第21話『遭遇』
湖へ帰っていった魚たち。あれが水の中にあった街の住人なのだろうか。でも、俺と一緒に吹き飛ばされてたし、やっぱり違うような気もしてくる。日本では村がダムの底に沈んでいる……なんて話を聞いたこともあるけど、あの湖は人工的な貯水池には見えなかった。とすると……あれは。
「……」
予想の域は出ないけど……湖から俺を追い出した巨大なヘビのようなものが、街をほろぼして水に沈めてしまったとか。もしくは、水害で誰もいなくなった街をずっと守ってるとか。考えれば考えるだけ不思議だ。ヘビさんが不快にならない範囲で、いつかは調査させてもらいたい。
「……」
そうだ。あのヘビのようなものが魔物として扱われているなら、ラーニングスキルの一覧に新規登録されているかも解らない。俺はスキル習得画面を開き、見覚えのない名前が増えていないかと探してみた。
『ラーニングスキル ???????』
モンスター名の一覧の一番下に、?マークの並んでいる行があった。前まではなかった気がする。俺がヘビらしき太い管を直視していた時間は15秒くらいで、全体像はつかめていない。以前、大きな恐竜のような魔物を見た時は、一部しか見ていなくても名前が表示された。つまるところ……あれは普通の魔物ではない可能性が高い。
?マークの行を選択してみる。生き物に関する説明文などもふせられていて、姿も表示されていない。けど、文字の並んでいる項目が1つだけあった。特徴……?
『特徴:擬態オリハルコン甲殻』
甲殻。あのヘビらしきものでいうところの、ウロコにあたるものかな。オリハルコンというと……俺の体を作っているものと同じ名前だ。騎士団に同行していた博士ですら、詳細を語らない鉱物。待てよ……。
「……」
俺は石に転生した。それと同時に、この世界に石の体が形成された。そう勝手に考えていた。だが、本当は違うんじゃないのか?あそこに元から岩があって、それに俺の意識が宿った。すると……今の俺は。この体は……なにものなんだ?
「ミーミー!」
「……?」
ステータス画面を開いたまま思案していると、どこからか甲高い音が聞こえてくるのに気づいた。ウィンドウを閉じて、森の緑へと顔を上げる。
「ミミミミ」
なんか……リスみたいな、ウサギみたいな……ピンク色の毛並みをした小さい生き物がいる。それがミーミーと鳴きながら、俺の前でピョコピョコしている。かわいい。
「ミミミミ」
にょろにょろしたシッポを大きく振っている。もしや、これ……威嚇されてる?そうか。俺は今、オオカミの姿だから、敵だと判断されているのか。ここが、この生き物の縄張りなのかな。逃げ出してもいいのだけど、別の生き物に見つかっても同じことになるだろうし、ここは石の姿に戻ってやりすごそう。
「……ミッ!?」
ぐるんと体を丸めて、俺は丸い石に変形した。俺の姿が変化したが為に、小動物はビックリして何歩か後ずさっている。これは、ただの路傍の石だ。俺は路傍の石。あなたに何も危害はくわえないので、どうか穏便に。立ち去ってください。
「……」
……なんか、逆に近づいてきたぞ。俺に前足をのっけて、もふもふしたお腹をこすりつけてくる。何をするつもりなのか。かじりついている様子はないし、木の実と間違えている訳じゃないらしい。そして、転がり始める俺の体。
「ミミミ……」
ゴツゴツと音がしている。これ……間違いなく、運ばれているな。小さな前足で俺を転がしている。たまに俺の転がるスピードについていけず、小動物は自分を置き去りにしたりしている。俺の視点は固定されているから目を回す心配はないが、あちらは一生懸命に転がしているから逃げ出すのも申し訳ない。ためしに、ちょっと踏みとどまってみた。
「……!」
俺の転がろうとする力と、あちらの転がす力が拮抗して、ピタリと動きが止まった。押せども動かず、小動物は俺から少し離れて様子をうかがっている。
「……」
やや顔をしかめていた小動物だったが、押す方向を変えて再チャレンジしてきた。結構、頭がいい。ああ……なんか、いいな。もう、いいよ。好きなだけ転がすがいいぜ。俺を好きにするがいい。俺は体の力を抜いて、小動物のお気に召すまま転がされることにした。
「ミミミ……」
うれしそうだ。俺も自分で動かなくていいし、橋のかかっている山の方へと運んでもらっている気もする。まあ……その内にでも飽きるだろう。俺は、ぼんやりと空へ目を向けた。
