第40話『回復』
「悔し涙を止める方法が、お酒しか考えつかず……お嬢様。軟弱な私をお許しください」
「いや、節度を持って摂取すれば、別にいいと思うが……」
エメリアさんの魔力を補充するためには、一緒の寝床に入る必要があると聞いた。それがシロガネさんには非常に許しがたいことだったらしい。かといって、身をひそめてリディアさんを見守っている立場上、じかに会いに行くことも叶わない。とても可哀そうな人だったのだ。シロガネさんは。
「これからは、我慢しなくていいから……」
「……すると、お嬢様。今夜は共に寝ていいというのですか。ああ、聖女様」
「なんでそうなる……」
なぐさめついでに、今日から一緒に寝る約束になってしまった模様である。なお、ベッドが1つでよければ宿で借りる部屋も1つでいいから、それはそれで経済的なのかもしれない。エメリアさんからは異論もないらしく、こちらは台所に置かれたお酒のボトルをながめている。
「早く飲みたいなー。でも、昼から飲むと、酔った勢いでリディアを襲えないんですよねー」
「私を襲う為に飲んでるのか……」
「この後、竜にも乗りたいですし、酔わないお酒が欲しいですね……」
「ジュースじゃダメなのか?」
お酒は飲みたいけど酔いたくない。とはいえ、ジュースでは物足りない。なかなか難しい問題である。このままではエメリアさんがお酒を飲んでしまいかねないので、家の外に出て気をまぎらわせようとリディアさんは提案する。
「リン。ジェム。大した理由はないのだが……クルクルという動物を見てみたいんだ」
「いいかな?ジェム姉」
「構いませんよ。うちの裏の囲いにいるので、どうぞいらしてください」
何度も話には名前があがっていたものの、未だ正体のつかめていなかったクルクル。それを見せてもらうこととなった。自分のつけているアクセサリーに使われている素材が、どのような生き物から採れたものなのかを知っておきたかったのかもしれない。
「あら……リン。どこかへ行くの?」
「クルクルちゃんを見てくる」
「洗った衣服ですが、お2人の分は、たたんで寝室に置いておきますので」
「ああ。すみません……」
家を出たところで、洗濯ものを取り込み終えたお母さんと顔をあわせた。洗濯ものの中にはリディアさんとエメリアさんのものもあるらしく、カゴいっぱいに様々な衣類が詰まっている。
「私の家は、こっちです」
「段々、けもののにおいがしてきましたね」
ジェムちゃんの案内について、みんなは大きな家に向かっている。エメリアさんのいうケモノのにおいというのが気になり、俺も嗅覚スキルをオンにしてみた。
「……」
ケモノのにおい……それは、あれだ。例えるなら、動物園のにおいだ。ただ、それを凌駕するくらい、リディアさんからいい香りがする。香水のにおいって感じじゃないな。日干しにしたフトンみたいな香り。多分、リディアさんが本来から持っているにおいだと思う。
「ジェム姉。今、クルクルちゃんって、何頭いるんだっけ?」
「えっと……牧場にはオスが3頭と、メスが5頭。赤ちゃんも3頭いるわよ。リンには見せたっけ?」
「前に、ちょっとだけ見た」
ジェムちゃんの家へと入る。玄関からすぐのところにトビラがあり、そこから牛舎へと移動することができた。牛舎の一角にわらを積んだ場所が作られていて、灰色の小さな生き物が3頭いるのを見つけた。
「……」
この子たちがクルクルの赤ちゃんか。4足歩行ではあるが、まだ歩きなれていないのか、ふるふると小刻みに体を震わせたり、ぺたんとワラに座り込んだりしている。しっかりと毛は生えそろっていて、ぼさぼさした毛に目が少し隠れている。
「ジェム姉。クルクルの赤ちゃん。前より大きくなってる?」
「1年くらいで大人と同じ大きさになるからね」
「……産まれた時は、どのくらいだったんだ?」
「この半分くらいです」
リディアさんからの質問に、ジェムちゃんは手のひらを広げつつ答えている。ジェムちゃんが赤ちゃんクルクルの頭に触っているので、それに習ってリディアさんも手を伸ばす。今のところ、赤ちゃんの体の大きさはバケツに入る程度である。大人しくてかわいいなぁ。
「これを食べさせてあげてます」
「あ……ワタクシは、お構いなくですわ」
「ああ……シロガネさんは動物が苦手なんだ。気にしないでくれ」
