第34話『材料』
「リン。モジャピッピとはなんだ」
「あ……この子、たまに家に来るんだ」
モジャピッピという謎の名詞が気になったのか、リディアさんが寝室からやってきた。リンちゃんはモジャピッピの口に木の実を詰め込みながらも、片手に持っていた俺をポケットに隠している。リンちゃんのスカートのポケットは、それなりに広い。
「魔物じゃないか」
「いい魔獣だから、木の実をあげてる」
リンちゃんが魔獣と契約できるとは思えないし、とすれば本当に野生の魔獣が侵入しているだけという事になる。こんな小さな生き物では入り込むのを完全に防ぐのも難しいから、もう村の人たちも諦めているのかもしれない。木の実さえあげておけば大人しくしてくれるなら、それが最も手っ取り早いのだろう。などと俺は、少女のスカートの中で考えている。
「リディアさんもあげてみて」
「……まだ入るのか?」
俺が見た時には既に、モジャピッピの頬はいっぱいいっぱいだったが、まだ限界は突破していないという。俺はポケットの中にいるから姿は見えないけど、リディアさんも魔獣の口へと木の実を投入している様子。
「すごいな。まだ入るぞ」
「あと4個くらい入るはず」
楽しくなってきたのか、リディアさんの声がはずんでいる。口いっぱいになったモジャピッピが移動したようで、リンちゃんも追いかけて立ち上がったのが服の揺れから解った。ドアの開く音も聞こえてくる。俺と引き換えに口いっぱいの木の実をもらい、モジャピッピは森へと帰る雰囲気だ。
「じゃあね。また来てね」
「……ピピピ」
モジャピッピの鳴き声が聞こえ、ドアを閉める音がした。小さなお客さんの帰りを見送り、リンちゃんはリディアさんに質問している。
「リディアさん。欲しいものとかある?」
「欲しいもの?いや……思いつかないな」
「じゃあ、私。ヒカリちゃんもらっていいですか?」
「それは……ううん。ダメなんだけど」
「お前、売るつもりだろう……」
「売らないですよ~。部屋の照明にするだけ」
近くにエメリアさんもいるらしい。俺を街で売ってお金にすることもできるようだが、そもそも俺の価値が謎である。擬態スキルもついているし、鑑定額は0円の可能性もある。持って行くだけ荷物だな……。
「……そうだ。リディアさんとエメリアさん、ケーキ好き?」
「甘味か。それなりに好きだが……作れるのか?」
「夕食に用意する!食べて行ってね!」
俺が2人と初めて森で会った時、リディアさんだったかエメリアさんだったかがケーキの話をしていた記憶がある。どちらだったかな……多分、ケーキを美味しいと言っていたはずだ。
「うふふ……ケーキ。お酒にあいますよね」
「飲酒後に竜に乗るのは、あまりオススメしないぞ」
「ですね~……街に行ってからにします」
ケーキってお酒にあうのだろうか……俺、未成年で命を落としたから解らないな。そして、やはり飲酒乗車は危険らしい。ただ、竜の背中から落ちると危ないからなのか、お酒を飲んで乗ると酔って気持ち悪くなるからなのかは不明だ。
「お母さん。ケーキ作るのに、あと何が足りない?」
「卵はあるから、あとラズリーの実とクルクルのお乳ね」
「もらってくる!」
ケーキに必要なものは卵、果物、動物の乳か。俺のいた世界のケーキと材料に違いはなさそうだな。リンちゃんは俺をポケットに入れたまま、材料を集めに家を出たようだ。外の景色は見えないが、ポケットの中で揺すられているから、走っている感じは伝わってくる。
「ジェム姉ちゃん。いるー?」
「リン。どうしたの?」
まず、リンちゃんはジェムちゃんの家にやってきたらしい。ノックの音が鳴った後、ジェムちゃんの声が聞こえてきた。
「今日、まだクルクルちゃんのお乳ある?」
「今朝、しぼったものがあったと思うけど……ママー。リンに、お乳あげていいー?」
「それはいいけど、まだ冷めてないよー」
どうやら、ジェムちゃんの家ではクルクルという動物の乳を生産しているらしい。リンちゃんの家のお父さんは他の村に物の運搬をしていたし、村ではそれぞれが役割を持って仕事をしていると考えられる。
「ううん。まだ煮沸させてるところみたいだから、午後には冷えてると思うのだけど……」
「そうなんだ。またあとで来ていい?」
「ええ」
搾乳後には一度、煮立たせる必要があるとの事。クルクルという生き物は俺の中では牛っぽいものをイメージしているのだけど……まだ姿を見たことがないから、実際のところは不明だ。
「あとは、ラズリーの実だ……」
お乳の用意が今のところはないと知り、またリンちゃんは別の場所へと走り出した。ポケットの布地越しに透けていた太陽の光が陰り、どこか暗い場所へ入ったのが解る。カランカランと鐘の音が聞こえる。
