第43話『検査』
「次の方ー。どうぞー」
列に並んでいた30人ほどが無事にゲートを通過していき、段々と受付カウンターが近づいてきた。ここで入国審査をするというのだが、何をするのかは全く想像がつかない。リディアさん達は帝都に何度も来ているだろうし、その辺りは慣れていると思うのだけど、他の誰でもない俺自身が何かしら検査に引っかからないかと心配で仕方がない。
「あー、こちらは第3種持ち込み禁止指定薬物となりますので、身分証と交易通行手形を提示ください」
「あれ……ちょっと待ってくださいね……」
リディアさんの幾つか前に並んでいた人が、大量の紙を手に受付でもたついている。石床の上で分厚いファイルを開き、ぺらぺらとページをめくり始めた。荷物の多さからして商人だと思われるが、ここまで来て書類が見つからず列に並び直すとなれば、夕食が1時間は後ろ倒しになって間違いない。
「……ああ、これですこれです」
「……はい。確認いたしました。次、魔素鑑定へ進んでください」
無事に書類が見つかったらしい。そでで汗をふきながら、商人らしき人は奥へと進んでいく。次は別の受付カウンターにて、青い肌をした大男が受付の前に立った。
「それでは、所持品をどうぞ」
「持ち物は、これだけだぜ?」
大男の腰にはベルトが巻かれていて、鞘におさめられた剣がぶらさげてある。それ以外に体には服の一切れもまとってはおらず、荒々しい筋肉が隆起している。エラやヒレに似たものが体についているから、ゲームなどにたまに出てくる魚人みたいな人なのかもしれない。
「そちらのヒレが武具の扱いとなりますので、街中での露出が認められません。こちらでおおっていただけますか?」
「なるほど。すまんな」
茶色い布が手渡され、大男は素直に腕についているヒレへと巻きつけた。言われてみると、彼のヒレはギラギラと光るほど鋭利であり、体の一部とはいえむき出しにしておくのは確かに危険だ。そういった身体的特徴も検査対象なんだな。
「次の方、どうぞ」
「はい」
受付は3つあり、リディアさんは一番左のカウンターへと呼ばれた。リディアさんがカードらしきものを差し出すと、係員の女の人はカードの内容に目を通し、慣れた様子で返答をくれた。
「リディア・シファリビアさんですね。おかえりなさい」
「ああ。ありがとう」
「……」
制服からして受付の人は騎士団員だろうし、騎士団長と同じ苗字を見ればリディアさんの出自は明らかなのだろう。ただ、リディアさんがアーマーの入っているカバンを預けるも、それより気になるものがあるとばかりに、受付嬢さんは俺の方を見つめている。
「そちらについてなんですけど……」
「ああ。これは、出向先の村でもらったんだ。珍しい石らしい」
「ああ、いえ……それもそうなんですが、その胸の方……」
係員の人の口ぶりからしてリディアさんとは面識がある人らしく、彼女の大きくなった胸にも違和感をおぼえている様子だ。そりゃあ、人間が数日で体格的に成長することなんてマレだろうし、疑惑の目を向けられるのも仕方ない。
「申し訳ございませんが、こちらへよろしいですか?」
「はい」
「あの、先輩。そちら対応が終了しましたら、こちらお越しいただきたいのですが」
係の人はリディアさんをカーテンの後ろへ連れて行きつつ、隣の受付の係員にも声をかけている。俺はリディアさんの胸元から外されカゴに入れられ、リディアさんは肩にかけられているスカーフも取り外している。ふくのエリから、リディアさんの胸の谷間が露わとなる。
「ボディタッチ、失礼します」
「どうぞ」
リディアさんの胸の谷間をのぞきこみ、服の中に何か入っていないか確かめている。その後、そっと係の人はリディアさんの胸に触れ、やんわり押したり持ち上げたりしていた。呼び出された隣の受付の女の人もやってきて、ひそひそと係員同士で相談をしている。
「感触は本物だと思いますけど」
「中の硬い感触は下着ですね」
