第2話『ファンタジーの世界』
ゴーレムって、ゲームに出てくる石のモンスターだよな。石に転生したいとは言ったけど、まさか石のモンスターになってしまうとは思いもしなかった。ステータス画面を見ると、強さを表すレベルが999になっている。レベルの数字の上には小さくMの文字がついていて、これはレベルがMAXで止まっている表記と考えられる。
ゴーレムか……すると、生き物ではあるのかな?お腹がすいたら、何を食べたらいいのか。寿命は何年くらいあるのか。俺はステータスの各項目へ目を通していく。寿命、空腹度、疲労度といったパラメータはある。でも、灰色に網掛けされていて、数字も/で伏せられている。
『寿命は存在しません』
『空腹は存在しません』
『疲労は存在しません』
網掛けされた場所へ念じてみたところ、そのようなメッセージが現れた。やっぱり実体は岩だから、寿命といったものは存在しないらしい。この世界に来て30分は経った気がするけど、まだお腹も空いてはいない。そもそも、手足もなければ口もない。全ての欲が取り払われ、お坊さんか賢者にでもなったような気分である。
「……」
寿命や疲労はないのだが、それ以前に体力や、攻撃力といったものも数字が振り切ってしまっていて、もはやメーターに伸びしろがない。きっとゲームなんかでいう、壊せないオブジェクト扱いなのだ。倒せないものと、わざわざ戦う人はいない。その点、俺にとっては好都合に感じられた。
「……」
細かい文字を見ていたら、精神的に疲れてきた。体に疲れはないけど、心まで無敵ではないようだ。俺はメッセージやパラメータのウィンドウを視界の隅にしまい込み、遠くまで続く大海原へと目線を動かした。大きな船が頻繁に行き交っていて、港町と貿易港があるであろうことが解る。
……遠くから船の汽笛の音が届く。船からは白い煙が上がっている。あれの推進力はなんだろうか。ステータス画面には魔力という項目があったから、それをエネルギーとして活用している可能性も考えられる。まあ……俺はゴーレムだし、もし魔法のようなものが使えたとしても、きっと岩を飛ばすくらいのものだろう。地味かな。
「……」
静かだ。木々のざわつき。ケモノの鳴き声。風の吹き抜ける音。環境音に身をゆだね、すっと瞳を閉じてみる。世界は動き続けているが、俺は生き急ぐ必要もない。有意義かつ無駄に時間を受け流していく。ゴーレムって穏やかなモンスターの印象があるけど、心臓に急かされることもないから、自分のペースを保って動いているだけなのだろうと思う。
「……」
異界のゲートを管理している神様……名前は解らないけど、あの方が俺を送り出す前に、『インターネット』の話をしてくれていたな。端末もないのに、本当に使えるのかな。インターネット……インターネット……そう念じてみたところ、またしても視界の隅からパソコンのウィンドウらしきものが現れた。
『GOGOLE 検索「 」』
指でマウスを操作する感覚そのまま、ウィンドウの中にあるカーソルを動かす。ウィンドウには検索サイトのトップページが表示されていて、思うがままに文字も入力できる。音楽も聴けるのだろうか。俺は好きだった歌手の公式動画を探し、試しに再生ボタンを押してたる。ヘッドホンさながら、小気味のいいロックサウンドが聞こえてきた。
でも、激しいメロディは穏やかな景色にあわなかったので、バラードの曲をリンクから辿って探してみた。それをループ再生に設定して、そのままウィンドウを閉じてみる。同じようでいて、変りゆく景色。心に負荷のない音楽。この世界に来て不安だった気持ちが、多少はリラックスできた気がする。
「……?」
眠ってしまおうか。心をぼやっとさせたところで、何かが俺の体に登ってくるのを感じた。目を動かして、その正体を探った。あれは……なにか、黒くてモジャモジャした生き物だ。リスに似ているけど……でも、耳は長い。口には硬そうな木の実をくわえていて、俺の上まで登ると、その木の実を俺にカンカンと叩きつけ始めた。
叩かれた……とはいっても、痛みはない。俺の体の硬さが、木の実割りに都合がよかったのだろう。すぐに木の実の殻は砕けて、中から柔らかな実が転がり出てきた。それを頬張り、木の実のクズをシッポではらいのけると、リスのような生き物は森の中へと去っていった。かわいかったな。どんな生き物のなのかと気になり、ステータスの詳細を調べてみる。
『生物名:ルポス 臆病な性格であり、自分に危害を加えると判断した生き物には、大きな尻尾を使って木の実を投げつける。投げられた木の実の速さは弾丸にも匹敵』
レベルも高くないし好戦的ではないにしろ、敵と見なされたら危険な生き物ではあるらしい。俺は岩だから、攻撃される心配もないし、見る分には愛らしい容姿だから、また来てくれたら嬉しい。ここが木の実を割るのに適していると知れば、仲間を連れて集まってくるかもしれない。
「……?」
ふと、インターネットブラウザにある日付と曜日に気がついた。地球、日本の日付では、今日は月曜日となっている。俺が死んだのは火曜日だったはずだから、それから1週間近くは経っていることになる。死んですぐ、ここに来たわけではないようだ。
一週間ってことは……楽しみにしてた新作のゲームも発売されているのか。そのゲーム名を記憶から引っ張り出すと、すぐにゲームのタイトル画面が頭の中に映し出された。指でコントローラを操作するのと遜色なく、ボタンを押す感覚でゲームを開始することができた。
『モンスターハントワールド スターバージョン』
これはシリーズ物の10作目で、旅をしながらモンスターを捕まえていく、育成要素に特徴のあるテレビゲームだ。他のプレイヤーとの交換も主だった要素の1つだけど、俺は可能な限り1人プレイを貫くライトユーザーである。俺自身がモンスターとなった今、これを遊ぶのは感慨深いような……複雑な心境でもある。
まだ見ぬ世界の冒険。未知の生物との交流。俺の目の前にはリアルにファンタジーの世界が広がっているのだけど、ふみ出すのは怖いからゲームの中で冒険を進めていく。のめり込むようにゲームをプレイし続け、2人目のボスを倒した頃には、空も暗くなり初めての夜が近づいていた。
「……」
夜空だ。ゲームをセーブして終了し、ふと空の暗さと明るさに興味を移した。地球では見た事がないほどの、透明感と奥行き感のある夜空。空一面を、黒い宝石で作り上げたみたいだ。クリスマスのイルミネーションを思わせる、色鮮やかな星々が点滅している。あまりにキレイで……キレイで……ちょっと寂しさが込み上げてきた。
そういえば、うちの母さんはブログをやってるんだった。もっぱら、書かれているのは飼っている犬のことばかりなのだが、もう3年も続いているのだから立派である。インターネットブラウザを開き、検索してブログを探してみる。
「……」
ここ1週間はブログも更新されていない。それもそうだよな。俺が死んでしまったのせいで、色々と忙しいのだろう。ブログどころではないはずだ。
「……」
書きこみ可能かどうかは解らなかったが、試しにブログのコメント欄へメッセージを打ち込んでみた。あっ……送信もできるみたいだ。どうしよう……。
「……」
『ブログ、がんばってください。楽しみにしてます』。そんな当たり障りのない文章を残して、俺はブラウザーを閉じた。改めて目を上に向ける。夜空がキレイだ。別々の世界ではあるが、俺も……俺の家族も、同じような夜空の下で、今も生きている。
続きます。




