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第27話『宴会』


 「うわぁ。おっきいお魚。どっから持ってきたの?」

 「うちのお父さんが、漁港の知り合いからゆずってもらったと言っていました」


 アネットさんも見た事がないくらい、なかなかお目にかからない魚らしい。あのダイマグロを回転させながらあぶっている人が、ジェムちゃんのお父さんらしい。華奢でおしとやかな娘さんとは違い、お父さんは血管が肌に浮き出るくらい体はムキムキだ。


 火であぶられたダイマグロの皮はパリパリと剥がれ始め、その身からあふれ出た油が火に落ちるとポシュポシュと音を立てた。事前に魚の表面には切り込みを入れてあるから、内部までじっくり火が通ると見られる。においはどうかな……。


 「……」


 嗅覚スキルをオンにしてみる。マキの焦げるにおいに混じって、焼き魚……というよりは、むしろ焼き肉に近い香りが漂ってきた。


 この世界に来てから食事はしていないが、前世で焼肉屋に行った時の記憶が呼び起こされた。俺はトントロという脂っこい部位が好きで、そればかり食べていたんだけど、父さんは胃がもたれるからと言って、脂の少ない物を選んでいたっけ。なつかしいな……。


 「ダイマグロ……私は生でしか食べたことがない」

 「リディアちゃん。お魚は生で食べたら、お腹が痛くなっちゃうよ?」

 「うちでは、生で食卓に並んでいたのだが……」


 アネットさんの注意を受け、リディアさんは不思議そうな顔をして考え込んでいる。お魚なら毒などがなければ、お刺身で食べてもよさそうだけど……この世界では焼きが基本なのかな。でも、日本国外の人は、あまり魚介や卵を生で食べないと聞いたことがある。理由は、食中毒の恐れがあるからなのだろう。


 「……」


 そうか。この世界では食材を冷蔵する技術が広まっていないから、食べ物には基本的に火を通すのか。とすると……リディアさんの家は、常に新鮮なものが食卓に並ぶ環境だったわけで、冷蔵庫に似た道具があったとか、毎日のように市場から仕入れができたとか、そういった理由で生食が可能だったのかもしれない。なんにせよ、上流貴族だ……。


 「ほら、フローラ。ここに座りなさい」

 「……」


 50歳は超えているであろう男の人が、若い女の人の体を支えながらやってきた。ダイマグロを焼いている近くの切り株へ、その女の人はよろよろと座り込む。あの人は……魔人の巣にとらわれていたフローラさんだ。彼女が来た事に気づいたジェムちゃんのお父さんが、魚の焼けた部分を切り出して、お皿に乗せて差し出した。


 「食べられるか?」

 「ありがとう……」


 フローラさんは魚の肉をスプーンでほぐして、少量だけ口に入れて噛みしめている。騎士団のテントで応急処置を受けたからか、救出された時よりも顔色はよく見える。フローラさんの父親らしき男の人が、心配そうに声をかけつづけている。


 「体に傷も多くなかったし、後遺症もないそうだ。騎士団の方々に感謝しないとな」

 「うん……」


 お父さんの呼びかけにうなづいて、フローラさんは騎士団のテント付近にいる……お医者さんの男の人を見つめている。


 「……」


 フローラさんは顔を赤らめているが……フローラさんを助け出したのって、騎士団長だよな?でも、意識を取り戻した時に目の前にいたのは、体の検査をしていたお医者さんだったかもしれないし、そしたら好きになってしまっても……まあ、仕方がない。


 「……」


 なお、騎士団長はクッキーみたいなものをぼそぼそと食べつつ、村のはじの方から遠巻きにリディアさんを見つめている。その目は……俺の目の前で焼かれている魚のものと同じで無気力である。魔人のアジトへ潜入した疲れがあり、まだ体調も万全に戻っていない様子である。


