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第1話『石になりたい』

不定期連載です。次回は書けたら掲載します。


 死にたくないから生きてるだけ。死んでも迷惑をかけるだけだから生きてるだけ。そんな日々を送っている。


 別に学校でいじめられているとか、厳しい家庭環境に悩んでいるとか、そのような息苦しい理由ではない。ただ、俺には人生の目的が何もない。世の中、魅力のある人間や才能のある人間というのは、物覚えのつかない子どもの頃から、考え方や生き方に光るものがあるのだ。そんなものは、俺の中には微塵も見当たらない。


 「おい、石田」


 ここは高校の教室。生徒たちが帰宅を始めた放課後、あまり話をしたことのない同級生から声をかけられた。彼は見るからに体育会系といった風貌で、冴えない俺の人生では関わりの薄い人間である。なんだろう。怒られたらイヤだな。なるべく悪印象を与えず、そつなく会話を終えたい。俺は相手の顔を見ず、首元辺りへ視線を向けたまま返事をした。


 「……はい」

 「これ、科学室にあったって。石田のだろ?」

 「……あ。ごめん」

 

 彼が差し出したのは、まぎれもなく俺の勉強ノートだ。名前とクラスが表紙にかかれている。教室を移動した時に、忘れてきていたのか。気づかなかった。


 「俺じゃなくて、見つけたのは、あの子だから。それじゃあ」

 

 開いたドアの外、廊下に同学年と思しき女の子の姿が見えた。彼女を指さし気さくに告げると、ノートを渡しに来てくれた同級生は大勢の友達と教室を出ていった。俺のノートを見つけてくれた別のクラスの女の子も、一つお辞儀を見せて足早に去っていった。


 「……」


 俺はノートを手に持って、急いで教室を出た。この子だっただろうか……あまり顔を見分ける自信がなかったので、わざと追い抜いて、相手の反応を見てから話しかける。


 「あの……」

 「あ……はい」


 俺は喉から声を振り絞って、なるべく短く、事足りるようにだけ謝罪した。


 「ごめん」

 「いいけど、見つかってよかったね」

 「ごめん。じゃあ、さよなら……」


 女の子から逃げるように、俺は教室へと戻っていった。胸が痛い。人に迷惑をかけてしまった。女の子を追いかけたのも、感謝の気持ちを伝えたかったからじゃない。女の子と話をしたかったからでもない。ただ、冷たい人間だと思われたらイヤだったから、最低限の礼儀を通しておかなければと考えただけだった。


 「……」


 こんなことになるなら、ノートをなくした方がマシだった。俺の不注意で、誰かの手をわずらわせた。言葉に不足のある会話をした。これだけのことで、俺は夜も眠れなくなるくらい不安になる。今も一早く、ここから消えてしまいたいという気持ちしかない。逃げたい一心で勉強道具をカバンに詰め込む。


 早く帰ってゲームでもしよう。オンラインゲームは苦手だ。1人で遊べるものがいい。誰にも気をつかわないで、イベントを探したり、レベルを上げたり。そうしている時が俺の至福の時だった。自転車で進む街の道中には人がいっぱいだ。交通ルールを守って、俺は自転車のペダルを強くこいでいく。


 駅の近くを通り、徐々に住宅街へ抜ける。ここまでくれば、少しスピードを出しても問題ない。ブロック塀越しに車や人が来ていないことを確認しつつ、俺は近道を選んで曲がり角を進んだ。


 「……うわっ!」


 角を曲がった。そこには1匹のネコがいた。ぶつかる!危ない!混乱した俺は、よろよろと自転車のハンドルを左に切る。ズルッと音がしてタイヤが横に滑り、側溝へと自転車がつっこむ。そのまま勢いよく、俺は自転車から投げ出された。


 「うっ……」


 体を断ち切られたかのような、動けないくらいの痛みが体中に走る。かろうじて目だけは開く。自転車は壊れていなさそうだ。よかった。そう安心した次の瞬間、頭から血の気が引いていくのを感じた。


