第38話『着替え』
『エラーメッセージ:あなたには、まだ本文を読み解く資格がない』
「……」
石に書かれた文字が解読できないだけであれば、それはそれで仕方ないと納得できるのだけど、資格がないと明言されてしまうと、その条件がなんなのか興味が湧く。そもそも、暗号文らしきものが表示されているのは俺の体なわけで、自分の体に謎の文が隠されているという事実に落ち着かない。被害妄想だけど、もしかすると悪口が書いてあるかもしれないし……。
「なあ、リン」
「ん?」
「ここに、読む資格がないと書かれているのだが、どういう意味なんだろう……」
「……え?」
先程までは暗号を不思議そうに見つめていたリディアさんが、今度は怪しむ素振りで目を細めている。警告文が見えているのだろうか。
「リディア、何か読めたんですか~?」
「いや、急に文字は見えるようにはなったんだけど、読む資格がないと門前払いされている」
いや、これは……俺と同じというか、俺のせいで読めるようになったと考えた方が正しいかもしれない。俺は今、リディアさんの首にさげられた装備品な訳で、その俺がスキルを強化したことによって、身につけている本人の能力も上がったと見れば自然だ。闇雲に新しいスキルを習得すると、リディアさんが困惑する恐れも出てくる。
「お嬢様は異種族語検定試験の上級を合格されておりますわね」
「冒険者には、わりと必須なスキルだからな」
「国家内でも有数の家柄、血統、才能。あらゆる面で完璧なお嬢様へ、資格がないとは……まことに無礼な岩ですわ」
「シロガネさんからの評価はさておき、資格がないんだから仕方がないだろう……」
俺自身も別に読んでもらって構わないのだけど、体の持ち主である俺すら読めないのだから承認も出来ない。言語に有効なスキルも他には見つからないし、現段階において解読は叶わなそうだ。いずれは解き明かしたい謎の1つに加えておこう。
「……だが、文字は読めないけど、模様は見て取れる」
「どこ?」
リディアさんが大きな岩の中央辺りを指さし、リンちゃんが背伸びをしながら頑張って上を向いている。そちらへと、俺も興味を移してみた。うん。下の方で光っている文字とは明らかに形が違う、絵みたいなものが岩の表面に浮かび上がっている。
「……リディアさん。どれ?」
「ワタクシにも、確認できませんわ……」
「そうなのか?」
リンちゃんもシロガネさんも、文字はおろか絵すら見えていないらしい。だけど、俺には見えた。絵らしきものの中央には丸い模様があり、その周りに動物のような形のものが光っている。ヘビみたいなものは……動物のシッポかもしれない。見方によっては大きな1体の生き物にも見えるし、様々な動物の集合体ともとらえられる。
巨大な模様を一通り観察してみる。どこか恐ろしい。でも、不気味ではない。頼もしいような……見ていると、様々な感情が込み上げてくる。複雑な絵だ。何かの、過去の出来事を表現しているのだろうか。
「あっ……消えちゃった」
リンちゃんのネックレスについているオリハルコンの石。そこから放たれていた淡い光が途絶えた。同時に、大きな岩に描かれていた模様や、警告文も消えていく。リディアさんは首から下げている俺に手をそえて、胸の丁度いい位置に乗るよう整えながらリンちゃんに告げる。
「今はまだ解らないが……この付近の文明、文化は、あまり書物にも残されていない。そういった遺産を発掘するのも、冒険者の成果にあたる」
「じゃあ、またリディアさんたち、村に来てくれる?」
「必ず訪れたいといいたいところだが……兄さんの妨害次第だな」
もう、大きな岩はリディアさんが触れても、何も反応を示さない。しばらく、みんなは岩を調べていたのだが、特におかしなところは見当たらないと解り、丘の上に座り込んで水平線の彼方をながめ始めた。なでるような風が、服や草、木の葉を揺らす。遠くには海の煌めきと、雲の流れがうかがえる。
「お父さん。今日は、あの街に行ってるんだ。リンは連れて行ってもらった事ないけど」
「私とリディア、ちょっと前に行ったよね。あそこで食べた貝料理、しょっぱかった~」
「おいしかったな……しょっぱかったが」
エメリアさんとリディアさんが、港町で食べた料理の話をしている。貝料理って全般的に、なんかしょっぱいイメージあるな。こうしてお話を聞きながら景色を見渡していると、いつもの風景も少しだけ違って感じられる。
「……ふぁ……ふぁびゅ!」
「シロガネさん……寒いか?」
「いえ……」
シロガネさんが独特な発音でクシャミを吐き出し、リディアさんに心配されている。風も強くなってきた。風邪をひいてはいけないとして、みんなは村へと続く道を引き戻した。
「ん~。まだケーキ残ってたよね?」
「あんまり食べると太るぞ……」
「でもでも。前にリディア、私のこと柔らかくて抱き心地いいって、ほめてくれましたよね?」
「お嬢様に気安く触らないでくださいまし。ゆえに、その役目。次回からはワタクシが引き継がせていただきます」
シロガネさんがリディアさんをガードしながら歩いており、そんなガードマンをはさんでエメリアさんが甘えている構図。襲われた記憶もあってか、まだシロガネさんはエメリアさんを警戒している。しかし、お嬢様を守るという強い意思はブレない。要約すると、3人とも仲良しである。
「……あれ?白い竜が来てるよ?」
「……なんだと?」
村の入り口の辺りに白い竜の姿が見え、そちらを指さしながらリンちゃんがリディアさんに伝えている。あの愛嬌のある顔からして、騎士団長の乗っていた白竜に間違いない。とすれば……。
「……ってことは、リディアのお兄さん、もう来てるんじゃないですか~?」
