第44話『洗浄』
「お前、色々と持って歩いてる割には検査が早かったな。怪しい魔法を使ったんじゃないか?」
「だって私、普通に売ってるものしか持ってないですし。おみやげにもらったお酒の出どころを詳しく聞かれたくらいかな~」
リディアさんとエメリアさんが、入国審査の順番待ちながらに会話をしている。リディアさんの巨大な胸と俺が持ち物検査に引っかかっただけで、本当はそこまで厳しい検査でもないらしい。なお、エメリアさんの胸も大きくなっているはずなのだけど、元から大きいから問題視されなかった模様。
「次、エメリアさん。こちら、どうぞー」
持ち物検査の次は、魔素鑑定というものを受けるらしい。エメリアさんが先に名前を呼ばれ、カーテンを退けて奥へと入っていった。カーテン越しに聞こえた声の低さから察するに、検査は男の人が担当しているみたいだな。
「……次、リディアさん。どうぞー」
「はい」
ほんの2分ほどでエメリアさんの診断が終わったらしく、先程と同じ男の人の声でリディアさんの名前が呼ばれた。カーテンの奥には白衣を来た人がおり、デスクには医療器具に似たものが並んでいる。お医者さんが湿布みたいなものをリディアさんへと手渡し、リディアさんは自分のそでをまくってペタリと貼りつけた。
「はい。深呼吸。深呼吸してください」
「……」
「はい。はがしてください」
リディアさんから湿布を返してもらうと、お医者さんは湿布をペラペラと振りながら、目を細めつつ何かを観察している。俺には何かが貼り付いているようには見えないが、あれで何が解るのだろうか。
「えー……夢魔の魔素が強く検出されましたが、あなたは純度ランク24の人間でよろしいですね?」
「はい。仲間に夢魔がいる。それが理由だろう」
「……ああ、先程の方ですか。旅のメンバー登録にも……記載されていますね」
なるほど。魔素というものを調べることで、種族などを特定できるらしい。人間の純度ランク24というものが高いのか低いのかは謎だけど、他種族とのハーフなどの生まれとなれば、また別のランクに相当するのだろうか。ただ、エメリアさんと魔力のやり取りをしている分、ややリディアさんの魔素には乱れが生じているらしい。
「リディアさん。他種族の魔素は自然と体から抜けますが、多量に吸収していると体に変化が出てきます。夢魔は人間に近い種族なので、おそらく微々たるものでしょうが」
「ああ……なんとなくだが、自覚はある」
「……と、今のは余計なお世話でしたが、夢魔の魔素の都合上、街での行動範囲に制限がかかります。どうぞ。ご了承ください」
「解った。ありがとう」
魔素を検査することで、外で何をしてきたのか、どのような人たちと交流があったのかも解ってしまうのだろう。そして、魔素は体にも影響を及ぼすとプロは言っている。人間に近い種族である夢魔でも強く反応が出るのだから、魔人のアジトに捕らわれたいた人ともなれば、人体への影響は計り知れない。それなりに、じっくり検査する必要も出てくるのだろう。
「……」
なお、無事にリディアさんも魔素鑑定はスルーできたものの、夢魔の魔素によって若干の行動制限がかけられるという。お医者さんの口ぶりからして、彼が夢魔を忌まわしく思っているということはなさそうではあった。しかし、エメリアさんは騎士団のテントに忍び込んで人を襲った経緯があるからして、危険人物かと言われたら否定はできないのも事実っちゃ事実だ……。
「次、シロガネさん。中へ、どうぞー」
「失礼いたしますわ」
エメリアさんに魔力を分けているリディアさんから夢魔の魔素が出たということは、エメリアさんに襲われたシロガネさんからも出る可能性は高い。リディアさんの場合はチームメンバーにエメリアさんが登録されていたから難もなかったが、シロガネさんは……少し時間がかかるかもな。
「最後は……」
リディアさんが次の部屋へと進む。トビラを抜けた先には、白い壁と床で作られた廊下があった。ドアの近くに立札があり、そこには矢印と共に『洗浄室』と書かれていた。
「……あーっ!」
洗浄室の中から、エメリアさんの叫び声が聞こえる。それは苦しそうといった感じではないのだが、ちょっとくすぐったいような、なんともいえない大声である。何をされているのだろうか……。
「次の方、どうぞー」
「あ……はい」
窓口にいる係員からの呼びかけを受けて、リディアさんは洗浄室へ続くドアを開いた。部屋の中には更にドアが並んでいて、ここでも制服を着た女の人が受付をしている。リディアさんは女の人が手で指し示した小部屋へと進む。
「……これ、苦手なんだよなぁ」
お風呂場くらいの広さの小部屋に入り、独り言をつぶやきながらリディアさんは服を脱ぎ始めた。裸にはならなくていいらしく、俺や下着は体につけたまま、脱いだ服をハンガーへとかけている。準備を終え、リディアさんは壁をノックする。すると、ドアの方から女の人の声が聞こえてきた。
「洗浄を開始します」
「……あ……あはぁー!きたー!」
壁の穴からぶぁーっと白い液体が噴出され、リディアさんは甲高い声を上げている。あまりの白さに、俺の視界もおおいつくされてしまった。数秒後、部屋に充満していた液体は泡となって消え、独特の清涼感だけが室内に残された。
「終了でーす」
「ありがとうございました……」