ジェムちゃんが紫色のニンジンらしき野菜を差し出すが、シロガネさんは遠くの方から背伸びをしつつクルクルの赤ちゃんを見ているだけで、それを受け取ろうとはしない。代わりにエメリアさんが野菜をもらって、クルクルの口元へ差し出した。
「……がんばって食べてますね~」
においを頼りにクルクルは野菜を見つけ、小さな口で野菜にかじりついている。エメリアさんがエサやりに不慣れなせいか、ジェムちゃんがあげている野菜が半分になっても、まだエメリアさんの方は先っぽしか減っていない。
「不器用だな。エメリアは」
「う~……だったら、リディアがやって」
リディアさんが赤ちゃんたちの前に野菜を差し出したところ、みんなこぞって野菜の方へと近づいてきた。リディアさんは動物に好かれる体質らしい。もしくはネックレスのヒモから、クルクルのにおいがしているのに気がついたのかもしれない。
「もうなくなったぞ……すごい食欲だ」
「あまりあげると、お腹をこわしちゃうので……このくらいで」
リディアさんはもっとあげたい様子だが、ジェムちゃんからストップがかかったのでごはんをあげるのは終了である。牛舎の奥にある大きな出口を抜け、今度は青空の下へと出てみた。木の柵で作られた囲いは学校の体育館くらい広さがあり、これで村の5分の1くらいは占めていると予想される。そこには、真っ赤に燃えるような赤い生き物が何頭も歩いている。
「リディアさん。あれがクルクルだよ」
「あれが、そうなのか」
リンちゃんがリディアさんの袖を引きながら、牧場にいる動物を指さしている。赤ちゃんは灰色だったけど、大人のクルクルは真っ赤な毛をしているんだな。毛はボサボサしていて長く、牛よりかはバッファローといった容姿だ。強そう。
「ツノのあるのとないのはなんなんですか~?」
「えっと……ツノのあるのがオスで、ないのがメスです」
エメリアさんの質問を受け、ジェムちゃんが解説をくれた。オスには黒くて長いツノが生えていて、メスは乳牛みたいにお乳が大きい。体の大きさもオスとメスで違い、メスはオスの3分の2くらいの体格である。
「こっち来ましたわ……」
クルクルたちが俺たちの近くに集まり始めた為、シロガネさんは怖がって牛舎に隠れてしまった。ジェムちゃんが茶色い草の束を積んであげると、むしゃむしゃとクルクルたちは草を口に入れている。
「ジェム姉。乗っていい?」
「うちのお父さんがいない時は、危ないからダメよ……」
クルクルの足は短く、あまり速く走りそうなイメージではないのだが、背中に乗ることはできるらしい。ただ、扱い慣れた大人がいないからか、今日のところはリンちゃんの要望は却下となった。
「……」
みんな、クルクルが草を食べている様子や、ひなたぼっこをしている姿をじっくりと観察している。ゆっくりとした時間が流れ、見ている俺の気持ちも落ち着いてくる。和む。牧場内にいるクルクルの数は多くはないことから、もっぱら乳牛や力仕事の役割として飼っていると考えられる。村で肉を食べる際は、森で狩猟しているのだろうか。
「リディアさんたち、クルクルちゃんを見るの初めて?」
「ああ。帝都や私の故郷では、ファージーという生き物の乳が売られていて、そちらの方が有名だからな」
リンちゃんとリディアさんが会話をしている。そうか。乳業にもちいられる動物は、クルクルだけじゃないのか。クルクルの乳は、日本でいうところの牛乳に対するヤギの乳みたいな、あんまりお店では見かけないものに当たるのかな。
クルクルは体が大きい割に人懐っこいようで、触られても怒らずに身をゆだねている。リディアさんがクルクルの毛に指をからめている感じ、一本一本は丈夫で芯があり、かなり防御力に貢献しているのではないかと思われる。
「……」
そんなクルクルの体に、大きな傷がついているのを発見した。これ……どこかへこすりつけたって感じの傷じゃない。何かに叩かれたのかな。その一部だけ、ごっそりと毛がなくなっている。
「……」
リディアさんが、どうして家畜を見たいと言ったのか、そこでやっと俺にも理解できた。少し前まで、この村には傍若無人な魔人が来ていたのだ。見せしめとして、誰かが乱暴な目にあったのではないか。殺された生き物がいるのではないか。それを心配して、まだ見ていない場所へと案内してもらったんだな。