係員は2人とも女性なのでリディアさんも触られてイヤな顔はしていないが、ここまで大きな胸を係員の人たちも触ったことがないらしく、本物かどうか審議が続いている。しまいには係員の2人もお互いの胸を触って、本物の感触を検証したりしていた。
「あ……大丈夫です。スカーフ、どうぞ」
「なんかすみません……お手数をかけて」
お時間を取らせてしまったとして、なぜか触られていたリディアさんが謝っている。とりあえず、危険物は入っていないと知ってもらえたので、リディアさんはお触りから解放された。先輩らしき係員は隣のカウンターへと戻り、続けて俺の検査が始まった。
「リディアさん。こちらなのですが……魔力含有率が高い結晶物となります」
「そんなに多くの魔力がつまっているのか?」
「私の力では魔力最大値までは計り知れませんが、かなり高濃度のものかと」
係員の人は触れたものの魔力を測定できるらしく、俺に指先をつけて目をつむっている。ただ、解る魔力にも限度があるらしく、どのくらいかと言われると、やや困った顔をしている。
「ええと……石の名称はご存知ですか?」
「定かではないのだが、オリハルコンというらしい」
「……少々、お待ちください」
俺はカウンターの奥の方へと運ばれ、水晶玉の前へと降ろされた。光り出した水晶玉の中に、女の人の顔が映し出される。水晶をこんこんと指でつついた後、係員さんは声をかけた。
「こちら入国管理官。そちら、帝国科学部研究室ですか?」
『あ……はい。どうぞ』
「騎士団長様の妹さん。リディアさんが、オリハルコンという石らしき物体をお持ちなのですが、こちらご存知ですか?」
『ちょっと、お待ちください……ハカセー』
同じ部屋にいると思われるハカセを呼びに、女の人は水晶の向こうから席を外した。あの女の人、リンちゃんの村で見た顔だったな。テントの中でエメリアさんに襲われていた人だと思われる。すると、ハカセと呼ばれた人も、調査団に同行していたおじいさんの事なのかな。
『ういーす。なんだね?』
「あ……すみません。リディア・シファリビアさんが帝国に戻られたのですが、オリハルコンというものをお持ちでして」
『しっ!声が大きい!』
「……?」
オリハルコンと聞いた途端、ハカセが受付嬢さんの声をさえぎった。水晶玉へ顔を近づけるように手招きし、こそこそとハカセは相談を持ちかける。
『それは帝国機密だ。他言してはならない。ところで……頼みといってはなんだが』
「はい」
『……その石、不審物として、押収できないだろうか』
「……え」
……え。押収?
『入国審査では鑑定できないと理由をつけて預かり、本部に送ってくれんかな』
「いいんですか?」
『その鉱物は今、研究室でも議論の的でな。危険をはらんでいる可能性もある。数日で返すから……頼む』
「伝えてみます……」
受付の人は俺を持ってカウンターへと戻り、ハカセから承った用件をリディアさんに伝える。
「ええと……こちらの鉱物は、研究室で検査する必要があるとのことでして、お預かりしてもよろしいでしょうか?」
「そうなのか?検査か……なるべくは、このアクセサリーの形をくずしたくないんだが」
「精密検査となれば、ヒモをほどいて石に熱反応、危険物質処理、などなど検証はさけられないかと」
「だよなぁ……」
「……ですね」
……そうか。せっかくリンちゃんが作ってくれたヒモ細工も、精密検査のために取らないといけないのか。ほどいたら完全には元に戻すこともできないだろうし、返却された時にはヒモも原型をとどめていない恐れがある。それは、リンちゃんの気持ちを考えても、やや申し訳ないな。
「これは、村の女の子が、私の為に作ってくれたんだ。大切にしたい」
「なるほど……」
「わがままですまない……しかし、検閲のためならば仕方がないな」
「……あ……あの、ちょっと……再確認します。お待ちください」
リディアさんと話をしている内、受付の人の顔がくもり始めた。再び席を立ち、水晶玉の前に俺を運んだ。
「研究室。応答、願いますー」
『ハカセー。入国ゲートから通信でーす』
また水晶玉の映像内で女の人が応答し、入れ替わり博士のしわしわ顔が水晶玉に映し出された。
