第178話『露天』
温泉探索隊が出発して数分後、シロガネさんがリディアさんの元へと戻ってきた。
「お嬢様。ご無事でございますか?」
「あ……はい」
リディアさんの無事を確かめに来ただけだったようで、またシロガネさんは森へと入っていった。たき火を守っているトカゲの魔獣は足を動かし、体の向きを逆にして再び炎へ寄り添う。湿気を帯びてしぼんだピィさんの羽も、徐々に乾いて持ち前の柔らかさを取り戻しつつある。そんな中、またしてもシロガネさんが戻ってくる。
「……お嬢様。火に近づき過ぎますと、火傷の恐れがございますわ」
「ピィさんもいますし大丈夫なので、そんなに頻繁に見に来ていただかなくても……」
「左様でございますか……」
あまりにシロガネさんが戻ってくるので、探索の方は捗っているのかとリディアさんは疑問を浮かべている。心配性が過ぎると言われてしまい、シロガネさんも気持ちを改めた様子で再び森へと向き直った。
「お嬢様!温泉を発見するまで、ワタクシは戻りませんわ!」
「なければないで困りませんので、無理をしないでください……」
シロガネさんは決意表明を残して、エメリアさんたちの元へと戻っていった。まあ……いつの間にか消えて、いつの間にか入浴してきたピィさんのスピーディさから考えるに、温泉へ通じるルートも、そう遠回りではないのだろう。エメリアさん達ならば、すぐに見つけてくれる……はず。
「……」
たき火は燃焼の具合が安定してきており、たまにマキがくずれると、パチンと大きな音が鳴る。近くに川があるようで、さらさらという涼しげな音が聞こえている。
「……」
段々と陽が暮れてきており、空が黄色く光り始めた。暗くなる前に温泉が見つかるといいな。
「あの……ピィさん。トカゲさん。私は……」
「……」
「いや、こんなことを聞かせてしまうのは、恥ずかしいのですが……」
1人でいるのが心細くなったのか、リディアさんが魔獣たちに話しかけ始めた。ピィさんとトカゲさんは顔を上げ、黒くてぱっちりした目をこちらへ向けている。
「なんといいますか……ピィさんは走るのが速いですし、トカゲさんは火を起こすのが得意。エメリアは魔法のセンスが人一倍ある。メフィストさんは体力があって博識。シロガネさんは……驚くほど万能です」
「……」
「みんな、解りやすい長所があります。なのに、私は……なぜ私が、聖女なのか。まだ、よく解りません……」
俺から見ればリディアさんだって、知識や体力に不足はない人だとは思う。ただ……なんでも普通程度にできる人というのは、特技のある人に比べると劣って見える節もあるのだろう。そして、自分の可能性を知らない人からすれば、すでに何かに秀でている人間というのは、少し怖くも感じるのだと俺は考える。
「お嬢様。温泉を発見いたしましたわ」
「シロガネさん……」
10分も経たずして、シロガネさんが戻ってきた。今度はエメリアさんとメフィストさんも一緒だ。温泉が見つかったとのことだが……みんなは一度、たき火を囲んで座り直した。珍しく真面目な表情で、エメリアさんがリディアさんへ語り掛けている。
「リディア。温泉、ありましたけど……その前に」
「……?」
「どうやら、言葉も解らないピィさん達に、リディアが愚痴っていると聞いて」
「……う」
先程の話を聞かれていたと知り、リディアさんは少し都合が悪そうな、恥ずかしそうな様子で肩身をせまくしている。確かに……ピィさん達は人の言葉が解らなそうだから、それを承知で1人語りしていたと知れたら、それなりに赤面ものではあるかもしれない……。
「なんといいますか……あれです。リディアが冒険者として何が得意かっていうと、それはビミョーなところですが……リディアが聖女に選ばれてる理由は私は、あれです……解る気はします」
「……そうなのか?」
「でも、理由は教えません!自分で考えてください!」
「言わないのか……」
