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第183話『お別れ』


 魔力補給が開始されてしまえば、そこから先はリディアさんとエメリアさん、2人だけの時間である。それを事細かに観察するのも趣味が悪く思える訳で、俺はゲームなどやりながら、気ままに過ごしつつ夜を明かした。


 「……」


 ネットで動画を見ている内、テントの外に陽の明るさがうかがえてきた。インターネットで地球のコンテンツに触れていると、俺の住んでいた世界との繋がり……みたいなものが感じられて、ホームシック予防としてに役立つ。ネットを使えるようにしてもらえて、本当に良かった。


 「お嬢様、朝でございますわ」

 「……おはようございます」


 ピィさんに乗っていたとはいえ、昨日は一日を通して移動続きだったからな。リディアさんもエメリアさんも疲れていたようで、メフィストさんが焚き火を消すころには2人とも、すでに毛布にくるまっていた。しっかり寝て、魔力補給もすませた次第、エメリアさんも元気そうである。


 「おはようございます!昨日は、失礼しました!」

 「素直に謝ったところで、わたくしの警戒心は解けませんわよ……」


 シロガネさんもエメリアさんにかけられた魔法が解けたようで、普段通りにリディアさんへと食事を差し出している。集まっている魔獣たちのメンツは少し違いがあり、昨日はいなかった小さい馬みたいな魔獣もいる。トカゲさんはいないけど、ネココは残っているな。大きいリスのルポスもいる。


 「ミミミ!」

 「よしよし。どうした」


 リディアさんがシロガネさんの作った料理を食べていると、何か物申したいといった様子でネココたちが近づいてきた。リディアさんになでてもらうも、みんなピリピリとした様子で毛を逆立てている。機嫌が悪いのだろうか。


 「ミミミ!」

 「エメリア。この子たちは、どうしたのだろう」

 「……おなかが空いたんじゃないですか?」

 「そうかそうか。木の実をあげよう」


 木の実をあげると一時的に穏やかさを取り戻すが、それが欲しかったわけではないらしい。結局、ネココたちが何を伝えたかったのかは、最後まで解らなかった。


 「ピィー!」

 「ミミミ!」


 うさぎのニッチが今日は地面に降りており、代わりに金色の毛並みをしたネココがピィさんの頭の上に乗っていた。ここから先は案内役もバトンタッチすると見られる。


 「ニッチ!」

 「ニッチとは、ここまでか。今まで、ありがとうございました」


 リディアさんがニッチをなでてあげると、他の魔獣たちも取り囲むようにして集まってきた。一通り、魔獣たちの毛並みを触って堪能した後、リディアさんは別れを告げてピィさんと向き合った。


 「では、これにて失礼します。ピィさん。今日も、よろしくお願いします」

 「ピィー!」

 

 ピィさんが馬役として続投してくれるようで、リディアさんが近づくと、いつでも行けるとばかりに足を伸ばして立ち上がった。シロガネさんがテキパキとテントなどを片付け、忘れ物がないかなどを確かめている。リディアさんとエメリアさんはピィさんの背中へとよじ登った。


 「ピィ」

 「ミミミ!」


 ピィさんは何度か足踏みをして、徒歩組であるシロガネさんやメフィストさんの用意がいいかと顔を向ける。ネココが鳴き声を発したのを機に、ピィさんが勢いよく森の中へと駆け込んでいった。今日も天気はいいし、雨で足止めをくう心配はなさそうだな。


 「結構、飛ばしているな。スタミナは大丈夫なのだろうか」


 リディアさんがピィさんの体力配分を気にしている。眠ったり温泉に入ったりしたおかげか、ピィさんの走りも快調である。段々と森の木々は低くなってきており、日差しの通りはいい。山が近いこともあって足場の起伏は激しいが、視界は良好なので歩きやすくはありそうだ。後ろを走っているメフィストさんが、現在の進捗状況を報告してくれている。


