第32話『疑惑』
「契約失敗となると……この子、兄さんより強いのか」
「ああ。そうとしか考えられないが……にわかには信じがたい」
騎士団長が俺との契約に失敗した。アネットさんだけは気にしていない様子だが、他の人たちの見る目が少し変わったのが解る。騎士団長のステータスは……レベル73。リディアさんの言い分を聞く限り、きっと自分の強さ以上の魔物とは契約ができないのだろう。こんな小さなワンコが、騎士団長より強いとなれば、かなり怪しい事この上ない。
「博士ー。こっち来てー」
「なんだね。アネット君」
リンちゃんの家の前で石の研究をしていた博士が、アネットさんに呼ばれて俺の前へとやってきた。虫眼鏡をのぞく博士の目が、レンズ越しに歪んでぐにゃぐにゃしている。しわしわの手で俺の体を触ったり、あごの下をなでてみたりした後、博士は唐突に大きな声を出した。
「これは……岩レリクスだ!」
「そういう種類の魔獣なの?」
「いや……今、自分で名付けた。学問の世界では、見つけた人が学名をつけられるのだ」
「えー!じゃあ、初めて見つけたのはアネットなんだけど!」
岩の体のレリクスだから岩レリクス。まあ、学名としては合理的なようにも思える。にしても、新種の魔獣を発見するなんて、きっと博士の人生でも多くない体験なはずであって、それは彼の目の輝きにもまざまざと表れている。すぐさま、博士は騎士団長に願い出た。
「騎士団長。研究用資料として、捕獲の許可を願います」
「カゴはあるのか?」
「今、用意します。はい」
片付けられたテントの跡地に向かい、そこに置いてあるバッグの中を博士が探り始めた。その間にも、なぜか騎士団長は俺の体を持って運び、村と森の境目の辺りへと置いた。
「今だ。逃げるんだ」
「……?」
「連れて行かれれば、実験や解剖に使われてしまうぞ」
それを聞いて、俺は事態を理解した。体に痛覚はないし、丈夫だから壊される心配はないかもしれないけど、衝撃を与えられたり煮たり焼いたりされるのは精神的にキツイ。博士が戻ってくる前に俺は、みんなに頭を下げて森の中へと逃げ出した。
「ワンコロちゃん。じゃあねー」
「……」
アネットさんの声が聞こえる。思わぬお別れとなったが、契約ができない以上は、みんなと一緒にはいられないのだ。どこかで別れが来るのならば、こうして笑顔で見送ってもらえてよかったのかもしれない……。
「……」
森の中まで逃げて来た。人の声が聞こえない場所に到着すると、俺はラーニングスキルを解除して丸い石の姿へと戻った。昨日今日と、たくさんの人と関わり過ぎた。ちょっと疲れてしまった。少し休もう。一応、リンちゃんの家の前にある石へと意識を転送して、視点も切り替えておいた。
ドラゴンが羽を動かして、一頭一頭と順番に空へ飛んでいく。せわしなく羽ばたいている訳でもないのに、重そうな体は風に乗って浮かぶ。鳥の飛行とも違う挙動だ。なんとなくだけど、魔法で飛んでいるのだろうと予想できた。
「じゃあねー」
アネットさんがリンちゃんに手を振り、緑色の竜に乗って村を去っていく。もう会う事もないだろうか。いい人だったな。白い竜だけは村の外に残っており、騎士団長は村のおじいさんたちと話をしているのが遠目にうかがえた。
「リディアさん。すごいカッコよくなったね。胸」
「……カッコいいか?」
「どんとしてカッコいいよ!エメリアさんも!」
リンちゃんがリディアさんの大きな胸をほめている。セクシーとか大人っぽいとかはよく聞くけど、胸をカッコいいと表現するのは珍しい。まあ……ふくろダケを食べる前と比べて、2人とも見た目は強そうではある。どんとして。
「しかしですわ。レディの胸は……こう、片手に収まる具合が慎ましいと、古来からの書物にありましたわ」
「すまないな……両手にもおさまらなくなって」
「いえ……ワタクシは、お嬢様の全てを受け入れる所存。誤解はなされませんよう。悪しからず」
シロガネさんが何か言っている。結構、みんな大きさにこだわりがあるらしい。俺は恋人もいたことがないし、女の子に触る機会もなかったから解らないけど、胸は大きければいいというものでもないとの事。俺、人間の時から性的なものに鈍感だったけど、石の体になってからは拍車をかけて興味がなくなった。それはもう、ゲームでもおっさんのキャラばかり育てて使うくらいである。
