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第194話『儀式』


 ドラゴン輸送隊の目をかいくぐった俺は、ドラゴンの姿へと変形しなおし、リディアさん達がいる湖を目指して飛行を再開した。夜ということもあって空には鳥の魔獣も少なく、衝突事故も今のところはない。ただ、時たま森から大木が抜きんでている事があるからして、ちょっと高めの位置を維持しつつ先を急ぐ。


 ……しかし、飛行状態を保って、こんなに遠くまで来たのは初めてだ。地形に道のりを左右されないともあって、想像以上に進みは良好である。遠くに見えていた山が、みるみる内に近づいてくる。


 「……」


 崖上に橋がかかっている場所まで来た。あそこは……俺が魔人を通せんぼしようとした場所だな。魔人の大将が俺を排除しようとして魔法を放ったのだが、その凄まじさを物語るようにして、真っ黒な焦げつき跡がまざまざと残されている。


 まだ道は馬車が通るのも難しそうなボロボロの状態ではあるものの、前に見た時よりも随分と綺麗にはなっているように見える。村の人たち、もしくは帝国の人たちが補修を始めているのかもしれないな。


 「……」


 この大きな山を超えれば、10分もかからずに湖へ到着する。と……その前に念のため、俺はマップを開いて湖の周囲の状況を確認する。湖のふちにいる人の数は……5人。これらのマークはリディアさん達で間違いないだろう。あとは、魔獣たちが……数えきれないくらいいるな。


 「……?」


 よくよく見ると、マップの端の方にも1つだけ、人のいるマークがついているな。それに気づいて急遽、俺は空中に制止した。これは……誰だ?気にはなるけど、たくみに森の闇へと隠れているのか、どこにいるのかは把握できない。


 「……」


 謎の人物の姿を見つけることはできないのだが、なんとなく……あちらから見られているという実感はある。もう見つかってしまっているとなれば、引き下がる材料にはならない。謎の人物に動きがないか注意しつつ、俺は湖が見える場所まで移動した。


 ひとまず、ここまで来てはみたものの……このまま飛び込んで、湖に沈んでいる大きな足場へ乗ればいいのかは自信がない。それに、俺の体の大きさは家一件分くらいある訳で……このまま入ったら湖の水があふれて、リディアさん達や魔獣たちが危険だ。問題点を解決すべく、俺はスキル習得画面を開いてみた。


 「……」


 どうしようかな……事前に色々と準備してきたつもりだったけど、やはり不慮の事態というものは避けられないものである。だからといって、ここで考え事をしながら、長々と浮遊しているのもマズイ。急いで水害対策を練っていたところ、習得可能なスキルの1つが目についた。


 『吸水 レベル1 (スキルポイント1)』


 吸水……ってことは、文字通りに解釈するならば、体に水を吸収できるって事だよな。体内に水を取り込みながら侵入すれば、俺の体積とプラスマイナス0になり、あふれだす恐れはないと考えられる。一応、スキルの説明文にも目を通しておこう。


 『体に触れている液体の水分を吸収する。スキルレベルが上がるに従い、吸水スピードや吸水量を強化、吸った水分の重みを軽減する』


 説明文を呼んでみたが、これ……リディアさん達が持っているハイシリカの性質と似ているな。もしかすると、ハイシリカという物体はオリハルコンを加工して作られたものなのかもしれない。そんな想像が頭をよぎった。


 とにかく、吸水のスキルを習得しておけば、水に浸かった瞬間から体に水がしみこみ始める。スキルのレベルを上昇させることで水の重みもかき消せるから、重くて体が動かなくなるという心配もないだろう。『防水』のスキルと併用できる点が妙だが、これは……消臭と芳香を同時に行う消臭剤みたいな、いい感じの相乗効果を期待する他ない。


 「……」


 よし、吸水スキルのレベルをマックスまで上げた。いざ、湖の真上へと移動する。以前は小さな体で湖に入ったから追い出されたが、今回は簡単には引き下がらないぞ。


 「……」


 メフィストさんが立ち上がり、俺の方を見上げている。一応、予想外の事故を避けるために、俺は発光スキルをオンにしておいた。ゆっくりと高度を下げて、足の先……爪の先を水面へとつけた。


 「メフィスト様!あれは、いかようなものでございますか!?」

 「知らない……」


 酔ってテンションの上がっているシロガネさんが俺を指さし、その正体をメフィストさんへと尋ねている。こんな光りながら飛ぶ岩のドラゴンが伝承に残っているはずもなく、メフィストさんも唖然とした表情で目を細めていた。


 「……」


 水が湖からあふれる気配はまるでないが、水が体に入ってきているという実感もない。自分のスキルを信じて、重量を少しずつ増やしながら足を水に浸していく。傍目に見たら、ドラゴンが熱い温泉へ、恐る恐る入ろうとしている挙動に似て映りそうである。


 体に重みなどは感じないが、どうやら水は吸収できているみたいだな。なるべく周囲の目は気にしないようにしつつ、うまく湖の中へと入り込んでいく。


 「……」


 首元まで水につかった。だが……まだ足がつかない。思った以上に深いな。俺の体の発光で水が明るんでいるとはいえ、夜の湖に……それも、巨大なヘビさんが住んでいる湖に全身をもぐらせるというのは、それなりに怖いものである。


 あえて俺はメフィストさん達のいない方向を向いているが、みんなは後ろで、どんな顔をしているのだろうか。そう考えたら、この状況から脱却したいという気持ちが高まり、逆に水へもぐる勇気が湧いてきた。行くしかない。よし!行こう!


