第29話『白状』
森の中を歩いている人は5人いる。移動している2人組と、ぽつんと1人でいる人。残りの2人は近からず遠からずといった場所にいる。と……とにかく、一番近くにいる人から当たってみよう。俺は最も近くにいる人をマップから調べ、おろおろと木々の合間をぬって進み始めた。
「あっ、エメリアちゃんのいるところが解ったみたい!」
「さすがワンコロちゃんだ。騎士団の一員として頼りにしているぞ」
知らない内に騎士団長も、俺のことをワンコロちゃんと呼び始めた。騎士団の一員と言われてしまっては、俺も頑張らなくちゃいけない気持ちだ。マップと目の前の景色を照らし合わせ、草のおいしげっている地面を踏んでいく。
「ま……待って」
「……?」
ふと、リディアさんに呼びかけられた。そんなに急いで移動しているつもりはないが、俺はオオカミの姿だから存外に速度が出ていたのかもしれない。やや意識しながらスピードをゆるめて、再び俺はマップ上の緑色のマークを目指した。
「お前……そのような、だらしない装備のつけ方では動きが鈍るのも当然だ。どれ。なおしてやるから」
「いや……触らないで」
「……」
着付けがなっていないと騎士団長が手を伸ばしたところ、ちょっと強めに拒絶されてしまった。騎士団長は見るからにショックを受けた様子であり、こばんだリディアさんもムッとした顔をしている。ニイサン……。
「……」
マップ上の緑のマークが近い。しかし、緑色マークの示すものがエメリアさんならいいのけど、もし盗賊などの危険人物だったらどうしよう。騎士団長がいれば戦ってはくれそうだが、彼もまたも魔人の巣に潜入した疲れが残っているはずだ。ドキドキしてきた……。
「……なんか聞こえない?」
「……?」
アネットさんが耳を澄ませている。言われてみると……なんか声っぽいものが聞こえるな。マップを見る限りでは、近くに誰かがいるのは間違いないのだけど、1人だから話をしているとも考えにくい。どこか、その声は歌っているようにも聞こえる。俺は木に隠れながらも、日の差している場所をそっと見つめた。
「……」
川がある。河原の大きな石に……女の人が座っている。でも、見た目からしてエメリアさんではないな。
「だんちょーさん!人がいた!」
「行方不明者か?」
アネットさんが大きな声を出し、騎士団長が俺の後ろから女の人をのぞく。でも、あちらは俺たちに興味がないようで、鼻歌ながらに川の流れに顔を向けている。彼女の背は低くて、髪は紫色。服は上から下まで黒く、あちこちにつけられた銀色のアクセサリーが、近くの焚火にチラチラと照らされている。
「あのあの!つかぬことなんですが……」
「……」
「あれ……聞いてるー?」
アネットさんが声をかけても、女の人は気づかないといった様子で川を見つめている。横顔をのぞいてみたら目は開いていたからして、眠っている訳じゃなさそうである。ただただ、川の観察に一生懸命で、俺たちの方に意識が向いていないのだと考えられる。
「……」
アネットさんと騎士団長は不思議そうな顔をしているが、なんとなく俺は彼女の気持ちが解る。こうして1人で静かに過ごす時間というのは、他人が思う以上に大事なのだ。これはジャマしちゃいけないな。ひとまず、ここにはエメリアさんはいないと解ったので、別の人のところへ……。
「きゃー!」
「……!?」
どこからか、女の人の悲鳴が届いた。エメリアさんの声とは違ったような気がするが、聞いてしまった以上は放っておけない。俺たちは河原にいた寡黙な女の人と別れて、声の聞こえた方向へと走り出した。
「ワンコロちゃん。今の声、どっちからしたかな?」
「リディア。遅いぞ。それでも騎士団に入る気はあるのか?」
「……それは……今のところない」
やっぱり騎士団長は、妹を騎士団に入れたいらしい。それは後々に考えるとして、俺はマップを広げ、近くにある別の緑色の丸印へと向かった。マークの1つは近くにあり、その向こうにもう1つ表示されている。
「……いやああぁ」
「……」