あんまり真っ向から言ってしまうと、エメリアさんも恥ずかしいようだ。聖女という職業は、言葉も通じない魔獣たち相手に、信頼を得ないといけない立場と見られる。そう考えれば、どうしてリディアさんが聖女なのか……それは俺にも、なんとなくは解ってくる。きっと能力どうこうとか、そういうことではないんだろうな。
「お嬢様。ワタクシからも、お言葉でございますが……」
「あ……はい」
「……ワタクシは、お嬢様が同行されていなければ、このような場所へ来ることもございませんでしたわ」
「ご迷惑をおかけしております……」
「決して迷惑では……ございませんわ」
シロガネさんが言う。お兄さんである騎士団長に頼まれたとはいえ、こんな野山の深くまでついてくることを許容できるというのは、それなりに理由が必要だと思われる。シロガネさんもエメリアさん同様に、あまり詳しくは語らない。
「……ワタシは、リディア様が聖女でよかった。友達になれて、よかったよ」
「……」
メフィストさんだって、ギルド支部でリディアさんと会っていなければ、きっと今も1人で調査を進めていたはずだ。みんな、リディアさんがいるから、ここに集まっている。それは能力などでは計れないことなのだと、みんなの言いたい事は俺にも理解できた。
「ううん……こういう話、苦手です~。行きましょう!温泉、行きましょう!」
「ありがとう。よし、行こう」
真面目な話はおしまいにしたいとばかり、エメリアさんが率先して立ち上がった。トカゲさんの為に枝1本分の炎を残し、たき火には土をかけて、しっかりと消してから移動を開始する。思わぬところで、みんなの気持ちを直に聞けて、リディアさんも心持ちが楽になった様子である。
「私も……みんなと出会えてよかった」
「リディア。もう、そういう話は終わったので……いつも通りでお願いします」
エメリアさんは、こうして本音を出すのが苦手らしい。これ以上は止めてとばかり、リディアさんの後ろに隠れてしまった。道案内はメフィストさんがやってくれており、岩山を迂回するようにして歩いていく。
「……ここ、少し上がると、穴が開いてる。そこを通れば温泉に行ける」
「こんなところ、よく見つけましたね……」
メフィストさんの足あとを踏むようにして、リディアさんは斜度の強い道を進む。行く手をふさいでいたであろう草や枝は事前に刈り取られており、少しは通りやすくなっている。穴をのぞき込むと、中から湯気が立ち昇っているのが解った。
「お嬢様。ワタクシは入浴を希望いたしませんので、この場で見張りをいたしますわ」
「解りました……よろしくお願いします」
シロガネさんは魔獣へ苦手意識を持っている為、一緒に裸でお湯に入るのは遠慮したいと見える。カバンからタオルを取り出してリディアさん達へと手渡し、温泉への入り口にて待機を始めた。
「ちょっと滑るので、気をつけて……みゃあああああ!」
最後尾で洞窟へ入ったエメリアさんが、自分で注意をうながしつつ、誰より先に足をすべらせている。リディアさん達もエメリアさんに押されて転んでしまうが、穴へと入ってすぐに斜面は終わっていた。3人は足元にたまっている水に、おしりをぬらしただけで助かった。
「どうしてエメリアは……飛べるのに転ぶんだ」
「飛ぶにはですね……飛ぼうっていう気持ちが大事なので、すぐには飛べないんですよ。それに、飛ぶと微妙に疲れます」
常に飛んでいると、それなりに疲れるらしい。ひとまずはケガもなかったようで何よりとし、リディアさんは立ち上がって洞窟の先を見つめた。奥の方に光の差している場所があり、下には歩ける程度に浅く水が張られている。湯気が上がっているところから見て、この足元の水も温かいみたいだ。
「ここで服を脱いでいった方がよさそうだな」
ここから先は全て温泉なのだと考え、リディアさんは服を全て脱いで、たたんで岩場に置いていく。俺だけは装備から外されず、リディアさんの胸元を守る形で同行を許された。ざぶざぶとお湯を足で揺らして、洞窟の先へと進んでいく。
「ここ、ちょっと深くなってます。気をつけ……みゃあああああ!」
「大丈夫か?」