あれだけ豪快に液体をかけられたのに、リディアさんの肌はぬれておらず、近くにあった衣服も不思議と乾燥していた。質感からして液体だと思っていたが、あれは本当は魔法の光だったのかもしれない。リディアさんの髪についている白い泡が、ちらちらとした光を発しながらしたたっている。
「……終わった」
リディアさんは服をしっかりと着直して、入ってきたドアとは別の出入口を開いた。金属でできた小部屋を経由して、長い廊下へと出る。そこで、先に検査を終えていたエメリアさんが待っていてくれていた。
「いやぁ~。毎回、緊張しますけど……無事に入国審査、終わりました」
「シロガネさんが来るまで、少し待とう」
リディアさんとエメリアさんは廊下でシロガネさんを待っているのだが、トビラは開けども出てくるのは違う人ばかりである。洗浄室で足止めされるほど体が汚れているとは思えないし、時間がかかっているとすれば魔素鑑定だろう。
「……リディアー。前から思ってたんですけど」
「なんだ?」
「洗浄室から出てくる、白い水みたいなのって、アレ、なんなんですか?」
シロガネさんが来るまではヒマだと見てか、エメリアさんが雑談を始めた。てっきり、みんな知ってて浴びてるものかと思っていたが、実のところはエメリアさんも白い水の正体を知らないらしい。俺も話に興味を示しつつ、まだキラキラしているリディアさんの長い髪を見上げた。
「あれは白魔法の光を水に溶かしたものだ」
「魔法って水に溶けるんですか?」
「溶かすというのも、少し違うな……実際には水に光を当てたものだな。それを体へと噴射することで、体についた魔素を強力に洗い流しているんだ。汚れを街へ持ち込むと、病の元となる恐れがあるからな」
「へぇ~」
魔素というのは1人1人が持っている遺伝子みたいなものだと思っていたんだが、リディアさんの説明を聞いたあととなっては、菌やウィルスにも近いと考えられた。しっかり消毒しないと、街でインフルエンザ的なが流行ったりするのかも解らない。
「で……リディアー。さっきから思ってたんですけど」
「……?」
「白魔法って、なんですか?」
「……知らないのか?魔法使いなのに」
「だって私、魔法学の勉強してないですし」
白魔法と名付けられている以上、黒魔法や赤魔法もあると思われる。某ロールプレイングゲームのイメージでいえば、白は回復魔法の印象が強い。黒魔法は攻撃に使うのかな。
「白魔法は主に、人間や生き物に作用する魔法だ。石や鉄、死んだ物質には効果がない。つまり、お前も白魔法使いだぞ?」
「白って……こんな私がですか?ガラじゃないんじゃないですか~?」
まとっている雰囲気は黒魔法使いの怪しさなのに、エメリアさんは白魔法使いらしい。信じられないといった様子で、エメリアさんも冗談交じりに否定している。一向にシロガネさんが現れないので、続けて別の魔法についてもリディアさんは解説をくれた。
「黒魔法は炎や冷気、風など、自然の力を操る魔法だ。戦闘に特化している。基本的に、黒魔法は男性が、白魔法は女性が得意とされている」
「なんで?」
「男性は体外に魔力をまとう特徴があって、女性は体内に魔力を保持するのが得意だ。これが、得手不得手の理由だろう。もちろん、男性でも白魔法が得意な者もいるし、逆もしかりだが……」
「……お嬢様!大変、お待ちいただき申し訳ございません!」
リディアさんの話を興味深く聞いていたのだが、いいところでシロガネさんがやってきた。メンバーがそろったところで、リディアさんたちは廊下の先へと歩き出した。
「よし。行こう」
「……リディアせんせー。今夜、お酒を飲みながら、さっきの話の続きいいですかぁ?」
「ああ。いいぞ」
「え……あの、お嬢様。どういったお話を?」
「ひみつ~。リディア。言っちゃだめですよ~」
2人が何を話していたのか教えてもらえず、シロガネさんがふくれっつらになっている。通路を進むにつれて、段々と道が広くなってきた。そろそろ街に出られるだろうか。
「……なかなか時間がかかったな。日頃の行いを改めた方がいいのではないか?」
「兄さん……すまない」
通路の曲がり角に位置する広い場所で、騎士団長が待っていてくれた。3人が入国審査を終えたのを見て、騎士団長はマントをひるがえしつつ、みんなの先を歩き出した。
「……そういえば、お義兄さんって、やっぱり黒魔法使いなの?」
「ん?兄さんは……」
騎士団長に聞こえないよう、エメリアさんがリディアさんに尋ねている。やや言葉に悩んだ後、リディアさんはあやふやな返答を持ち出した。
「……いや、兄さんは恐らく、なんでも使えると思うんだ」
「ええ……なんでも?そんな人、いるんですか?」
「うん。天才だから」
騎士団長ほどの天才ともなると、使える魔法にも制限がないらしい。そういう人って、何魔法使いと呼ばれているのだろう。などと俺が考えていたら、エメリアさんが適当な名前をつけてくれた。
「じゃあ……虹魔法使いですか?」
「虹って……聞いたこともないな」
「虹魔法使いですね」
「でも……いいな。それ」
「おい。リディア。今、私を見て笑わなかったか?」
「いや、笑っていない」
虹魔法使い……レインボーマジシャンだ。うん。俺はカッコいいと思うよ。
第45話へ続く




