第36話『光沢』
「もうケーキ、ふくらんだかな?」
「リン。タイマーが鳴くまでは開けちゃダメだぞ」
リディアさんがかまどにケーキの生地を入れ、リンちゃんはケーキが出来上がるのを今か今かと待っている。今、タイマーと聞こえた気がするが、台所には時計らしきものは置かれていない。一体、何が鳴るんだろう。
「そういえば、タイマーって久しぶりに見た。魔人がいなくなったから戻ってきたのかな?」
なんか、リンちゃんが台所の窓辺に置いてあるものを見ているな。置物かとも思ったが、よくよく見ると緑色の小さな鳥だ。あれも魔獣だろうか。俺は視界の中にメッセージウィンドウを開き、鳥についての説明文を読んでみた。
『魔獣:タイマー 目の前にエサを置くと、地球時間で30分が経過すると共に食べ始める。魔の気配に敏感であり、タイマーが住む場所は平和とされている』
説明文を見た感じ、この鳥でケーキの焼ける時間を計っているらしい。目の前に置かれたマメっぽいものを見ながら、タイマーは周りをうろうろしている。ケーキはかまどに入れたばかりだから、まだまだ食べない。うろうろしている。用心深いんだろうけど、こんなに待っていたら他の鳥に食べ物を取られてしまいそうである。
「そうですわ。リンさん、リンさん。そちらをお渡しするのではなくて?」
「そうだった!これ、作ったからリディアさんにあげる」
「あ……ありがとう」
シロガネさんが早く見せたいとばかり、プレゼントするようリンちゃんを促している。『これ』というのは俺のことであり、見た目は恐らく、赤いヒモで丁寧に縛られた普通の石である。シロガネさんから教わった通りに作ったから、それなりの見栄えで出来上がっているとは思うのだが……近くに鏡などはなく、俺は未だに自分の姿を確認していない。
「これね。小さいヒカリちゃんだから、暗いところで光ったりすると思うけど」
「これ、ヒカリのカケラなのか」
リディアさんはヒモを手で広げ、頭を通して首へとかけた。ぶらさがるというか、完全に胸の上に乗っており、丁度よく胸の谷間へとフィットした。
「なんだか、まだ違和感があるな……」
「どこに?石に?」
「胸に……」
「いや~。私だって、まだ大きくなるとは思ってなかったので、重さは気になりますよ」
元から胸の大きなエメリアさんですら、更に大きくなったせいで違和感があるらしい。俺の体の形に関しては胸の谷間に馴染んでいるようだが、リディアさんは服に収まっていない胸をゆさゆさとさすっている。なお、服には切れ目を入れてあるから、今は谷間が大胆に露出している状態である。
「リディアさん。うちの子が、すみません。普通の石を首から下げていては、街で笑われてしまいます。遠慮せずに外してくださいね」
「いえ……大切にします」
リンちゃんのお母さんがいう通り、こんな何の変哲もない石を装備していては、街で変な目で見られてしまいかねない。思い出として引き出しの奥にしまわれてもやむなしだが、光沢くらいは増やしてもバレないだろうか。ええと……。
『宝石化《赤色》 レベル1』
体を宝石化することもできるのだけど、それはやりすぎだと考え直した。ツヤ出し程度なら問題ないか。役に立ちそうなスキルを見つけ、習得して効果をオンにしてみる。
『ツヤ出し レベル1 (スキルポイント1)』
「ねぇ~、リンちゃん。リンちゃんママ。私も、なんかお土産に買って帰りたいです」
「ガンじいちゃんが、お酒をくれたから、それをあとで渡すね」
「ほんとですか?地酒だー」
リンちゃんもエメリアさんも普通に会話をしていて、俺のツヤの変化には誰も気づいていない様子だ。もう少し上げてもいいかな。
『ツヤ出し レベル2 (スキルポイント1)』
「ところで、リン。昨日の夜にあった白いお酒、あれは何を使って作ったものなんだ?」
「えっと……お母さん。あれ、クルクルカルアーだっけ?」
「クルクルのお乳でお酒を割って、果実で味を整えたものです。そのネックレスのヒモも、クルクルのシッポの毛ですよ」
リディアさんが、お酒について尋ねている。俺を縛っている赤い毛、これはクルクルのシッポの毛なのか。お乳を大量に生産する生き物と聞いたから、もっと牛っぽい生き物を想像していたけど、意外とカラフルな動物なのかもしれない。
『ツヤ出し レベル3 (スキルポイント1)』
バレないよう更にツヤを上げてみたところ、レベル3にて初めてシロガネさんの視線を感じた。そろそろいい塩梅かな?