「……」
今日は天気がいい。砂をまいたみたいに雲がかかっていて、それらは広い空の中に遠近感を持って流れている。そんな雲より、もっと遠いところに、ポツンと茶色い点が浮かんでいる。俺の体についたゴミかとも考えたけど、雲に隠れたり現れたりしているから、やっぱり空に浮いていると見られる。あれは……島かな?空に島が浮いている。
「……」
俺の頭上を、鳥に似た生き物が飛んでいく。俺も鳥に変形したら、空を飛べるようになるのかな。以前、体重を軽くしたら浮かびあがってしまったことがあるから、飛んでいるふりくらいはできるかも解らない。鳥の姿は遠目に一瞬、影くらいしか見えなかったから、まだラーニングスキルには追加されていないかな。
「……」
地面を転がされ、ゴロゴロとした音が聞こえている。体に伝わってくる振動。電車の座席に乗っている時の感覚を思い出した。う~ん……だんだん眠くなってきた。
「……騎士団長。魔物です」
「……?」
人の声がしている。俺は閉じていた視界を広げ、声の主へと目を向けた。あ……目つきの怖いお兄さん。じゃなかった……お姉さんだ。騎士団の人たちが、数メートルはなれたところから俺を見つめている。しまった……変な生き物に転がされている内、騎士団に追いついてしまった。
「ミミミミ……」
「魔物って、クリスー。あれ、ネココじゃーん」
「なんにせよ、魔物を見つけ次第、隊のリーダーへ報告するのが決まりだ……」
クリスさんの報告にアネットさんが笑っている。ネココ……ってことは、このピンクの毛をした小動物が、何かと話題に出ていたネココなのか。騎士団長が隊を待機させ、俺の方へと静かに歩み寄って来る。
「私が魔物を追い払う。みんな、下がっていて欲しい」
「だんちょーさん。魔物って、どう見てもネココじゃん」
「希少種の桃ネココだ。帝国のペットショップでも見た事がない」
そう言いつつ、騎士団長は剣も抜かずにピンクの生き物に手を差し伸べている。もう、完全に自分が触りたいだけの雰囲気が満々なのだけど、そんな騎士団長の気も知らず、ネココは俺を置いて逃げて行ってしまった。
「ああ……」
ネココのピンク色が森の緑にまぎれ、木の葉の揺れる音も遠ざかっていった。残念そうな声を出しつつも、騎士団長は俺を片手で持ち上げた。
「何か置いていったぞ」
「騎士団長。収集素材は、すみやかに収集班へ」
「私へのプレゼントとも考えられる……」
「騎士団長。収集班へ」
騎士団長は可愛い生き物が好きなのか、俺を握りしめて嬉しそうにしている。だが、任務中に拾った物は収集班と呼ばれる人たちが管理するらしく、俺は収集班の人へと奪い取られた。まじめそうな男の人は俺を手の中で転がし観察していたが、ふと目を細めながらアネットさんへと声をかけた。
「アネット弓兵。こちら、あなたが犬に巻いたものでは?」
「なになに?」
収集班の男の人は、俺の体からはみ出たものを指にひっかけて、ぶらさげるようにしてかかげた。あ……しまった。アネットさんにもらったリボンが、体からはみ出している。
「これ、アネットがワンコロちゃんにあげたリボン……」
「んじゃあ、これが……あの犬なのか?」
ばれた……どうしよう。動揺している俺だったが、さらにアネットさんとクリスさんがボロボロと泣きだしてしまい、より一層の困惑に襲われる。
「……ワンコロちゃんが……ネココに殺された」
「アネット……ネココは草食だし、虫くらいしか殺せねぇぞ」
大粒の涙を流しながらも、クリスさんがフォローを入れてくれている。とはいえ、自分のあげたリボンをつけた石が出てきたら、死んでしまったと勘違いするのも仕方がない。産まれて初めて、女の子を泣かせた。罪悪感が凄い。すぐに俺は体を動かし、小さなオオカミの姿へと変形した。
「……わん」
「……ワンコロちゃん!生きてた!」
「心配させやがって……」
俺の顔を見て、アネットさんの表情が明るくなった。クリスさんも俺の頭を拳でぐりぐりしてくる。騎士団長の大好きなネココもいなくなってしまったので、足を止めていた騎士団も移動を再開した。スキップながらにアネットさんは、俺を胸元へと大事にしまった。
「やっぱし、ワンコロちゃんにはアネットがいないとダメなんだよねー」
「……」
結局、一緒に帰ることになってしまった……でも、みんな笑ってくれているし、今はこれで良いことにしておこう。
第22話へ続く




