第197話『誤解』
闇の聖女の人は呼吸を落ち着けたり、リディアさんへ背中をなでてもらったりしている。コンディションチェックに数分をついやしたのち、やっと本題が始まった。
「私、私……家族と仲がよくなくて、家にいたくなくて、一人で帝国に上京してきたの」
「そうでしたか……」
「実家は下流階級だったし、他の人より魔法も勉強もできなかった。人付き合いは苦手だし、なんにも取柄なんてなかったけど、都会に来たら少しはマシになると思ったのよ」
「……」
実家の裕福度合いでいったらリディアさんとは正反対だし、仲間が多そうな上にメイドさんまで従えて、さらには聖女として期待を受けている。そんなリディアさんの様子が、本質的に気に食わなかったのも理解はできた。話を聞く限り、上京したての頃は闇の聖女の人も、まだ希望を抱いていたようである。
「アレクシア帝国は人間の作った街だから、生粋の人間だって証明できれば、他種族より優遇してくれるんだよね。実家から遠かったから、行くまでが大変だったけど」
「そうですね。最低限、就職までは融通をきかせてくれるかと」
「住むところも簡単に見つかったし、試験を受けたら仕事も斡旋してくれた。これから、人生が上向いていくと思ったのに……」
そこまで話すと喉元を押さえ、闇の聖女の人は急にうつむいてしまった。何があったというのか……。
「……水、飲んでいい?」
「どうぞ……」
普段、こんなに話すことがないからか、やや喉がイガついたようである。村で買ったものと思われる水へと口をつけ、座る姿勢をなおしてから再び語り始めた。
「ここから、新しい人生が始まる……と思ってたのに、職場でいやがらせを受けて……」
「そうだったのですか……」
職場での嫌がらせか……どこの世界でも、いじめとか、そういうのってあるものなんだな。俺のいたクラスでは、いじめがあったという話は聞かなかったが、そういったクラスの情報が俺の元へ届くルートがないから、あったとしても耳に入らないという……。
「私、国営の図書館に勤務が決まったの。本を読むのは好きだったし、住んでた場所からも近かったから、それ自体には反対もしなかった」
「帝国のパール地区にある図書館ですね」
「基本的な業務は、返却された本を元の場所に戻したり、利用者を案内したり。そんなに怒られることもなかったし、順調だったのよ……なのに」
「……」
……。
「勤務を始めて一年くらいして……ある日、館長に呼び出されたの。ああっ……あなたが聖女らしいから話すけど、この話は……内緒にしといて」
「解りました」
「地下に連れていかれて……あなたには知っておいてもらうとかなんとか、意味が解んないこと言われて、部屋に閉じ込められたの。部屋に気持ち悪い絵が描いてあって、文字が体にまとわりついてきて……月が落ちてきただとか、聖獣がどうとか。聖女とか。頭の中に直接……流れ込んできたのよ」
「それは……」
「信じられないかもしれないけど、本当で……嘘じゃないの」
図書館の地下には俺もリディアさんと一緒に行ったけど、あれは……確かに驚いたな。この異世界においても、文字とか絵が動いている様というのは、なかなか見ることがないのだろうと思われる。
「それも、何度も連れていかれて……怖くて気が狂いそうだった。でも、私……図書館で一緒に働いてた人に好きな人がいたから、いやがらせに耐えて働き続けたのに……」
「あの……それは……」
「聞いちゃったのよ。その好きだった人が……聖女とか、地下の部屋の話をしているのを!あの嫌がらせの犯人は、あの人だったの!」
「その……」
「そしたら全部、ばかばかしくなっちゃって。退職届け郵送で送りつけて、住んでた場所も引き払って、帝国を出てきちゃった……」
話している内にエキサイトしてしまったようで、闇の聖女の人は握りこぶしを作ったまま、ぜぇぜぇ息を荒げるくらい、一気に言葉を吐き出した。恨めしい形相を前にして、リディアさんも「あのその」しか発することができないでいる。
「あの……それは……」
「はぁ……しばらく、別の町のホテルで寝泊りしてたけど、もう帝国には行けないし……家にも帰りたくない。それで、考えたのよ。もう、聖獣を操って、世界をめちゃくちゃにしてしまえばいいって」
「そうだったのですか……」
経緯を知って納得はしたが、なかなか過激な発想ではある。一通り語り終えたところで、闇の聖女の人は顔色を悪そうにしつつ、リディアさんに背中を向けた。
「……どうせ、バカにしてるんでしょ。解ってるわ」
「……信じますよ」
「……」
やっと話を聞いてもらえそうな空気になったところで、リディアさんは闇の聖女の人との間をつめつつ、そっと寄り添うようにして声をかけた。
「図書館の地下には、私も行きました」
「……え?」
「動く絵や文字も見ましたので、あなたの話が本当だと知っています」
「……」
リディアさんの発言を受けて、闇の聖女の人は信じていいのかどうかといった、やや怪しむような表情を見せている。戸惑った様子で顔をそむけ、おろおろと闇の聖女の人が言葉を返す。