「早くないか?兄さん、ちゃんと仕事してるんだろうか」
エメリアさんの言う通り、騎士団長が来ていると考えるのが妥当だ。これだけ忙しくリディアさんに構っているとなると、たしかに仕事が手についているのかは疑問だ。でも、若くして騎士団長にまで昇りつめた人だからして、リディアさんの面倒を見つつも業務もこなす敏腕とも考えられる。マルチタスクだ。
「あら。お嬢様……どちらへ?」
「えっと……お花をつんで帰ろうかと。シロガネさんは、先に戻ってくれていいぞ」
「……ふほおおぉーん」
俺たちが村に戻ってきたのを見つけ、白竜は高く透き通った鳴き声を発した。それを聞きつけ、村の中から騎士団長が姿を見せた。
「……リディア。どこへ行っていた。不用心に歩き回るんじゃない」
「兄さんには関係ない事です……」
「まあ……いい。着替えを用意した。エメリア君も、こちらへ来なさい」
「え……兄さんが?」
リディアさんとエメリアさんの胸が大きくなり、着てきた服が入らなくなったことを懸念して、騎士団長は代わりの服を持って来てくれたらしい。それ自体はいいことだと思うのだが、なぜかリディアさんは非常にイヤそうな顔をしている。シロガネさんと騎士団長に連れられ、リディアさんとエメリアさんはリンちゃんの家へと帰る。
「リン君。ご婦人。部屋をお借りする。さあ、これに着替えなさい」
「……」
騎士団長からバッグを受け取り、リディアさんとエメリアさんは寝室へと入った。しかし、リディアさんはバッグをベッドに置いたまま、心の底から悩ましいとばかりに頭を抱えている。
「ねぇ~、どうしたの?リディアー」
「兄さんが選んだ服……エメリア、あの人の普段着を見た事はあるか?」
「もちろん、ないです」
「だろうな……」
俺も、騎士団の服を着ているところしか見ていないし、どのような服を選ぶ人なのかは想像がつかない。ただ、リディアさんの態度から察するに、あまりセンスがいいとは思えない。その一端をリディアさんはエメリアさんに説明する。
「兄さんの服のセンスは絶望的だ」
「例えば、どんな?」
「スカーフの上からネクタイをして、さらに蝶ネクタイもする。どんな服にも肩パットを入れる。靴下は左右で、色も長さも微妙に違う」
「独特ですな……」
俺も騎士団長の私服を想像してみたのだが、なにやらピエロみたいなものが脳内で構築された……ある意味、ハイセンスな感じがする。
「ん~。でも、着替えないと、またお兄さん、ガミガミ言うでしょう?」
「そうなんだけど……」
「ただで服がもらえるならラッキーですし、なんでももらっちゃおうよ」
悩んでいるリディアさんに先んじて、エメリアさんがバッグを開ける。エメリアさんは服装に頓着が少ないらしく、とにかく着られればいいという軽い気持ちだ。そういう俺もオシャレにはうるさくなかったから、もっぱら服屋では割引品を買っていた。ややサイズがあわなくても、まったく気にしないレベルである。
「……そういえば、男の人に服をもらうの初めてだなー」
「……まあ、私の兄さんだがな」
エメリアさんは切り込みを入れて広げていたローブを脱いで、バッグに入っている服を引っ張り出した。騎士団長の持ってきてくれた服は全体的に緑色で、上下の繋がったワンピース風の形をしている。スカートやソデは広くて長め。エメリアさんの大きな胸に配慮してか、首回りから胸元にかけてはゆるく開いている。
「でも、そこまで悪くなくない?」
「……あれ?」
装飾も多すぎず、シンプルだけどリボンのワンポイントはついている。俺から見ても、そこまでダサい印象はないな。こんな服をお兄さんが持ってきたのが信じられないとばかり、リディアさんも意外そうな顔をしながらバッグを開いた。
「そんな。兄さんが、こんなまともなものを選ぶなんて……」
「それは信頼感なさすぎじゃないですか?」
リディアさんは首から下げていた俺を近くの台に置き、バッグの中に入っている服へと着替えた。こちらは白を基調とした衣服で、エメリアさんのものと同じく胸周りは開いているが、こちらはスカートではなく、ゆったりとしたハーフパンツである。長いソックスも付属していた為、そこまで足の露出も気にならない。
「わぁ……リディア。かわいいよ」
「くやしいが、悪くないな……」
キレイな召し物をもらって、リディアさんはくやしながらに鏡を見ている。エメリアさんは胸の谷間の露出に抵抗がないようだが、リディアさんの方はリンちゃんから借りているスカーフを巻いて素肌を隠していた。俺もスカーフの上に乗せてもらった方が安定するので、それはそれで助かります。
俺を首から下げ直した後、リディアさんとエメリアさんは寝室から出て、騎士団長に服の具合を披露した。リンちゃんとシロガネさんも着替えた姿を見ようと、騎士団長の後ろからのぞいている。
「兄さん……これで満足か?」
「ああ。我ながら完璧な選択だ。お前も不満はないだろう?」
リディアさんからは文句も出ず、騎士団長は自慢げである。服の入っていたバッグを返そうと、エメリアさんがバッグのフタを閉める。その拍子に、何か紙らしきものがバッグの中から出てきた。
「ん~?なにこれ」
「そ……それは」
エメリアさんは紙をひろい、そこに書かれている文へと視線を落とす。やや慌てている騎士団長を横目に、リディアさんも紙きれを見つめた。
『クリス君。アネット君。胸が巨大な人でも着られそうなもので、それなりによさそうな服を選んで来てほしい。頼む』
「……」
服を選んだのは騎士団長じゃなくて、騎士団の女性陣だったらしい。まあ……それをしっかり頼めるあたり、騎士団長は賢明で人徳がある人だとは思う。
第38話へ続く