 「みんなー!宴会の用意を始めてくれー!」


 リンちゃんのお父さんが荷馬車と共に村へと戻ってきた。そして、無事そうなフローラさんの姿と、フローラさんの父親の笑顔を確認した後、大きな声で宴会準備の合図を出した。村の人たちはテーブルを外に運び出したり、食器やボトルを並べたりしている。村人に呼ばれ、騎士団の人たちも焚火の近くへとやってきた。


 「リディア!お酒だ!」

 「そのお腹で飲むのか?それに今回の作戦……私たちは、何もしてないぞ」

 「本当に妊娠してるわけじゃないですし……今日はリディアを酔わせたいので」

 「酔わせてどうするつもりだ……」


 妊娠している訳じゃないのはエメリアさんの言う通りなのだが、リディアさんは大きなお腹のままお酒を飲むのは気が引けるようで、悩ましい表情でお腹をなでている。30分ほどで宴会の準備も整い、まだ空も明るい内から夕食会が始まった。


 「どうぞどうぞ、飲んでください」

 「騎士団長!飲んでいいっすか!?」

 「ああ……どうぞ」


 騎士団長からの承認を受け、騎士団の人たちもグラスにお酒をもらう。アネットさんはお酒を飲める歳ではないのか、リンちゃんたちと同じ黄色っぽい飲み物をもらっている。


 「クリスはお酒じゃないのー?」

 「俺、酒が残る体質だし……明日に響きかねないからやめとく」


 クリスさんはお酒に弱いようで、アネットさんと同様にジュースで乾杯していた。そこへ、リンちゃんが何かを転がしながらやってきた。


 「お祝いだから、ヒカリちゃんも連れてきた」

 「ワンコロちゃん。また石とくっついちゃダメだよー」

 

 また俺が石と合体して大きなオオカミになるといけないとして、アネットさんは足元にいた俺を肩下げバッグへと入れた。そこから顔だけ出して、俺はテーブルに乗った料理をながめている。肉料理や魚料理。お酒のおつまみっぽいもの。焼き菓子なんかもあるな。調理場で作っていなかった出来合いらしき料理は、リンちゃんのお父さんが街で仕入れてきたものと考えられる。


 「おお。あの魚……食べ終わったのか?」

 「あんなでっかかったのに、もう残ってねぇや」


 騎士団の人の声を聞いて、焚火で焼かれていた魚へ目を向ける。本当だ……もう骨しか残っていない。みんな、お腹がすいていたのかな。なお、俺の前にも料理を出してくれてはいるのだが、飲み込む器官も消化する胃液もないから、残念だけど食べることはできない。食欲がないのかと、アネットさんに心配されてしまう。


 「ワンコロちゃん、食べないの?」

 「そういや、そいつ。博士に見てもらったのか?」

 「ハカセ、閉じこもったっきり出てこないから、まだアネットも会ってないんだ」

 

 そういえば、博士と呼ばれているおじいさんは宴会に姿を見せていない。研究熱心な人だ。一方、エメリアさんは他の誰よりも宴会を楽しんでおり、お酒をたくさん飲んだせいで顔も紅潮している。


 「リディア~。今日、一緒に寝ようよ~」

 「お前、今日は魔力は使ってないだろ……それに、こんなお腹だし」

 「いい気分だから、今日だけお願い……」


 なんだかんだで押しに弱いらしく、リディアさんはエメリアさんの要求を飲み込んでいる。一緒に寝るのと魔力のことって、何か関係があるのかな。それとも、2人とも酔っているから、やや会話がかみあっていないのだろうか。その辺りは解らない。


 「……」


 遠くの方で、フローラさんがお医者さんにお酌しようとしているのがうかがえる。ただ、お医者さんもお酒は飲まない人なのか、丁寧にお断りされている様子であった。そうこうしている間にも空は暗くなって、お腹がいっぱいになった人や、泥酔した人たちは各々の家に戻っていった。


