第193話『接近』
夜が更けてくると、集まっている魔獣の面子にも変化が見られた。犬っぽい魔獣や鳥の魔獣が姿を消し、代わりにネズミやトカゲなど、夜行性の強い魔獣が多くなってくる。金色ネココはリーダー的なポジションなのか、暗くなっても帰らず残っている。
「……」
金色の毛をしたネココはリディアさんのヒザの上に乗って、眠そうに体を丸めている。その無防備な姿を見て、リディアさんはシロガネさんへ手招きする。
「……」
シロガネさんがネココの顔の向きを確かめ、そのふさふさした背中へ触れようとする。
「ミミッ!」
「ひゃっ……」
シロガネさんの接近に勘付き、ネココがくるんと体の向きを返して威嚇する。どんなに眠たくても、武器を持っている人には体を触らせないのだ。
「ミミミッ!」
「解りましたわ。もう近づきませんわ」
少し撫でてみたかっただけなのだろうが、シロガネさんはネココに怒られて退散した。焚き火の周りには魔獣が少ない為、シロガネさんは夜の見張りもかねて、火の番をすることにしたようである。
その一方で、メフィストさんは湖の中をのぞこうと、湖のふちで屈みこんでいる。
「う~ん……」
「メフィストさん。落ちますよ」
リディアさんがメフィストさんへ声をかける。メフィストさんは夜になっても研究を続けたい様子だ。でも、湖面は少し低くなっているから、月の明かりも届いておらず、湖の中の様子は全く把握できそうにない。水中の様子を探るのは諦めて、メフィストさんはリディアさんの近くに座り込んだ。
「聖女様に、ここまで来てもらった。魔獣にも助けてもらったから、早く聖獣様に認めてもらわないと……」
「ですが、今は手がかりすらありません。また、神殿を探すところから始めましょう」
メフィストさんは調査に焦りを見せているが、急いだところで必要な情報が出てくるとは限らない。リディアさんの言う通り、1つずつ調べを進めていくしか……。
「……」
……待てよ。例えば、月や聖獣の一件について、俺の体が関係しているとする。このまま調査が進んでいけば、みんなは自然と俺の本体である大きな岩へと辿り着くだろう。そして、俺の本体が重要なものだとしてマークされてしまうと、俺としては……ちょっと動きづらい。早くなんとかしないと、巡り巡って面倒なことになる予感。
「そろそろ寝ようかな……メフィストさんも、あまり根を詰めず休んでください」
「うん」
「リディア!寝るんですか!」
「あなた。お嬢様にちょっかいを出す気ですわね。そうはさせませんわ」
もう、今からやれることもなさそうと見て、リディアさんは一足先にテントへと向かう。ついていこうとするエメリアさんを阻止すべく、シロガネさんが立ちふさがった。マンツーマンディフェンスだ。
「お嬢様の元へ行くとあらば、このシロガネを倒してさせてからにするがよいですわ!」
「ん……じゃあ、飲み比べで勝負です!」
「う……よろしかろうですわ!」
エメリアさんが酒ビンを取り出す。でも、たしかシロガネさんって、あまりお酒は得意じゃなかったような気がする。そちらには構わず、リディアさんは闇の聖女の人にも一声かけていく。
「闇の聖女の方も、よろしければテントを使ってくださいね」
「……私は外でいい」
闇の聖女の人は村でも、家に泊めてもらうのを嫌がっていたのを知っている。基本的に、人の厄介になるのを避けたい人なのだろう。でも、すでにテントは用意してしまったから、あとは使うも使わないも同じである。
「……おやすみなさい」
リディアさんがテントへと入り、毛布にくるまって体を横にする。しばらくすると、もふもふした何かがリディアさんの横によりそってきた。
「ミミミ……」
ネココだ。リディアさんを追いかけて、一緒に寝ようと入ってきたみたいだな。
「シロガネちゃん!ちゅーしてください!」
「いやですわ……」
「ほっぺでいいです!」
「いやですわ!調子に乗らないでいただきたく!」
飲み始めて数分で、完全にできあがったらしい。外が騒がしい。ややうるさかったから、ネココはテントの中に逃げてきたのかもしれない。
「……」
闇の聖女の人はテントに入らなそうだし、シロガネさんしかりメフィストさんしかり、誰かしら外で見張りを続けると見られる。とすれば、どの時間に湖へ行っても目撃される恐れはある。よし。善は急げ……というのかは解らないが、用事は早めに終わらせるに限る。俺は自分の本体へと意識を転送させた。
『場所:始まりの丘』
毛布に包まれていた視界が開け、丘の上から海へかけての展望が広がる。見慣れた風景だ。この場所に戻ってくると自宅に帰ってきたような安心感がある。
さあ、俺は今から、この丘の上に鎮座している一軒家ほども大きさのある体を動かして、リディアさん達がいる湖まで移動する事となる。どんなにスムーズに行っても、それなりに時間はかかるだろう。大冒険だ。
「……」