エメリアさんが、やや深くなっている部分へと落っこちた。とはいっても、ここも膝がお湯に浸かる程度の深さであり、すぐにリディアさんに救出された。洞窟の奥には日光が差し込んでいる場所があり、そこまで来るとお湯につかっている魔獣たちの姿も見え始めた。リディアさんが、その混雑具合を口にしている。
「おお……結構、混んでるな。街の浴場より盛況かもしれない」
温泉自体の広さは、日本で営業している大衆浴場で見かける程度のものである。場所によって深さが違うと見られ、体長がネズミくらいしかない小さな魔獣は入り口付近に、大きな魔獣は奥の方でお湯に体をひたしている。お湯は洞窟の奥へと流れているのだが、延々と湧き続けているのか、お湯のカサが減っている様子はない。
「では、失礼して……」
魔獣たちが場所を開けてくれたので、リディアさん達もお湯の中へと座り込んだ。温泉の色は水色がかっていて、足元が見えるくらいには透明感がある。たまに魔獣の毛や羽が浮かんでいるけど、そんなに汚れている感じはしないな。温泉の周囲は高い岩場に囲まれているが、洞窟の上に空いている穴からは太陽の光が、しっかりと入り込んでいて明るい。
「露天風呂だ……気持ちがいいな」
「こんなに広いのに、無料で入れるってところもポイント高いですよね」
エメリアさんの言う通り、お金を取ってもよさそうなくらいの立派な温泉である。血行を促進する効果などもあるのか、リディアさん達の肌はポカポカと、うすいピンク色に染まっている。
「ニッチニッチ!」
うさぎのニッチも温泉に来ていたようで、がんばって犬かき……うさぎかきで温泉を泳ぎ回っていた。そんなニッチの下にも何かが泳いでいるようで、黒くて小さな影がスーッと動いている。突然、リディアさんが顔をこわばらせ、甲高い声を上げた。
「ん……」
「どうしました?」
「何かいる……」
リディアさんの胸に何かがくっついており、それは指で触ると簡単に外れた。
「……」
リディアさんの細い指が、温泉の中から何かをすくい上げた。それは……鯉のぼりみたいな形をした小さな魚であった。この生き物も、魔獣なのかな?
「あ……また来た。ん……」
「こっちも来ました……ひええ……くすぐったいです」
同じような魚が温泉の中に、たくさん泳いでいるらしい。それらはこぞって、リディアさんとエメリアさんの胸に吸い付いている。2人とも痛くはなさそうだし、魚たちもかじりついているといった動きはしていない。ただ、他の部分には興味を見せず、胸にばかり吸い付いている。
「……あ……帰っていきました」
「はあ……はあ……」
数分ほど魚のじゃれつきに耐えていたところ、魚たちは勝手にリディアさん達の胸から離れていった。エメリアさんも身をよじってはいるのだが、リディアさんの方が肌は敏感であるらしく、体をぴくぴくさせながら、色っぽく吐息をもらしていた。
「ん~……なんか、肩の調子がよくなった気がします」
「……言われてみれば」
体の調子に変化を感じたようで、エメリアさんが肩をグルグルと動かしている。結局、魚たちの目的はなんだったのか。俺はステータス画面を開いて魚の生態を調べてみた。
『生物名:ソワ 温かな水を好む魚の魔獣。水の中へ入ってきた生き物の柔らかな部分を狙い、体の古い角質や汚れ、固まった血などを吸い出して食べる。吸われた生き物に害は及ばない』
悪い魔獣ではないらしく、むしろ体の汚れを食べてくれるのだという。胸を狙って集まってきたのも、柔らかい部分の方がひっつきやすかったからだと見られる。ひとまず危険はないと判断し、リディアさんは隣に座っているメフィストさんの方を向いた。
「ええと……メフィストさんは、大丈夫でしたか?」
「……うん。全然、来なかったから大丈夫」
リディアさんに心配されるが……メフィストさんのところにだけは全くお魚が来ておらず、心なしかメフィストさんは不満そうな表情であった。きっと体が健康でキレイだったから、食べるものがなかったのだ……という事にしておこう。
第179話へ続く