「……申し訳ございません。お嬢様。大変、恐縮なのですが……お体に触ってもよろしいでしょうか。感触を確かめたく存じます」
「シロガネさんだって自分のがあるだろう……」
「大きいのにも触ってみたい……」
興味の先は俺ではなく、リディアさんの胸の方であった。適度な大きさの胸が好みとはいえ、これだけ大きいと感触が気になるようである。俺は胸の上に乗っている状態だが、体が石だから胸の柔らかさは伝わってこない。しいていえば、リディアさんが体を動かすのにともなって、地震がきたのかと錯覚するくらい豪快に揺れが襲ってくる。
『ツヤ出し レベル4 (スキルポイント2)』
表面のツヤをレベル4まで上げてみた。透きとおるまでは行かないまでも、キャッツアイの宝石くらいツヤツヤしていれば見栄えも違うはず。ここでやっと、エメリアさんが俺の方を見た。
「リディア……まぶしいんですが」
「何が?」
「胸の石が……」
リディアさんは窓から日の入る場所へ移動しており、俺は日光を激しく反射しているらしい。しまった。日の光までは計算していなかった……ツヤを上げすぎたか。リンちゃんとエメリアさん、シロガネさんが集まってきて、リディアさんの胸元をまじまじと観察している。
「わぁ、キレイになってる!」
「……いいな~」
「近くで拝見いたしますと、更に大きいですわね」
シロガネさんの発言だけは俺に対する感想じゃないが、かなり俺の体はキレイになっているらしい。ひとまず、見た目は普通の石だけど、日の光に当たると輝くというところに落ち着いた。これだけキラキラしていれば、胸に下げていてもアクセサリーでまかり通るし、大きくなった胸から注意を背けることもできるやもしれない。
下着をつけていない様子の胸を凝視され、リディアさんが気恥ずかしそうにリンちゃんのお母さんへと声をかけている。
「……そうだ。村に服を売っている店はないのだろうか?この格好で街へ行くと、浮浪者と間違われる」
「服屋さんはありませんが、古着でよろしければ倉庫に残っているかと。よろしければ、お持ちください」
現状、リディアさんとエメリアさんの服は切り込みを入れて無理やり広げてあり、まるで盗賊にでも襲われたような風貌だ。せめて体を隠すものが手に入らないかと、リディアさん達はリンちゃんの案内で家の裏にある蔵へと向かった。
「魔人が来て荒らされたから、あんまりいいものは残ってないんだけど……」
「……これは酷いな」
蔵のトビラは破壊されていて、今は黒っぽい布で入り口を隠しているだけである。確か、魔人のアジトには人間から奪ったものが多数あった。この村にあったものも、あの中に含まれていたかもしれない。
「お嬢様。衣類だけは残っているようでございます」
「魔人は人間よりも大きいから、人間用の衣服に興味がなかったのだろうか」
シロガネさんが、リディアさんに報告している。俺は魔人のアジトで魔人のヨロイを見たけど、かなり大きくてボロボロだったな。あれ、絶対に洗ってない感じだったし、臭気や瘴気の原因だったのではないかとも考えられる。お風呂、洗濯。清潔を保つこと、やはり大事である。
「リディアー。見てみて、踊り子の衣装ですよー」
エメリアさんが蔵の奥にある箱を開けて、ヒラヒラした服を取り出している。その布は果実や草で染色されているようで、カラフルだけど大人しめな色彩だ。スカートと、長めのスカーフみたいなものである。それを水着みたいに胸へと巻きつけて装着するようだ。リンちゃんが踊り子の衣装について説明をくれる。
「もうちょっと暑くなったら、豊穣祭ってのをやるんだ。それ、去年の祭りでフローラさんが着てたの」
「あの人か。キレイな人だから、きっと素敵だろうな」
「お嬢様も絶対、お似合いになりますわ!」
「そもそも、胸が入らないから論外だがな……」
ふくろダケを食べたリディアさんの胸は非常に大きくなっており、ここまで大きいと服も自由に選べなさそうである。リディアさんの胸でこれなので、元から大きかったエメリアさんに至っては、何なら着れるのか俺には皆目見当もつかない大きさだ。
