第4話『冒険へ』
赤い月の夜に小さな女の子が現れて、次の日も来るのではないかと待っていたのだけど、夜明けまで起きていても人影は見えてこなかった。ただまあ、あの女の子が誰であろうと、俺には関係ない話だ。俺が出しゃばったところで、役に立てることなんて、きっとない。
そうして夜に眠らなかった分だけ昼頃まで休んで、起きたらゲームの続きを始めた。どこまで進めたんだっけ……そうだ。悪の組織が建物を占拠していて、主人公が単身で潜入して事件を解決するイベントだ。そこに、主人公が組織と戦う理由づけは特別ない。他に解決してくれるキャラクターがいないから、主人公がやるだけのことである。
仲間のモンスターのレベルは入念に上げたし、タイプで有利な技もそろえてある。回復アイテムも、たくさんある。敵が30人以上も待ち受けていても、特に難もなくボスの元まで到達した。さすがにボスは強めに設定されていて、持ちこたえられずにモンスターが1匹やられてしまった。
『憶えていろ。次はジャマはさせない』
そう言い残して、悪の組織のボスは撤退していく。組織の部下たちもキレイさっぱり、建物内からいなくなった。これで次のイベントに進むためのアイテムが入手できる。ゲーム内のキャラクターたちからは、事件解決について感謝の言葉を贈られた。
「……」
ゲームの進行状況をセーブして、音楽も流さずに遠い景色へと視線を投げた。もやもやしている、この気持ちに整理をつけたい。その根っこにあるのは、あの女の子の顔のアザなのだろう。事故でほほをケガすることは、まあ滅多にないような気がする。すると、加害者がいると見ていい。
もしも、あの子が悲惨な目にあっていて、やむをえず夜中に避難しないといけなかったとして、それは俺には全く関係のないことだ。また、彼女を悪者から救い出して、感謝の言葉をもらい受けたいなんて大それた気持ちは微塵もない。関わらなくていいなら、それでいいのだ。でも……。
「う~ん……」
思わず唸り声を出すと、体の芯から響くような音が鳴った。こんな岩の体にはなったけど、俺は心は人間だ。大変な目にあっている人を見て、無視してゲームを楽しめるほど、無神経ではなかったのだ。
だから……ちょっと様子を見に行くだけ。見に行って、自分の手には負えないと解れば、そこで自ずと諦めもつく。どうせ、俺にできることなんてないのだ。自分の気が済む程度に行動して、納得できるだけの理由を探す。それでいいんだ。
では、まずは移動を試みよう。今の俺の体はといえば、山とも見紛う巨大な岩のカタマリだ。体を動かせば転がることはできるけど、このまま転がっていけば森をバリバリなぎたおし、異世界で環境破壊をおこなったという後悔が残るに違いない。多分、森の罪なき生き物たちも潰れてしまうだろう。他の方法を模索すべく、俺はスキル習得の画面を開いた。
『分裂 レベル1 (スキルポイント1)』
スキル一覧の中に、分裂というスキルを発見した。分裂ってことは……俺、体を分けることもできるのか。別れたら、どっちに精神が残るのか。俺が2人になるとしたら、それはそれで怖い。詳細を読もう。
『任意の大きさで、体を2つまで分裂できるスキル。意識は片方に残留し、自由に体同士で移動可能』
任意となれば、片方を小さく、もう片方を大きく残すこともできるんだろう。意識は片方に入って、入っていない方は抜け殻になるはずだ。試してみよう。
「……」
亀裂が入るとか、割れる音がするとか、そういうステップもなく、ゴロンと体の右上が転がり落ちた。バスケットボールくらいの大きさの、キレイな丸い形の岩。それが近くに落ちているのを俺は見下ろしている。
小さい石の体に移動すれば、周りに迷惑をかけずに移動できる。意識を移し替えよう。そう念じてみたところ、簡単に俺の視点は低いものへと変化した。体が小さい分、こちらの方が動かすのに力は必要としない。ついに俺は、ながめているだけだった暗い森の中へと入り込んだ。
森の中の土は柔らかく、俺の体の重さでずっしりと沈む。地面に落ちている枯葉や小枝が、パキパキと俺の体に潰されて割れている。においはしない。まあ、土の臭いは好きじゃないから、そっちの方が好都合ではある。
前方、手前へと流れゆく森の風景を目に映しながらも、万が一の時に備えてスキル習得画面は視界の横に寄せておく。急ぐ必要はないのだけど、このまま闇雲に木々の合間を縫っていっては、いつまで経っても人のいる場所にはつかない可能性がある。何か便利なスキルはないのかな。
『マップ レベル1 (スキルポイント1)』
これは、マップを表示するスキルだ。世界地図……は別の項目に『世界地図』があるな。だとすれば、これは近隣マップだろう。習得してみると、丸いレーダーのようなものが視界の左下に表示された。現在地は、マップの中央にある青い矢印と見える。あとは全て黒色に塗りつぶされていて、地形や生き物を示すものは表示されていない。マップのレベルがたりないのか?