「リディアー。村からの依頼も終わっちゃったし、これからどうしよっか」
「え?リディアさんとエメリアさんと……その人も、帰っちゃうの?」
「ワタクシ、お嬢様の付き人のシロガネでございます。尾行が知られてしまっては、仕方がありません。これからはお嬢様のおそばにいられ……おりますので、よろしくお願い致します」
リンちゃんの家の前で、リディアさん達は今後について話し合っている。シロガネさんは尾行がバレてしまったと開き直り、むしろ幸せそうな表情でリディアさんに背負われている。その時、なぜかシロガネさんが俺に興味を示した。
「……前々から気にはなっておりましたが、あの石は如何様なものですの?」
「ヒカリちゃん?リディアさんとエメリアさんが見つけてきてくれたんだよ。たまに光るんだ」
「……」
そうだった。以前、シロガネさんが夜に忍んでいたところ、俺が光ってジャマをしてしまったんだった。あの時は悪いことをしたな……怒っているのだろうか。
「……お嬢様。こちら……もしや動いたりなど、しませんですこと?」
「浮いたりするからなぁ……動くかもしれないが」
シロガネさんはリディアさんから降ろしてもらい、肩を借りて俺に近づいてくる。そして、まゆをつりあげて疑りつつも、困惑した面持ちでリディアさんに伝えた。
「これ……見ましたわ。別の場所で」
「どこでだ?」
「山にかかっている橋の辺りですわ」
「橋?」
あれ……もしかして、魔人を待ち受ける準備をしていたところを見られてたのかな。人のいる印はマップに表示されていなかったけど、シロガネさんは隠密活動に慣れた様子だったから、気づかれないスキルを持っているのかもしれない。
「シロガネさん……本当なのか?」
「ええ。動くだけでなく、石を飛ばしたり」
「……うん」
「集まって巨大化したりと、まるで生きているようでございましたわ」
「……?」
シロガネさんの発言が、あまりにも現実離れしていたからか、みんなは口を開いたままハテナマークを浮かべている。エメリアさんはシロガネさんの肩をなでつつ、面白そうに笑いながら茶化している。
「動くだけなら解るんですけど、そこまで言われるとウソっぽくないですか~?」
「淫魔のあなたほど、うさんくさくありません。ワタクシ、確かに見ましたわ。魔人の来た夜も、これが道を封鎖して、魔人の魔法をはね返していましたもの!」
え……。
「え……」
「え……」
「……ええ?ヒカリちゃんが!?」
思わぬ目撃証言が出てしまい、リディアさんもエメリアさんも俺も絶句した。リンちゃんも信じられないと声を上げ、俺に両手でつかみかかっている。そりゃあそうだ。石が勝手に動いて、魔人を通せんぼしたどころか、撃退してしまったのだ。どうしよう……バレた。
「えっと~……シロガネさんだっけ。疲れてるんですよ。少し寝た方がいいですよ」
「ちが……疲れてるのは、あなたのせいでしょう!お嬢様、信じてくださいまし!」
「信じるが……今は休んだ方がいい。リン。部屋を借りていいだろうか」
「うん。どうぞ」
あれ……なんか、あんまりみんな、真に受けている感じじゃないな。リディアさんとエメリアさんが、シロガネさんをつれて家に入っていく。リンちゃんだけはシロガネさんの言っていたことを信じたのか、俺の姿をまじまじと見つめている。
「……ヒカリちゃんが、魔人を倒したの?」
「……」
俺の耳元……いや、耳はないんだけど、耳がありそうな横の方から、リンちゃんがこっそりとささやいた。結果的に魔人が自滅しただけで、倒したなんて滅相もない。答えるにも答えられず、俺は静かに視界を閉じた。
「君。リディアは、どこへ行ったかしらないか?」
「あっ。き……きかんしさん」
「騎士団長だ……」
男の人の声が聞こえ、視界を広げてみた。騎士団長がいる。他の団員さん達は帰ってしまっているが、白竜は今も村の入り口付近から騎士団長をのぞいている。
「シロガネさんが言ってたの。魔人は、このヒカリちゃんが倒したんだって」
「この石が?ふむ……」
子どものいうことなのに、騎士団長は真面目に耳を傾けている。顔が映るのではないかという近さで俺を観察し、リンちゃんにも聞こえないくらい小さくつぶやいた。
「ワンコロちゃん……」
「ちかんしたさん……どうしたの?泣いてる?」
「騎士団長だ……泣いていない」
泣いてる……自分で逃がしたのに。
第33話へ続く




