第49話『温泉』
「お嬢様。本日のご予定は、どうなされますか?」
「職業適性検査を受けてくる。あと、服や装備も買ってこなければ」
洗い物をしながら、シロガネさんがリディアさんに今日の都合を聞いている。職業適性検査か。それについては以前、シロガネさんが話していたのを憶えている。まあ、何もせず家でだらだらしていたら、朝も早くから騎士団長が訪ねてくるかも。そんな気持ちが、リディアさんの食事のスピードの速さからも感じ取れる。
「……シロガネちゃん、これどうしたんですか~?」
「お乳ですわ。朝一番、ワタクシが街で仕入れて参りました」
エメリアさんが白っぽい液体を飲んでいる。昨日の帰りには買い忘れたと言っていたから、夜が明けて間もなくシロガネさんは買い物に行ってくれたらしい。乳は村で見たものよりも色が少し薄いから、クルクルからとれたものではないようだな。食器を片付けつつ、エメリアさんが本日の行き先について定めている。
「職業適性検査って、どこでやるんでしたっけ?」
「城門前の役所だろう?たしか、お前も受けてきたと言っていたはずだが……」
「……あ~。なんか、そうだった気がします」
エメリアさんは以前、職業適性検査を受けたと言っていたけど、どこで受けたのかまでは忘れた様子。城門前ってことは、あの巨大な城の前まで行けるのか。近くで見上げたら、さぞかし大きいだろうな。
食後は各々が寝室へと戻り、出かけるにあたっての持ち物を準備していた。リディアさんはお財布、ポーチなどをバッグに入れ、鏡を見ながら前髪の形を気にしている。肩にスカーフを巻いてからネックレスを下げ、俺を胸の真ん中に乗せる。最後に大きなリュックを背負って、リディアさんは寝室を出た。廊下ではエメリアさんとシロガネさんが待っていてくれた。
「よし、行こう」
「はいはい~」
1階の玄関ドアの横で、幽霊の管理人さんが見送りをしてくれている。その様子からして、日光を苦手にしているようにも見えないし、本当は幽霊じゃないのかとも思えてくるが……やっぱり足元は透明だ。それはともかく、家の外は天気がいい。適度に雲のかかっている、絵に描いたような青空だ。
「あの、お嬢様」
「どうした?」
家を出て細い路地を歩いている中、シロガネさんが思い出したようにリディアさんへと声をかけた。
「お嬢様のお家には、お風呂がありませんでしたわね……」
「そうなんだ。だから、近所の大衆温泉を利用している」
この世界にも、銭湯みたいなものがあるんだな。リディアさんもエメリアさんも昨日、入国の際に洗浄はされていたが、しっかりと体を洗う機会はなかった。どこかへ出かける前に体を清潔にしてはどうかと、シロガネさんは2人に提案したいようである。お風呂と聞いて、エメリアさんも賛成の声をあげている。
「いいですね。まだ朝だから、すいているかもしれません。洗いっこしましょうか?」
「私は、夜に入るお風呂が好きなんだがな……」
「いけません!そのようないい香り……汗のにおいをさせながら、公共の場をぶらぶらと。おぼっちゃまに知れたが最後、即刻で実家への強制送還もありえますわ!」
俺も人間だった頃は夜にお風呂に入ることが多かったけど、日中に入るお風呂も格別な爽快感があったと記憶している。朝に入るのも悪くないのではないかと個人的には思う。
「……では、行くか。温泉」
「やった~。温泉だ~」
汗を残したまま職業適性検査を受けに行くのも気がかりと判断し、一行は温泉へ行くことに決めたらしい。路地を出て大通りへと足を進め、国の門があった方とは別の道を行く。街道にそって進むにしたがって、食品を取り扱う店が次第に減り、雑貨屋や服屋さんが増えてきた。剣の看板がかかっている店……あれは、武器屋さんだな。その隣にある防具店らしき建物へと立ち寄り、リディアさんは重そうなリュックをカウンターへ差し出した。
「すみません。これ、買い取ってほしくて……」
「ええと……重量級アーマー一式ですか。査定を致します。本日お昼頃、お越しください」
リュックの中から出てきたのは、胸が大きくなってつけられなくなったヨロイだ。防具屋のお兄さんが装備を受け取り、番号札をリディアさんへと手渡している。さすがにゲームの装備屋みたいに、即時にお金に換えてくれる訳ではないらしい。リディアさんの使っていたものならば怪しいものではないはずだし、そう悩まずに金額を出してはくれるだろう。