 「お休みなさい~」

 「では……お先に失礼します」


 エメリアさんに腕を引かれて、リディアさんもリンちゃんの家へと先に帰っていった。明日には、2人のお腹も元に戻っているといいな。あと、胸もあまり大きくなっていないことを祈ろう……。


 「明日の昼前には出発だ。アネット、早めに寝とけ」


 「えー。なんでアネットだけ?」


 「毎朝毎朝、起こしても、なかなか起きねぇし……俺はお前の母ちゃんじゃねぇんだよ。てめぇで起きろ」


 普段の寝起きの悪さから、アネットさんは先にテントへと戻るようクリスさんにすすめられている。すると、彼女のバッグに入っている俺も今日は撤収だ。俺とアネットさんは騎士団のテントに入り、就寝に向けて準備を始めた。


 「装備、重かったー。外しとけばよかったなー」

 

 リディアさんや騎士団長に比べると軽装だが、アネットさんも肩当てなどの防具は体につけている。それらを全て外した後、バッグに入っていたチューブを口にくわえて、グッと中身を飲み込んだ。これは多分、歯みがきみたいなものだと思われる。


 「ワンコロちゃん、おやすみ~」

 

 アネットさんは俺を両手に包み込み、寝袋に入って目を閉じた。10秒もしない内に寝息が聞こえてくる。よっぽど疲れていたのかは解らないが、なかなかの寝入りの早さである。


 「……」


 明日、俺はアネットさんと一緒に帝国へ行くのかな。それとも、途中で森に返されるのか。とにかく、みんな無事に帰還できそうだし、村の人たちも幸せそうでよかった。宴会が名残惜しくて、俺はリンちゃんの家の前に戻された丸い石へと意識を転移させてみた。


 「……」


 騎士団のお兄さんたちや、村のおじさんたちが、まだ焚火を囲んで談笑している。騎士団長は村の入り口付近で、まだぼーっとしているのが見えた。俺は歓談に入っていくことはできないけど、こうしてながめているだけで、ちょっと楽しい。そのくらいの距離感が、俺には丁度いいのだと思う。


 「……?」


 リンちゃんの家から、女の人の声が小さく聞こえてくる。リディアさんのもののような気がするけど……ちょっと苦しそうな、はずかしそうな、声にならない声である。今日はエメリアさんと寝るって言ってたから、お酒の入ったエメリアさんにイタズラされているのかな。


 「……」


 焚火が徐々に小さくなり、村に本格的な夜がやってきた。俺も眠ろう。そう考え、ゆっくりと視界をうすれさせていく。


 「……?」


 近くで何か物音を感じたように思い、ふと俺は目をさました。宴会に人の姿はなくなっていて、残っているのは警備をしている騎士団長と、他数名だけであった。時刻は真夜中だ。


 「……」


 数日前に見た忍者の人もいなさそうだし、近くに村の人もいない。音がしたように思ったのは、やっぱり気のせいかな。焚火や家の灯りが消えて、星の明るさが際立っている。満天の星空を観察した後、やすらかな気持ちで俺は再び眠りについた。


 「……エメリア!」


 突然、リンちゃんの家のトビラを開いて、リディアさんが飛び出してきた。もう空は明るい。朝だ。リディアさんのお腹もかなり小さくなっているようで、アーマーを着込んだ姿で村中を見回している。


 「……エメリア」


 手に持っている紙を見つめてから再度、リディアさんはエメリアさんの名前をつぶやいた。大きなネズミみたいな生き物へごはんをあげていたリンちゃんのお父さんが、リディアさんを見つけてアイサツながらに声をかける。


 「おはよう。どうした?」

 「はい……すみません。エメリアを見ていないだろうか」

 「……いや、見てないけど?何かあったのか?」

 「それが……」


 どうしたんだろう。あわてた態度を隠すこともできず、リディアさんはリンちゃんのお父さんに告げた。


 「エメリアが……家出してしまった」

 「……?」


 ……家出?

 

第28話へ続く

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