 「もう湖まで、3分の2くらいは来てる」

 「すると、今日の昼頃には、目的地へ到着する予定なのか……緊張するな」


 そうか。まだリディアさんは聖獣に会ったことがないから、どのような生き物が待っているのかと気が気でないのか。それに実際、聖獣と思われる蛇さんは大きくて怖い……へたに顔をあわせれば、俺だって気絶しかねない……。


 「……?」


 洞窟をくぐったり木の上を渡ったりしつつ1時間ほど走ると、じゃぼじゃぼという水の流れる音が聞こえてきた。地面の土色が次第に消え、せまい河川敷のような場所へと出る。ここで休憩をする予定だったのか、ピィさんが川の付近にて足を止めた。


 「ピィ」

 

 リディアさんたちを降ろすと、すぐにピィさんはぐったりとリラックス体勢に移行する。その一方で、ピィさんの頭の上に乗っていたネココは森の中へと入っていった。リディアさんは適当な大きな岩を見つけて座り、音を立てて流れる川へと視線を向けた。


 「結構、川は深そうだな。エメリア、泳ぐんじゃないぞ」

 「ちょっと足を入れるだけですよ~」


 川の淵の方は可愛いものだが、少し進むと暗い青色が潜んでいる。きっと、もぐって泳げる程度には深いのだろう。水面に流れる葉っぱは、人が歩く程度の速さ。もし流されても、泳げば戻ってくるのは容易いと見られる。


 「……川の中に何かいますけど」

 「……?」


 川の水に足を入れて遊んでいたエメリアさんが、何かを見つけたといった様子で水から上がってきた。その弱々しい声の調子から察するに、おいしそうなお魚がいたと……いう感じではない。他のみんなも立ち上がり、川の流れに目を向ける。ぬるりと、水面に大きな2つの目玉が浮かび上がった。


 「……大きいトカゲがいるぞ」


 リディアさんはトカゲといったが、川の中から出てきたのは……どう見てもワニだ。それも、体長3メートルはあろうという怪獣である。体には真っ赤なうろこをまとっていて、むきだしの歯はノコギリのよう。それが陸地へと上がってくるからして、みんなは気圧されたように砂利の上へと後ずさっている。


 「リリリディア!下がってください!」

 「お嬢様!ワタクシめが!」

 「聖女様……」


 みんなでリディアさんを守ろうと構えるのだが、ワニの魔獣は人間の姿に目もくれず、寝転んでいるピィさんの方へと歩いていく。まさか……食べるつもりなのか?ピィさんは体が大きくて、お肉ももちもちだ。真っ先に狙われておかしくはない。


 「ピピピ……ピィさん!危ない!」


 ピィさんが襲われるのではないかと心配し、リディアさんがワニを止めようと走り出す。魔獣用のオモチャで気を引く……などとは、とっさに頭が回らなかったのだろう。とにかく、かばうようにしてピィさんへと抱き着いていく。リディアさんの胸に下げられている俺は、ピィさんの緑色の羽毛に押し付けられた。


 「……」


 がぶがぶと歯の鳴る音がしている。俺からは何も見えないが……この音は、生き物をかじっているものではないな。リディアさんが上半身をピィさんから離す。すると、大きな岩へかじりついているワニの姿が浮かんできた。


 「ギャ……ギャギャ」


 岩を食べようとしている……というよりかは、岩で歯を磨いているように見える。別に、ピィさんを食べようとした訳ではなかったようだ。まあ、ここまで来た道中、会った魔獣は全て味方だったからな。このワニの魔獣も、見た目が怖いだけで仲間なのだろうとは予想できる。


 「……よかった。危ない魔獣じゃなかったんだな」

 「リディア。まだ足が震えてますよ……」

 「そういうお前は涙が出てるぞ……」


 一旦は安堵するも、ワニの魔獣の迫力はなかなかのもの。リディアさんもエメリアさんも、ついでにシロガネさんも、ヒザを小刻みに震わせていた。メフィストさんだけは凛としてワニを観察しており、あまり怖がる素振りも見せない。もしかすると、戦って勝てる自信があったのかもしれない。


