第39話『用途』
「まあ、兄さんが下着まで選べるわけがないとは思ったが……」
「最終的なゴーサインは私が出した……私の選択であることに偽りはない」
そういや、バッグには下着も入ってたな。女性用下着のコーナーに立ち寄るのは、いかに騎士団長と言えども難易度が高いので、そこは大目に見てあげていただきたい。むしろ、エメリアさんの重そうな胸を持ち上げられるほどの下着が、普通に市販されてことに驚いた……。
「これ、アネットちゃんたちが選んだんですか。うふふ……私とリディア、おそろいですねー」
「作りは似ているな。同じブランドだろうか」
「うん。2人とも似合ってるよ!」
「しかし、お嬢様は、もっとフリフリしたドレスの方が……」
リンちゃんは手放しで褒めているが、シロガネさんの好みではないらしい。シロガネさんのいうような服は街では目立ちそうだし、リディアさん達の着ているものの方が、歩く際にもジャマになるものも少なくていいは思う。でも、きっとドレスも似合うだろうから、そちらを着用した姿も確かに気にはなる。
「ところで、リディア。それは?」
「……これか?リンにもらったんだ。家の前に置いてある石と同じ素材だと思う」
「……」
そう言って、騎士団長が俺を見ている。何か怪しい点でも発見したのだろうか……心臓がないにも関わらず、緊張でドキドキしてきた。そんな折、騎士団長は俺に手をかざし、呪文らしきも言葉を口にした。
「真の姿を示せ。鑑定眼!」
騎士団長の目が金色に輝いた。その目で俺を観察し、やや驚いた様子で手を降ろす。次第に目の光も消えていった。俺を鑑定したのかな。結果は、どうだろう。
「この石には身体軽量化。解読力上昇……そして、全能力向上の魔力が付加されている」
「兄さん。それは……珍しいのですか?」
「全能力の範囲は不明だが……珍しいという程度の話ではない。このようなもの、私の知る限りでは存在しない」
俺は他のアクセサリーの効果を見た事がなかった為、近い効果のものはお店などに置いてあるだろうと予想していた。だけど、街で気軽に買えるような代物でないことは、騎士団長の反応から見ても明らかである。
「リディアー。ちょっと貸して~」
「あ……ああ。うん」
どれほどのものなのかと、エメリアさんがリディアさんから俺を借りている。リディアさんと同じようにして首から下げて、胸の谷間におさまるよう俺を乗せた。エメリアさんの方が胸の肉が柔らかいからか、俺の体は半分くらい胸に沈んでしまう。
「わぁ。体が軽くなった……気がしますね」
「ああ……外すと、やや体が重くなった感じはあるな」
つけるとすぐに効果が発揮されるらしい。日本にも血行のよくなるネックレスなどはあったけど、さすがに体の軽くなるものはなかった。どことなく、ロールプレイングゲームに出てくる装備アイテムを思わせる。効果の程だけ試した後、すぐに俺はリディアさんの手へと返された。
俺の体は、人間にとってプラスの効果で溢れているらしい。しかし、鑑定眼で見た情報は、それだけではなかったようであり、騎士団長が追加してリディアさんに伝える。
「その石を縛っているヒモの方なのだが……父性・母性本能向上、母乳生成促進、体温調整機能向上などの魔力効果がついている。リディアは結婚願望があるのか?」
「いや……それは、まだないぞ」
ネックレスに使われているクルクルという生き物は、どうも地球でいうところの牛に似た動物らしいから、その毛にも動物に見合った力が備わっているらしい。なお、全能力上昇の効果が俺にはあるようだから、リディアさんの母性は2段階向上している可能性もある。
「……」
ここ数時間、リディアさんのリンちゃんを見る目がうっとりと優しいのは、そういう理由なのかもしれない。俺って、出産祝いに送ったら喜ばれそうな装備だな……。
「いいなー。私も欲しいです。落ちてないかな?」
「ちょっと見てこよう」
この装備が凄くいいものだと解り、エメリアさんとリンちゃんは他にも落ちていないかと家の外を探しにいった。家の前にある石から分身を増やせば、別のオリハルコンも用意できるのだけど……こうじっくりと周囲を探されていては、バレないように分身を作るのも難しい。結局、2人は数分ほど家の前を探したのち、ちょっとガッカリした様子で戻ってきた。
「ないみたいでした……」
「身体軽量化の効果がある装備ならば、街で探せばあるだろう。今度、探してみよう」
「やったー。今は少し、お金もありますからね~」
オリハルコン装備は入手できなかったものの、お買い物の約束をリディアさんから取りつけることができ、エメリアさんはお財布の中を確かめながらウキウキしていた。俺も、この世界で街やお店は見学したことがまだない。買い物こそしないにしても、つれて行ってもらえれば嬉しいとは思う。
「しかし、兄さん。夕刻前に迎えに来ると言っていたはずだが」
「フローラさんの魔素鑑定の結果が出た為、そちらを伝えに来たついでだ」
「あの……フローラさん、大丈夫なの?」
魔素というのがなんなのかは俺にも解らないが、不意にフローラさんの名前が会話に出たのを聞いて、リンちゃんは心配そうに騎士団長へと質問している。騎士団長はしゃがみこみ、穏やかな口調でリンちゃんへと告げた。