リンちゃんの体にも、まだ包帯が巻いてある。ジェムちゃんだって、よく見ると足を引きずっているのが解る。でも、クルクルの赤ちゃんも生きていたし、器物破損のあとこそあるものの、村の生活は無事に続いている。
「……」
俺が魔人を通せんぼして、結果的に魔人たちは自滅した。それを俺は、余計なお世話だったかもしれない、迷惑をかけたかもしれないと不安に思っていた。でも、こうして村の人たちと触れあってみた今となっては、それでよかったんじゃないかと、自分の中で納得させることができた。
「シロガネさん。治癒魔法が得意だったよな」
「はい。ですが、今は……」
「……そうか。できるか解らないが、私がやってみよう」
シロガネさんの方が治癒魔法は得意らしいけど、エメリアさんに魔力を吸い取られたばかりだから今は都合が悪いらしい。代わりにリディアさんがクルクルたちの傷へ手を向け、体の内から発される白い光を押し当てた。
「……できた」
「リディアって、魔法できたんですね。私はできないけど、応援」
「あ……ありがとう」
エメリアさんがリディアさんに後ろから抱き着き、「ん~」と小さな声でうなっている。魔力を送り込んでいるのだろうか。手から発される光が、少しだけ増した気がする。
「……」
クルクルの傷口が小さくなり、血の赤みがやわらいでいる。一通り治療を済ませると、今度はリンちゃんの包帯にも手をのばす。
「痛むか?」
「大丈夫だけど……ううん」
強がってはいるが、まだ痛みはあるようだ。リディアさんがなでてあげた後、リンちゃんは怪我した部分を動かして、痛みが軽減されたことを確かめていた。
「すごい!あんまり痛くなくなった!」
「……」
「リディアさん?」
「あ……いや。まさか私が、使えるとは思わなかったから」
「……?」
リディアさん自身、治癒魔法が使えたことに少し驚いているようだ。続けてジェムちゃんの足にも触れてあげる。
「……痛くなくなりました。ありがとうございます」
「回復は専門ではないから、お粗末なものですまないが……」
ジェムちゃんも魔法を受けて、足の痛みがひいたらしい。それからも、リディアさん達は村を歩き回って、怪我した人たちの治療を続けた。おじいさんやおばあさん、お歳を召した人が多い。さすがに20人近くも治療をほどこした後となっては、リディアさんとエメリアさんの額にも汗がにじんでいた。
「旅の方。ありがとう……何か欲しいものあるかい?」
「いや……特にはないぞ」
果物屋さんのおばあさんの治療を終えると、みんなはリンちゃんの家へと戻った。ジェムちゃんも再びリディアさん達にお礼を言い、自分の家へと帰っていった。
「……さすがに、少し疲れたな」
「お嬢様、治癒魔法が使えるなど、ワタクシも存じ上げませんでしたわ」
「私にも解らないが……今ならできるような気がしたんだ。うまく行ってよかった」
治癒魔法を得意ならば、きっと率先して治療にあたっていたはずだ。なのに、今日になって使えるようになってってことは……詳しいことは定かではないが、俺も少しは役に立てていたかもしれない。リンちゃんのお母さんの体を治療したところで、さすがにリディアさんもエメリアさんもぐったり肩を落としてしまった。
「これが、私のできる限界だ。少し休ませてもらう……」
「リディアさん。疲れているのに私まで……ありがとう」
リンちゃんのお母さんにドアを開けてもらい、リディアさんとエメリアさんは寝室に入って一緒にベッドへと横になった。リディアさんとエメリアさんの胸に、俺は両側からはさまれている。エメリアさんがリディアさんの頭をなでながら、寝かしつけるようにして声をかけた。
「魔法、苦手なのに、がんばりましたね……」
「……最後に少し、みんなの助けになれた。よかった」
目をつむったまま弱々しくつぶやき、リディアさんは眠りについたようだ。騎士団長が来るまで、まだ時間がある。少しは眠れるだろうか。
「……」
2人の様子を見るに、魔法を使うのは、かなり疲れるみたいだな。俺が近くにいれば、ステータスアップの効果で回復も早まるだろうか。
「……」
早く元気になれるようなスキルはないかと、俺はスキル習得画面を開いた。ささやかだけど、俺も頑張るよ。2人とも、おやすみ。
第41話へ続く