「おばあちゃーん。ラズリーの実あるー?」
「はいはい」
ラズリーなんて果物は地球では聞いたことがないし、名前を聞いても酸っぱいのか甘いのかも想像がつかない。ケーキに使うのだから、きっと辛くはないのだろうけど、どうだろう。
「1個でいいのかい?」
「いいよ!」
1個で足りるとすれば、意外と大きいものなのか?ちゃぷちゃぷという水の揺れる音が聞こえている。おばあちゃんの家は果物を管理しているようで、他にも色々とそろっている模様だ。
「トッポンはいるかい?」
「いる!」
「ホーリリーもあるよ?」
「もらっていいの?」
ケーキにはラズリーだけで十分らしいけど、別の果物ももらっているようだ。おお……なんか、紫色のキュウリみたいなものが、俺の入っているポケットに突っ込まれてきた。その実の表面はツブツブとしていて、半透明で皮は柔らかい。これがトッポンかな。いや、ホーリリーかもしれない。
「ありがとう!お父さんのお土産があったら、また持ってくるね」
「別にいいよ。気にしないで」
リンちゃんは果物を抱え込み、家に帰るようだが……どんなものを持っているのだろうか。そうだ。リンちゃんの家の前にある石に意識を移せば、その姿が見て取れるかもしれない。試してみよう。
「……」
意識を転送してみた。ここはリンちゃんの家の前だ。リンちゃんは今、村の入り口付近にある家から出てきたところだ。その腕には真っ赤な……金魚鉢みたいなものを抱え込んでいる。金魚鉢のような丸いものの中では、赤い液体がちゃぽちゃぽと揺れている。
「あ……いけない」
リンちゃんの指にはさまれていた薄い星形のものが、パラリと逃げて地面に落ちた。実というよりは、あれは葉っぱだな。その表面は光沢が強く、それ自体が輝いているようにも見える。あれも食材なのかな?
「お母さん!もらってきた!クルクルのお乳は、お昼のあとにくれるって」
「そう。あとでお母さん、お礼に行ってくるわね」
リンちゃんが自宅へと入っていく。俺も再び意識を転送し、リンちゃんのポケットの中へと戻った。ポケットに突っ込まれていた果物が抜き取られ、同時に俺はスカートのポケットからこぼれおちた。
「……リン。落ちたぞ」
「あ……ありがとう」
落っこちた俺を拾い上げ、リディアさんがテーブルの上に置いてくれる。リンちゃんは持ってきた果物を台所に置いて、水をくみに玄関から出て行った。
「何か手伝おうか」
「リディアさんはいいから、休んでて」
「そ……そうか」
手伝いを断られているけど、むしろリディアさんはリンちゃんに構いたい様子だ。一方、エメリアさんは食卓について、何食わぬ様子で俺を指でもてあそんでいる。
「リディアさんとエメリアさん。トッポン食べます?」
「いいんですか?」
「いただきます~」
そう言って、お母さんが紫色のキュウリを縦に切り始めた。スティック状にされたトッポンをリンちゃんが、リディアさんとエメリアさんに手渡している。
「おー。これ、街で買うと結構、高いやつですね」
「そうなの?リン、街に行ったことないんだー」
エメリアさんいわく、それなりに高価な果物らしい。都会では高価な野菜や果物が、田舎では気軽に食べられていることは、よくあることなのかもしれない。エメリアさんはトッポンを口に入れ、ほわっとした笑顔で宙を見上げている。あの表情からして……味は甘いのか?一方のリディアさんはというと、舌をしびれさせたような顔をして目を閉じていた。
「……お母さん。ヒモってあったっけ?」
「寝室の戸棚にあったと思うけど……」
「リディアさんの部屋、入っていい?」
「ああ、構わないぞ。シロガネさんが寝ているが……」
トッポンを食べ終えたリンちゃんは手を洗い、俺を持って寝室へと向かった。ヒモを使って、何をするつもりなんだろう。シロガネさんが寝ているとのことなので、ドアを開く音も静かに入室する。
「オジャマします……」
リンちゃんが部屋をのぞく。ベッドには誰も寝ておらず、シーツもフトンもキレイに正してある。シロガネさんは、どこかへ出かけたのだろうか。人気がないのを知って安心したのか、リンちゃんは部屋の奥にある戸棚へと小走りで向かった。
「……あった!」
ぐるぐると巻かれたヒモが、戸棚の奥から出てきた。かなり太くて丈夫そうだな。リンちゃんが俺を近くのテーブルに置いて、ヒモの長さを確認している。そこで、ふと俺は部屋に違和感をおぼえ、視線を上へと動かしてみた。
「……」
「……」
……シロガネさんが、忍者みたいに天井へとはりついている。しかも、メチャメチャ汗だくで。そんなところで、何をしているんですか。
第34話へ続く