「いや、体内の魔力などに問題はなかった。ただ、体調を万全にするためには、帝都の医療技術を用いるべきと考え、それを村長や親族の方へ報告に来たのだ」
「そっか。よく解んないけど、大丈夫ならよかった」
それを聞いて、俺も安心した。まあ、フローラさんに深刻な症状が出たとあっては、こうしてリディアさんに着替えを持ってきて、兄妹で苦言を交わしている場合でもなかったかもしれない。ひとまず、リディアさんたちに満足な格好をさせたところで、騎士団長は玄関ドアの前に立った。
「シロガネさん。リディアを頼むぞ」
「はい」
騎士団長が家を出ていき、しばらくして白竜の鳴き声が聞こえてきた。村と帝都を行ったり来たり。騎士団長も大変だが、白竜もお疲れ様である。そういう意味では、俺はリディアさんの胸に乗ってるだけだから、なんか態度が大きくて悪いなという気持ち。
「でも、これが、そんなに珍しいものだとは。リン。ほんとうに持って行っていいのか?」
「うん。うちには大きいヒカリちゃんがいるし」
「ありがとう。大切にする。しかし、これもオリハルコンというものなのだろうか。ここへ来るまでは聞いたこともなかった素材だ」
知識に富んだ博士ですら、よく正体を知らない鉱石だ。今までも人知れず、ひっそりと存在してきたに違いない。しかも、石が自ら擬態し、時に性質すらあざむいてくるなんて、人間の観点では思いもよらないわけで、すると科学的な調査も進まないはずである。
「ちょっとお母さん、洗濯ものを取り込んでくるから。リン、あまり皆さんに迷惑をかけてはダメよ」
「うん」
またエメリアさんはケーキを食べ始め、シロガネさんが料理のお礼もかねてお皿を洗っている。リンちゃんのお母さんはツタを編んで作られたカゴを持ち、外に干した洗濯ものの回収に向かった。リディアさんは着替えの際に脱いだ服を小さくたたみ、布袋へとしまい込んでいる。
「お嬢様。そちら、どうなされるおつもりで?」
「大きく切り込みを入れてしまったし、体にもあわない。加工して布巾にでもしようか」
「それこそもったいない。でしたら、ワタクシめが使用いたしますゆえ」
シロガネさんの申し出を受けて、リディアさんは古着をあげることにしている。あの人ならば裁縫も上手だろうし、手直しして着られるかもしれない。
「私のもいる?」
「はい。布巾にいたしますわ」
エメリアさんの服は布巾にするらしい。なぜに即答なのか……。
「リディアさん、何かやりたいことある?」
「……そうは言われてもな。う~ん」
みんなは夕食をご馳走になったら、夜が来る前には村を出るのだろう。まだ2時間くらい余裕がある為、リンちゃんはリディアさん達と遊びたいようだ。そうして会話をしていると、そこへドアをノックする音が聞こえてきた。
「リン。お酒、持ってきたわよ」
「ジェム姉ちゃんだ。はいー」
ジェムちゃんの声が聞こえ、リンちゃんは玄関のトビラを開いた。ジェムちゃんは手さげバッグを持っており、バッグからはビンの細い口がはみ出ている。
「エメリアさんにおみやげで渡すんでしょう?」
「うん。エメリアさん。お酒、ここに置いておくね」
「わー、ありがと~」
バッグからビンを取り出し、それをリンちゃんが台所に置く。緑がかった色のビンに白いラベルが貼ってあって、木の実らしきもののイラストが描かれている。ビンの中の液体を見つめつつ、リンちゃんはぽつりとエメリアさんに尋ねた。
「……大人って、お酒が好きみたいだけど、リンは飲んじゃダメだって言われるんだ。どんな味なの?甘いの?」
この世界でも、未成年の飲酒は禁止されているらしい。ジェムちゃんもお酒の味に興味があるようで、戸口の辺りからエメリアさんへと視線を向けていた。なお、俺も未成年で亡くなった身だからして、ちょっと気になる話題である。
「甘さもありますけど、お酒は苦いですよー。どんなのでも、大体は苦いです」
「えー。これもジュースみたいな色なのに、やっぱり苦いの?」
「はいー。あと、のどがギュってしびれる感じもしますね~」
「それなのに好きなんだ……大人って不思議だ」
梅酒やカクテルあたりについては俺も、ジュースと大して変わらない感じの味をイメージしていた。しかし、あんな見た目でも、しっかり苦みがあるのだという。コーヒーや抹茶の苦みに近いのかな。今となっては想像の域を出ない。
「私はなんでも飲めますけど、リディアって穀物酒は苦手なんですよね」
「あれはお酒の度が強いからな……果実酒の方が飲みやすい」
「それぞれ、好みがあるんだ。シロガネさんも、お酒を飲むの?」
「あ……はい」
台所周りをピカピカにしたシロガネさんが、リンちゃんの質問を受けながらタオルで手を拭いている。その答えを聞き、ちょっと意外だといった様子でリディアさんが尋ねている。
「シロガネさんのお酒を飲んでいるところは、見た事がないな。普段から飲むのか?」
「お嬢様をお守りするため、普段は一切、口にいたしませんが……」
「……?」
「お嬢様が淫魔と寝床を共にした晩のみ、幾分か飲ませていただいております……」
「なんか……すまないな。心配をかけて」
お酒を飲む理由は、それぞれあるらしい。美味しいだけでなく、現実逃避にも使える。勉強になるな。
第40話へ続く