「あ……あなたも、いじめられたの?」
「いえ、聖女について調べていた際に図書館へ立ち寄りまして、館長さんのはからいでみせていただきました」
「……怖かったでしょ?」
「私は、知り合いと一緒でしたし、館長さんも説明ながらにいてくれましたので」
そういや、図書室の地下へ連れて行ってもらう時、騎士団員のアネットさんも同行してくれたんだっけな。地下室へ続く通路も薄暗くて怖かったし、俺も1人で行けと言われたら、トラウマになってしまう可能性は大いにある……。
「聖女と関係ないのに……なんで、私……あそこに連れていかれたのかしら」
「図書館の人たちが私を見て、聖女に似ていると言っていたらしいので……あちらで働いている人たちは、一度は体験しているのではないかと」
「私、あまり職場で話さないから……」
闇の聖女の人が、孤独の権化である俺みたいなことを言っている。段々と勘違いが露呈してきて、誤解は晴れたようなのだけど……それにともなって彼女の顔色も悪くなっていく。辞職届けを出された館長さんも、なぜ辞めるに至ったのか解らずに、今も謎を抱えているかもしれない。
「すると、いやがらせ……じゃなかったのね」
「だと……思います」
「……あーっ!なんなのよ……もー!」
闇の聖女の人は思い込みが激しい上、誰にも相談できずにいたせいで、ここまでこじれてしまったと見える。俺も性格的には彼女と似たところがあるし、同じような事態に陥らないよう注意していこうと思う……。
後悔と羞恥心を額ごと地面にこすりつけている闇の聖女の人をなだめ、リディアさんは前回と違う柄のハンカチを手渡している。リディアさん、ハンカチ何枚も持ち歩いてるんだな。
「……」
闇の聖女の人は涙を拭いて、ハンカチをどうしようかと見つめている。リディアさんが手を差し出すも、やや悩んだ末に……それを折りたたんだ。
「……洗って返すから」
「そのまま返していただいて構いませんよ」
「いいから……」
闇の聖女の人は正座で座り直して、リディアさんと向き合った。ハンカチを洗って返すという言葉だけで、これから彼女がどうしたいのか、リディアさんにも伝わったと見える。そんな中、誰かが岩陰をのぞき込んでくる。
「聖女様。戻ってきた」
「あ……おかえりなさい」
現れたのは……メフィストさんだ。さっき村を出たばかりなのに、もう湖まで戻ってきたらしい。さすが、足が速い。闇の聖女の人の誤解も解けたところで、リディアさん達は焚き火の近くへと戻った。
「お嬢様……なにやら、絶叫がとどろいておりましたが」
「いえ、それに関しては……何も聞かないでください」
「事件のにおいを感じましたが、杞憂でなによりですわ……」
リディアさんと闇の聖女の人を2人きりにしてしまった次第、シロガネさんは気が気でなかったらしい。暴力沙汰に発展した訳でないと解り安堵の息を吐きながらも、自然な動作で闇の聖女の人とリディアさんを遠ざけようとしている。それはともかく、リディアさんはメフィストさんの収穫について尋ねている。
「昨晩のドラゴンは見つかりましたか?」
「どこにもいない。昨日も、すぐに追いかけたのに、途中で見失った……」
昨日、湖から帰る時、メフィストさんは俺を追いかけていたのか。彼女の足の早さなら追いつかれてもおかしくない。存在感を薄くするスキルや、視認されにくくするスキルが役に立ったと見える。
「ドラゴンは見つからなかった。でも、村でもドラゴンを見たという人がいた」
「ルッチルの村でしょうか。何か話を聞けるかもしれません。行ってみましょう」
メフィストさんの得てきた情報を頼りに、一行は村へ移動すると決めたようである。その前に……まだメフィストさんが朝ご飯を食べていない為、ひとまず皆は焚き火のそばへと腰掛け直した。
「すぐに麺がゆであがりますわ」
「うん……ありがとう」
シロガネさんが麺をお鍋に投入し、それがおたまで混ぜられている様子をメフィストさんは観察している。そんなメフィストさんの言葉が聞こえたのか、闇の聖女の人がよそよそしい態度でリディアさんに近づく。
「あの……」
「……?」
「あの……話を聞いてくれて、ありがとう」
「あ……ええ。こちらこそ、話していただき、ありがとうございます」
それだけ伝えて、闇の聖女の人は背中を見せて逃げ出すのだが、何を思ったか……すぐに戻ってきた。
「……だって、ちゃんとお礼を言わないと、嫌な奴だと思われると思ったから」
「思いませんよ……」
「それだけだから、あまり気にしないで」
わざわざ、そう伝えてから、闇の聖女の人はリディアさんから少し離れた場所に座り込んだ。その後も、本人は気づかれていないふうをよそおっているが、すごいチラチラとリディアさんを見ている。期待に応えねばと思ったのか、今度はリディアさんの方から声をかけていく。
「あの……」
「なに?」
「私はリディア・シファリビアです。あなたのお名前は……」
「……サファーナでいいから。そう呼んでもらっていいわよ」
闇の聖女の人……改め、サファーナさん。リディアさんと話せて、非常に嬉しそうである……。
第198話へ続く