さっきの悲鳴に似た声が、岩場の方から聞こえてきた。誰かいる。
「……?」
「……あれ。ワンコちゃんじゃないですか……来たんですか?」
しゃがみ込んでいる人と目があった。エメリアさんだ。だけど、近くに魔物もいないし、誰かに襲われている様子もない。彼女は俺やアネットさん、騎士団長の姿を見て、まばたきながらに目をぱちぱちさせている。そこへリディアさんがやってくると、途端にエメリアさんは顔色を変えて俺たちに背を向けた。
「エメリア……ここにいたのか」
「探さないでくださいって言ったんですけど……」
「探すに決まってるだろう……直接、理由くらいは聞かせてほしい」
あれだけ2人は仲がよかったのだから、手紙にあったような理由で決別するとは考えにくい。何か別の訳があるのだろうが、リディアさんが聞いてもエメリアさんは、こちらを向いてはくれない。
「……帰ってよお」
「ちゃんと説明してほしい……」
走って荒くなった息を整えつつ、リディアさんはエメリアさんの近くにヒザをついた。しばし沈黙していた2人だったが、そこでリディアさんは単純な質問を口に出した。
「……私がキライなのか?」
「え……」
「私がキライになったんだな……」
そう言ってリディアさんが1人で納得してしまうと、エメリアさんは慌てて振り返りつつ立ち上がった。
「そんなわけないじゃん……いじわる」
「わっ……ちょ……待て」
リディアさんを引き止めようと、エメリアさんが彼女に後ろから抱き着く。すると突然、何かがちぎれたような、パツンという音が聞こえた。同時に、リディアさんのヨロイがバンと外れ落ち、服の中にある大きくてやわらかそうなものが、たわんで揺れるのが見えた。
「……」
「……」
神妙な面持ちだった2人と、それを遠目に見ていた俺たち。みんなの驚いたような視線が、リディアさんの体に向く。リディアさんの胸が、以前より2倍くらい大きくなっていて、もうシャツがはじけ飛びそうな程に締め付けられている。イメージとしては……服の中にバスケットボールを2つ入れたような感じ。
「リディア……でっか……」
「お前には言われたくない……」
装備をつけるために胸を布で縛っていたようで、それを失ったリディアさんの胸は強く強調されている。なお、エメリアさんの胸も大きくはなっていて、着ているローブが張りつめて苦しそうである。一応、胸元に切り込みが入れてあるから、ローブは破けずに原型を保っている。
「……リディア」
「支えなくていいから……」
リディアさんの重そうな胸をエメリアさんが後ろから持ち上げている。真剣な話をしていた雰囲気が台無しになってしまい、もうエメリアさんも素直に白状を始めた。
「あのね……リディアが私に魔力をくれるの、嬉しい……」
「……」
「でも、そのせいでリディア……お兄さんには怒られるし、私のせいで迷惑をかけるの……イヤなんです」
「そんなこと……」
「リディア……彼女は」
「……エメリアは……夢魔なんだ。でも、体質のせいで男の人の魔力が吸えない」
「……」
騎士団長の問いかけに、リディアさんが短く答えた。夢魔ってことは……やっぱり人間ではなかったのか。それだけ解ると、騎士団長は背中にひるがえしていた大きなマントを取って、リディアさんとエメリアさん2人まとめてかけてあげた。
「村へ戻ろう……あとのことは、街へ帰ってから考えればいい」
「兄さん……」
「義兄さん……」
「エメリア君の義兄さんになった覚えはない……」
俺には詳しいことは解らないけど、今の答えで騎士団長には全て伝わったらしい。失踪事件が解決したと見て、騎士団長は村に戻ろうと、来た方角へ足を向けた。そんな中、アネットさんは俺を抱き上げつつ、ささやかに騎士団長を呼び止めた。
「あの、だんちょーさん」
「……?」
「さっき聞こえた悲鳴の件、解決してなくない?」
「……ああ。解っている」
そう言いながらも、完全に忘れていたという素振りで騎士団長は戻ってきた。いい人なんだろうけど、なにかと格好がつかない……。
第29話へ続く