『マップ レベル2 (スキルポイント2)』
スキルのレベルを上げると、森を俯瞰したようなシルエットが映し出された。もっとレベルを上げてみる。点々と、赤い丸が表示される。この赤い丸は……なんだろう。点の1つは、俺の進行方向にある。
「……ッ!」
薄暗い森の中で、不思議な色をした岩と対面する。赤色でひし形の模様があり、宝石みたくキラキラしている。それの横を通り過ぎようとした……その時、岩の一部がグッと見開かれ、黄色く輝く丸いものが出てきた。これは……生き物の目だ。とても大きい。
「……」
大きくて赤いものが動き出す。天から差す薄明りに見える輪郭からするに、恐竜か……大きなトカゲかもしれない。体の厚みに似合わない細い足が2本ある。手も小さい。その生き物は立ち上がり、目も動かさずに俺をじっくりと見つめていた。
どうしよう。戦いになるのか?でも、今の俺の大きさは、その生き物の10分の1以下だ。勝ち目があるとは思えない。逃げる?死んだふり?そうして混乱している俺の不安をよそに、大きな生き物は俺から目をそむけ、森の中へと歩いていった。
脅威が去って安心したけど、冷静になって考えれば、相手にとっては俺を襲うことに得がない。すでに俺は、食物連鎖の輪から外れているのだ。がんばって小さな岩を壊すだけ、体力の無駄だ。
「……う~ん」
マップにある赤い点は、モンスターの居場所を教えてくれているんだな。戦いになる恐れは極めて低いから、あまり気にしなくてもいいと思われる。しかし、森の奥へ進むにつれて、木漏れ日は薄くなっていく。暗くて道が解らない。あと、視界の悪さにと暗さがたたって、なんだか心細くなってきた。なんとかしないと……。
『発光 レベル1(スキルポイント1)』
発光のスキルを習得すると、蓄光塗料をぬったような、ぼうっと幽霊みたいな光が広がった。周囲は問題なく照らせる。あまり目立ちもしない。適度な光。これを頼りに森を進む。
「……?」
マップの中に、緑色の丸印が映っている。さっきまではなかったはずだけど、これは……なんだ?近づいてくる。ガサリと草の分ける音がして、向こうから誰かが顔を出した。
「……ん?」
人だ。短い疑問の声を発し、その人の瞳の向きは地面へ……俺の姿へと落とされた。
「……」
「……」
近づいてくる。鎧を着た……女の人だろうか。一昨日に会った少女とは違う。その人は黙って俺を見つめている。大丈夫……俺は石だ。構わず通り過ぎていくはずだ……。
「……」
おもむろに、女の人は俺の体を両手で持ち上げた。どうして……あっ!そっか!今の俺、光ってるのか!女の人は俺を抱え、うれしそうに駆け出した。
「おおい!お宝だぞ!」
……意を決して冒険に出たはずが、見知らぬ誰かにアイテムとして取得されてしまった。まいったな。
第5話へ続く