 「……」


 ぼーっとする。強制的に意識をシャットダウンされるような恐怖心が、痛みに次いで胸をついた。赤いものが、だらっと目元にたれてきている。その視界の向こうに、さっきの猫がのぞきこんでいる。ネコの首輪には鈴がついている。飼い猫か。


 まばたきをした。もう太陽の光も、自転車も、道路もない。俺は暗い部屋の中にいる。体に痛みはなくて、頭からは血も出ていない。助かったのか?でも、誰が運んでくれたんだろう。


 「石田欣二いしだきんじさん」

 「……?」


 部屋の奥に、小さな子どもが立っている。男の子か、女の子かは判別がつかない。だけど、日常生活ではおよそ見かけない、ファンタジー風の赤い着物をまとっていて、相手が人間でない事には直感で気がついた。俺の名前を呼んだ子どもは、まず深々と頭を下げた。


 「この度は不測の事、取り返しのつかない事態となってしまい、申し訳ございません」

 「……いえ、俺は……いいですけど」


 ここがどこか。どうして俺が、こんな部屋にいるのか。まだ理解が追い付いていないと察して、相手は端的に説明をくれた。


 「石田さん……あなたは自転車から落ちた際に強く頭を打ち、お亡くなりになりました」

 「……」


 お亡くなり……って、死んだってことだよな?俺、死んだのか?自分の体を見下ろしてみる。生きていた時と何も変わっていない。死んだと言われても、実感は全く湧いてこない。でも、それが本当だとしたら……俺は真っ先に家族の顔を思い浮かべた。


 「……父さん。母さん」

 「ご家族の姿を、ご覧になりますか?お話はできませんが」


 見たいといえば、最後の別れに顔くらいは見せてくれるらしい。みんな、俺の死を悲しんではいるだろう。父も母も、兄も姉も。ただ、顔を見たら俺の方が辛くなる気がして、首を横に振ってしまった。やや沈黙をはさんだ後、再び目の前の子どもは深く頭を下げ、そのまま自分の立場を示した。


 「石田さんが回避した生き物は、神の使いでございます。本来ならば、人の生死に関与してはならないもの。責任は私、地球の神めが」


 神……子どもの姿をしているが、この人が神様なのか。であれば、生き返らせることもできるのではないだろうか。俺は探り探りに事情を尋ねた。


 「神様なんですよね?だったら、生き返らせたりとか……」

 「はい。ですが、同じ人間として、死んだ人間を蘇らせることは不可能でございます」

 

 同じ人間として……ってことは、別の人間としてなら生き返れるのかな。そこまで解ったところで、神様は選択肢を俺に提示した。


 「私に可能なのは、地球に産まれる人間として、あなたに新たな命を授ける事。あるいは、別の世界で、新たな生き方を提案すること。これだけです」

 「別の世界?」


 神様が頷くと、床の真っ白なタイルに様々な映像が出された。地球では見た事のない生き物がいる場所。物理法則を無視したような場所。RPGで出てくるような世界もある。どれもフィクションとは思えないリアルなものばかりで、こんな世界が本当に存在しているのかと俺は目をみはった。


 「地球で、第2の人生を送るとなれば、今現在の記憶の保持も補償します。不自由のない環境、一般人とは比べ物にならない高い基礎能力を差し上げます」

 「……別の世界で生きるとすれば?」

 「世界の秩序に関与しない程度で、どのような希望もうけたまわります」


 また地球に戻って、なに不自由のない人生を送る。きっと、周囲からは天才と呼ばれて、夢も幾らでも叶うのだろう。でも……この卑屈な性格だ。二度目の人生を送ったところで、人と関わって楽しく生きられる自信はなかった。家族に再会できる可能性は捨てることになるけど、俺は自分への期待のなさから、地球には帰らないと決めた。


