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第192話『疑問』


 自殺をはかったのではないかと危惧された闇の聖女様が、自らの意思でキャンプ地へと戻ってきた次第、シロガネさんは気まずそうに彼女の手足を拘束し直している。ただ、予想したほどは彼女が自暴自棄になっていないと知り、わずかに警戒が解けたようで、手足に巻きつけるロープの量は少し減ったように思われた。


 「……すぐに火を起こしますわ。お料理も温めなおします」

 「いえ、このままいただきますので、お構いなく」


 闇の聖女様に毛布をかけ、シロガネさんは焚き火のあとが残っている場所へと戻ってきた。わざわざ魔石の火で温めてもらうのももったいないと思ったのか、リディアさんはお皿に残っている料理へと手を付ける。ちょっと料理は冷めたようだけれども、ヒュリーピールのみずみずしさと弾力性に変化はない。


 「……」


 湖の水は少しだけ抜いてあるようで、不自然に水面が低い。景色としてはユーモラスであるが、水の揺れる音も聞こえないし、景観の美としては物足りなさをおぼえる。リディアさんは視線を上へと向けた。


 「あの月が落ちてくるなど、こうして見ていると……信じられませんね」


 今日の月は美しい白色に輝いていて、やや欠けてはいるが丸い形を保っている。熱さを帯びた太陽のものとは違う、香るような優しい光だ。あれが、この世界を滅ぼすものだなんて、こうして眺めている限りでは思いもよらない。そんなことを考えていると、横からメフィストさんの声が聞こえてきた。


 「多分……あれは落ちてこないけど」

 「……?」

 「落ちてくるのは、あれじゃないと思う」


 ……?


 「あの……メフィストさん。それは、どういう……」

 「赤い月が、この世界に落ちてくる。白い月は落ちてこない」

 「……ええ?」


 ふとしたメフィストさんの発言を受けて、リディアさんが更に詳細を尋ねている。てっきり俺も、赤い月と白い月は同じものだと思っていた。というか……話の流れを見るに、もしかして月って2つあるのか?


 「多分、月は3つあって、赤い月と、大きい月と、小さめの月がある」

 「3つもあるのですか?」

 「望遠鏡で表面の模様を観察したら、違う月だった」


 そういった情報は周知の事実でないらしく、リディアさんは食事も忘れてメフィストさんの話に聞き入っている。日によって大きさが安定しないと思ったら、実は赤い月を含めて3つもあるのか。同時には浮かんで見えないってことが、夜ごとに代わる代わる、別の月が夜空へ浮かんでいるということなのだろうか。


 「……」


 明かされた事実には驚いたものの、つまり……赤い月の脅威が去ったとしても、この綺麗な夜空が失われることはないのだ。その一点について知ることができて、ひとまず俺は安心した。


 「……小さめの月は大きな月の半分の大きさ。赤い月は小さめの月より、もうちょっと小さい」


 月についての解説をしながら、メフィストさんは闇の聖女様の顔へヒュリーピールを押し付けている。ヒュリーピールは鶏もも肉1パック分くらいの大きさだから、まるごと口に運ばれても食べにくそうである。


 「ロープをほどいてもよろしいのでは?」

 「……そうですわね」


 料理で顔がべとべとになっている姿を不憫に思ったのか、リディアさんは闇の聖女の人に巻きつけたロープをほどいてもいいのではないかと提案する。シロガネさんも女の人を自由にしてもいいと考えたようで、鍋の中の料理をかきまぜる手を止めて、巻きつけたロープをほどきにかかる。


 「あなた、もう自害など考えてはおりませんわね」

 「……」


 手足を動かせるようになり、闇の聖女の人はメフィストさんから料理を受け取った。不機嫌そうな顔はしているがお腹は減っているようで、シロガネさんから隠すようにして食べ始める。メフィストさんもリディアさんの隣へと戻り、自分のお椀に入っている料理へと意識を向けた。焚き火が段々と大きくなり、やっとみんなの顔が見えやすくなってくる。


 「……おかわりください!」

 「お鍋ごと食べるがよいですわ……」


 ヒュリーピールのボリュームは満点であり、リディアさんたちは一杯分でお腹いっぱいになったようだ。だが、エメリアさんだけは食欲がおさまらず、シロガネさんにお鍋ごと渡されている。その一方で、リディアさんは湖へと目を向けている。


 「……明日の朝、もう一度だけ調べて何もなければ、近くの村へ向かいましょう」

 「うん。聖獣様に認めてもらうには、何かが足りないのかも」


 もう野宿も2日目とあって、リディアさんは人里が恋しくなってきたと見える。メフィストさんとしても調査に行き詰まりを感じているらしく、その案に了承を見せていた。エメリアさんが鍋を空にしたところで、シロガネさんが後片付けを始める。


 「……」


 闇の聖女の人は空になった食器を持ったまま、それの置き場に迷っている。そのさまに気づき、リディアさんが食器を受け取りに行く。


 「片付けますね」

 「あ……うん」


 シロガネさんがお鍋を飲料水ですすいでおり、その横にしゃがみ込んでリディアさんもお椀を洗い始めた。そして、闇の聖女の人を何度か盗み見た後、言葉を選んで話しかける。


 「……あの。闇の聖女……さんは明日、どちらへ行かれるのですか?」


 闇の聖女の人から好かれていないという自覚があるようで、なんと呼べばいいのかすらままならない。やや沈黙をはさんだ後、女の人はそっ気のない返事をする。


 「……こっちの好きにするし、関係ないでしょ」

 「関係がないと言われれば、そうなのですが……」


 俺は闇の聖女の人が村にいた時の様子も知っている訳だが、あれを見る限り……これから彼女が村へ向かうとも考えにくい。どこから来た人なのかは解らないけど、帝国へ帰るのだろうか。でも、帰る場所もないって言ってたし、う~ん……。


