んでいた場所が近づいてくると、何やらエキサイトしている風な歓声が聞こえてきた。ドンという、何かが木に叩きつけられる音もしている。な……なんだ。事件か?
「やっちまえー!」
「負けるなよー!」
ギルド長が呑んでいた席の近くに、妙な人だかりができている。何をしているのだろう。リディアさんが人混みへと近づき、観客の1人へと声をかけた。
「何があったんだ?」
「ギルドに乗り込んで来た奴がいて、急に入会したいって言い出したんだ。今からガンガンと勝負するんだよ」
こんな腕利き集団の中に入り込んできて、勝負を申し込むなんて、なかなか肝のすわった人である。いや……今、このタイミングで、入会したいなどと言って入って来る人といえば、あの人くらいしか思いつかない。リディアさんもチャレンジャーである人物に予想がついたのか、ギャラリーの間をぬって勝負の最中へと視線をくぐらせた。
「……」
赤黒い肌をした筋骨隆々の男が、テーブルにヒジをついて姿勢を低く構えている。あの人が、キノコを食べてムキムキになったガンガンさんか。大きな手を広げて、テーブルの向かい側をにらんでいる。
「これより、入会試験。腕相撲を始めますー!」
ギルド入会をかけて腕相撲に挑んでいるのは……。
「……?」
……あ。シロガネさん……じゃなかった。すみません。シロガネさんじゃなかったです。
第63話へ続く