プライバシーを他言することもない訳で……失礼ながら、ステータスに胸のサイズが書かれていないか調べてみた。胸囲、バストサイズ……ああ、書いてあるな。ええと……うん。数字を見ても、地球で男だった俺には、大きいのかどうか、よく解らない。とりあえず、ちまたにあまりいない程度のバストサイズなんだろうとは思う。
「そういえばリディアって、なんで重戦士やってたの?」
「あれ……話したことなかったか?」
「ううん。ない」
踊り子衣装を自分の体にあてがいつつ、エメリアさんがリディアさんの就職理由を聞いている。言われてみれば、あれだけ重そうな装備を女の人が選ぶというのは、何かしら特別な理由があるのかと思われる。
「しかし、大した理由はないんだ……うちの父が、重剣士だったから……みんなを守れる職につきたいと思ったんだ」
「……でも、あんまり似合ってなかったですよ?」
「そうかもな……しかし、お前は正直だな」
エメリアさんが気をつかわずに伝えると、ちょっと恥ずかしそうな顔でリディアさんも言葉を返した。騎士団長ほど背の高さがあれば重いヨロイも楽に着こなせるだろうが、俺の目から見てもリディアさんのヨロイ姿は結構、動きづらそうに感じられた。それが悪いのか良いのかというと、素人だから判断できないけど……。
「お嬢様。職業適性検査は、お受けにならないのですか?」
「いや……あれ、結果が騎士団本部に保管されるだろう?兄さんに見られて、万が一にも言い訳できない結果だったらと」
シロガネさんがいうには、そういった検査が街では受けられるらしい。まあ……俺だって、職業適性は野球選手とか宇宙飛行士なんて言われても困る訳で、逆に未来のなさそうな職種が出てしまっても、それはそれで辛い。受けなくていいなら、受けたくはないな。
「おぼっちゃまのことですから、帰った際に受けるよう言われるのは明白かと」
「仕方がない……帰ったら受けるか。エメリアは、受けたことはあるのか?」
「私、特殊マッサージ師でしたよ~」
マッサージ師は解るけど、特殊ってなんなんだろう……気になる。何かの暗喩か?
「リディアさん。エメリアさん。これ、どうだろう」
「スカーフか。借りていいか?」
「いいよ!街に持って行ってもいいし」
胸元まで隠れる長くて大きな布をリンちゃんが見つけ、それをリディアさんとエメリアさんが肩に巻きつける。ウェストや下半身は太さが変わっていないから、上半身だけ隠せれば今のところは問題なさそうだ。胸の谷間の素肌に直乗りだった俺も、スカーフ越しに乗ったことで少し落ち着いた。
「……あれ。村の入り口、人がいるぞ」
リンちゃんの家の正面へと戻ったところで、リディアさんが村の入り口を指さした。女の人が門の外に立って、ぼーっと村の中を見つめている。お客さんとが来たと見て、リンちゃんが声をかけに走っていく。
「どうしたの?誰か探してるの?」
「……あ。いや、別に」
「……?」
リディアさんたちもリンちゃんを追い、女の人とリンちゃんの会話を聞いている。この人、朝方に川の近くで会った女の子だ。髪は紫色で、肌は灰色。服は上から下まで黒い。改めて見ると、わりと幼い顔立ちで、背もリディアさんより頭1つ分くらい低い。
「この街は、安全?」
「ちょっと前まで魔人が来てたんだけど、今は安全だよ?」
「入るけどいい?」
「いいよ!」
どう見ても街というよりは村という規模の集落だし、村人の様子からも平和な感じはあふれているが、女の子は声色も平坦にリンちゃんへと尋ねている。女の人は見るからに学者肌であり、盗賊などではないとしてリンちゃんも村に招き入れている。
「……」
女の人は手にした紙に何かをつづりながら村へと入り、リディアさんとエメリアさんの姿を見て小声で質問を繰り出した。
「えっと……この集落では」
「……?」
「……胸に爆弾を入れる風習が?」
「違う……ここまで大きいのは私とエメリアだけだし、中身は爆弾でもない」
第37話へ続く