まずはマップを見て、周囲に人がいないことを確認する。今から俺は謎の飛行物体となる訳で、通行人などに見つかると非常にマズイ。慎重に事を進めよう。
今のところ、近くに人の気配はないようだな。よし行動開始……と考えたところで以前、シロガネさんに動いているところを目撃されていたのを思い出す。俺の視界に表示できるマップには、隠密スキルを使っている人の居場所は出てこない。念のため、マップや索敵に関するスキルのレベルも上昇させておいた。
「……」
ここまで慎重に行動しても見つかったならば、もうどうしようもない。考えてばかりいると、心配ばかりが膨らんでしまう。俺は翼のあるドラゴンの姿へと体を変形させ、手足を動かして準備運動を始めた。
大分、この体にも慣れてきたな。などと、漫画なんかで聞きそうなセリフが頭に浮かぶ。俺の体は石でできている為、ややゴツゴツとしていて関節の可動域がせまい。それでも練習のかいあってか、前までは器用に動かせなかった羽なども、ゆっくりとなら羽ばたかせることができるようになった。
重量操作のスキルを使用して、体が宙に浮かぶまで軽くしていく。足が地面から離れていき、木々を見下ろすことができる位置まで上昇する。やや曇ってはいるが、風は強くはないな。防風のスキルを使用しているのもあってか、羽であおぐだけで行きたい方向へと移動できた。
リンちゃんたちの住んでいる村の上を通ると近いのだけど、この姿を見られるのは問題だ。迂回して進もう。マップを開いたままにしつつ、周囲の景色に目を向ける。
「……」
首の長い魔獣が森の上へと顔を出しており、俺の動きを追うようにして視線を動かしている。この魔獣とは昨日、温泉でも会ったな。名前はクレーグといっただろうか。こんばんは……。
人に見つかってはならないという緊張感はあるが、たまにこうして自力で移動するのも、なかなか楽しいものである。などと呑気に構えていたところ、こちらへ何かが急接近しているのに気がついた。
「……!」
マップに表示されているマークを見るに、接近してくるのは人間と見て間違いない。スキルを使って存在感は薄めているとはいえ、こんな巨大な物体が浮遊している姿を見られたら一巻の終わりだ。すぐに着地できる場所を探し始めるも、眼下には森が広がっている。下手に体を地面へ降ろしたりしたら、周囲の木々が滅茶苦茶になってしまう。
「……」
もう、あと1分もすれば高速移動している何かは俺の元へと到着する。ど……どうする。どうしよう。
「……ストップ!ストーップ!」
あれこれ対策をしている内、3匹のドラゴンが飛んできた。それぞれ、背中には人間を一人ずつ乗せており、手足には大きな荷物をぶら下げている。先頭を飛んでいるドラゴンの搭乗者が、俺の前で制止の合図を出している。
「……なんか……なんだ。変な柱があるぞ」
「……柱ですか?」
咄嗟に身を隠さなきゃいけない。そう考えた俺は何故か、直前に会った首の長い魔獣へ変形していた。体積の大半を縦の長さに振ったような姿のおかげで、俺の体は非常に長くなっており、顔に当たる部分は雲にも迫る。ドラゴンの飛んでいる高さから見れば、ただの長い棒が天へと伸びているように映るはずだ。
「……ぴかぴかしているぞ」
変形したと同時に、ドラゴンが俺の体にぶつかるのではないかと心配が出てしまい、俺は居場所が解りやすいように発光のスキルをオンにした。おかげで事故は防げたが……より怪しさは際立った。
「こんなの、前まであったかな」
「……下の方も光っているぞ」
俺には目というものがないから、視点を体のどこへでも移動させることはできる。男の人が俺に顔を近づけており、あごひげの生えた顔が光に照らされている。この人たちは……運搬業を営んでいる人たちのようだな。
俺は細くて長い4つ足で、俺は森の木々を避けるようにして立っている。さすがに胴体部分や頭部を見られたら、なんとも言い訳できない。早く、行ってくれ……。
「下に行ってみるか?」
「先輩、荷物が多すぎて、あんまり無理させられないですよ」
「でも、気になるなぁ……」
小さめのドラゴンに乗っている女の人が、男の人を急かしてくれている。ドラゴンも荷物を抱えている為、早く目的地へ向かいたいといった様子だ。それを受けて、しぶしぶ男の人も俺から顔を遠ざけた。
「仕方ないか。行くぞ」
ドラゴンが羽を動かし、俺を避けて港町のある方へと回り込む。助かった……ひとまず、ごまかせたな。早く行こうと言いつつも、女の人も俺がなんなのか気にはなっているようで、俺の体に手のひらをつけて質感をはかっている。
「結局、これなんなのでしょう」
「解らん。明日、帝国に帰ったら、研究所に報告してみようぜ」
一難去って安心したが、帝国の研究所には報告されるようだ。また森に未確認物体を増やしてしまい申し訳ないが、いかんともしがたい……。
第194話へ続く




