第3話『出会い』
地球を離れて数日が経った。失った地球での生活を想う気持ちはなくならないが、代わりに手にした新しい生活……誰にも傷つけられない、死んだりはしない体。それを得た安心感は、俺にとってかけがえのないものだった。
今の俺には不安がないというか……その分だけ、ナチュラルな目線で世界を見られている気がする。石になったのに変な話だが、こちらの世界に来てからの方が、生きていることを楽しめているようにも感じられた。焦らなくていいんだ。何をしてもいい。よくも悪くも、閉鎖的だが、開放的と思える環境だ。
遊びたいゲームがあれば、それを思い浮かべるだけでプレイを開始できる。楽しみにしていた新作ゲームも、一気に進めるのはもったいないから、じっくりと寄り道しつつ堪能している。それとは別に、俺は前の世界ではほとんど遊ばなかった、アクションゲームやシミュレーションゲームにも手をつけていた。
元々、俺はRPGが好きなのだけど、それは小まめにセーブをして進められるという気楽さが性にあっていたのだとも思う。負けて1から再スタート、上達するための練習、それらが時間の無駄に思えて、今までは難しいアクションゲームや格闘ゲーム、1マップの攻略に時間のかかるシミュレーションを避けてきた。しかし、ここでは時間は無限にある。
「……」
ああ……このターンで仲間がやられてしまった。あそこでミスをしたような気がする。やりなおしてみようか。そんなことを繰り返している内、なんだか自分が少し、頭がよくなったように錯覚する。勉強は嫌いじゃなかったけど、根本的に集中力や学習能力は高くないから、すんなりとはクリアできない。このゲームもクリアできるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
「……」
寝返りを打つような感覚で、ちょっと体を揺すってみる。がんばれば転がって移動もできそうだけど、あまり大胆に動かすと何かをひきころす危険性もあるから、石として身分相応の動きに徹するよう頭に入れておく。森の方から海のある方角へ、じっくりと俺は視線を移動させた。
しかし、この世界の空や雲、海や緑は、日々の中で同じ顔をまったく見せない。今日は雲も散っていて、空の色はピンクがかっている。海は遠くからでも波の白さがうかがえる。それらはキレイだけど、何かが起こる前兆のような……天使か悪魔でも降臨しそうな雰囲気だ。そうしてながめていたところ、俺は1つ試してみたいことができた。
「……」
できるかな。心に力を入れる。すると、パシャッと音がして、時を止めたように世界が切り取られた。やっぱり、写真を撮る能力もあるらしい。撮った風景の画像は、自然と視界の右下にあるフォルダへ回収される。フォルダを開き、写真の出来栄えをうかがった。
「……」
普通だな。写真を撮る俺の技能が、神秘的な世界の情景に負けている。下手なCGで作った1コマみたい。しかし、景色を集めて見返せるのは嬉しい。これも練習してみたら、趣味に加えられるかもしれない。
今日も一日が終わっていく。世界のみなさん、お疲れ様。俺は何もしてないけど、それなりに楽しかったよ。空に浮かぶ月は赤い。それは不気味なんだけど、どことなく魅力があって、赤みのかかった夜空を俺は飽きもせずに見上げていた。
そんな夜の事だった。地球の時刻でいえば、深夜の0時頃のことである。うとうとと眠りかかっていた俺の横に、何か小さなものが座り込むのを感じた。また動物が来たのだろうか。俺は視界をぐるっと動かして、そちらへ意識を持って行く。
「……?」
まず、金色のすべすべしたものが確認できた。赤い月に照らされて、それはツヤツヤと光を流している。金色の髪だ。小さな背中……体が、ヒザをかかえてうずくまっている。顔は腕で隠しているけど、小学生くらいの女の子に見える。こんな夜中に女の子が1人で……この世界では普通のことなのか?
「……」
森の中から、何か来る。黒い……クマのような生き物だ。女の子を追ってきたのだろうか。このままじゃ危険だ……どうしよう。
「……」
なにか、使える技はないだろうか。俺は慌ててステータス画面を開き、スキル習得という項目を探し出した。技の名前はズラッと羅列されていて、1つ1つ効果を読んでいてはキリがない。
『重量アップ レベル1 (スキルポイント1)』
『地形探知 レベル1 (スキルポイント2)』
『防水 レベル1 (スキルポイント1)』
これもダメだ。あれもダメだ。間に合わない……パ二クってしまい、俺は頭の中が真っ白になった。それと同時に、ステータス画面の後ろで、ピカッと不思議な光が走るのを見た。
「……?」
急いで画面を閉じ、女の子とモンスターの姿を探す。女の子の周りにはベルト状の光が何本も回っていて、それに気圧されてクマのモンスターはたじろいでいる。バリアみたいなものかな。結局、モンスターは女の子へ近づくのを諦め、しぶしぶ森の中へと帰っていった。
「……ううう」
光のベルトが消え、女の子の嗚咽が聞こえてくる。泣いているのか?モンスターが怖かったからだろうか。でも、女の子が体を動かした気配はなかったし、光のバリアは誰か違う人がかけた魔法だったのかな。とにかく、無事でよかった。そう思ったと同時に、なんだか……なにもできなかった自分が、情けなくも感じてしまった。
「……」
俺は、ただの石だ。ただの石が女の子を守らなかったからといって、誰が恨むわけでもないのは当然だ。でも……でも、俺は再びスキル習得の画面を開いた。
『残りスキルポイント1000』
スキルを憶えるには、スキルポイントを使用しないといけないらしい。ただ、技を1つ覚えるのに使うポイントは、せいぜい1か2……多くて3だから、あまり気にしなくてもいいかもしれない。一括習得のような便利な機能はないから、1つずつ選んで習得しなければならない。
『岩石飛ばし レベル1 (スキルポイント1)』
これとか、どうかな。強くはなくとも、何度も岩が飛んできたら、生き物はうっとおしくて退散していく気がする。習得しておこう。あと……体が光るスキルもある。これも覚えておいたら、威嚇に使えるかもしれない。そうして守備の準備を終えると、俺は改めて夜の闇へと目を向け、太陽が昇るまで女の子を見守っていた。
「……」
……朝だ。結局、あれからモンスターは現れなかった。とにかく、何もなくてよかった。太陽の光が大きくなると、女の子は袖で顔を拭いて立ち上がり、一晩の涙を払い落とした。大きな瞳が、真っ赤にはれている。そして……彼女の白いほほに、殴られたようなアザがあるのを、その時になって俺は初めて知ったのであった。
第4話に続く