 「ごめんなさい……俺、地球には戻りません」

 「……そう……ですか」

 「ごめんなさい……俺、別の世界へ行きます」

 「だったら、こちらで引き継ぐわね」


 そう決めて気持ちを伝えると、別の人物が俺の背後から声をかけてきた。そちらには俺と同じくらいの背丈の女の人がいて、民族衣装のような不思議なドレスを着ていた。ここにいるということは、彼女も神様なのだろうか。


 「私は異界へのゲートを管理しているの。要望をくれれば、最適な場所へ送ってあげる」


 子どもの姿の神様は地球の担当で、こちらの神様が異世界への門を担当しているらしい。あまり無茶な要望を言って困らせたくはなかったけど、ここで遠慮して後々に困るのも避けたい。なるべく人と関わらず、静かに過ごせる条件を探した。


 「ごめんなさい……質問です」

 「なに?」

 「……異世界に行ったら、また人間でないといけないんですか?」


 そう質問したところ、異世界への門を管理している神様が、部屋の床で動いている映像へと指を向けた。


 「不老不死のドラゴン。海をあふれさせるクジラ。空を切り裂く怪鳥。どれでもいいわよ」

 「……」


 その世界に生きるものであれば、どんな姿にでもしてくれるようだ。カッコいい姿にあこがれはあるが、俺には似合わないし……物騒な力なんていらない。ただ、自分が絶対に無事で、誰からも放っておいてもらえればいい。そうして考え、俺は1つ思い当ったものの名前を伝えた。


 「できるなら……石になりたい」

 「石?」

 「誰にも壊されない、頑丈な石になって、ずっと景色をながめていたい……です」

 「……そう。解ったわ。こちらへ来て」


 笑われるかと身構えたものの、意外なほどに呆気なく俺の希望は承認された。異界の門を管理している神様は部屋のトビラを開いて、そちらへ俺が来るのを待っている。ついて行こうと歩き出すが、俺は地球の神様へと向き直った。


 「あの……」

 「……はい」

 「……俺の家族を、よろしくお願いします」

 「……最大限の幸福を保証いたします」


 門の神様と一緒に部屋を出て、静かに扉を閉める。壁のない長い通路を進みながら、俺は足元へ視線を落していた。理不尽に殺されたのだから、もっと怒っても良かったかもしれない。しかし、俺が自転車のスピードを上げなければ、ふせげたかもしれない事故だ。すると、真摯に謝罪と対応をくれたことにも、やや引け目を感じる。


 「ねえ。インターネット、使えるようにしてあげようか?」

 「……?」


 前を歩いていた神様が、何気ない口調で聞きなれた単語を口にする。


 「……大丈夫です」

 「ただ景色を見てるだけって、想像以上に退屈よ?一応、地球のことはインターネットで見れるようにしておくし、地球で世に出てるゲームとかも遊べるようにしておくから、使いたくなったら念じてみなさい」


 ……そういえば、好きなゲームの新作が、3日後に発売だったっけ。あれだけ楽しみにしていたのに、いざ死んだら全く気にもとめていなかった。親切にしてもらって悪い気はしたけど、善意で言ってくれているのを断るのも申し訳ないから、ここは黙って首を縦に振っておいた。


 「それじゃあ、ここで私とはお別れ。そこに立って、目を閉じれば、あなたは石に転生するわ」

 「ここですか?」


 広場のような場所の中央には、魔法陣らしきものが大きく描かれていた。そこへ俺が足を踏み入れると、魔法陣の模様に白い光が宿った。


 「転生先と、新たな姿は、私が見繕ったから。安心していきなさい」

 「……はい。ありがとうございました」


 どんな世界に転生するのか。どんな姿になって生まれかわるのか。聞いておきたい気持ちはあったけど、面倒なやつだと思われるのはイヤだった。早く1人になりたい。俺はお辞儀にあわせて感謝を告げ、ぐっと強く目を閉じた。


 意識が薄れていく。体がなくなっていく。心だけが、どこかへ流されていく。隕石にでもなったかのように、精神が空から大陸へと高速で落下していく。ふと気づいた時には、もう俺は人間ではなくなっていた。


 「……」


 暗くて何も見えない。今さっき落ちてきた時は夜ではなかったけど……どうなったのだろう。石になったから、目もなくなってしまったのか?