 「……目的もなくなったから。もう全部、どうでもいい」

 「……」


 そうか……聖獣を探して世界を滅ぼしてもらおうと思っていたのに、肝心の聖獣にそっぽを向かれたのだ。すると、彼女にとって、この旅を続ける意味も、もうないんだな……。


 「……」

 「……」

 「……なんで、助けたの?」

 「……?」


 急に、闇の聖女の人の方から声をかけてきた。リディアさんは少し驚いた様子だったが、真剣な顔つきで質問の答えを探し始めた。まあ……自殺しようとしている人を見かけたら、助けるのが当然……と言いたいところなのだが、その光景をいざ目の当たりとしたら俺も、関わる勇気が出ずに知らぬ顔をして通り過ぎるかもしれないな……。


 「ええと……」

 「……」


 やや悩んだ末、リディアさんが口を開いた。


 「あそこで無視してしまっていたら、自分が後悔することになるとも思いましたので……」

 「……そういう、優しい自分が好きなの?」

 「……そうかもしれません」

 「……」


 もっと無難な返答もあったのではないかと思ったが、リディアさんは言葉を飾るのはよくないと考えたのだろう。この短い会話からも、2人の価値観の違いは明確に見て取れる。予想していた答えと違ったせいか、また女の人は黙り込んでしまう。そして、不愉快そうな顔をしつつも、ちりちりと音を立てて揺れている焚き火へ視線を向けていた。


 「あの……行く先がなければ、一緒に行きませんか?」

 「……?」


 今度はリディアさんの方が誘いを持ちかけ、闇の聖女の人は言葉に悩む様子を見せていた。


 「……」

 「……」


 また、夜の闇にまぎれて沈黙が訪れる。お誘いの返事も示さないまま、闇の聖女の人はリディアさんへと質問を返した。


 「……私、あなたにイヤな態度を取ったよね」

 「いえ……」

 「なんで、そんなこと言うの?」

 「……」


 お互いの距離感を探っているのだろう。2人は、ぎこちない会話を続けている。ここで口をはさむとこじれるのが目に見えている為、他の人たちは話に参加せず、その内容だけは耳に入れつつも、各々が自然体で過ごしている。


 「まだ、仲良くなれそうな気がしている……からでしょうか」

 「私、性格悪いし……もっと不快な思いをさせるかもしれない」

 「誘ったのは私ですから、問題ありませんよ」

 「……そう」

 

 結局、明日も一緒に旅をするのか、それに関しては答えを先送りとして、闇の聖女の人は岩にもたれかかって目を閉じてしまった。リディアさんの方も話を急かすでもなく、食事の後片付けの作業を終わらせた。


 「……これでよしですわ」


 シロガネさんが調理器具などを布で拭いて、バッグへと丁寧に収納していく。リディアさんとエメリアさんは長い昼寝をしたせいで、まだ眠れそうにないといった様子だ。メフィストさんは何か書いたり読んだり、日が暮れても熱心に研究を続けている。


 現在、一行の人数は5人。テント2つでは人数的におさまりが悪い為、シロガネさんが小さめのテントを1つ増やしてくれた。1つのテントに2人は入れるから、これで全員の寝床が整ったと見える。


 「恐縮ではございますが……本日は、わたくしがお嬢様と同室を希望いたしますわ」

 「エメリア。それでいいだろうか?」

 「ダメです!魔力ももらうんですから、私がリディアと一緒です!」


 リディアさんと同じテントで誰が寝るのかと、シロガネさんとエメリアさんが口論を始める。まだ今日は魔力の補給が済んでいないし、エメリアさんとしては譲れないといった様子だが、そもそも2人がべたべたするのがシロガネさんとしては気に入らないのだと思われる。


 「そもそも、あなた。魔族は魔力に長けた種族なのですから、一日二日で足りなくなるものではございません。古事記にも、そう書かれておりましたわ!」


 「それは……一般的にはそうですが、個人差があるんです!」


 「魔力補給などと言い訳をし、実のところはお嬢様を撫でまわしたいだけなのではなくて?」


 「それも一理あります!」

 

 数日程度なら、魔力は補給しなくても問題はないのだという。シロガネさんは文献を元にして言って聞かせるが、ここで言い負けたら立場がない為、エメリアさんも負けずと言い返している。そんなやりとりに驚き、闇の聖女の人がメフィストさんへ疑問を向ける。


 「え……なに?なんなの?」

 「みんな、聖女様が好き」

 「好きって言っても、一緒に寝たり、撫でまわしたりしないでしょ……普通」

 「ワタシも、抱いてもらったことある。気持ちよかった」

 「……!?」


 さっきまでは少し歩み寄れる感じだったのだが、メフィストさんですら抱かれていると発覚し……闇の聖女の人は恐怖の念を込めて、リディアさんへと不安そうな視線を送っていた。

第193話へ続く

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