 「……!」


 ざぶんと音を立てて、俺は頭を水にもぐらせた。俺の体から発せられている光を水流が運んでおり、それなりには水中でも見通しはきく。水中メガネをつけたみたいに、視界もくっきりとしている。10秒ほど体は沈み続け、ついに俺のつま先が足場へ乗りかかった。


 「……!」


 着地し、ガコンと岩の擦れる音がする。足場が少し沈むのを感じる。足元から白い泡が漂ってくる。次第に、湖の底に沈んでいた建物の群が、一斉に虹色の輝きを浮かべ始めた。聖獣と思われるヘビさんが体を動かし、俺の前にある台座へと頭を乗せる。


 「……」

 「……」


 ヘビさんの目つきは相変わらず怖いのだが、巻きついてくるだとか、かみついてくるだとか、そういう雰囲気はない。ただ、なにやら品定めをするかのようにして、俺の体をまじまじと見つめている。


 「……!」


 俺の体が水を吸い続けていた為か、湖の水が減って俺の頭部が水から出た。ヘビさんは何かを待つようにして、じっと台座に頭を乗せたままでいる。俺もヘビにらみされた気持ちで、身動きもせずに審判の時を待っている。これから、どうなるのだろう……。


 「……」


 湖の水が減り続け、ついにヘビさんの顔が水から上がった。その時、その大きく見開いた眼が、俺の背後へ向けられたのに気づいた。俺はぎこちなく体を動かし、そちらの方向へと首を揺らして振り向いた。


 「……」


 リディアさんが湖のフチから、俺の様子をのぞき見ている。俺が飛来したのを発見し、誰かが起こしてきてくれたのだろう。突然、リディアさんの胸に下がっている小さなオリハルコンが、使命感を帯びたようにして輝き始めた。


 「……!」


 目の前が一瞬、真っ白になる。次の瞬間、虹色のエフェクトと共に大きなメッセージが表示された。


 『質量解放 レベル2』


 湖の底に沈んでいた建物が全て、金属質な虹色へと変色していく。ガランガランという音が聞こえ、俺はヘビさんのいる方へと顔向きを戻した。ヘビさんの体を覆っていたカラが開き、その下に隠れている白い素肌が露出した。


 『ラーニングスキル レーンクートンを解放』


 ラーニングスキルについてのメッセージが現れる。レーンクートン……それが、このヘビさんの名前なのだろうか。ラーニングスキルの画面を開く。その一番下にあった『???』という項目が、レーンクートンという表記に変わっているのを確認した。


 今までヘビさんの姿を見てもラーニングできなかったのは、外殻が障害となっていたからなのだろうか。しばし、ヘビさんは美しい白い体を見せつけていたが、俺とリディアさんを一瞥した後、水の中へと潜っていってしまった。足元の建物や台座も、次第に光を落ち着けていく。何かの儀式が終了した。それだけは、何となくだが俺にも感じ取れた。


 このまま立ち去っていいのかも解らず、とりあえず俺は自分のステータスを開いてみた。ステータスに『純オリハルコン質量』という項目が増えており、特に細かな数字もなくざっくばらんに『レベル2』と書かれている。


 「……」


 オリハルコンの質量が増えた。ということは、俺の体が大きくなったとも受け取れる。体の材料となったものは……1つしか思い浮かばない。俺の考えが正しいとすれば、あれができるはずだ。俺は意識転送の画面を開き、そこにある『湖底遺跡』という項目を選択した。


 『場所:湖底遺跡』


 やはり、俺の視点は水の中へと転送された。ヘビさんとの儀式を終えて、この湖底にある建物……全てが、俺の体の一部として認識された。そう考えられる。水の中にもぐっているヘビさんの体や、泳いでいる魚たちの姿が、うっすらと光に照らされてうかがえる。


 『場所:湖底遺跡上』


 ドラゴンの姿を保ったまま待機している体へと意識を戻す。あとは待っていても何も起こらないそうだと見て、俺は吸水スキルを解除した。吸い込んだ水が滝の如く体から流れ出し、次第に湖にも水量が戻っていく。俺はスキルを使用して体の重量を軽くし、水が抜けるにしたがって体を宙へと浮かべていく。


 「……」


 体に含まれていた水が出尽くすと、俺は来た方向へと逃げるようにして飛行を始めた。俺の行動を見ていたのはリディアさん達5人と魔獣たちくらいだ。それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。早く、この場から去ろう。


 「……」


 湖から少し離れると、やや心が落ち着いてきた。そういや……結局、森に隠れていた人物は誰だったのか。ふと、下を見る。木々の間に大きな体の人が立っているのを目撃した。


 「……」


 ゴリラに似た毛深い人が、俺の方を見て手を振っている。あの人は……リディアさん達が所属しているギルドのギルド長だ。なんだ……ギルドメンバーが遠征に出ると気づいて、心配してついてきてくれたみたいだな。


 「……」


 ということは、リディアさん達が魔人について依頼を受けた時も、ギルド長はついてきてくれていたのかもしれない。騎士団長はシロガネさんとコンタクトを取っていたし、魔獣たちは始終ずっと道案内をしてくれていた。この旅の参加者は俺が思うよりも、それなりに大人数だったんだなと、帰りの空を見ながら考えたりしていた。


第195話へ続く

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