 「……」


 体をゆすってみた。ゴゴ……と音がして、少し体が動いた。手足はないのだろうが、人間の体と同じ要領で動かせる。大きな袋の中で体を動かしているような感覚だ。そのまま体をゆすっていくと、まぶしい光が視界に入ってきた。


 ここは……高い丘の上だ。虹色の空が、どこまでも続いている。雲は絶え間なく動き続けていて、白い竜が飛んでいるみたいだ。陸地の向こうには海も見える。水平線の近くに船らしきものがある。ちゃんと人の住んでいる世界であることが解った。


 自分の体は見えないが、目線の高さから察するに、かなり大きな石……いや、岩になったのだろう。高さだけでも5メートルくらいはありそうだ。土の上で体を動かしても、体が崩れる感触はない。かなり硬度は高いと思われる。


 周囲には誰もいない。目は好きな場所に移動できるらしく、視線をぐるっと回転させてみると、逆側に森があるのが解った。黒っぽい森の木々の上からは、見た事もない生き物の頭が覗いている。キリンみたいに首が長いのか、それほど足が長いのかは解らない。おそらく、地球にはいない生き物である。

 

 「……?」


 ふと、視界の右下に、アイコンらしきものが映っているのを知った。指でつついたりは出来ないが、そちらへ意識を集中させると、アイコンからパソコンのウィンドウみたいなものが現れた。その中には……俺が見ていた謎の生き物の全体図と名前、強さのレベルや概要なども表示されている。あれ、クレーグっていう名前なのか。草食で、体は木みたいに細長い。一応、森に擬態しているようである。


 クレーグが葉をむしゃむしゃと食べている姿は、見ていると不思議と癒されるものであった。俺は動物を飼いたいと思ったことはなかったけど、写真などで見る分には好きだった。他にも動物がいないかと、視界をぐるぐると回してみる。


 「……!」


 突然、どこかから犬の遠吠えのような鳴き声が聞こえてきた。なんだろう。俺は鳴き声のした方角、森の方へと目を向ける。すると、薄暗い森の中から、真っ青な毛並みのオオカミが何頭も飛び出してきた。見るからに凶暴そうだ。逃げた方がいいか?内心、慌てている俺に構わず、オオカミの群れは丘を下っていく。


 そうか……俺、岩なんだった。オオカミが岩を襲っても得もないだろうし、無視されるのも当然だ。本当に人間ではなくなったのだと実感しつつ、オオカミが通り過ぎても意に介さないクレーグを見つめた。襲われないってことは、気づかれなかったか、はたまた実は強いのかもしれない。再度、俺はクレーグのステータスを確認する。


 「……」


 レベル30か。さっきのオオカミのステータスは……レベル12。なるほど。それと同時に、もう1つステータス画面があることに気づいた。これは……俺のステータスみたいだ。なになに……。


 『イシダ(ギガントゴーレム):レベル999』


 ……ゴーレム?



Copyright(C)2020-最中杏湖

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっと違う石だった。石になりたいという発想は斬新ですね。そういえば昔、私は貝になりたいというドラマがありました。虫とかに転生は嫌ですが、鳥辺りならいいかも。でも狩られるのは嫌だし、特別保…
2021/10/17 06:53 退会済み
管理
[一言]  「石になりたい」で訪れましたがゴーレムとは。  確かに無機物ではありますね。
[一言] Twitterではありがとうございます 早速ブックマークさせていただきますね
2021/01/26 12:19 退会済み
管理
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