「すまない。待たせた。エメリアは、使えなくなったものはないのか?」
「私は防具はつけてないですし、う~ん……多分、大丈夫です」
査定してもらっている間に温泉へ行くらしく、3人は防具屋から出て更に道を進む。その道すがら、エメリアさんがアーマーについてリディアさんに尋ねている。
「リディアって、お金持ちのお嬢様ですよね?あのヨロイも、実は国宝級の逸品だったりして……」
「あれ、あそこの防具屋で売っていたものだし、古い型のものだからセールになっていたぞ」
そもそも、あそこで買ったヨロイだったらしい。じゃあ、査定とはいっても、キズや劣化部分を確認するだけで済みそうだな。そして、特価品とあらば、金額も高くはないのではないかと思われる。
「ん~。温泉のにおいがする~」
「エメリア、割と鼻がいいよな」
「そうなんです。どこにいても、香りでリディアを探せますよ~」
エメリアさんの声を聞き、俺は嗅覚スキルをオンにしてみた。これは……硫黄のにおいだ。温泉が近いらしい。大通りは枝のように細い道へと分散していき、城壁近くまで来ると大きな建物が発見された。家を出て、およそ5分。ドドドという、豪快に水の落ちる音も耳に届く。
「……」
……国の城壁に巨大な竜の頭らしきオブジェがついていて、その口から大量のお湯と湯気があふれ出ている。あの下に温泉があるのかな。金色のピカピカしたドアを開いて中に入ると、のれんで隠された通路が4つあった。青色ののれんの道は男湯、赤色は女湯だろう。でも、あとの2つは……誰が入る温泉なんだろう。
「あー……疲れた疲れた」
緑色のカーテンには、オオカミみたいな絵が描かれている。そこへ、体中を毛むくじゃらにした男の人が、疲れた疲れたと言いながら入っていった。あの人、獣人だろうか。ケモノみたいにツメやキバも長い。そして、念押しして言わなければならないくらい、すごい毛むくじゃらであった。
「エメリアは毛が多いから、あちらに入った方がいいんじゃないか?」
「いえ、あちらは体中に毛のある人種のお湯ですし……」
エメリアさんの髪のボリュームが多いのはともかくとして、誰が使う温泉なのかはおおよそ理解できた。体毛の多い人種が入るとお湯に毛が浮いて仕方がないから、人間の男湯、人間の女湯、毛深い男湯、毛深い女湯に別れているんだな。もちろん、リディアさん達は人間用の女湯に進む。
「住民証明書、拝見します」
通路の先の受付には女の人がいて、その人にリディアさんたちはカードを提出している。あれが帝国の住民である証らしい。それらの情報を確認したのち、受付の人は入場料を告げた。
「はい。みなさん、住民の方ですね。3ジュエルです」
チカラの種が3袋で34ジュエルだったから、それを考えても入場料は安く感じる。この国に住んでいる人は、温泉を割安で利用できるようだな。
「シロガネさん。しっかり住民登録しているんだな」
「そちらの方が、なにかと便利でございまして……」
まだ朝早くということもあって、温泉の方にも人の姿は少ない。脱衣所には今のところ、誰もいない。リディアさん達は衣服を脱いで、ロッカーらしき入れ物へと服や持ち物を収めていく。俺自身は水にぬれても問題ないけど、ネックレスのヒモ部分は水に弱そうだから、俺も他のものと同様に脱衣所へと預けられた。カギをかけるカチッという音がする。
「すみません。タオル、借りれますか~」
タオルなどなど、入浴に必要なものを借りているらしく、ロッカーの外からエメリアさんの声が聞こえる。ただ、俺はロッカーの中にいる訳で、暗くて何も見えない。
「……」
そういえば、丘の上にある大きな石を調べていた人、どうしただろうか。もう起きたかな。そちらを確認してみよう……そう考えていたところ、ロッカーの奥の方で物音がするのに気がついた。
「……?」
……ネズミでもいるのか?壁の方から、カタカタと音がしている。体を光らせて正体を見てみようかとも思ったが、もし虫だったらと考えたら尻込みしてしまった。そうして俺が躊躇している内、急にロッカーの奥に光が見えた。
「……!」
ロッカーの奥の壁に開いた穴から、ぬっと手が出てきた。それが俺を鷲掴みにして、ロッカーの奥へと引きずり込もうとしている。これ、な……なに?ど……どうしよう。うあああ……。
第50話へ続く