 「……」


 大きかった岩が傷だらけになり、やっとワニさんも歯のかゆみがおさまったのだろう。安らかな顔をしてピィさんの横に歩み寄り、腹を砂利にこすりつけるようにして目を閉じた。ピィさんが顔を上げ、ワニさんの姿をパッと見るも、また首をくったりと曲げて眠ってしまう。


 「……触っても怒らないですかね」

 「おい……やめておけ」


 危険はないと解や否や、今度は触ってみたくなったらしい。リディアさんに注意されるも、エメリアさんがワニさんの横から忍び寄り、おでこの中間辺りに手を乗せている。


 「ギャギャ……ギャ!」

 「ひゃ……」


 そこは……あまり触られたくないと見える。触った瞬間、ワニさんは首を上げて声を発した。こんなオモチャ、地球にあったな。触ろうとすると、ガブッてくるやつ。うちにもあったぞ。


 「ほら。怒られただろう?」

 「しかも、ちょっと手が痛いです……ヤスリみたいです」


 ワニさんの肌は鮫肌なのか、少し触っただけでエメリアさんの手のひらが赤くなっている。これじゃ、せっかくの巨体でも、背中に乗せてもらうのも無理そうだな。


 「ミミミ!」


 森の中からネココが戻ってきた。手には赤くて丸い物体を持っており、とことこと川の方へと近づいていく。


 「あんまり近づくと、落っこちますよ」


 リディアさんがネココに声をかける。ネココは短い手をいっぱいに使って、手に持っていた赤い物体を川へと放り投げる。それは水に浸かると、しばらくはぐずぐずと揺れていたが、次第に空気を入れた風船のように膨らみ始めた。これは……ガケを渡る時に使ったキノコに似ているな。


 みるみる内にキノコは大きくなり、川の広さの半分を占めるであろうというまでに至る。だが、それは植物であって自我がない訳で、水の流れに身を任せて動いてしまう。ネココとリディアさんが、それをじっと見送る。


 「……ギャギャ」


 ワニさんが目を覚まし、バタバタとした足取りで川へと入っていく。泳ぐスピードも巨体に見合った速さであり、流されつつあった大きなキノコを軽々と押し返す。


 「ミミミ!」


 キノコの上にネココが乗り、リディアさんの方を振り返っている。これは……乗れと言いたいのだろうか。それに関しては、エメリアさんの方が先に意図をくんでくれた。


 「なんか……ここからは、これで行くみたいですね」

 「シロガネさん……今度は乗れそうですか?」

 「乗れと言っていただければ、死んでも乗りますわ……」


 ワニさんが大きなキノコを背中に乗せて、流されて行かないよう支えている。早く乗ってあげた方がよさそうと見て、怖気ているシロガネさんをみんなで協力して運び込んだ。最後にリディアさんが、ぶよぶよとしたキノコへ片足を乗せる。


 「ピィさん」

 「……」

 「……あ」


 ピィさんは座り込んだまま首を伸ばして、リディアさん達を見送っている。あとは川の流れに従っていけば、きっと目的地へ到着するのだろう。すると、ここでピィさんとはお別れ。それに気づいて、リディアさんは砂利の上へと足を戻した。

 

 「ピィさん。今まで、ありがとうございました……」

 「ピィ」

 「これで、お別れのようですが……その」


 リディアさんは冠についている金色の羽を触り、昨日からの楽しかった旅を思い出している様子だ。そして、お別れの間際に、こう告げた。


 「いつか、もっと私が立派になったら……」

 「ピィ」

 「……お金持ちになったら、スカウトに来ます!考えておいてください!」

 「……ピィ」


 前にも同じようなことを話していたが、やはりリディアさんはピィさんを仲間に引き入れたいらしい。今は経済的に見てピィさんのお世話ができないので、今は泣く泣く諦めているが、さっきも誰より先にピィさんをかばいに行ったし……リディアさん、本当にピィさんが好きだな。

第184話へ続く

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