『おお、君か……やったか?』
「やってませんが……あの、こちら、本当にオリハルコンなのでしょうか。かなりの魔力が備わっている事実は確認済みですが、見た目は普通の石にしか見えませんし」
『どれ。映してくれ』
水晶玉の向こう側で、ハカセが虫眼鏡をスタンバイしている。水晶越しのメガネ越しに見て、ちゃんと観察できるのかは疑問だ……。
『ん。んん?』
「……違うんですか?」
『……多分、間違いない。オリハルコンだ』
「えっと……今、多分って言いましたよね?」
『絶対、オリハルコンだ。持ち主も言っているなら間違いない。すまないが、よろしく頼む……』
どうしても俺を調べたいらしい。よぼよぼとワガママを言い残し、ハカセは水晶玉の奥から立ち去った。今度は、先程の女の人が水晶玉に映り込む。
『ハカセ、出張先で希少動物を見つけたのに、逃げられたばかりで……ちょっとアンニュイなんです』
「それは、お気の毒に……」
『できればでいいので、石を預かってはいただけないかと。一応、安全の為に』
希少動物というのは恐らく、俺が変身していた岩オオカミのことだろう。研究対象をのがしてしまい、かなり残念に思っていたらしい。またしても難題を丸投げされ、研究室との通信は断たれた。
「う~ん……」
悩み始めてしまった。この人、優しい人だな。俺も円満な解決を望んではいるけど、特に策は思いつかない。ごめん。
「預からずに審査を通すのも危険だし……でも、これを研究室に送る必要があるのか……」
俺が魔力の底が知れない物質である事は間違いないし、でもハカセの言い分にもあやふやな部分がある。俺を研究室に送ってしまえば、リンちゃんとの思い出の品は壊されてしまう。どうしたものかと、彼女は何分も考え込んでいた。そこへ、カーテンを手でのけて、リディアさんが顔を出した。
「……どうした?」
「あ……いえ」
「泣いているじゃないか……」
悩みすぎて、受付譲さんが泣いてしまった。何があったのか聞こうと、リディアさんが隣にしゃがみ込む。
「この石の件ならば、私は諦める。預かってくれ」
「……あの。すみません。大切なものなのに」
「……リディア。何をしている」
やっぱり、俺を精密検査してもらうのが、国の安全のためにも一番なのだろうか。そう考えているところへ、後ろにあるドアを開いて騎士団長が現れた。
「……また人を困らせているのか?兄として情けない限りだ」
「いえ……リディアさんは悪くなくて、これを私、どう処理したらいいのか……」
「……?」
目の前に差し出された俺を手に取り、いかつい顔で騎士団長が俺を見つめる。俺とにらめっこを続けて数秒後、俺はリディアさんの手に返された。
「……これについては問題ない。魔力制御防壁が付加されていることは、鑑定眼で確認している」
「そ……そうでしたか。よかった」
「リディア。私も忙しい身だ。手をわずらわせないでくれ」
「あ……ああ。ありがとう」
俺自身も知らなかったが、俺には魔力を制御する機能が備わっているらしい。そういや、魔力関係のスキルを見た時、ストッパーらしき効果が説明文に載っていた。そつなく問題を解決し、騎士団長はゲートの先へと去っていった。
「……私も、次の検査へ進んでいいだろうか」
「え……あ、はい」
「……これ、使ってくれ」
「……あ。そういう訳には」
立ち去る寸前、リディアさんはカバンを開いてハンカチを取り出し、受付譲さんへと差し出した。ただ、受付の人は涙を指でふき取り、リディアさんの気持ちに遠慮を見せている。
「……」
ふと視線を感じたのか、リディアさんが開いたままになっているカーテンの向こうへと振り返る。別のカウンターで入国審査を受けた通りすがり、エメリアさんが2人の様子を静かにのぞき見ていた。そっと、リディアさんと目が合う。
「……やっぱり、リディアって女たらしなんだ~。うふふ」
「……待て。決して、そういうのじゃない」
なぜかエメリアさんがニヤニヤしながら走り去って行った次第、あらぬ誤解を招いたと見て、リディアさんは急いで追いかけた。
第44話へ続く




